札幌高等裁判所 昭和32年(ネ)15号 判決 1960年10月24日
控訴人(被告) 北海道知事
被控訴人(原告) 村上治七
原審 札幌地方昭和三〇年(行)第一〇号
主文
原判決中控訴人勝訴の部分を除きその余の部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一 当事者双方の申立
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
二 被控訴人の主張
1 控訴人は、昭和二三年一二月一七日、被控訴人所有の別紙目録記載(1)、(3)の土地(合計二反三畝二〇歩)につき、自作農創設特別措置法第三条第一項第二号により、同(2)の土地(一反三畝一〇歩)につき、同法第一五条により各買収計画を定め、昭和二四年二月頃、昭和二三年一二月三一日を買収時期として買収処分をした。
2 右買収処分は、買収計画樹立当時、被控訴人の所有する小作地は別紙目録記載(4)の土地(以下本件(4)の土地という)二町二反を含めて合計三町四反七畝あるとし、右は保有小作面積三町一反を超えるものとしてなされたものである。
しかし本件(4)の土地は、被控訴人が訴外花井辰次郎に対し、貸与の期間を昭和一九年四月頃から昭和二一年一二月末までとする使用貸借契約に基いて無償で使用させていたものであつて、右期間経過と同時に使用貸借が終了し、その後は正当な権原に基かないで使用していたものである。従つて、本件(4)の土地は小作地に含まれるものではなく、これを小作地と誤認してした本件買収処分は違法である。
3 すなわち、被控訴人と花井辰次郎との間の当初の契約関係が使用貸借であることは、契約書(甲第七号証)の文言から何人も容易に知ることができるところであり、また被控訴人においても本件買収計画樹立に当つた上川郡名寄町農地委員会および控訴人の係担当官である二瓶良に対して強く主張し、説明をし続けてきたばかりでなく、本件(4)の土地は、被控訴人が自作に供するため自作農創設維持特別資金で買受けた土地の交換地であるうえ、容易に開墾しうる肥沃の土地であるから、この土地についていわゆる鍬下契約(賃貸借の一種)なるものを締結する筈がないところからも明らかである。
従つて、控訴人は右使用貸借期間経過後は花井辰次郎が正当な権原に基かずに本件(4)の土地を耕作していたものであることを容易に知ることができた訳であるのに、花井辰次郎の耕作権がいわゆる鍬下契約に基くものであつて、契約期間の更新によりなお賃借権が継続中であると誤認して、本件買収処分をしたのは、重大且つ明白な瑕疵があるものといわなければならない。本件買収処分は当然無効である。
4 そこで被控訴人は控訴人に対し、本件買収処分の無効確認を求めるため、本訴請求に及んだ。
5 控訴人主張3の事実は否認する。本件使用貸借は昭和二一年一二月末日をもつて終了したものであるが、被控訴人は、本件(4)の土地を花井辰次郎から返還を受けるについて、知事の許可を要しないのに、賃貸借契約の解約申入に関する許可が必要だといわれたので、やむなくその申請をし、知事がこれに不許可処分をしたので、右土地の返還を受けられなかつたに過ぎない。
仮りに、被控訴人が、本件使用貸借期間満了後、花井辰次郎に対して昭和二四年一二月三一日までの使用を承諾した事実があつたとしても、右承諾は、被控訴人が本件(4)の土地についてなした賃貸借解約申入に対して、控訴人が昭和二二年六月二日不許可処分をなしたので、被控訴人の意思如何にかかわらず当然期間の更新があつたものと被控訴人において誤信したことに基くものであるから、意思表示の要素に錯誤があり、無効である。そうして、控訴人は右事実を知りながら、本件買収処分をしたのは違法であり、その瑕疵は重大且つ明白なものであるといわなければならない。
三 控訴人の主張
1 被控訴人主張1の事実は認める。
同2の事実のうち、本件買収処分は、買収計画樹立当時、被控訴人の所有する小作地は本件(4)の土地二町二反を含めて合計三町四反七畝あるとし、右は保有小作面積三町一反を超えるものとしてなされたものであること、本件(4)の土地は被控訴人が花井辰次郎に対し昭和一九年四月頃から昭和二一年一二月末まで貸与していたことは認めるが、その他の事実は否認する。本件(4)の土地の貸借契約は、期間を三年とするいわゆる鍬下契約で、その実質は賃貸借契約である。
2 被控訴人主張3の事実は否認する。
3 仮りに、被控訴人と花井辰次郎との間の契約が使用貸借契約であるとしても、被控訴人は、昭和二二年四月三日、花井辰次郎に対し本件(4)の土地の貸借期間を昭和二四年一二月三一日まで延長することを約したので、右買収当時本件(4)の土地は、花井辰次郎が使用貸借による権利に基いて耕作していたものであるから、本件買収計画は適法である。
4 また仮りに、本件買収計画樹立当時、花井辰次郎において本件(4)の土地を正当な権原に基かないで使用していたのを、被控訴人主張のとおり、花井辰次郎が適法な耕作者であると誤認してなされた違法な買収計画であるとしても、控訴人の係担当官である二瓶良においても、現地に臨んで調査を行い、被控訴人および花井辰次郎の陳述を聞くとともに、その契約書(甲第七号証)の記載、昭和二二年四月二三日、昭和二三年一二月一七日の名寄町農地委員会会議録の各記載を検討し、且つ同農地委員会の意見および北海道における慣行等を総合して前記貸借関係を賃貸借と判断したうえ、本件買収当時花井辰次郎は正当の権原に基いて本件(4)の土地を耕作しているものと判断したのであつて、本件買収処分に明白な瑕疵があつたとはいえない。
四 立証<省略>
理由
一 被控訴人主張1の事実並びに2の事実のうち、本件買収処分が、買収計画樹立当時、被控訴人の所有する小作地は本件(4)の土地二町二反を含めて合計三町四反七畝あるとし、右は保有小作面積三町一反を超えるものとしてなされたものであること、および被控訴人が、昭和一九年四月頃から昭和二一年一二月末まで訴外花井辰次郎に対し、本件(4)の土地を貸与していたことは、当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第二号証の一、二、乙第三、第六、第七号証および原審における被控訴本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第一六号証を総合すると、本件(4)の土地は、被控訴人が訴外花井辰次郎に対して、貸与の期間を昭和一九年四月頃から昭和二一年一二月末日までとする使用貸借契約に基いて無償で使用させていたものであつて、花井辰次郎の使用権は右期間経過とともに消滅し、その後は正当な権原に基かないで使用していたものであることが認められ、成立に争いのない甲第一一号証、乙第一一号証の二、第一二号証の二、五、第一三号証の二、第一四号証の二の記載中ならびに当審証人花井辰次郎の証言中、この点に関する部分は、前示各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 次に控訴人の本件貸借期間延長の主張について判断すれば、これを認めうるに足りる証拠がないので、右主張は採用できない。
従つて、本件(4)の土地を小作地に含まれると誤認してなされた本件買収処分は違法であるといわなければならない。
四 そこで右違法な本件買収処分が重大且つ明白な瑕疵に因るものであるか否かについて判断する。
1 弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第七号証(昭和一九年四月二九日作成農地耕作契約書)によると、なるほど被控訴人主張のとおり本件(4)の土地の使用期間中「無償」にて耕作させる旨の記載があるが、成立に争いのない乙第一二号証の三、四によつて認められるとおり、いわゆる鍬下契約は金納もしくは物納による賃料の定めがないのが一般であるから、右の記載があるからといつて当然何人でもそれが鍬下契約ではないといわなければならないということにはならない。
2 むしろ、成立に争いのない甲第一一号証、乙第三乃至第一〇号証、第一一号証の一乃至三、第一二号証の一乃至七、第一三号証の一、二、第一四号証の一、二、第一五号証、当審証人堀太、花井辰次郎、佐々木清の各証言および弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) すなわち、訴外二瓶良は、本件(4)の土地についての農地調整法第九条第三項による許可処分の調査に際し、名寄市に臨んで調査を行い、被控訴人および花井辰次郎の陳述を聞くとともに、当該契約書の記載、昭和二二年四月三日、昭和二二年四月一四日および昭和二三年一二月一七日の名寄町農地委員会会議録の各記載を検討し、同委員会の審議の経過および意見を同委員会事務局員堀太、竹内某等に聞き、あるいは学者の意見を徴し、北海道における慣行等をも調査したこと。
(二) 従つて、その結果、少くも二瓶良においてはその頃、
(1) 本件買収計画を定めた当時、耕作者である花井辰次郎は、名寄町農地委員会に対して、鍬下契約に基く適法な耕作者であると主張していたこと(もつとも、被控訴人は前示調査のときは、使用貸借だと主張していたため、花井辰次郎との間で紛争が起きていたこと)、
(2) 被控訴人も花井辰次郎との間の貸借期間は、昭和二四年末までであると自認していたこと、
(3) 昭和二三年一二月一七日の名寄町農地委員会会議録の記載には、被控訴人の言として本件契約が鍬下である旨が掲げられていること、
(4) 右会議録の記載自体からも、その頃右紛争の対象となつていたものは、本件契約の解約の通告の有無、従つて契約の継続、消滅の如何が主であつたこと、
(5) 被控訴人、花井辰次郎の間には、三年間の無償の使用関係についてわざわざ契約書が作成せられていたこと、
(6) 既に本件契約の期間は一度更新された形になつており、再度の更新拒絶許可申請がなされてから起きた問題という段階であつたこと、
以上の諸事実を承知していたことがうかがわれる。
(三) 一方、また同時に本件(4)の土地自体の当時の現況をふり返つてみれば、
(1) 昭和一八年七月頃当時は、熊笹、イタドリ、柳等が密生していた荒地であつたこと、
(2) 昭和一八年中から、花井辰次郎が被控訴人からそのうちの一反歩を借受けて開墾を始め、大根を蒔付けた外、昭和一九年からは、期間を三年間と定めて、右(4)の土地全部を借受け、約一年を要して開墾して耕作するに至つた土地であつたこと、
(3) またその後、昭和二〇年に至つてではあるが、被控訴人のすすめもあつて、国から開墾補助金の下附を受けたという状況の土地であつたこと、
が認められる。そして、花井辰次郎の開墾に要した労力、支出等が、同人が耕作権を得るための対価に相当し、ひいてはその耕作権がいわゆる鍬下契約に基くものと十分考えることのできる状況にあつた事実を認定でき、この認定を左右するに足る証拠はない。
3 以上認定の事実からすれば、名寄町農地委員会および控訴人の係担当官である二瓶良、ひいては控訴人が、右は開墾のための鍬下契約(賃貸借契約)であつて、契約期間の更新により、なお賃貸借関係が継続中であると誤認したのは、まことに無理からぬものがあり、結局、控訴人のなした本件買収処分の前記瑕疵は明白性において欠けるものがあるといわなければならない。
五 従つて、被控訴人の本訴請求は、他の争点を判断するまでもなく、失当であるから、棄却を免れない。
よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 臼居真道 安久津武人 田中良二)
(別紙目録省略)