札幌高等裁判所 昭和34年(う)30号 判決 1959年4月14日
控訴人 被告人 木村弁治 外二名
弁護人 中田克己知 小谷勝市
検察官 村上三政
主文
原判決中被告人等に関する部分を破棄する。
被告人等を各懲役八月に処する。
ただし、各被告人に対し、この裁判確定の日から、そんぞれ三年間右刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意は、被告人木村弁治、同太田清勝の弁護人中田克己知、同渡辺敏郎提出の控訴趣意書及び被告人金盛悦雄の弁護人小谷勝市提出の控訴趣意書各記載のとおりであるから、これを引用する。
弁護人小谷勝市の控訴趣意第一点(法令適用の誤)について。
当審証人豊島暉の当公判廷における供述によると、北海道におけるさけの定置網は、その大部分が、いわゆる落網(おとしあみ)と称せられるものであつて、落網は、大別して垣網(かきあみ)、囲網(かこいあみ)、昇網(のぼりあみ)、ふくろ網(ため網ともいう)と称せられる部分からなつており、さけはその習性に従つて、垣網を伝い、囲網、昇網を経て、ふくろ網に入る仕掛けになつているのであるが、さけの習性と、その習性を利用してつくられた網の構造上、いつたん、ふくろ網に入つたさけが自力によつて、網の外に逃げ去ることは、容易でなく、従つて、落網の建込中、時化に襲われる等特別の事情のない限り、そのさけの水揚の確率は、極めて高率なものであることが認められる。してみると、漁業権にもとずいて、さけを採捕すべく、落網を建込中のものは、ふくろ網の中で遊泳しているさけに対しても、事実上これを支配、管理しているものというべく、従つて、これ等のさけは、水揚するまでもなく、窃盗罪の客体となることは明らかである。
しかして、原判決挙示の証拠に、被告人木村弁治の当公判廷における供述を総合すると、漁業権者斎藤兵太郎の建込んだ本件定置網は、いずれも右落網またはこれに類似する網であつて、被告人等は、そのふくろ網の中から、本件さけを採捕したものであることを、推認するに難くないから、被告人等の本件各所為が、窃盗罪を構成することは疑のないところである。定置網のふくろ網の中に入つたさけといえども、水揚するまでには相当数逃げ去る可能性があるから、未だ漁業権者の事実上の支配下にあるものとはいいがたく、従つて、水中にあるさけは、無主物であつて、窃盗罪の客体にならないとの所論は、採容できない。論旨は理由がない。
弁護人小谷勝市の控訴趣意第二点及び弁護人中田克己知、同渡辺敏郎の控訴趣意(いずれも量刑不当)について。
本件記録によつて認められる被告人等の本件犯行の態様、海上において行われるこの種事犯の検挙が、著しく因難であること等に鑑みれば、被告人等の犯情は、必ずしも軽いとはいえないのであるが、反面記録によれば、被告人等は、いずれも、本件犯行の主謀者であり、船主であつた原審相被告人亀田三芳に雇われていた漁夫であつて、不漁のため、賃金の支払も十分でなかつたこと、窃取した本件さけは、右亀田が殆んど独占し、被告人等は、煙草銭として、僅少なわけまえを貰つたに過ぎないこと、右亀田は、原審において懲役一年三月の刑に処せられ、現に服役中であること、被告人等には、改悛の情見るべきものがあり、殊に被告人木村弁治、同太田清勝については、名寄市において薪炭、製材業を営んでいる弁治の伯父大橋佐源次の許に引き取られ、同人の監督下に、その事業に使用されており、再犯のおそれがないものと認められること、被告人木村弁治、同太田清勝は、これまで刑罰に処せられたことがなく、被告人金盛悦雄は、昭和二九年中食糧管理法違反罪により、罰金刑に処せられた外、従来刑責に問われたことがないこと等が認められるのであつて、その他記録に現われた諸般の事情を考え合わせると、被告人等に対しては、刑の執行を猶予するのが、相当であり、被告人等を各懲役八月の実刑に処した原判決は、量刑いささか重きに過ぎるものと認められる。論旨は、いずれも理由がある。
よつて、刑事訴訟法第三九七条、第三八一条により、原判決中被告人等に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い、さらに次のとおり判決する。
原審が適法に認定した罪となるべき事実に、法律を適用すると、被告人等の原判示各窃盗の所為は、各刑法第二三五条、第六〇条に該当するところ、右は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により、犯情の重いと認められる原判示第一の罪に、併合罪の加重をした刑期範囲内で、被告人等を各懲役八月に処し、前記情状に鑑み、同法第二五条第一項により、各被告人に対し、この裁判確定の日から、それぞれ三年間右刑の執行を猶予する。なお、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により、被告人等に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 雨村是夫 裁判官 中村義正)