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札幌高等裁判所 昭和36年(ネ)146号 判決 1963年12月09日

控訴人

株式会社北日本商事

右代表者代表取締役

郎谷川信次

右訴訟代理人弁護士

河俣良介

右訴訟復代理人弁護士

橘精三

被控訴人

千葉養八郎

右訴訟代理人支配人

笹山正敏

被控訴人

笹山実太

被控訴人

笹山長次郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、昭和三八年七月五日の当審第八回口頭弁論期日における被控訴代理人園田国彦の出頭日当を除き、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。被控訴人らは、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の陳述、証拠方法の提出および書証たる文書の成立に関する陳述は、それぞれ別紙記載のとおり主張し、控訴代理人が<証拠>を提出し、被控訴人千葉養八郎代理人が「右は帳簿であることを認める」旨述べたほかは、原判決事実摘示におけると同一であるから、これを引用する。

理由

本件請求異議訴訟における問題の債務名義である四〇一七号公正証書の請求の表示は、成立に争いない甲第一号証によつて明らかなように「債務者は債権者から昭和三二年九月一七日附を以て金五〇万円也の債務を負担したことを承諾し、債権者から請求があつたときは直ちにこれが弁済することを諾約した」という文言から成つている(その他、損害金、連帯保証等の条項は論外として)。これは単純な債務負担の約束であつて、そのかぎりにおいて、請求の表示としての具体性にかけるところはない。問題はこの債務約束の記載の真実性である。

当事者間には、右四〇一七号証書のほか更に四〇一九号の公正証書が存在することは、争いないところである。そして、この四〇一九号証書には、前記四〇一七号証書と同一日附の、極度額金五〇万円の根保証の金員融通契約による請求権が記載されていることが<証拠>によつて認められる。この二つの証書は、一見無関係なように見えるが、実際は、四〇一七号証書が四〇一九号証書の与信契約を予想して作成されているものであることは、控訴人が、四〇一七号証書によつて執行しうる全額でなくその一部である金二五万一〇〇〇円についてのみ執行していること(この事実は、<証拠>によつて認められる。)、その金二五万一〇〇〇円という額は四〇一九号証書による現存債権額であるというのが控訴人の主張であることなどから、優に推測できるところである。控訴人主張によれば、「四〇一七号証書は無因の債務約束であつて、これを執行して取得した金額は不当利得として債務者に返還すべきものであるが、その額が四〇一九号証書の与信契約上の現存債権額と同一であるときには、前者の返還債務と後者の請求債権とを相殺することによつて、先の執行による取得額をそのまま保持しうる結果となる。」というのである。執行力ある債務名義に基く強制執行によつて取得した以上、他に特別な事情のない限り、「法律上ノ原因ナクシテ」得たとはいえないから、四〇一七号証書を執行して得る利益がそのまま不当利得を構成するとの所論は必ずしも首肯しえないが、むしろ、四〇一七号証書をそのように不当利得と結びつけて発想する控訴人の主張自体から、四〇一七号証書の債務が四〇一九号証書の債務と無因であるといえないことが窺われるのであつて、控訴人は、被控訴人らに対し四〇一九号書による現存債権額を超えては執行しえない契約関係にあることを自陳しているに等しいのである。

この際考え合せるべきは、四〇一九号証書自体にもいわゆる執行認諾文言はついていること(<証拠>によつて認められる。)、しかし、極度額を定めたのみの根保証の金員融通契約では、給付義務の範囲が明確でないという理由で、実務上これを民事訴訟法第五五九条第三号の「一定ノ金額」という要件を満す公正証書と見ず、その債務名義としての適格性を否定するのが従来一般の取扱いであること、そこで、近時は、これを一歩進めて、与信契約条項に並べて別個に一定額(与信契約上の極度額と同一額)の債務約束を立て、これに執行認諾文言を附することによつて前記「一定ノ金額」の要件を満そうとする公正証書が出現したこと、しかし、これに対しても、「形式上一定額のように見えても、証書を総合的に観察すると与信契約上の債権額に左右されるものであることが明らかであるから、結局右の要件を満す公正証書とはいえない。」という理由で、やはり債務名義としての適格性を否定する判断を示した判決例が二三に止まらぬこと(以上いずれも当裁判所に顕著な事実である。)である。本件四〇一七証書は、右のような公正証書における一定額の債務約束条項と執行認諾文言とを四〇一九号証書の与信契約条項から切り離して、別個独立の公正証書とすることによつて、右のような否定的判断を回避しようとする意図から案出されたものと推測して恐らく誤りはない。そして、そのように独立の公正証書となつたことによつて、従来のような「一定ノ金額」の要件に欠けるとの非難を受けるおそれはなくなつたのであるが、その代りに、取引の真相である与信契約に関する条項を脱落させ、「一定額の単純債務約束」を正面から具体的な請求権の発生原因とせざるを得なくなつたため、「それが果して当事者の真意を反映しているか。」という点で、従来とは別な側面からの問題を生むに至つたのである。

右の点を念頭におきながら、原審・当審の各証拠を検討するに、被控訴人らが債務者として、控訴人からの実際の貸付額と無関係に――従つて、極端に言えば、与信契約上の債務額が皆無の場合にも――金五〇万円を被控訴人に支払う意思を有していたと認めるに足る証拠はなにもない。かえつて、<証拠>を総合すれば、控訴人から被控訴人千葉への貸付は、四〇一七号証書でなく、四〇一九号証書に基いてなされたもので<証拠>中、貸付が四〇一七号証書に基く旨の部分は、採用しない。)、四〇一七号証書は――前段において推測したとおり――四〇一九号証書の与信契約上の債権につき随時確実に強制執行することができるようにするためには、独立の債務約束の公正証書を作るのがよいことをある公証人から教えられて作成したものに過ぎず(この際時間的には四〇一七号証書の方が四〇一九証書よりもひとあし先に作成されているが、そのことが右認定の妨げとならぬことはいうまでもない。)、当事者の真意は、与信契約上の現存債権額についてのみ執行をし、あるいは執行を認諾するにあつたのであることが認められるのである。

そうすると、四〇一七号証書における金五〇万円の債務負担の約束は、右の現存債権額の限度では当事者の真意に合していたことになるが、これはいうまでもなく変動の予定せられたものであり、民事訴訟法第五五九条第三号の「一定ノ金額」の要件を備えるべき公正証書における債務約束としては、そのような不確定な限度においての有効性を考慮する余地はないから、結局この債務約束文言は単純無条件のものとされている点で当事者の真意に合せず、事実に吻合しない記載であり、これに基く請求権は、全然、有効に成立していない、といわざるを得ないことになる。

ところで、被控訴人らは、本件請求異議の事由として、まず弁済をあげ、更に再抗弁として、四〇一七号証書が民事訴訟法第五五九条第三号の「一定ノ金額」の要件を満す公正証書でないとの主張をしているのみで、請求権不成立との異議事由は、明示的には主張していない。しかし、先に判示したとおり、公正証書が「一定ノ金額」の要件を満すかどうかの問題が発展して右の請求権不成立かどうかの問題を生むに至つたもので、両者とも公正証書上の請求の表示に関するものとして通じる点があること、単に「一定ノ金額」の要件を満さないという主張とすると、それは債務名義の適格性を争うに尽きるので、執行文付与に対する異議あるいは執行方法異議の手続においてなさるべきものとなり、請求異議の訴における主張としては全く無意味に帰するから、なるべく有意義な主張となるよう善解するのを相当とすること、また実質的にも、四〇一七号証書の記載のみからその債務名義としての適性を争つているのではなく、別に四〇一九号証書の存在することを理由として「一定ノ金額」の要件を満さないと主張しているのであるから、かかる主張の当否は、債務名義の形式的適格性を審理するに止まる執行文付与に対する異議あるいは執行方法異議等の決定手続よりも、請求異議の訴による判決手続において審理するのがふさわしいと考えられること、これらの事情を考慮すると、被控訴訴人の前記再抗弁の主張は、前記の意味での請求権不成立との異議事由の主張を黙示的に包含するものと解するのが相当である。

そうすると、公正証書に対する請求異議の訴においては、請求債不成立の主張も異議事由として許されるのであるから、これを主張して四〇一七号証書の執行力を争う被控訴人らの請求は、その余の判断に及ぶまでもなく、理由がある。よつて、その請求を認容した原判決の結論は正当であるから、本件控訴はこれを棄却することとし、訴訟費用については、民事訴訟法第九八条第二項の適用を見るべき主文第二項掲記の部分を除き、第三八四条・第八九条・第九五条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官川井立夫 裁判官臼居直道 倉田卓次)

別紙添付書面省略

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