札幌高等裁判所 昭和39年(う)191号 判決 1965年4月22日
被告人 水尻隆幸
主文
原判決を破棄する。
被告人を死刑に処する。
押収してあるシチズン腕時計一箇(昭和三九年押第七〇号の二七)は、被害者中村松太郎の相続人に還付する。
理由
本件控訴の趣意は、釧路地方検察庁検察官検事宮沢源造作成名義の控訴趣意書記載のとおり(量刑不当)であるから、ここにこれを引用する。
そこで、所論に鑑み、本件記録を精査し、当審でなした事実取調べの結果をも加えて、原判決の量刑の当否について按ずるに、被告人は、昭和三四年春肩書本籍地の中学校を卒業後、両親のもとで農業を手伝い、翌三五年六月頃、両親が離農し、北海道白糠郡白糠町栄町二区において食料品雑貨商を始めるにおよびこれに伴つて転居し、暫くはその仕事の手伝をしたり、トラツク運転助手として稼働したりしていたが、同三六年一一月頃母親の尽力により釧路市大楽毛三丁目二番地本州製紙株式会社釧路工場の下請会社大楽組に作業員として稼働することとなり、両親においても被告人の将来にようやく安堵するところがあつたのに、被告人としては、作業内容が過重であるとか将来性がないとか等の理由から次第にそこでの就職意欲を失い、同三八年二月中旬頃、母親に無断で折角の右大楽組を退職してから後は、かさねて職の見つからないままに、その頃、右食料品雑貨商も思わしくなく、これを閉店して専ら行商に明け暮れている親許で無為に過し、一週間につき二、八〇〇円支給される失業保険金があるのをよいこととし、その大部分をトラツク運転助手時代に馴染んだパチンコ遊戯に注ぎ込み、連日白糠所在のパチンコ店軒並に足を運ぶ等してこれに耽溺するようになり、ついにその遊興費に窮した挙句、原判示罪となるべき事実(一)のように、かつて、勤めていた前記大楽組事務所において現金二六万余円を窃取するに至つたものであり、その金員の多額に乗じ、これを白糠町において、パチンコ遊戯や友人達への饗応に費消して自己の欲望を満す一方、右窃盗の事実を加えて、同町内で他人から脅迫を受けたこともあつて、ここを去つて他に落ち着くべく、同年六月一日頃家族には釧路で就職すると偽り、その頃知り合つたバーの女給惣領弘美や友人宮崎正弘と共に帯広市に赴いたうえ、同市で部屋を借り受け、窃取した前記現金をもつて世帯道具一式を購入し、自炊しながらパチンコ遊戯等に遊び暮すうち、七月初旬には、現金を使い果してしまつたため、同市内のパチンコ店東光会館に住込店員となつて稼働し、ついで、九月二〇日からは肩書住居トリスバー「たこ福」こと宮下茂方に住込み、バーテン見習となつたが、所持金もないのに依然としてパチンコ遊戯に熱中して反省することなく、その遊興費を捻出するため、宮下方から給料の前借を重ね、一〇月末日の給料日には約三、〇〇〇円の借越をなし、しかも冬期を控えての防寒用衣類の購入の必要にも迫られる等心底より金銭の入手を渇望した挙句、またしても、前記大楽組事務所に侵入して現金を窃取しようと決意して、原判示罪となるべき事実(二)の犯行におよんだが、その首尾をとげることができなかつたところから、どうしても、現金を入手したいと思案の末、かつて大楽組に勤務中、菓子や果物類の掛買をし、時にはテレビをみせて貰つていたことのある間柄の雑貨店中村松太郎方には商売柄現金があるものと見当をつけ、原判示罪となるべき事実(三)の犯行を思い立つに至つたものであつて、本件各犯行の動機たるや、被告人の放縦きわまりない浪費癖を満すことにあるまつたくの利己的なものとして何等憫諒すべき余地はなく、その態様においても、原判示(一)および(二)の大楽組事務所での犯行は、いずれも、被告人がかつて勤務していたことから、右事務所内の金庫には給料日には平素より多額の現金が保管されていたことを知つていたため、原判示(一)の場合は白糠から、同(二)の場合は帯広から、深夜わざわざ汽車に乗つて同所に赴いただけでなく、金庫破壊等の必要に備えてバリあるいは手斧等を携行するという極めて計画的なものであること、ことに、原判示(三)の犯行たるや、被告人は、深夜右知り合いの間柄にある中村松太郎方茶の間に侵入して所携の万年筆型懐中電燈をもつて物色しても現金を発見できなかつたことから、さらに奥座敷を窺い、右中村松太郎(明治二二年五月一五日生)、同しげ(同三七年一二月二一日生)が就寝しているのを認め、襖の辺りで暫時逡巡していたとはいえ、両名が目を覚した場合には殺害しても同人等から金品を強取する決意のもとに、所携の手斧を紙袋から取り出し、同座敷に忍び入る間もなく、右松太郎が寝返りを打つたというだけで矢庭に右手斧をもつて、同人の頭部目がけて数回強打し、ついで、その気配に目覚めた右しげの傍に走り寄りざま、同女の頭部目がけて右同様強打してそれぞれ原判示傷害を負わせ、いずれも人事不省におちいらせたうえ、同室内の和洋各箪笥や押入を物色した末、松太郎所有の現金一八、〇〇〇円位、その他原判示物件を強取し、その頃右寝室で寝たまま右両名を前記頭部に受けた傷害による脳機能傷害により死亡させて殺害したものであり、しかも、それが被告人にとつては恩義こそあれ何等恨みもない被害者夫婦が一言の難詰の言葉すら被告人に対してのべ得ず、かつ、無抵抗の状態において被告人の単なる我慾を満すためだけになされたものであることを思うとき、その兇暴残虐にして冷酷無情なること言語に絶するものがあり、そのため、何等非違なく老後の生活に安住していた者二名の生命を安易に奪うに至つているのであつて、その結果また極めて重大であること、これに当審で取調べた証拠によりうかがえる被害者側の本件につきいまなお医えない痛憤の念の甚大なことおよびこの種犯罪の一般社会に与える脅威を考慮するときは、生命の安全は基本的人権として何にもまして重んぜられなければならないのに、ややもすると、人命を軽んずる挙に出る犯罪が若年者によつて案外無雑作に行われることの跡をたたない今日、犯罪を防圧するという刑罰の目的からみても、本件の犯行は軽視できないものがある。まして、被告人は、その知能、体格の発育において特段かくるところなく、本件犯行当時、すでに異性との交渉をもつ生活もつづけ、本件犯行は被告人が成人となる僅か一〇日前に敢行されていること等に鑑み、その成年に達していないというだけで直ちに思慮分別の未熟な少年であるものとして犯情を軽減するに足りるものとは考えられず、また、被告人は、白糠で街の不良から脅迫されたのも、もとはといえば自己がパチンコ遊戯に耽けつていた生活態度に基因することを十分知り得ていた筈であり、母親からも、慎しむことをいましめられていたのであるから、本来なればその当時からこれを慎しむべきであつたにもかかわらず、そのことをせず、本件犯行後もこれを敢えて改めなかつたこと等からも、犯行直後被告人に改悛の情が湧いていたものとは解し難いことその他諸般の事情を彼此勘案すると、被告人の本件所為は少年の限界を超えた天人ともに許さざる悪虐惨酷なものというべく、正に極刑に値するにもかかわらず、原判決が被告人の年齢、改悛の情に比重を置いて被告人に科するに死一等を減じたのは、その量刑寛に失するものと認めざるを得ない。論旨は理由がある。
よつて、刑事訴訟法三九七条、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い本件につきさらにつぎのとおり判決することとする。
原審が適法に認定して事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為中罪となるべき事実(一)の建造物侵入の点は刑法一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、窃盗の点は刑法二三五条に、(二)の建造物侵入の点は同法一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、窃盗未遂の点は同法二四三条、二三五条に、(三)の住居侵入の点は同法一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、各強盗殺人の点は刑法二四〇条後段に該当するところ、右の建造物侵入と窃盗、建造物侵入と窃盗未遂、住居侵入と各強盗殺人との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので同法五四条一項後段、一〇条により右(一)および(二)については重い窃盗および窃盗未遂の各罪の刑で、(三)については最も重い中村松太郎に対する強盗殺人の罪の刑で処断すべく、右強盗殺人の罪の所定刑中死刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四六条一項に則り他の刑を科せず被告人を死刑に処し、押収してある主文掲記の物件は前記の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかなので刑事訴訟法三四七条一項に従いこれを被害者中村松太郎の相続人に還付すべきものとし、なお、同法一八一条一項但書を適用して原審ならびに当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官 矢部孝 中村義正 半谷恭一)