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札幌高等裁判所 昭和34年(う)46号 判決 1959年7月28日

控訴人 検察官

被告人 日光福治 外二名

弁護人 坂谷由太郎

検察官 押切徳次郎

主文

原判決を破棄する。

被告人等を各科料五〇〇円に処する。

被告人等において、右科料を完納することができないときは、金二五〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

原審ならびに当審における訴訟費用中原審証人長谷川忠男、同益田時雄、同山内勲、当審証人片山富美夫に支給した分は、被告人等の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意及びこれに対する答弁は、北見区検察庁検察官事務取扱検事中村直治作成名義の控訴趣意書及び被告人等が連名で提出した答弁書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(法令適用の誤り)について。

本件公訴事実の要旨は、被告人等は、共謀のうえ、所轄警察署長の許可を受けないで、昭和三三年三月二三日午後一時三二分頃から、同日午後二時五五分頃までの間、北見市北二条西二丁目一賞堂時計店附近の道路上で、演説をして人寄せをしたものであるというにあつて、これに対する適条として、検察官は、道路交通取締法二六条一項四号、二九条一号、同法施行令六九条一項、昭和二九年一二月二七日北海道公安委員会規則一三号同法施行細則二六条八号(以下道路交通取締法規と称する。)を掲記しているのである。しかるに原審は、右演説会の主催者を、証拠上確定することは困難であるが、日本共産党北見地区委員会またはその下部組織である同党北見市委員会のいずれかの主催にかかるものであることは、動かしがたいところであると認定したうえ、右委員会のごとき政治団体すなわち法人格のない団体(以下団体と称する。)主催のもとに、道路上において演説による人寄せ行為(以下街頭演説と称する。)をする場合には、その団体の業務執行役員が、事前に所轄警察署長の許可を受けなければならない義務を負うのであるから、無許可実施の場合は、その義務に違反した団体の業務執行役員が処罰されるべきであつて、単に講師として演説したにとどまる実行行為者というべき被告人等は、直接処罰の対象にはならないとして、被告人等に対し、無罪の言渡をしたことは、所論のとおりである。

そこで、前記道路交通取締法規の法意を検討して、被告人等の刑責の有無について考察することとする。思うに、道路交通取締法規は、道路における危険防止及びその他の交通の安全を図るため、道路において、物品を販売し、または、演説その他の方法によつて人寄せをしようとするものは、法令の定める手続によつて、事前に所轄警察署長の許可を受けなければならない旨を定め、もし無許可で、物品を販売したり、街頭演説等をしたものがあるときは、そのものを処罰することを規定したものであつて、たとえ、その演説会が、団体の主催にかかる場合であつても、無許可実施の情を知りながら、これに参加し、街頭演説を実行したものは、その刑責を免れないものと解するのが相当である。けだし、道路使用の許可申請義務者を特に明定し、その義務者以外の実行行為者については、刑責を問わない趣旨が窺われる明文の存しない道路交通取締法規にあつては、その目的を達成するためには、何人も法規を遵守しなければならない義務があり、これに違反するものは、何人と雖も、処罰の対象となるものと解せられるからである。

されば、原審の見解のごとく、団体の業務執行役員のみが許可申請の義務を負い、同役員を処罰することによつて、道路交通取締法規の所期する目的は充分に達せられるから、そのうえ街頭演説を実行したものまで処罰する必要はなく、実行行為者は、特別の明文がないかぎり、処罰できないものと制限的に解釈するのは、道路交通取締法規の解釈を誤つたものといわざるを得ない。ところで、後記認定のごとく、本件街頭演説会は、団体である日本共産党北見地区委員会が主催したものと解せられるのであるが、被告人等は、いずれも同地区委員会の業務執行役員であり、同委員会が、無許可で本件街頭演説会を主催するものであることを熟知のうえ、これに参加し、街頭演説を行つたのであるから、前記法意に照らし、道路交通取締法規違反の刑責を免れることはできないものというべきである。そうだとすると、原判決は、道路交通取締法規の解釈適用を誤つたものというべく、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、この点に関する答弁は理由がない。

控訴趣意第二点(事実誤認)について。

原判決は、本件街頭演説会の主催者が、前記日本共産党北見地区委員会またはその下部組織である同党北見市委員会のいずれかであることは動かしがたいところであるが、そのいずれであるかは、証拠上確定しがたい旨及び被告人等が、街頭演説会の主催者たる団体の業務執行役員として、所轄警察署長に対する許可申請をなすべき義務を負担していることも証明不充分で認めがたい旨判示していることは、所論のとおりであり、被告人等は、本件街頭演説は、右北見市委員会の主催によつて、行われたものであつて、同委員会の役員に就任していない被告人等には、許可申請をなすべき義務はなく、従つて、何ら刑責はない旨主張するのである。

よつて案ずるに、原審ならびに当審証人長谷川忠男、同笠原孝夫の各供述、被告人等の原審公判廷における各供述の一部、原審ならびに当審証人片山富美夫の供述の一部を総合考察すると、被告人等は、いずれも右北見地区委員会の委員であり、ことに被告人後藤は、同委員会の責任者であるところ、被告人等は、右市委員会の責任者で、地区委員会の委員をも兼ねている片山富美夫等をも加えて、本件街頭演説会の開催に関する計画を協議、決定したこと及び本件街頭演説会の宣伝用立看板には、右北見地区委員会が主催者である旨明記されていたことを認めることができるから、これらの事実に徴すれば、本件街頭演説会は、右北見地区委員会主催のもとに行われたものと認めるのが相当であつて、その実施に当つて、右市委員会所属の党員等が、中心となつて活動した事実があつたとしても、右認定の妨げとなるものではない。右認定に反する被告人等の原審公判廷における各供述及び原審ならびに当審証人片山富美夫の供述は、たやすく信用できないし、記録を調べてみても、右認定を覆すに足りる証拠はない。故に原判決は、この点において、事実を誤認したものというべく、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、この点に関する答弁は理由がない。

つぎに被告人等の爾余の答弁につい判断を加える。

(一)  被告人等は、道路交通取締法規に、道路使用の許可申請の手続が定められていること及び事前に許可を得ないで街頭演説をした場合の罰則の存することは、全く知らなかつたのであるから、本件刑責を負ういわれはない旨主張するのであるが、仮に知らなかつたとしても、右は法の不知に帰するのであつて、法の不知は、刑法三八条三項によつて、犯意を阻却しないものと解すべきであるから、この点に関する答弁も理由がない。

(二)  被告人等は、道路交通取締法規は、警察署長が、交通の安全確保に名をかりて、街頭演説による表現の自由を、不当に制限する結果を招来することとなるから、憲法二一条に違反し、無効である旨主張する。憲法二一条の保障する表現の自由が、基本的人権として、尊重されなければならないことは、所論のとおりいうまでもないところであるが、これとて絶対無制限のものではなく、公共の福祉に反しない限度においてのみ保障に値するものであることは、憲法一二条同一三条の規定上、基本的人権の本質に内在する制約であると解すべきである。そして、立法が公共の福祉に反するや否やを判断するに当つては、前記憲法の条規の示すように、自由権が立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とせられ、かつ国民の不断の努力によつて保持されねばならないものであることに鑑み、極めて慎重であらねばならないこともまた多言を要しないところである。したがつて、法令において、特定の行為につき、単なる届出制を定めることは格別、そうでなく一般的に許可制を定めてこれを事前に抑制することは、前記憲法の規定の趣旨から見れば、原則としてこれに反するものとして許されないと解するのが相当である。しかし、許可制をとつていても、表現の自由自体の制限を目的とすることなく、公共の秩序を保持し、または公共の福祉が、著しく侵されることを防止するため、一般的にこれを制限するのではなく、特定の場所または方法につき、合理的かつ明確な基準のもとに、これにつき予め行政官庁の許可を受けしめ、またはこれに届出をなさしめて、公共の安全を脅かす明らかな差迫つた危険が予見される場合に限り、これを禁止することができる旨の規定を設け、その結果表現の自由が反射的に或る程度の制約を受けることがあつても、それが合理的であるかぎり、これを以つて直ちに憲法の保障する国民の自由を不当に制限するものと解すべきではない。けだし、国民は、憲法一二条の規定するように、常にその自由及び権利を公共の福祉のために利用し、これを濫用してはならない責任を負うものであつて、国民は、自らの権利を主張し、自由を叫ぶに当つては、他の国民の基本的人権を尊重し、これに対する不当な影響を最少限度に止むべきことを行動の限界とすべきであるからである。

今本件につき、これを見るに、近時、道路上における交通事故の激増に伴い、人的物的の損害著しく、ために、これらの事故を防止し、交通の安全を図るための適切な対策が、極めて緊要であること及び街頭演説は、時または場所、方法の如何によつては、交通上著しい支障となり、公共の福祉を害することは、周知の事実である。道路交通取締法規は、右の事情に鑑み道路における危険防止及びその他の交通の安全を図ることを目的として制定されたもので、この目的を達成するため、道路を使用する特定の行為につき、公共の安全を脅かす明白かつ差迫つた危険が予見される場合に限り、最少限度の制約を加える趣旨のもとに、合理的かつ明確な基準を示して、道路の使用制限を、警察行政に委ねたものであることは、右諸法規の内容を通読すれば、極めて明白である。されば、街頭演説のための道路使用を許可制度とし、無許可で使用した場合を処罰する道路交通取締法規が、直ちに、憲法二一条に違反する無効の法規であるということはできない。被告人等の答弁は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九七条、三八二条、三八〇条に則つて、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従つて、次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人等は、共謀のうえ、所轄警察署長の許可を受けないで、昭和三三年三月二三日午後一時三〇分頃から、同日午後三時頃までの間北見市としては、比較的繁華である同市北二条西二丁目一賞堂時計店附近の道路上において、こもごも時局問題に関する演説をし、少くとも五〇名を越える聴衆を集めて、人寄せをしたものである。

(証拠の標目)

一、原審ならびに当審証人長谷川忠男、同笠原孝夫、同横山政治、同桜井侃の各供述

一、原審証人益田時雄の供述

一、被告人等の原審公判廷における右判示日時頃右判示の道路上で、時局問題に関する演説をしたことは相違ない旨の各供述

(法令の適用)

被告人等の判示所為は、各道路交通取締法二六条一項四号、二九条一号、同法施行令六九条一項、昭和二九年一二月二七日北海道公安委員会規則一三号、同法施行細則二六条八号、罰金等臨時措置法二条、別法六〇条に該当するから、所定刑中科料刑を選択し、その所定金額の範囲内で、被告人等を各科料五〇〇円に処し、被告人等において、右科料を完納することができないときは、刑法一八条に則り、金二五〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。なお、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条に則り、原審ならびに当審における訴訟費用中原審証人長谷川忠男、同益田時雄、同山内勲、当審証人片山富夫に支給した分は、被告人等の連帯負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 雨村是夫 裁判官 中村義正)

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