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札幌高等裁判所 昭和37年(ラ)25号 決定 1962年11月24日

抗告人 村本尚之

主文

抗告代理人のした本件抗告申立(当庁昭和三七年(ラ)第二五号)を却下する。

抗告人のした本件抗告申立(当庁昭和三七年(ラ)第三三号)を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

記録によれば札幌地方裁判所昭和三二年(ケ)第一八八号不動産競売事件について同裁判所が昭和三七年四月三〇日言渡した競落許可決定に対し、抗告人から同年五月四日即時抗告を申立て同庁受理番号第六四四五号、当庁昭和三七年(ラ)第三三号として受理された後更に即時抗告期間内である同年五月七日抗告代理人から即時抗告申立書お提出され当庁昭和三七年(ラ)第二五号抗告事件として受理されたことが明らかである。従つて抗告代理人によつてなされた後者の抗告申立は一個の抗告申立権に基いてなされた重複の不服申立で、民事訴訟法第二三一条の規定する趣旨に従えば不適法であることが明らかであるから、これを却下すべきものとする。

抗告人の申立てた本件抗告の趣旨は原決定を取消す、本件競落は許さない。本件を札幌地方裁判所に差戻すとの裁判を求めるというのであつて、抗告理由は抗告代理人の申述した別紙記載のとおりである。

抗告理由第一点について。

論旨は本件競売建物につき競落人新川信次郎は債務者平尾アキノと通謀して虚偽の抵当権並びに賃借権設定登記をし時価金一、五〇〇万円の右建物を最低競売価額金四六七万円で競買申出をしたものであるから、同人に対する競落許可は民事訴訟法第六七二条第二号により許さるべきでないというのである。

しかし第一番抵当権者である北海道信用保証協会は昭和三二年一〇月一七日本件不動産競売を申立て、抗告人がこれにつき第三番第四番の各抵当権を有し、最高価競買を申出た新川信次郎は本件競売申立前右不動産につき昭和三一年三月二六日既に第六番の抵当権並びに賃借権設定登記を経由したものであることが記録上明らかである。従つて仮りに新川と債務者平尾アキノとが通謀して右建物につき虚偽仮装の抵当権並びに賃借権設定登記をしたとするもこのことだけで直ちに新川信次郎において詐計を用いて競売手続の公正を害したものということができないから、同人は正当な競落人となりえないとの右抗告理由は採用できない。

抗告理由第二点について。

論旨は民事訴訟法第六七二条第四号に該当する競落不許の異議原因があるというのである。

しかし本件競売期日公告には賃貸借欄に期間昭和三一年三月二三日より満二〇年、借賃一ケ月金二〇、〇〇〇円、昭和三六年三月分まで前払とし同年四月分より毎月末日限りその月分を支払うこと及び特約として賃借権を譲渡し又は賃借物を転貸することを得る登記済の賃貸借の存する旨掲記されていることは所論のとおりであつて、記録によれば競売裁判所は執行吏森隆三の賃貸借取調報告書に本件建物につき賃借人を新川信次郎とする賃貸借存在し現況は株式会社公楽(飲食店)代表者新川において占有使用中なる記載に依拠して右建物につき昭和三一年三月二六日賃借権設定登記されている右登記原因同月二三日付賃貸借契約が真実平尾アキノとの間になされたものであること又はこれに併存して不動産登記簿に登記されたと同一内容の転貸借関係が存在するものと認め、賃借権設定登記の記録に従いその期限、借賃、借賃の前払等前記のとおり公告要件に掲載することを命じたものであることが認められる。抗告人は右賃貸借契約は通謀虚偽表示に基づく無効のもので実在しないと主張するのであるけれどもこれを認めるに足りる資料がないから、にわかに本件競売期日の公告に存在しない賃貸借を掲記した違法あるものということができない。

もつとも記録によれば右賃貸借契約は三年を超える長期の建物賃貸借であつて右賃借権の登記は本件競売の基礎である債権者北海道信用保証協会の第一順位の根抵当権が設定登記された昭和三〇年九月一三日の後になされたものであるから、右賃貸借は右抵当権者従つて抵当権が実行された場合においては抵当不動産の競落人に対抗しえないものであることが明らかであるけれども、右のように不動産競売期日の公告に競売申立抵当権者に対抗しえない賃貸借を掲載するも民事訴訟法第六七二条第四号第六五八条第三号に該当する不適法の公告と解すべきでない。なんとなれば、いづれも不動産競売手続に準用される民事訴訟法第六七二条第四号第六五八条第三号に競売期日の公告の必要記載要件とされる賃貸借は抵当権者に対抗しうるものに限られ、抵当権者に対抗できない賃貸借ある場合その期限、借賃、敷金等を競売期日の公告に掲載することを要しないけれども(大正一二年(ク)第一四号同年一月一九日大審院決定参照)かような賃貸借も競売建物を目的として現実に存する限りこれを競売期日の公告に掲記することを禁止する法意と解すべき法文上の根拠がないばかりでなく、抵当権者従つて競落人に対抗できない賃貸借であつても実際上は明渡請求のために日時と費用を要することは通常避け難いところであるから、ために抵当物件の評価に事実上の影響を与える点で賃貸借の存在しない場合とは異なるから現に賃貸借が存する以上すべて競売期日の公告に掲載してこれを競買申出人に予め知らしめることはむしろより正確な物件評価に資する所以であつて競売手続の公正を害するものとは解せられないからである。抗告人は競売ブローカーでない一般の競買希望者は競売期日の公告に掲載された賃貸借はすべて競落人がこれを引受けなければならないと考えるために競買の申出を躊躇し、公正価格の競買申出を妨げられることになるから抵当権者に対抗しえない賃貸借は公告に掲載すべきでなく、これを掲載する場合には対抗しえないことを明らかにしなければ必要記載要件に抵触する違法の公告となる旨の主張をするけれども、賃貸借の対抗力の有無は民法及び借家法等の実体法規に基づいて現実に定められた契約内容によるのであつて、当該賃貸借が公告に掲載されていると否とにより左右されるものでなく、公告に掲載された賃貸借の対抗力の有無は競買希望者において競売記録を閲覧すれば容易に知ることができるのであるから、本件競売期日の公告に抵当権者に対抗しえない賃貸借であることを示すことの附記がされていないからといつて違法の公告ということができない。従つて右抗告理由は理由がない。

記録を精査するも原決定を取消すべき違法の点がないから、民事訴訟法第四一四条第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 南新一 裁判官 輪湖公寛 裁判官 藤野博雄)

抗告代理人上口利男の抗告の趣旨及び理由

抗告の趣旨

原決定を取り消す、競買申出人新川信次部の競落を許さない、とのご決定を求めます。

抗告の理由

一、抗告人は、右不動産競売事件について、順位三番及び同四番の根抵当権者たる利害関係人である。

即ち、抗告人は、順位三番根抵当権者として債権極度額二五〇万円、第四順位の根抵当権者として債権極度額金一五〇万円の各根抵当権を有する。

二、競落人新川信次郎は、昭和三七年四月二六日右競売事件につき、四六七万円の競買申出をなし、これについて同年四月三〇日札幌地方裁判所の競落許可決定の言渡しがあつた。しかし、右競落は、次の理由により許されないものである。

(1)  右競落は、民事訴訟法第六七二条第二号により許されない。

即ち、競落人新川信次郎は、本件の不動産について、第六順位の抵当権者として札幌法務局昭和三一年三月二六日受付第七七四四号債権額金一〇〇万円の抵当権設定登記及び賃借権者として同局同日受付第七七四五号存続期間二〇ケ年賃料一ケ月二万円賃料支払方法昭和三六年三月分まで前払とし、同年四月分より毎月未日限り支払う旨の賃借権設定の各登記名義を有する。しかし、右抵当権及び賃借権は、いずれも右新川と所有者である平尾アキノが通謀してなした虚偽表示によるもので、存在せず、無効なものである。

ところが、本件の競売期日の公告には、右賃貸借が存在するものとして掲載されていたため、競売期日に他に競買の申出者がなく、新川は、存在しない無効な自己の賃借権を利用して、現在少くとも千五百万円の価値のある本件不動産を最低競売価格たる四六七万円で、やすやすと入手したものであつて、右のような競買申出人は、正当な競落人とはなり得ないものである。

(2)  本件競落は、民事訴訟法第六七二条第四号により許されない。

(A) 即ち、本件競売期日の公告には、前記(1) 記載の賃貸借を登記済の賃貸借として掲載している。しかし、右賃貸借は、(1) 記載のとおり通謀虚偽表示による無効なもので実在しないのであるから、かりに登記簿上賃貸借の登記があつても、その登記が虚偽である以上これを掲載することは違法である(昭和一一年九月一八日大審院民五決定、裁判例(一〇)民二二二頁ご参照)。

(B) かりに右賃貸借が存在したとしても、前記賃貸借は、本件競売申立抵当権者の抵当権設定登記後になされたもので、かつ、民法六〇二条の期間を超えるものであるから、抵当権者及び競落人に対抗し得ないものである。このような競落人に対抗し得ない賃借権は、競売公告に掲載しないかまたは掲載するにしても競落人には対抗し得ないことを明らかにしてなされなければならない。

本件の競売期日公告には、右賃借権の存続期間を二〇年として掲載されてはいるが、それのみでは、競売ブローカーならともかく、一般市民は競落する以上当然賃貸借を引受くべきものと思惟せざるを得ないので、公告に右のような賃貸借を掲載していないかまたは掲載されていても競落人に対抗し得ないものであることを明示した場合であれば競買を希望する者でも、競買を取り止め、あるいは取り止めないまでも極く低廉な価格で競買を申出ることは当然である。このことは、時価千五百万円もの価値ある本件不動産が、一人の競争者もなく、最低競売価格で落札したことからみても明らかである。本件競売期日の公告には、右のように、公告に記載すべきでない賃貸借を掲載した違法か、競落人に対抗し得ない賃貸借をこのことを明示せずに掲載したことの違法がある(昭和三一年七月二日福岡高裁民二決定、高裁民集九巻六号四〇四頁ご参照)。

三、抗告人は、前記競落許可決定が確定すれば、競落代金から租税公課及び先順位抵当権者の元本、利息、損害金が優先弁済され、抗告人の債権は弁済を受けられることなくしてその抵当権を喪失する結果となるので民事訴訟法第六八〇条第一項により右競落決定に対し即時抗告の申立に及びます。

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