札幌高等裁判所 昭和35年(ラ)85号 決定 1962年5月14日
抗告人 株式会社北海物産商会 代表者取締役 岩野三門
訴訟代理人 折居辰治郎
相手方 松田国雄
主文
原決定を取り消す。
相手方の異議申立を却下する。
本件異議申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨並びに理由は、別紙記載のとおりである。
記録をみるに、釧路地方裁判所執行吏武田美則が、抗告人の委任に基き、昭和三五年八月一八日、相手方の有体動産に対してなした本件強制執行は、執行文を付与した公正証書に基くものであること明らかである。然るに、相手方は、右公正証書が民事訴訟法第五五九条第三号にいわゆる一定の金額の支払を目的とする請求につき作成されたものではないから、右公正証書に基く強制執行は違法である旨主張するが、かかる事由は、強制執行の方法について瑕疵あることを指示するものではなく、債務名義の形式的な瑕疵あることを主張することに帰着するから、民事訴訟法第五六二条にいわゆる執行文の付与に関する異議を以つて主張するは格別、同法第五四四条にいわゆる強制執行の方法に関する異議の事由となすことはできないものと解すべきである。これを実質的にみても、かかる場合、後者の方法に関する異議を是認すべきものとなすならば、一箇の公正証書につき、数箇の裁判所に対して数箇の異つた不服申立を許容する結果を生ずべく、かくては訴訟関係の安定性を害するから、債務者側の救済方法としてはむしろ執行文付与の異議によつて当該公正証書の執行力の存否が劃一的に決せられるのが妥当である。それゆえ、本件異議申立は、抗告理由の判断をまつまでもなく不適法として却下を免れない。
よつて、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 臼居直道 裁判官 安久津武人 裁判官 藤野博雄)
抗告代理人折居辰治郎の抗告の趣旨および理由
抗告の趣旨
原決定を取消す
相手方の異議申立を却下する
との決定を求める。
抗告の理由
一、昭和三十一年七月三十一日現在の抗告人の相手方に対する取引上の残債権額は金六百二十六万七千二十一円であり、抗告人は従来から再三その支払を請求したが、相手方はこれに応じないのでやむなく公正証書の作成手続を経ることとなつたが、相手方は当時他に多額の債務があつたので、抗告人は相手方の請を容れて残債権額を金四百九十五万一千三百十九円に減額し、相手方はこれを承認しその弁済について本件公正証書を作成するに至つたものである。
二、なおその際相手方は後日弁済金について清算もれが発見され、それが明白である場合は、それに従つて残債務額を減額してもらいたい旨申出でたので、抗告人はこれを承諾し右の趣旨で本件公正証書第一条但書の条項ができたわけである。
三、しかして右公証人は本件公正証書作成手続の過程において、同証書第一条但書につき抹消された部分の如き記載をしたのであるが、その趣旨が不明確であつたため、現在同証書第一条但書に記載してある如き文言に変更して作成手続を完了したものである。従つて右但書の趣旨は本件公正証書第一条本文に表示された金額金四百九十五万一千二百十九円の金額に直ちに何等の影響を及ぼすものではなく、後日特定の事実の発生によつて債権額が減少することがあり得ることを定めたにとどまるから、もとより一定の金額の表示として欠くるところはないものである。
四、以上の如く本件公正証書は一定の金額の支払を表示したものであるから前記公証人の執行文の附与は適法であり、本件異議申立はその理由なく却下するべきものである。