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札幌高等裁判所 昭和42年(ネ)310号 判決 1968年7月18日

控訴人 片岡秀

右訴訟代理人弁護士 橘精三

同 岩沢誠

右訴訟復代理人弁護士 猪股貞雄

被控訴人 北海道鉄骨橋梁株式会社

右代表者代表取締役 竹山凉一

右訴訟代理人弁護士 馬見州一

参加人 北海道知事

右指定代理人 岩佐善巳

<ほか五名>

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件記録によると、控訴人は、控訴人所有にかかる原判決末尾添付目録記載の土地(以下「本件土地」という)外五筆の土地に対する農地法第九条による国の買収処分の無効を前提とし、本件土地につき国から小沢三次郎を経て被控訴人へ、外五筆の土地のうち一筆については国から川村雅夫を経て西条明男へ、三筆については国から小林平作を経て宗形有裕へ、一筆については国から小沢三次郎へ順次売買による所有権移転登記がなされているけれども、本件土地外五筆の土地の所有権は依然として控訴人に帰属すると主張して、その登記名義人である被控訴人および西条、宗形、小沢の四名に対し、控訴人が本件土地外五筆の土地の所有権を有することの確認および右各登記の抹消登記手続に代えて直接控訴人へ所有権移転登記手続をなすべきことを求める訴を、昭和三八年一〇月三一日、弁護士岩沢誠、同橘精三を訴訟代理人として原裁判所に提起し(以下「本件訴訟」という)、これに対し、被控訴人および西条、宗形、小沢らは弁護士小関虎之助を訴訟代理人として応訴し、同人らがそれぞれ本件土地外五筆の土地の所有権登記名義人であることは認めるが、右控訴人主張の農地買収処分の無効を争い、被控訴人らは各自登記簿の記載どおりの経過で本件土地外五筆の土地の所有権を有効に取得したものと主張し、北海道知事も右訴訟に参加して一六回に亘って口頭弁論期日が開かれた後、昭和四二年六月二一日の和解期日において、控訴人と被控訴人間で「控訴人は本件土地が被控訴人の所有であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し二四六万〇三四〇円を昭和四二年八月一五日限り支払う。」との内容の訴訟上の和解(以下「本件和解」という)が成立したことが認められる。

二、控訴人は、本件土地の所有権登記名義人および占有者が被控訴人であると信じて本件和解をなしたものであるところ、右和解成立当時の真実の登記名義人および占有者は訴外株式会社釧路製作所であって、このような誤信は法律行為の要素の錯誤にあたるから本件和解は無効である、と主張するので判断する。

控訴人および被控訴人双方が本件土地の所有権登記名義人および占有者が被控訴人であることを前提として本件和解をなしたこと、ところが、本件土地については昭和四〇年三月九日付をもって被控訴人から訴外株式会社釧路製作所へ所有権移転登記がなされ、かつ占有も移転されており、本件和解成立当時被控訴人は本件土地の所有権登記名義人でも占有者でもなかったことはいずれも当事者間に争いがない。しかしながら、≪証拠省略≫を総合すると、次の諸事実が認められる。

(一)  本件和解成立の相当以前から当事者間に本件訴訟を和解によって解決しようとの気運があらわれ、被控訴人らの訴訟代理人小関弁護士から、本件土地を含む係争土地全体につき、現地で分割するかその評価額で清算するかは兎も角として、これを当事者双方で折半するとの和解案が提示され、参加人指定代理人をも交えて折衝した結果、昭和四二年五月一五日の第一六回口頭弁論期日頃には、双方ともこの案を基本線とすることを納得し、土地そのもので分割しない場合は、和解において確定的に土地所有権を取得する者が相手方に対し代償として当該土地の鑑定評価額の半額を金銭で支払うとの了解に達し、双方で不動産鑑定士に本件土地外五筆の土地の価額の鑑定を依頼することになった。

(二)  同年六月二一日の和解期日には、控訴人代理人橘弁護士、被控訴人ら代理人小関弁護士および参加人指定代理人が出頭し、当日提出された鑑定評価書にもとづき最終的な意見の調整を行った結果、小沢については、その所有名義の係争土地(登記簿上の地目畑)が控訴人の所有であることを認めて控訴人のため所有権移転登記手続をし、その代り控訴人から小沢に対し右鑑定書による当該土地の評価額の半額六三四万七八四〇円を同年八月二〇日限り支払う旨の合意が成立したので、手続上小沢関係の弁論のみを分離して農事調停に付し、右合意どおりの調停調書を作成し、また、被控訴人および西条、宗形の関係については、係争土地上に建物があるなど土地自体を分割することは事実上困難な状況にあったので金銭的に解決することになり、控訴人において、被控訴人ら所有名義の各係争土地が同人らの所有であることを確認し、被控訴人らに対する所有権確認および所有権移転登記手続請求は放棄し、その代償として各土地の評価額の半額(被控訴人は上記のとおり二四六万〇三四〇円、西条は四五四万三四〇〇円、宗形は一一八万〇六二〇円)の支払を受けるとの合意が成立し、ただその支払時期は、これをもって前記控訴人の小沢に対する支払金に充てる必要上同年八月一五日と定めて和解調書が作成された。

(三)  右和解調書作成に至るまで、当事者間で本件土地の現在の所有権登記名義人もしくは占有者が誰れであるかという点について問題になったことは全くなく、前記鑑定評価書中に本件土地の所有者が株式会社釧路製作所である旨の記載がなされていた事実はあるが、和解の席上では金員の授受による解決の前提として専ら土地の価額のみが関心の対象になっていたため、その記載に気付いた者はなかった。また、被控訴人らの控訴人に対する金員支払の条項について、控訴人側では約定の期日に約定の金員を確実に支払を受け得るものと考えており、不履行の事態が発生する可能性など全然予想せず、したがって和解条項中にも過怠約款その他人的または物的担保を要求するなど被控訴人らの不履行に対処すべき特約は全く定められなかった。

以上の諸事実が認められ、右認定を覆し得る的確な証拠はない。

上記のとおり、控訴人、被控訴人双方とも本件土地の所有権登記名義人および占有者が被控訴人であることを前提として本件和解をなしたものである以上、右事実は表示された動機として本件和解契約を構成する意思表示の内容になったものといわなければならないが、法律行為の要素に錯誤があるというためには、その錯誤が単に意思表示の内容についてあるだけではなく、表意者の立場および取引一般の観念からみて表意者にその錯誤がなかったならばそのような意思表示はしなかったと考えられるほどに意思表示の内容の重要な部分について存することを要すると解するのが相当である。右認定の事実によると、控訴人は、小沢との間では係争土地の所有権を取得することになったが、被控訴人外二名との間では金銭的解決をはかることになり、本件土地を含む係争土地の価額の二分の一相当の金員の支払を受けることで満足し、その代り右土地についての請求を放棄して被控訴人らの権利を全面的に承認する趣旨で本件和解が成立したものであって、控訴人としては、被控訴人らから約定の金員を約定の弁済期に確実に支払を受け得ることを専らの関心事としていたというべきであり、本件土地の所有権登記名義人および占有者が被控訴人であるか否かは本件和解契約を構成する意思表示の内容の重要な部分にあたらないと認めるのを相当とする。

三、そうすると、控訴人主張の本件土地の所有権登記名義人および占有者に関する錯誤は、本件和解の要素の錯誤ということはできないから、本件和解の効力に影響を及ぼすものではなく、右和解による本件訴訟の終了を宣言した原判決は相当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 黒川正昭 島田礼介)

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