札幌高等裁判所 昭和37年(ツ)11号 判決 1962年11月30日
上告人 控訴人 被告 東北木材株式会社
訴訟代理人 土家健太郎
被上告人 被控訴人 原告 株式会社北洋金友
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告理由第一点について。
按ずるに、本店の商号と異る営業所に勤務する商業使用人が、右営業所名義を冒用して約束手形を振り出し、他人に損害を加えた場合、その手形振出行為が外観上職務の範囲内に属するものと認められる限り、たとい、使用者たる商人自身において右営業所名義の手形行為をした事実がなくても、使用者たる商人の事業の執行につきなしたものと解するのが相当である。
ひるがえつて、原審が適法に確定した事実をみるに、その要旨は、上告人が本店の商号と類似する東木木工販売所なる営業所を経営し、これに常勤する上告人の使用人小林秀市に対して、上告人の製品たる家具類の販売、集金及び経理事務等を処理する権限を与えていたところ、同人は、上告人の取引先なる株式会社北海道拓殖銀行地蔵町支店及び株式会社北海道銀行函館支店に対する各当座預金の出し入れにつき上告人を代理すべき権限ある右営業所責任者訴外加藤清から小切手振出の権限を委ねられ、その振出に常用する「東木木工販売所代表者加藤清」と刻したゴム印及び「加藤」と刻した印章を預り保管していたのを奇貨として、昭和三二年一一月二〇日、訴外古屋治と共謀の上、ほしいままに右印章等を使用して本件約束手形一通を偽造し、右古屋治を介して、昭和三二年一一月二七日、情を知らない被上告人に対し、あたかも上告人の営業上適法に振り出した約束手形に見せかけてこれを交付した上、手形金割引名下に現金六万五千九百六十八円を騙取し、これがため、被上告人をして同額の損害をこうむらした、というにあること、判文の前後に徴し明らかである。
さすれば、訴外小林秀市のなした右不法行為は、あたかも商人たる上告人が本件手形を営業のために振り出した上、被上告人に対してその割引を依頼した如くにみられるから、その行為は上告人の事業の範囲内のものというに妨げなく、また、右行為は、訴外小林秀市の職務の執行行為それ自体ではないにしても、同人の職務権限内のものたる外観を呈すること明らかであるから、原判決が右小林秀市のなした本件不法行為を以つて使用者たる上告人の事業を執行するにつきなしたものと判示したのは当然で、原判決には所論のような判例違反並びに法令違反のかどはない。論旨は、結局、上告人独自の見地に立つて原判決を非難するに帰し、とうてい採用するを得ない。
同第二点について。
論旨は法令違反をいうも、その実は原審が適法に認定した事実を非難するに過ぎず、もとより採用の限りでない。
よつて、民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野謙次郎 裁判官 川井立夫 裁判官 安久津武人)
上告代理人土家健太郎の上告理由
第一点原判決は事実を誤認し且つ判例に反して民法第七一五条の適用を誤り上告人敗訴の判決を言渡した失当があるから破毀せらるべきものと信ずる。
却ち原判決は其の理由の部において「そして、以上認定の事実関係のもとにおいては、小林の本件手形振出行為は前認定のように第三者の利益のためになされたもので小林の職務行為としてなされたものではないけれども、手形の振出行為は小林の職務の性質上通常なされうる行為であつて外形上はその職務の範囲内の行為とみることができるから、結局本件手形振出行為は小林の使用者である控訴人の事業の執行につきなされた行為と認めるのが相当である。もつとも本件手形が振出人名義を東木木工販売所代表者加藤清と表示して振出され東北木材株式会社と表示して振出されていないことは前記のとおりであるが、成立に争いのない乙第二一号証中証人加藤清の証言記載部分によれば、東木木工販売所は控訴会社木工部函館販売所の通称であつてこの通称は控訴会社の営業政策上使用しているにほかならず同販売所は控訴会社の販売所にほかならない事実を認めうるのであるから、控訴会社の右販売所の常駐員である小林の前記手形振出行為は控訴会社の事業の執行につきなされたものと認めるのが相当である」と判示し、上告人の右小林の前記手形偽造の不法行為は上告会社の事業の執行につき為されたものでないとの抗弁を排斥した。
民法第七一五条の所謂或事業の為め他人を使用する場合被用者がその事業の執行につき第三者に加えた損害を賠償する責に任ずる使用者の賠償義務の範囲については、内部的に被用者の行為が使用者の事業の範囲に属することは勿論その取引の外形上からも取引の通念上、被用者の職務の範囲内と考えられる外形を具備していることを要すると解すべきである。
よつて本件を見るに、1.「東木木工販売所」は上告会社の一営業部門たる家具類の販売のみを業務とするもの。2.この販売所責任者加藤清及び訴外小林秀市らは何れも上告会社に雇傭されておるものではあるが、その職務の内容は、上告会社より製作送荷に係る家具類の販売を為しその結果を毎日日計表を作成し上告会社に報告し、其の売上代金を上告会社へ送金することが主たる業務である。3.従つて右販売所においては、営業資金の調達其他の為めに手形を振出し又は裏書人となるなどの経済行為を為す必要毫も存せず又その権限が与えられていなかつた。
尤も、右販売所代表者加藤清なる名義で函館市内の銀行に預金口座を設け当座取引により同名義を以て小切手を発行していた事実はあるも、それは売上金を一時預金し上告会社へ送金する便宜策であつた。従つて右当座預金取引を為したからとて外部との取引に関する手形行為をこれと同日に考えるべきではない。4.訴外小林秀市の偽造した手形は、右販売所が前記営業に関し又前記当座取引のため使用していた右営業所の所在地及び電話番号を表示したゴム印。「代表者加藤清」と刻したゴム印。「東木木工販売所長之印」と刻した角印及び「加藤」と刻した小判型印を不法に用いて作成したもので外観上直ちに東北木材株式会社なる株式会社が手形債務者となりその代表権限ある取締役又は支配人等が発行したものと看做すことはできないものである。5.被上告人は金融事業を営む商事会社で、本件の如き販売のみを担当する一販売所がその販売所名義を使用して約束手形を発行して会社の為めに債務を負担したりするようなことは取引の通念として考えられないことを、又本件表示の手形が会社の為めに発行されたものでないことは尤も鋭敏に察知する筈で、かかる手形を持参して割引を求めるものがあつても直ちに之に応ずるようなことは取引上稀有の事例と云わなければならない。
以上の事実関係及び理由からして東木木工販売所の責任者が約束手形を振出すことは被用者の職務の範囲に属しないものと解するのが相当である。
第二点原判決は、上告人の被用者の選任監督につき注意したからその責任がないとの仮定抗弁に対し、その理由の部において「当審における控訴人代表者本人訊問の結果その他弁論の証拠によつては、控訴人が小林の監督について前記認定のような不法行為の発生を未然に防止すべく相当の注意をしたことを認めることができないだけでなく」云々と判示し上告人の該主張をも排斥した。
然れ共、前述第一点に述べた如く、上告会社の一販売所の一店員が、前記の如く各別個独立の種々なるゴム印を繋ぎ合せ他人の依頼をうけ同人を利する為め手形を発行し、その手形が外形上上告会社の為めに発行されたものの如く流通するが如きことは一般取引通念上首肯できないことだし、又販売所に対しては毎日日計表を作成せしめ上告会社に逐次取引状況を報告せしめ、売上代金も上告会社に送金せしめ多年事故を起した事実がなかつた従つて右販売所の店員が本件のような手形を発行し之が為め会社が被用者としてその責に任ずるが如き事態の発生は通常考えられなかつた。之が為め小林秀市は有価証券偽造の刑事責任を問擬されておるものである。
以上の事実関係からして上告会社が小林秀市に対する監督を怠り本件事故を未然に防止する注意義務違背があるとするのは過失の解釈を誤つた違法があると云わなければならない。