札幌高等裁判所 昭和42年(行ス)1号 決定 1967年9月25日
抗告人(被申立人) 札幌入国管理事務所主任審査官
訴訟代理人 岩佐善己
相手方(申立人) 柳[木貞]烈
主文
本件抗告を棄却する。
理由
(抗告の趣旨および理由)
抗告人の抗告の趣旨並びに理由は別紙即時抗告申立書記載のとおりである。
(当裁判所の判断)
一、一件記録特に疎甲第一、二号証、同第三号証の一ないし四、同第六、七号証、同第八号証の一ないし三、同第一四、一五号証、同第一七号証、疎乙第四号証の一、二、同第六号証によると、つぎの事実が疎明される。
(一) 相手方は昭和四一年一一月七日、札幌入国管理事務所入国審査官より、申立外柳乎烈の入国を助けたものとして出入国管理令(以下単に令という。)第二四条第四号ルに該当するとの認定を受け、即時これに異議があるとして同事務所特別審理官に口頭審理を請求したが、同審理官は右認定に誤りがない旨の判定をしたので、更に法務大臣に対し異議の申立をしたところ、法務大臣は昭和四二年三月三日、右異議の申立が理由がない旨の裁決をし、同月六日抗告人に右裁決の通知をした。そこで抗告人は同年四月一七日、令第四九条第五項により相手方に対し右裁決の結果を通知するとともに退去強制令書を発付し、直ちにその執行に着手したが、相手方の請求があつたため、財産および身辺の整理を理由に直ちに仮放免をし、以後再度に亘る仮放免期間の延長を行い、その最後の期限は同年七月一七日午前一一時となつていること。
(二) 相手方は、右抗告人のした退去強制令書発付処分を不服とし、右法務大臣の裁決の取消と併せて抗告人を相手取つて右処分の取消を求める本案訴訟(札幌地方裁判所昭和四二年(行ウ)第一四号事件)を提起したこと。
(三) 相手方は肩書住所地に妻渋谷キン(日本人であり昭和二三年頃結婚し、同四〇年九月六日婚姻届出をした。)と居住し、長女純子(昭和二九年七月生)を札幌市所在の北海道朝鮮初中級学校中級部第一学年に寄宿通学させ、自らは肩書住所でパチンコ店ヒカリ会館を経営するとともに、パチンコ機械販売を目的とする北栄商会を主宰し、札幌市菊水西町一〇丁目にその営業所を置いているものであるが、いずれも個人企業であり、その業績は現に銀行取引停止中であつて総計三千万円に近い借入金および買掛金債務を負担していて、その大部分のものについて各債権者との間に概ね一、二年以内の割賦返済を約していること。
以上の事実が認められる。
二、そこで相手方が右事実関係の下において、右退去強制令書発付処分の取消を本案訴訟として、右退去強制令書にもとづく執行の停止を求める理由があるかどうかを抗告人の抗告理由の順序に従つて判断する。
(一) 抗告人は先ず、本件は本案について理由がないとみえるときにあたると主張する(抗告理由第一)。
しかし乍ら、抗告人提出の疎明によつては相手方の行為の具体的態様が必ずしも明らかでなく、これを相手方が一応疎明した従来の境遇・現在の環境等に鑑みるとき、抗告人の主張・疎明するところを考慮に入れても、未だ本件退去強制令書発付処分が適法であることについて全く疑問の余地がないものと即断しがたく、この点についてはなお本案訴訟において事案の具体的態様を究明し、令の立法目的に照らし仔細に検討した上で事案の判断をするのが相当であり、結局現段階においては未だ直ちに行政事件訴訟法第二五条第三項後段にいう「本案について理由がないとみえるとき」に該当するということはできないものというべきである。
なお抗告人は、本件退去強制令書発付処分は令第四九条第五項により法務大臣の裁決に従つてなしたものである以上、抗告人には裁量の余地とてなくこれを違法ということはできない旨主張するが(抗告理由第一の二、(一)(三))、前記条項の定めは、一旦法務大臣の裁決があつた以上、手続上主任審査官の令書発付を義務付けたに過ぎず、これに先行する入国審査官の認定、特別審理官の判定および法務大臣の裁決に実体上の違法事由がある場合その瑕疵はこれにもとづく主任審査官の退去強制令書発付処分の効力に影響を及ぼし、その処分もまた実体上違法となるものと解すべきであるから、法務大臣の裁決の趣旨に従つたことを理由として、本件退去強制令書発付処分が適法であるとすることはできない。
(二) つぎに抗告人は、本件の場合相手方につき回復困難な損害を避けるため緊急の必要性があるときにあたらないと主張する(抗告理由第二)ので判断する。
行政事件訴訟法第二五条第二項にいう「回復困難な損害」とは処分を受けることによつて被る損害が金銭賠償不能あるいは原状回復不能のもの、もしくは著しい損害でなくても、社会通念上その回復が容易でないとみられる程度のものであれば足りると解すべきところ、前認定の事実によれば本件処分が全部執行(送還まで)された場合には、それが現在における相手方の社会・経済・家庭上の生活環境を完全に変更するものであつて、その回復は事実上不可能となる性質のものであることが明らかであるから、本件処分の全部執行によつて、相手方は回復困難な損害を被るものであり、且つこれを避ける緊急の必要があるものというべく、抗告人の全疎明をもつてもこの判断を左右するに足りない。
さらに本件処分がその一部執行(収容の限度において)される場合につき考察するに、前認定の相手方の営業の規模・態様からみると、相手方本人が営業の主宰者であつて、これに代つてその営業を主宰できる者が直ちに得られるとも認められない(疎乙第六号証によつてもその様な人物が得られる具体的事実の疎明はない。)本件においては、相手方が収容された場合、その営業継続は円滑を欠き、あるいはその主宰者が収容されたことによる信用の低下を来すなどして事業成績が下落することは容易に推測しうるものというべく、従つて相手方のいう程ではないにしても、前認定の如き多額の負債を抱えている現状においては、収容という事態によつて相手方に事業経営の破綻を招来するおそれのあるほか、その財産整理に関しても通常の場合に比して著しく不利な立場に立たされる結果、相手方において財産上回復の容易でない損害を被むるおそれがあるといつても過言ではない。他方本件処分における収容は、その窮極の執行(送還)を保全するためのものであると解すべきところ、前認定のような相手方の生活環境、本案訴訟追行の必要その他に照らし、相手方に逃亡のおそれがあるとも考えられず、それに収容処分自体が直接相手方の自由を制限してこれにより精神上・肉体上の苦痛を及ぼすものであることを勘案するときは、前示相手方の損害にかかわらずなお且つ本件収容処分の執行をなすべき公益上の必要性に乏しいものであるから、結局本件の場合収容の限度においても、たとえそれが送還処分におけるよりも軽度であるにしても、なお相手方につき回復困難な損害を生ずるおそれがあり、且つこれを避ける緊急の必要性があるものというべく、抗告人の全疎明をもつてしてもこの判断を左右するに足りない。
なお抗告人は、(1)退去強制事由に該当する者は即時強制送還されることが当然であるから収容・送還により損害は生じない旨および(2)相手方の身辺整理が終了した旨、仮りにそうでないとしても、その整理が直接本人によらなければならないものではない旨を主張する(抗告理由第二(1)ないし(3))けれども、論旨のうち、本件処分が当然に適法であることを前提とする部分(右(1)の点)は、既に説示したように相手方の本案請求が一応理由なしとはいえない以上、直ちに採用し難く、また身辺整理の必要性ないし支障の有無に関する部分(右(2)の点)については、抗告人提出の資料によつては未だ前示判断を覆すに足りないから抗告人の右主張はこれを採用することはできない。
(三) 最後に抗告人は本件の執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると主張する。(抗告理由第三)
抗告人のこの点の論旨は要するに本件執行停止の結果、相手方が所在不明となるおそれが極めて強いというものであるが、過去における相手方の態度はしばらく措き、現段階においては、相手方の生活環境、本案訴訟追行の必要性からみて、逃亡のおそれあると認められないことは既に説示したとおりである。たとえ、本件処分の全面的停止により、仮放免の場合と異なる状態を招来することになるとしても、本件処分の適法なことを前提とする仮放免の場合と比較した上で本件執行停止をもつて令による外国人の管理不能を招来するものとし、ひいては公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとするのは当らない。(なお将来本件執行停止の理由が消滅し、その他事情が変更したときは、抗告人は本件執行停止の決定の取消を申立てることができる。)従つてこの点に関する抗告人の主張は採用し難い。
三、以上のとおりであるから、相手方の本件執行停止の申立は理由があり、これを全部認容した原決定は相当であつて、本件抗告は理由なく、(その一部取消を求める限度においても)失当として排斥を免れない。
よつて、主文のとおり決定する。
(裁判官 野木泰 今富滋 潮久郎)
(別紙)
即時抗告申立書
抗告の趣旨
(第一次的趣旨)
原決定を取消す。
本件退去強制令書執行停止の申立を却下する。
申立費用は、第一、二審とも相手方の負担とする。
との決定を求める。
(第二次的趣旨)
原決定を次のとおり変更する。
抗告人が昭和四二年三月七日付で相手方に対してなした退去強制令書にもとづく執行は、その送還の部分にかぎり、本案判決の確定するまでこれを停止する。
本件執行停止申立のその余はこれを却下する。
申立費用は第一、二審とも相手方の負担とする。
との決定を求める。
申立の理由
第一、本案について理由のないことが明らかである。
一、相手方は、本件外国人退去強制令書に記載の退去強制事由(出入国管理令第二四条四号ル)に該当する。
(一) 本件退去強制令書が発付・執行されるに至つた経緯は次のとおりである。
相手方は、西暦一九二〇(大正九)年三月一二日、朝鮮慶尚南道山清郡新安面新安里において、本籍地を朝鮮に有する者を両親(父柳震傑、母権性女の長男)として出生し、終戦前から引き続き日本国に在住しているものであるところ、昭和四一年四月二八日神戸簡易裁判所において略式手続により出入国管理令違反幇助の罪で罰金五万円の刑に処せられた。(疎乙第一号証、なお、柳乎烈は、昭和四一年八月三〇日神戸地裁において、出入国管理令違反、外国人登録法違反により懲役八月執行猶予三年の判決の言渡を受け、(同年一二月三一日確定。疎乙第七号証。)本年初頭本邦を強制退去させられた。)
右裁判の認定事実は「被告人は、昭和三九年四月頃韓国に居住する実弟柳乎烈から、本邦へ不法入国したいとの希望を打明けられたので、其の頃同人に対し、札幌市内から手紙を出し不法入国の方法について、韓国釜山市に居住する兪道三の指図、援助によるべき旨を通知すると共に、柳乎烈の渡航費を負担し、同人をして同年九月上旬頃浦項港より韓国船第十三東一号に船員として乗込ましめて神戸港に入港させ、同港に碇泊中の同月一二日頃入国審査官の上陸許可を受けないで同人を本邦に上陸させ、もつて柳乎烈の右犯行で容易ならしめてこれを幇助したものである。」というにある。
ところで、右略式命令により以後相手方について、退去強制該当容疑者として審査手続が開始され、札幌入国管理事務所入国審査官は、昭和四一年一一月七日に相手方が出入国管理令第二四条四号ルに該当することを認定した。相手方は即時この認定に対し同事務所特別審理官に口頭審理を請求したが、同審理官は右認定に誤りがない旨の判定をした。相手方は右同日法務大臣に異議の申出を行なつたが、法務大臣は同四二年三月三日付をもつて、右異議の申出は理由がない旨の裁決をした。同年同月六日右裁決通知を受けた同事務所主任審査官は、同令四九条第五項に則り、同年四月一七日相手方に対し右裁決結果を告知するとともに、本件退去強制令書を提示してその執行に入つたが、同人の請求により、財産および身辺等整理を理由に、同日仮放免(期間、同年五月一七日午前一一時まで)し、以後再度にわたる仮放免期間の延長(期間、同年六月一六日午前一一時までおよび同年七月一七日午前一一時まで)を経て本件執行停止申立に至つたものである。
(二) 本件退去強制令書発付の基礎となつた同令第一四条四号ル該当事実の存在は次により明らかである。
韓国籍を有する外国人である申立外柳乎烈が、昭和三九年九月九日韓国船(第一三東一号)乗船員として神戸港に入港し、入国審査官の上陸許可を受けずに同港に上陸して不法に本邦に入国したこと、および相手方において前記(一)「裁判の認定事実」記載のように、柳乎烈の右犯行を容易ならしめてこれを幇助したことがいづれも適式な裁判手続により厳格な証拠に基づいて確定している(疎乙第一、七号証)。そして、右行為の動機・目的等の事情は、「実弟の勉学のための来日意欲にほだされ、兄としての情やみがたく」本行為に至つたにすぎないことが、右各証および相手方の供述(疎乙第三号証)によつて明らかである。
(三) 出入国管理令第二四条四号ルの構成要件該当性について
(1) (法一二六号該当者についての適用問題………相手方申立書別紙請求原因第三)
昭和二七年法律第一二六号該当者に対しても、出入国管理令の適用は排除されることなくすべてその対象となるものである。すなわち、朝鮮人・台湾人は、同法第二条第六項にいう「日本国との平和条約の規定に基き同条約の最初の効力発生の日(昭和二七年四月二八日)において日本の国籍を離脱する者(平和条約第二条)」として、以後新たに外国人となり(なお、出入国管理令第二条二号が現行「外国人、日本の国籍を有しない者をいう。」のように改正されたのは、右条約発効と同時施行の右同法律一二六号によつてである。)、すべて同管理令の対象となつたが、戦前からの特殊事情を考慮し、一律に同令を実施することを避けるため、そのうち、わが国が降伏文書に調印した昭和二〇年九月二日以前から、引き続き本邦に在留する者について同令二二条の二第一項(在留期間の制限)の特則を設けて、同該当者については引き続き「在留資格を有することなく本邦に在留することができる。」ことを認めたものであつて、右条項の規定自体から明らかなように、あくまで同令第二二条の二第一項の特則たるにとどまり、同令全般の、まして同令第二四条四号(強制退去)の適用を排除せんとする法意では全くありえない。従つて、本件法律第一二六号該当者といえども管理令第二四条四号の対象となるものである。
(2) (同条項の制限的解釈が可能であるか否かについて。)
相手方は、出入国管理令第二四条四号ルの「助けた者」の解釈に当り、「不法入国幇助を業とするか、これにより利得をえることを目的とする者」とし、あるいは、一定の身分関係者間における場合の同号の不適用を強調される(同請求原因第四)が、これについては同号ルに、かかる特別の制限を加うべき実体法上の根拠が存しないばかりか、同条四号規定全体を詳かにみれば、その目的とする保護法益の如何により、判決の有無、刑の軽重、執行猶予の有無等を基礎に取扱いを区々にしているのであつて(たとえば、麻薬取締関係の法律違反については、その重大な反社会性から、有罪判決を要件としているがその体刑、財産刑および実刑、執行猶予ないしは身分関係の如何による区別を認めない。)、本件ルについては、いやしくも不法入国等を助長するような行為は、すべて出入国の公正な管理の根本目的に反し、外国人の入国許可についての国家権能に該る重大な国家利益を害するものであるから、かかる類型を重視してかくの如く特別に規定している趣旨に徴しても、右ルは、身分関係ないしは動機・情状の如何にかかわらず、不法入国等を「助ける」(これを容易にするため協力する)行為をひとしく該当対象としていること明らかであつて、この点についての解釈上の疑点は存しない。
なるほど、私的自由処分の許されている財産関係の犯罪行為については、親族相盗例が適用されて法的制裁は行なわれていないことは明らかであるけれども、この思想は公益犯にまで当然に拡張されているわけではなく、わづかに犯人蔵匿罪について一定の身分関係者に特則を認めているにとどまる。その趣旨も「親族互ニ相扶ケ相憐ムハ人情ノ自然ニシテ、斯ノ如キ場合ヲモ処罰スルハ酷ニ失スル嫌アレ」ために例外的に認められたものであり、無制限のものではなく、右趣旨に則つた当然の制約を受け、右庇護の自由を認めることに対応して同時に、「何人モ他人ヲ教唆シテ犯罪ヲ実行セシムルコトヲ得サルハ言ヲ俟タサル所ナレハ縦令親族タル犯人ヲ庇護スル目的ニ出テタリトスルモ他人ヲ教唆シテ犯人隠避ノ罪ヲ犯サシムルカ如キハ所謂庇護ノ濫用ニシテ法律ノ認ムル庇護ノ範囲ヲ逸脱シタルモノト謂ハサルヲ得サルニヨリ犯人隠避教唆の罪責ニ任セサルヘカラサル」もの(昭和八年一〇月一八日大審院判決刑集一二巻一、八二〇頁)であるから、既遂者の庇護にとどまることなく、あらたに何らかの犯罪を犯すについて教唆ないし幇助せんとする類型の行為は、いかに親族間におけるにせよもはや法の庇護の限りではなく、当然にその罪責に任すべきである。いわんや、本件のように、出入国の公正な管理という国家利益を侵害する行為を誘発助長せんとする行為について、親族間なるが故の免責的特例を解釈上認める余地は全くないこと明らかである。
更に、原決定の示された問題点に従つて本条項の解釈は、強制退去という重大な不利益処分との対応関係においてされるべきものとしても、その具体的な要件は何ら示されていないので、具体的に如何なる点を考察すべきかは極めて困難であるところ「行為の具体的態様」の検討を要するとの趣旨を基礎とすると右「親族間の特例」は問題とならず、一般的に法思想の問題として、正当防衛、緊急・過剰避難、正当行為ないし期待不可能性について論及するを要すると解される。しかるときは、かかる違法性ないし責任阻却事由の考方をそのまま出入国管理令違反ないし該当事由に及ぼし得るかどうか自体問題たるを失わない(現に、緊急避難に関して、福岡高裁昭和三一年六月八日判決、昭三一(う)五〇五号、福岡高裁速報三一年五九三号は「被告人は政治的亡命者であり、韓国内に止つていては生命の危険がこれを避けるため緊急避難行為として本件密入国を敢行するに至つたものであるというのであるが、もし斯様な場合入国を許容しなければならないとすれば、国家の自主権に基いて本邦入国者の公正な管理を行わんとして制定された出入国管理令の立法趣旨は殆んど没却されることとなり、国際秩序の混乱を惹起することは必然であるから、法益権衡を失し緊急避難の成立を是認する余地のないことは明白である。」と判示している。)が、たといこれを是認するとしても、本件にあつては前示のように相手方の本件犯行の動機・目的は「実弟の勉学のため、兄弟の情やみがたく不法入国・上陸を援助した」にすぎないのであつて(この点は相手方も自認するところである)、柳乎烈において本邦に入国・上陸するについて本国内にあつて、同人の生命、身体等に対する急迫の浸害、および客観的に切迫した危難を認めるべき事態は全く存しないこと明らかで、特別の考慮を要すべき事実関係は何ら存しないものである。この点に関しては、昭和三五年の政治革命に際し、元韓国内務部長官等が本国において特別裁判所の遡及的重刑に科せられること等の危難をまぬがれるための密入国事件について緊急避難の成立を否定した福岡簡裁昭和三七年一二月一三日判決、および右につき過剰避難の成立を認めた同判決を「現在の危難」と断じ得ぬとしてこれを破棄すらした最高裁同三九年八月四日判決、は重要な示唆を与えるもので、相手方およびその実弟の本件犯行は右事案に比してその危険性・緊急性においてはるかに微弱であり、到底本条項の該当性において制限的解釈を容れる余地はない。また、防衛性・避難性の認められない以上期待可能性のないことを理由として責任阻却を論ずる余地もない(例えば、荘子「労働形法」八〇頁、法律学全集42所収)。
(3) 要するに、同令第二四条該当事由は、前述のように本来、当然には本邦に在留を請求できる立場にはない外国人の公正な管理の確保という特殊の国家利益・目的との対応関係において解釈されるべく、法は、右管理規制の侵犯者を国の保安ないし公共の福祉上、同人らの行為に責任がもてず在留を認めるに適しないと考えて本邦からの強制退去権能の行使を目途としているのであるから、行政処分上一般の「不利益処分」とは同列に論ずべき性格のものではなく、同条第四号ルは、構成要件として入国等の本犯の行為を容易ならしめる行為であれば足り、身分関係、幇助の程度、態様等について特別の考慮を要するとする趣旨でないことは明らかである。
二、法務大臣の裁決およびこれに基づく本件退去強制令書発付に何ら違法はない。
(一) 主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、退去強制令書を発付することを義務づけられており(出入国管理令四九条五項)、そこに発付すか否かの裁量権を全く有するものでなく、ただ、右令書の発付に先行する法務大臣に対する異議の申出において、法務大臣は同令第五〇条により異議の申出が理由がないと認めるときにも、なお、在留を特別に許可する裁量権を与えられているところ、そもそも外国人の入国、在留等の許否は、国際慣習法上当該国家の自由裁量により決定し得るものであつて、特別の条約の存しない限り、国家は外国人の入国等を許可する義務を負わないものであり(最高裁昭和三二年六月一九日大法廷判決)、わが国もこれにより、外国人登録法、出入国管理令を設けて外国人の入国等の規制を行つており、右規定に違反した外国人は、(もちろん退去強制事由に該当した者も)右法令上もともと退去を強制され得べきものであつて、わが国に在留することを求める権利を有しないものである。
従つて、かかる違反者、該当者に対して法務大臣が特別に在留許可をなし得るとしても、該特別許可は恩恵的なものであつて、法務大臣の自由な裁量に任されているところである。(最高裁、昭和三四年一一月一〇日判決、民集一三巻一二号、一四九三頁、以来同三五年四月一日判決でも再確認されている。この趣旨は数次の高等裁判所判決においても明らかにされているところで、就中前記最高裁昭和三五年判決の控訴審東京高裁昭和三三年一二月一五日判決は、「行政上の考慮にもとずき行政庁にまかされた自由裁量に属するいわば恩恵的措置であつて、右許否の決定はいわゆる法規裁量事項と解し得ない。」と、また東京高裁昭和三三年一〇月二九日判決は、本規定は「いわば請求権なき者に利益を付与する処置であつて、右処置をなすにつき法律上これを覊束する規定は見当らないし、………外国人の在留の許否は………当該国家の自由な判断に委ねられていることから見ると、右特別許可は法務大臣の自由裁量によつて決定し得べきもので………裁判所が右特別在留許可の当否につき判定を加うべき限りでない。………」として、出入国管理の基本性格を明示している。)
(二) 更に、百歩を譲つて右裁量権の行使に違法判断の余地を認めるとしても、相手方は令第五〇条一項各号のいずれにも該当せず、特別在留許可を受ける事由がないものである。
(1) 相手方は永住許可を受けているものではない。このことは相手方の申立書および疎乙第三号証添付外国人登録証明書中在留資格・期間の記載がないことによつても明らかである。
(2) 相手方は、かつて本邦(令第二条一号)に本籍を有した者でない。相手方は現在まで一貫して韓国に本籍を有している(疎乙第二号証)もので、日本統治時代の朝鮮は本邦に含まれない。
(3) 第三号の特別事情も存しない。
相手方の行為は、前記略式命令等にもあるように、(罰金刑としては、従犯減軽の結果最高の刑である。)むしろ積極的に出国準備の段階から詳細な指示援助をして、決定的に柳乎烈の不法上陸を容易ならしめているのみならず、事は前記のように、出入国の公正な管理を保持するという国の保安と公共の福祉とに重大な影響をもつ国家ないし公共の利益に関する問題であつて、たとい一回限りの行為にせよ、その内包し、影響するところは決して軽視しえないところであり、相手方の経歴および家族関係等が仮にすべて同人の主張するとおりだとして、在日朝鮮人の特殊な地位を考慮しても、法務大臣が申立人に在留の特別の許可を与えなかつたことには、何等、裁量権の行使に著しい不当はなく、濫用、逸脱があるとは到底いえず、また世界人権宣言、平和条約前文、国際人権規約等の趣旨も、本件のように法律に基く適法な処分を禁ずるものではない。
(三) 右のように相手方に対する法務大臣の裁決が適法である以上、これにもとづき前記法令上当然の義務としてなされた本件強制令書発付処分には何ら違法な点はないものである。
三、右をもつて明らかなように、相手方の本件幇助事実が、令第二四条四号ルの退去強制事由に当り、同人の特別在留を許可しなかつた裁決にも何ら違法な点は存在しないのであるから、これに基づく本件令書発付処分は違法であり、本案について理由のないことが明白である。
第二、本件申立に回復困難な損害を避けるため緊急の必要性は存しない。
(1) 退去強制の事由に該当する者は、特別在留許可を認められないときは即時強制送還されることが当然で(管理令第五二条第三項)あるから、収容・送還されたからといつてこれを損害とはいえない。
(2) 前記身辺整理等の仮放免期間中その相当程度の進捗をみている上に、相手方が整理未了というもののなかには、当初より貸借関係等の存在しないもの、既に整理済のものを含んでいる(疎乙第六号証)こと及びその家族、友人らの協力による事業の継続ないし身辺の整理が可能なことからみても、直接本人によらなければ、収拾不能な段階にとどまつているとはいえず、収容の執行によつて多少の損害は発生するとしても回復困難な損害とは解されない。
(3) また、相手方が仮に収容されても、面会、通信の自由を制限されることはない上、同人には、全国にわたる百数十名に及ぶ本訴代理人が選任されているので、その適切広範な活動により本訴は充分に維持しうるものである。
第三、本件全面執行停止は、公共の福祉に重大な影響がある。
相手方は、昭和四一年七月二八日同令第二四条第四号ル該当容疑で収容令書により収容されたが即日仮放免許可となり、爾後本件強制令書発付に至るまで仮放免されていたところ、仮放免の条件とされた出頭指定日(毎月一回所定の日)を遵守したことは、当初の二回だけで、その後は正当な理由なく全く出頭せず、或いは指定日から著しく距つて出頭することがあり、(疎乙第四号の一、二)、更に入国警備官のなす相手方の所在調査に際し、同人は家人にも行先を告げず外泊等をするため、その発見に困難を来たすことがしばしば(疎乙第五号証の一、二)であつたところ、本件退去令書執行の全面停止により、管理令による一切の制約を離れた全くの放任状態となり(仮放免の場合には、執行全面停止による放置と異り、同令第五四、五五条によつて身柄の確保が可能なのである。)、相手方が所在不明となる慮れは極めて強く、公正な外国人の管理は一切不能となるので明らかに公共の福祉に重大な影響を及ぼすものといわねばならない。
第四、(本申立の趣旨)
以上に述べた理由により、本件退去強制処分の執行を全面的に停止することは、国家の外国人管理権を、一時的にもせよ麻痺させることになり相当でないと考えるので、本件申立を全認した原決定を取消し本件申請を却下されたく、また、収容の執行(護送を含む)は相手方の身体を拘束するに止まり、送還の場合に比し蒙るべき損害は軽度というべきであるから、少くなくとも最少限度において相手方の収容を確保するため、この部分の執行は停止されるべきでないからこの旨原決定を変更されたく、再度御審究を仰ぐ次第である。