札幌高等裁判所 昭和39年(ネ)192号 判決 1965年10月29日
控訴人
早瀬勝一
右訴訟代理人
大野米八
被控訴人
横山広見
右訴訟代理人
土井勝三郎
右訴訟復代理人
岩谷武夫
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は控訴人に対し、別紙目録第一記載の建物を収去して、同目録第二記載の土地の明渡しをせよ。
被控訴人は控訴人に対し、昭和三三年八月一日以降右明渡し済みまで、一ケ月金一〇〇〇円の割合による金員の支払いをせよ。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被控訴人の、その一を控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
<前略>また、右に認定したような内容の修繕工事は、建物保存のため当然予想される通常の修繕ということはできないことも明らかである。そして、原審鑑定証人工藤剛一の証言により、本件建物は、これを放置すれば三年位しかもたなかつたのが修繕により耐久年数を二〇年以上に増加したものであると認めうるのであつて、このことと、前記認定の修繕内容とを総合し、本件建物の修繕を改築同様の大修繕ということができる。けだし、以下に考察しようとする建物朽廃に伴う借地権消滅の問題に関する限り、その大修繕が建物の同一性を失わしめるような「改築」であるかどうかよりも、むしろ、大修繕によつて建物の命数が著るしく延長せられる点において「改築同様」であるといいうるか否かが重視せらるべきであり、本件における前記のような建物の命数の延長は、右の意味において、同一性が維持されたか否かを問うことなく、これを改築同様のものと断じうるからである。
そこで、問題は、このような通常の修繕の域を越えた大修繕が行なわれて、その結果建物の命数が著るしく延長された場合、そのことが借地権は地上建物の朽廃とともに消滅するとした借地法第二条第一項但書の解釈適用上いかなる意味をもつか、換言すれば、このような大修繕の行なわれた場合、借地権は、修繕がなされなかつたならば朽廃する筈であつた時点において消滅するのか、それとも、大修繕にもかかわらず、建物の現実に朽廃する時点までは存続するのか、との法律解釈の結論いかんにかかることとなる。
もとより、このような大修繕について土地所有者が積極的に承諾を与えていた場合ならば、借地権が修繕後の建物の現実朽廃時まで存続すると解すべきであるし(当裁判所昭和三九年二月二五日判決、下級民集第一五巻二号三八二頁参照)、そうでなくても、改築同様の大修繕に対して何らの異議をも述べずに修繕工事の完成を許したような場合には、修繕なかりせば建物の朽廃すべき時期における借地権消滅の効果を主張することは許されぬものと解すべきであろう(当裁判所昭和三九年六月一九日判決高裁判例集一七巻五号二九一頁参照)。しかしながら、土地所有者が修繕工事に対し、その着手前から反対の意図を表明し、あるいは工事中に遅滞なく異議を述べているのに、これを無視して改築同様の大修繕工事を完成したような場合には、民法施行法第四四条第三項の法意を類推して、当該借地権は、修繕前の建物が朽廃すべかりし時期において消滅するものと解すべきである。(大審院昭和九年一〇月一五日判決、民集一三巻一九〇一頁参照)。けだし、このように解しえぬとすれば、借地権者は、かかる大修繕を繰り返し加えることに永久に建物を朽廃に至らしめざることを得るの結果となるのであつて、前記借地法の法条は事実上空文に帰するに至るからである。<後略>(伊藤淳吉 臼居直道 倉田卓次)
〔参考〕 第一審判決(昭三九・七・二言渡)
〔判決理由〕原告は、右の建物に加えられた被告の補修がなければ右のアパートはおそくとも昭和三六年七月末をもつて朽廃すべかりしものであり、右の時期に本件土地賃貸借契約は消滅したと主張するのでこの点について考える。
借地法第二条第一項但書にいう建物の朽廃したるときの意義については、(一)地上建物が既に建物としての効力を全うすることができないような状態にまで腐朽頽廃した場合は勿論のこと、現時に右のような状態ではなくても、もし当該の建物が普通の修繕を加えても尚自然の推移によつて腐朽頽廃、その効力を失却したであろうと考えられる場合を含むという立場と、(二)現実に当該建物がその建物としての効用を全うし得ない程度に腐朽頽廃した場合のみをいうとする立場とがあるが、当裁判所は後の立場に従う。この立場に従えば、該建物が現実にその形体効用を保指し得てこれを失わない間に、これに修繕を加えて朽廃の現状にない以上、その加えた修繕の程度の大小如何を問うことなく――但し建物の同一性は維持される必要がある。――土地の賃借権は消滅しないものといわなければならない。蓋し借地法は、強者とされている土地所有者に対し、弱者である借地権者の建物所有権を保護するという目的をもつと同時に、建物が個人の私的財産であるということを超えて社会経済的に居住者の生活の基礎をなす重要な財産である点に着眼し、社会公共の立場から、建物自体の存続に保護を与える目的を有し、そのために土地所有者の受ける不利益は、社会公共の福祉による所有権の制限であることに帰するのであつて、借地法においては、借地人の利益保護の趣旨において、借地人のためにのみ片面的強行性が与えられていることをも併せ考慮すれば、借地賃貸借契約の終了原因たる朽廃の意味は、厳格に解すべきであると同時に、朽廃前における家屋の修繕の程度はむしろこれを緩和的に解すべきであり、建物に加えた普通の修繕はもとより、大修繕であつても建物の同一性を喪わしめないものである以上、これを施すことによつて建物の「朽廃」たることを免れ得ると解するのが借地法の趣旨に合致するものと考えられるからである。
もつとも右のような見解に対しては、借地権者が建物に大修繕を施すことを連続すれば、建物朽廃の時期は、永久にこないということになるという批判が生ずることは容易に考えられるのであるが、一旦建築されて土地に定着せしめられた建物は、たとい大修繕を加えてでも、その利用を全うすることが社会経済的の利益であつて、その反面からいえば、一度建物の敷地として提供された土地の所有権はその制約を甘受することを余ぎなくされるとされてもやむを得ないところである。
そこで右の理を本件についてあてはめてみるに、鑑定人工藤剛一、同山口政一の各鑑定の結果と、成立に争いのない甲第二号証の表題部の記載によれば、本件建物は、被告の前記の改修の前後を通じて同一性を有するものと認めることができるので、先に認定した被告の改修が、如何なる程度、規模のものであつたかについての吟味を経る迄もなく、現に本件アパートが腐朽頽廃の状態に達していない以上建物の朽廃による借地権の消滅を原因とする原告の請求は理由がないことに帰着する。(右田堯雄)