札幌高等裁判所 昭和41年(行コ)8号 判決 1967年3月29日
札幌市北五条西一七丁目
控訴人
山本梅吉
右訴訟代理人弁護士
板井一治
同市大通西七丁目
被控訴人
札幌国税局長
原秀三
右指定代理人
岩佐善己
同
森麟二
同
草野尚
右当事者間の課税処分取消請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和四〇年六月一五日控訴人の審査請求につきなした決定中、総所得金額および年税額を減じた部分を除き、その余はこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上・法律上の主張および証拠関係は、控訴代理人において、
一、本訴には所得税法(昭和四〇年法律第三三号)附則第二条により同法による改正前の所得税法の規定が適用されるものであるところ、旧所得税法の規定が行政事件訴訟法第一条にいう「他の法律に特別の定めがある場合」に当ることは明らかであるから、本訴には行政事件訴訟法を適用すべきではない。
二、仮りに同法の適用があるとしても、同法第一条第二項は処分の取消しの訴とその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴との双方の訴を提起し得る場合には裁決取消しの訴においては処分の違法を理由として取消しを求めることはできない旨の規定であるところ、本訴に適用さるべき旧所得税法では処分取消しの訴は許されていなかつたから、本訴(裁決取消しの訴)において処分に存する違法事由を主張しうるものである。
三、のみならず、旧所得税法第五一条第二項は裁決(同法第四九条第六項第二号による審査請求棄却決定)に対する出訴を認めており、本訴は右規定に基づくいわば既得権としての出訴であつて、これを奪うが如きことは憲法第三二条に違反する。
と述べ、
被控訴人において、右の主張は争う、本訴は国税通則法第八六条の規定からも明らかなように、行政事件訴訟法の抗告訴訟における取消訴訟の制限規定が適用される。と述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
理由
当裁判所も控訴人の本訴請求を失当と判断するものであつて、その理由は次に附加するほか原判決理由に記載するところと同一であるから、全部これを引用する。
附加する点は次のとおりである。
一 控訴人は本訴には行政事件訴訟法の適用がないと主張するが、国(その機関としての被控訴人)と納税義務者との間に生ずる租税に関する基本的法律関係は国家課税権という公権力の行使に関するものであり、税金賦課の違法を主張して申立てられた審査請求に対する裁決も亦公権力の行使によるものであつて、行政事件訴訟法第三条第三項にいう行政庁の行為に当るものであることは明らかであるから、右裁決の違法を争う訴は同法第一条に規定する行政事件訴訟であることは多言を要しない。(国税通則法第八六条参照)
同条にいう「他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律に定めるところによる。」との規定の趣旨は、行政事件訴訟につき他の法律で訴願前置を定め、あるいはいわゆる裁決主義を定める等それぞれ特別の必要に応じて特殊の取扱を定めることを妨げず、右特殊の取扱を定めたときはそれらの定めは同法に対して特別法としてそれぞれの場合優先適用されることを規定したにすぎないものと解すべく、本訴に適用される旧所得税法には右にいう「特別の定め」はなされていないから、その性質上行政事件訴訟である本訴につき基本法たる行政事件訴訟法が適用されることは当然である。控訴人の右主張は控訴人独自の見解に出るものであつて採用の限りでない。
二 次に控訴人は本訴には同法第一〇条第二項の適用はないと主張するが、すでに引用した原判決理由第二説示のとおり本訴には右法条の適用があると解すべきである。旧所得税法がいわゆる裁決主義をとつているとの控訴人の主張は同法の誤解に基づくものであつて到底採るを得ない。而して旧所得税法に原処分の違法を理由とする裁決取消の訴を制限する規定が置かれていなかつたとしても、それが行政事件訴訟法第一条にいう「特別の定め」として同法施行後も同法第一〇条第二項の適用を排除するとは解し難く、かえつて同法附則第五条の規定の反対解釈からいつても、同法施行後は、旧所得税法による裁決に対する取消の訴についても、行政事件訴訟法第一〇条第二項が適用されるものというべきである。
三 控訴人はまた本訴は旧所得税法に基づく既得権としての出訴であつて、これを奪うことは憲法第三二条に違反すると主張する。
しかし、旧所得税法による処分については裁決取消の訴のみしか提起できないことを前提とする控訴人の主張は、その前提において採用できないこと前説示のとおりであるから、旧所得税法による処分についても裁決取消の訴の理由を制限することは何らその出訴権を奪うものではなく、現に本訴は正に控訴人の主張する裁決(再審査請求棄却決定)に対する取消しの訴として受理され、審理されているのであつて、何ら憲法第三二条違反の問題を生じない。
尤も右主張を本訴において原処分の違法を主張し得ないとすれば、実質的に国民の裁判を受ける権利を奪うに等しく憲法第三二条に違反するとの主張と善解されなくもないが、そのように善解してみても本訴に適用される旧所得税法は裁決主義をとつていないのであるから、控訴人には原処分の取消しを求めて出訴できる途が残されていないわけではなく原判旨のように解したからといつても憲法第三二条に違反するとはいえないから、右主張も亦採るを得ない。
そうだとすれば控訴人の本訴請求は失当であつて棄却すべく、これと同旨の原判決は正当で本件控訴は理由がなく棄却を免かれない。
よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条により主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 潮久郎 裁判官 半谷恭一)