札幌高等裁判所 昭和32年(う)321号 判決
所論は、要するに、被告人が本件たばこを北見市の自宅から判示美幌町のパチンコ店「いこい」こと上ケ島武男方に持参したのは、同町でパチンコ店を開業し、その景品として使用するためであつて、販売の目的で持参所持していたものではないとして事実誤認を主張する。
しかし、原審証人金沢長作、同白川博一の各証言に徴すると、被告人は、なるほど、美幌町に居住する金沢長作や白川博一に対し、かつて同町でパチンコ店を開業すべく同人等の協力を求めたことはあるが、金沢からは当初から体よく拒否せられ、白川とも話がつかないままになつていたため、本件発生当時、同町において被告人がたやすくパチンコ店を開業したりし得る事情にあつたものとはうかがい得べくもなく、かえつて原判決挙示の証拠によると、被告人は、昭和二九年頃まで北見市北三条西二丁目でパチンコ遊戯場を経営していたが、その頃営業不振のため廃業し、それからはこれという職にも就かず、一般パチンコ店の顧客からそのパチンコの景品にとつたものを自宅等で買取り、これを特約のあるパチンコ店に売却することにより利益を得て生計をたてていたこと、ところで、買受の景品を右のように売却するにしてもその罐詰類は余り歓迎されないためこれ等を買受けることは差控え、パチンコ店で喜ばれる味の素やたばこを主とするようにしたので、自然、顧客から顧客えと相伝えて被告人宅に景品のたばこ類をもつてくる者が多くなつたこと、されば、次第に司直の取締がこれにおよぶようになり、昭和三一年に入つてからは、被告人方に右たばこを販売する目的で訪れた者が数次にわたつて検挙せられ、本件発生当時はいよいよその取締が厳重にされていたこと、したがつて、被告人が昭和三一年一〇月八日本件たばこを風呂敷包にして北見市の自宅から美幌町に運ぶにあたつてはそのことがいちはやく司直の目にとまり、直ちにその警戒が連絡されるに至つたこと、それとも知らず被告人は同日美幌町に下車するや同業者であつたというだけでかねて知合つているにすぎない原判示パチンコ店「いこい」こと上ケ島武男方にわざわざ右風呂敷包の本件たばこを持参したこと、同店ではたばこもパチンコの景品として使用していることであるから、場合によつては本件たばこを買取つてくれるかも知れないことは被告人においてよくわかつていたこと等を優に認めることができ、本件記録をよく調べてみてもこれをくつがえすに足りる証拠がない。してみると、被告人が本件たばこを前記上ケ島武男方に持参した特段の事情の認められない本件にあつては、以上認定の事実により、被告人は、司直の警戒が厳しい余り顧客から買取つたたばこを北見市で特約のパチンコ店に売却することの危険を感じ、これを美幌町で販売する目的で、まず、右上ケ島方に持参したものであること、すなわちその販売の準備をしたものと判断せざるを得ない。もつとも、被告人は極力この点を否認し、各供述調書中これに添うような記載部分があるけれども、右被告人の供述部分は被告人の他の供述部分ならびに前掲証拠に対比して事実に合しないものと認めるほかはなく、したがつてこれと別異の心証形成の上に立つての所論は到底採用し得ない。原判決がその挙示の証拠によつて認定するところも、右と同一趣旨に出たものであることが明らかであるから、原判決には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。
同法令適用の誤の点について
所論は、本件たばこが顧客から買取られたものとすれば、そのときすでに被告人は販売の目的をもつてたばこ専売法第七一条第五号にいう販売の準備行為を完成したものであるから、その後における被告人の本件所為はいわゆる不可罰的事後行為としてもはや右法条による処罰の対象とはならないものであるにもかかわらず、原判決が右所為につき同法条を適用したのは法令適用の誤があるというのであるけれども、しかし、たばこ専売法第二九条第二項の規定は、もともと公社またはその指定する小売人以外の者の製造たばこの販売自体を禁止しているものであることに鑑みると、同法第七一条第五号にいう販売の準備とは、これに接続して直ちに販売行為に移り得ることが客観的にも容易に推測し得られる危険な段階に達した状態を作出する場合をいうものと解すべきであるから、所論のように被告人が顧客からその持参するたばこを買取って蓄積して、自宅で所持していたことが究極において販売の目的であつたとしても、それだけではいまだ直ちに販売行為を実現する状態にあるものとは到底認め難く、前認定のとおり被告人の本件所為があつてこそはじめて販売の準備が完成したものであるとみるのが相当である。これと異なる見解に立つての所論は採用し得ない。されば、原判決が被告人の本件所為につき原判示法条を適用したのは相当であつて、原判決には所論のような法令の適用の誤はなく、論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)