札幌高等裁判所 昭和37年(う)133号 判決 1962年8月21日
控訴人 被告人 井坂茂
検察官 岡本清一
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人佐藤竹三郎提出の控訴趣意補充書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
右控訴趣意第一の点(公訴提起の手続がその規定に違反したため無効である)について 本件起訴状の公訴事実中運転操作の妨げとなるようなはきものの次に(サンダル)の記載があること所論のとおりであるが、右記載は、道路交通法施行細則一一条七号違反の罪の構成要件ないし犯罪事実の内容となつている事実を具体的に明示するためになされたもの、すなわち訴因の一部とみるべきであるから、これによつて裁判官が予断を抱くことを前提としての所論は到底採用のかぎりでない。
同第二の点(法令適用の誤)について
ところで、前記細則一一条七号では、運転者の遵守事項として「運転操作の妨げとなるような衣服、又ははきものを用いて自動車又は原動機付自転車を運転しないこと。」と規定しているにすぎないので、そのどのようなはきものが運転操作の妨げとなるかは、右規定が道路における交通の安全を確保するため、蓋然的にもせよ危険発生の虞れのある事項を取締り、もつて運転者としての交通上の事故発生を未然に防止するに万全を期そうとする趣旨と解されることに立脚し、具体的事情に即して客観的に判断せらるべきであつて、単なる主観にとどまるものであつてはならない。これによつてみると、一般的抽象的には、運転操作の妨げとなるようなはきものとは、足に対して固着性をかき、運転操作の過程において離脱等の不安定な状態を作出する虞れのあるはきものを指称するものというべく、このかぎりにおいて、下駄やスリツパとともにサンダルもまたこれに包含されるものといわなければならない。すなわち、サンダルを用いての運転は、その運転操作に蓋然的な支障の確実性があることを予想して当然取締の対象とされているものとするのが相当であり、これはまたいやしくも運転者としての普通一般の常識を具えた者ならば誰でもがもつているところの判断力や知識によつて容易に理解されるところとされなければならない。従つてサンダルを用いての運転がその運転操作の一段階において支障なく継続されたことのゆえをもつて、直ちに全面的に、サンダルは右細則にいう運転操作の妨げとなるようなはきものでないと解することは到底許容さるべきではない。しかも、原審鑑定人藤川勝芳作成の鑑定書や当審証人藤川勝芳、同高橋豊の各証言に徴しても、本件の場合、本件サンダルを用いて本件自転車を運転操作するにつき、何等妨げにはならないとは断定し難く、他に特段の事情を認めるに足りる証拠もない。されば、原判決がその挙示の証拠によつて認め得られる原判示事実に対し原判示法条を適用したのは正当であつて、原判決には何等所論のような法令適用の誤はない。
同第三の点(法律上罪とならないという主張についての判断遺脱)について
所論事由は、結局、サンダルはいささかも運転操作の妨げとなるようなはきものではないとする被告人の主張に対しての原審判断の遺脱をいうに帰するものと解するほかなく、それは本件犯行に対する被告人の単なる否認にすぎないから、もとより所論刑事訴訟法三三五条二項にいう事由には該当せず、従つて、原判決が前段説示のように証拠によつて本件犯行を認定しているかぎり、かさねて右主張について判断を加えなかつたからといつて、何等違法となるいわれはない。
同第三の点(量刑不当)について
本件記録にあらわれた本件犯行の経緯、ことに被告人は本件サンダルを用いての運転につき一度違反となることの注意をうけていたにもかかわらず、かさねて敢て再度本件におよんでいること、その他諸般の事情を総合すると、本件違反の結果に伴いたまたま特段の危険も生じなかつたこと等所論を考慮に容れても原判決が被告人を罰金二、〇〇〇円に処したのは相当であつて、それが不当に重いものとは認められない。
よつて、論旨はいずれも理由がないこととなるので、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却すべきものとし、同法一八一条一項本文に従い当審における訴訟費用は被告人の負担とすることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢部孝 裁判官 中村義正 裁判官 萩原太郎)