札幌高等裁判所 昭和32年(う)359号 判決
原判決が「被告人は貨物自動車による運送業を営む道北沿岸貨物自動車株式会社の取締役で同会社のため自動車損害賠償責任保険契約締結の業務を担当していたところ同会社所有の貨物自動車旭一―二九七〇号について右保険契約を結ばないで昭和三一年五月初旬頃から同年同月一七日までの間右自動車を右会社の営業に関し運行の用に供したものである」旨の本件公訴事実に対し、自動車損害賠償保障法第五条にいう運行の用に供した者とは同法第二条第三項の保有者と同一立場にある者すなわち自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で、自己のために自動車を運行の用に供したものでなければならないとの見解のもとに、本件自動車の真実の所有者は被告人が代表取締役となつている株式会社松本商店に属し、その使用も専ら同会社のためになされたと認められる本件にあつては、本件自動車についてこれを運行の用に供した者が右会社というのであれば格別、被告人が道北沿岸貨物自動車株式会社の自動車について担当の保険契約締結義務を怠り保険契約を結ばないでこれを右会社の営業に関して運行の用に供したとの前記公訴事実は犯罪の証明が十分でないとして無罪の言渡をしていることは原判文に徴し所論のとおりである。
そこで、按ずるに、自動車損害賠償保障法第五条に、自動車は、これについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険(以下責任保険という)の契約が締結されているものでなければ、運行の用に供してはならないと規定する所以のものは、この法律が自動車の運行によつて人の生命または身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立する手段として、自動車を現実に自己のため自己の計算において運行の用に供する者に対しその自動車一輛ごとに責任保険の契約を締結すべきことを強制する趣旨であると解すべきであるから、いやしくも、責任保険の契約が締結されていない自動車を現実に自己のため自己の計算において運行の用に供した者である以上、その所有権その他の使用権の名義如何にかかわらず同条の規定に違反したものとして同法第八七条の刑責を免れ得ないものと解すべきところ、本件についてこれをみるに、道北沿岸貨物自動車株式会社(以下原審被告会社という)が貨物自動車による運送業を営む会社として設立されており、被告人はその取締役であり、本件自動車も同会社名義に登録されていることは原審で取調べた法務事務官作成の昭和三二年一月一二日付株式会社登記簿謄本北海道知事作成の自動車登録原簿の謄本により明らかであるが、原判決挙示の証拠ことに原審証人黒部政雄尋問調書、原審被告会社代表者松本松太郎、被告人の原審公判廷での各供述をよく検討してみると、原審被告会社は、苫前郡一円の貨物自動車による運送業者が営業の便宜上株主となつて形式的に設立したものであつて、原審被告会社自体としては、実質的には何等その目的として掲げた運送業を営むものではなく、その株主たる、各業者が原審被告会社と関係なく各自のため各自の計算においてそれぞれ独立してその所有する貨物自動車を使用して貨物運送業を営んでいたものであり、右自動車を原審被告会社の名義に登録はしていてもそれは右営業許可を得るための便宜手段に過ぎなかつたことおよび、本件自動車もこの例にもれず、まさに原判決認定のとおり被告人が代表取締役となつている株式会社松本商店の実質上の所有に属し、もつぱら同会社の業務のために使用されていたこと、したがつて被告人は右松本商店の代表者として本件自動車につき責任保険契約をなすべき義務があるにかかわらずこれをしないで昭和三一年五月初旬頃から同年同月一七日までの間、責任保険契約のなされていない本件自動車を右会社の業務に関し現実に運行の用に供したものであることを優に認めることができる。してみると、被告人の右所為はそれが原審被告会社の業務に関するものではなく、したがつて本件につき同会社ならびに同会社の従業員たる被告人を処罰し得ないのは勿論であるが、本件公訴事実は、冒頭掲記のとおりであつてこれと前段認定事実を対比するに、被告人に対し原審被告会社の従業員としての責任を問うとその株主たる株式会社松本商店の代表者としての責任を問うとの差異があるにとどまり、これを構成要件の観点よりみるときは何等基本的な差異はなくしたがつて公訴事実としては全然同一であり当然訴因の変更を許される場合に該当するものというべく、かかる場合、少くとも本件起訴事実中被告人に関する分については原裁判所はよろしく検察官に対しその旨訴因の変更をうながすか或はこれを命じて審理を尽すべきであつたにかかわらず、このことに出ないで前記の理由により被告人に対したやすく無罪の判決をなした原審の措置は、法律の解釈適用を誤り、ひいて訴訟手続に関する法令の違背を敢えてしたものというべく、しかもこれ等の違背は判決に影響をおよぼすことが明らかであるから、原判決中被告人に関する部分は破棄を免れない。答弁書中これと異なる見解に立つての所論は採用しない。論旨は結局理由がある。
(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)