大判例

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札幌高等裁判所 昭和48年(う)127号 判決 1973年10月30日

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収してあるガラス瓶一個(当庁昭和四八年押第二九号の一)、金属製蓋一個(同押号の二)、灰黒色粉末32.05グラム(同押号の三)、爆竹二本(同押号の四)、使用済みセロテープ若干(同押号の五)を没収する。

原審における訴訟費用中、証人小川清に対し支給した分の二分の一を被告人の負担とする。

理由

<前略>

弁護人の控訴趣意第二、兇器準備集合罪に関する事実誤認の主張について。

論旨は要するに、被告人は、原判示第三の日時、場所において、原判示のような兇器を準備した学生集団に、これを知つて積極的に加わつたということはないのに、これありとして被告人を兇器準備集合罪に問擬した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。

しかしながら、一件記録を調査し当審における事実調べの結果をも加えて検討すると、原判決挙示の対応証拠によれば、原判示第三の被告人に対する罪となるべき事実は、ゆうにこれを肯認することができ、原判決には所論のような事実の誤認はない。

所論は、被告人は北海道大学(以下北大という)正門付近において、学生集団と警察官との間で繰り拡げられた攻防を、ただ単に見物していたにすぎないというけれども、関係証拠によれば、被告人は、道立札幌工業高校入学後の昭和四三年頃より学生運動に興味をおぼえ、昭和四四年四月頃から同校の社会科学研究部に入り、以後べ平連系のデモや集会には積極的に参加していたものであり、本件当日の昭和四六年一〇月二一日午後六時三〇分頃、被告人は、札幌市大通公園西六丁目広場で行われたべ平連主催の集会に参加するにあたり、警察機動隊と衝突した際の投てき用として、長さ約一〇糎、直径約1.5ないし2糎のボルトナットニ個を、わざわざ勤務先の会社からもち出し所持していたこと、同集会が終り午後八時頃デモ集団が北大に向つた際、被告人は、同集団と併進して歩道上を歩行中、かねて顔見知りの右札幌工業高校二年の千田武に対し、「チャンスを見て投げれよ。」といつて右ボルトナット一個を手渡し、これに対し同人から北大農学部付近にかくしてある火炎びんを運搬してくれといわれたため、北大構内に火炎びんの隠されていることを知つたこと、被告人は、同日午後九時三〇分頃北大構内の正門付近で、同構内に入つて来る右デモ集団を拍手で迎えたうえ、同集団がその後警察部隊に対し火炎びん、石塊等を投てきし、これに対して同部隊が放水あるいは検挙活動等の措置にでて、双方の間で攻防が繰り返された際、被告人もその後逮捕されるまでの一時間数十分にわたり、右デモ集団或いはその一部のものと行動を共にし、被告人自身所携のボルトナットやデモ集団が用意しまたは付近に落ちていた石塊等を多数回にわたり警察部隊に投てきする等の行為をなし、その間には、デモ集団の一人である黒ヘルメットをかぶり火炎びんを所持した氏名不詳の男と共に後記のような爆薬の入つたポスターカラーびんを使用する等の行為に及んでいることなどがいずれも明らかに認められる。

そして、このような被告人の経歴、前記集会参加の態様、その後の経緯、北大構内における被告人の一連の行動その他これに関連して記録上うかがわれる一切の情況を総合して考察すると、被告人は、所論のようにデモ集団の周辺に蝟集する単なるやじ馬ないし見物人のたぐいとは異り、共同加害の目的で、火炎びん、石塊等を準備しているデモ集団に、その準備あることを知りながら積極的に加わつていたことは否定し難いところといわねばならない。原判決には所論のような事実誤認はなく、論旨は失当である。

被告人本人の控訴趣意一、および弁護人の控訴趣意第一、事実誤認ないし法令適用の誤の主張について。

論旨は要するに、原判決は、塩素酸ナトリウム、硫黄、炭素末を主剤とし、爆竹を起爆剤としてポスターカラー用びんに装着して作成した物体を、爆発物取締罰則にいう爆発物に該当するとして、被告人を同罰則の使用罪に問擬している。しかし同物件の威力は極めて弱く、人の身体、財産に危害を加える可能性は殆んど存しないのであるから、これを爆発物と認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

一、よつて一件記録ならびに原審において取調べた証拠に基き検討すると、まず、被告人が原判示第五の日時、場所において使用した物件(以下単に本件物件という。)と、昭和四六年一〇月二二日早朝同所付近から領置されその後本実がなした鑑定の資料となつた物件(当庁昭和四八年押第二九号の一ないし五)が同一物とみうることは、被告人の捜査段階からの各供述証拠、勢藤潤一の検察官に対する昭和四六年一一月二四日付供述調書、司法警察員作成の「証拠品の領置について」と題する書面、その他関係証拠上認められる、右両者の色、形状、領置された場所的関係等からして動かし難いところである。被告人の供述証拠中にこれを否定するかの如く供述する部分も存するが、同部分は右関係各証拠に徴し措信しえない。

二、本件物件の組成ないし構造について。

本実作成の鑑定書その他関係各証拠によれば、本件物件は、いわゆるポスターカラー用ガラス製空びんの本体(直径約3.3ないし3.8糎、高さ約5.3糎)に灰黒色粉末(成分およびその比率は、塩素酸ナトリウム約82.3%、硫黄約7.1%、炭素末等約10.6%)約32.05グラムを入れ、爆竹(塩素酸カリウム、硫黄、アルミニウム粉を混合した火薬類0.07グラムを詰めた長さ約3.7糎、直径約0.6糎の紙筒でみちびの長さ約3.5糎)二本を装着し、中心に0.3糎の穴をあけた金属性の蓋(右びんの口径と同径で高さ約二糎)をこれにかぶせ、蓋の穴から右爆竹のみちび二本をその外側に約一糎突出させたうえ、セロテープでびん本体と右蓋およびみちびを接合固定して作成したものであることが明らかである。なお、本件物件の構造に関する詳細は、原判決が「争点に対する判断」の一、で正当に説示するとおりである。

三、本件物件の作用および性能についての実験結果。

本件物件と類似の構造、組成を有する試料を作成し、爆竹のみちびに点火し或いは火炎中において爆発実験を行つた結果は、およそつぎのとおりである。

(一)  北海道警察本部犯罪科学研究所技術吏員本実の実験結果。

本実作成の鑑定書および同人の原審証言によれば、爆竹のみちびに点火して行なつた合計一二回の実験のうち、本件に適切と思われる八回(他の四回はセロテープの巻き方等を変えてなしたものであるから一応除外する。)についてみると、びんの破壊状況は、全壊と一部破壊が各二回でその余の四回はいずれも破壊していない。右破壊した各びんの破片数は、十数個のものから約四〇個のものまである。飛散距離は、爆心より約五〇糎以上飛んだ破片としては、二糎大のものが一個あるのみで、他は大半が四〇糎以内に飛散したに止どまり、五〇糎位飛んだものの中には、爆心から約五〇糎隔てて設置されたベニヤ板にぶつかり落下したとみうるものもあるが、同ベニア板には破片による衝突痕等は認められない。そして、前記蓋については、びんが破壊した右四回の場合、いずれも爆心から二〇ないし三〇米移動しており、びんが破壊しなかつた四回のうち、ベニア板を0.5米ないし1.5米隔てて設置した三回については、いずれもびんの衝突によつて原判示のとおり厚さ三粍のベニア板に貫通あるいはその寸前の損傷を与えている。

(二)  昭和四六年一〇月三〇日、日本油脂株式会社美唄工場における実験結果。

司法警察員磯田昭雄作成の「手製爆発物鑑定嘱託の経緯について」と題する書面、および同人の原審証言、司法警察員長谷川雄助作成の写真撮影報告書等によれば、爆竹を起爆剤としてなした四回の実験のうち、第一回目は、びんを地面に立て爆竹に点火して爆発させると、蓋は爆心より約一七米地点に落下し、びんは全壊し、破片は爆心から一米以内に飛散した。バンという感じの爆発音は爆心より約一〇〇米地点まで明瞭に聞えた。第二回目は、ダンボール箱を開破してガソリンを含ませて地面に置き、その上にびんを立てガソリンに点火して爆発させると、蓋は爆心より一三米地点に落下し、びんは底部が破壊して爆心より約二米離れた地点の半径約六〇糎四方に集中して飛散した。第三回目は、たて六〇糎、よこ二六糎、高さ三八糎のダンボール箱にびんを横にしておき、爆竹のみちびに点火して爆発させると、蓋は右箱の下部を突き破り1.7米の地点に落下し、びんの破片は爆心から1.5米以内に飛散、約二〇糎移動して倒れた右箱の内側には黒つぼい粒状のものが付着していた。第四回目は、たて、よこ29.5糎、高さ約二一糎、厚さ約一糎の木箱を用い、第三回目と同様に爆発させると、びんは破損せず、蓋だけが、潰れた状態で1.7米地点に落下し、箱の内部には黒つぽい塩粒状のものが多数付着した。爆発音は第一回目に比しかなり高かつた。

(三)  日本油脂美唄工場長鈴木良次の実験結果。

鈴木良次作成の鑑定結果報告書(二通)および同人の原審証言によれば、導火線に点火して爆竹に点火起爆させる方法による二回の実験のうち、木箱内にびんを横にしてなした第一回目の実験では、単に火炎と白煙を発したのみで起爆せず、びんは破損したが、蓋はびんに固定されたままで、木箱の損傷もなかつた。たて二五糎、よこ六〇糎、高さ三〇糎の段ボール箱にびんを横にしてなした第二回目の実験では、びんの底部以外の部分が破損して飛散したが、右箱には、短側面に蓋によると思われる小孔が存するのみであり、爆発の程度も右第一、二回とも爆燃の域を出るには至らなかつた。

(四)  東京工場試験所における実験結果。

原審の検証調書によれば、高さ一三糎の鉄製五徳上にびんを横にして乗せ、直下にガソリンを充した金属製皿をおき、これに点火して炎上させ爆発させた場合と、導火線で爆竹に点火して爆発させた場合、いずれも蓋とびんの底部を除き破損して飛散したが、爆心より約四十数糎離して立てかけたベニア板にはガラス片等による破損は見当らず、同板の下部にわずかに油煙のような黒いしみがついた程度にすぎなかつた。

四ところで、爆発物取締罰則(以下単に本罰則という。)にいう爆発物とは、理化学上の爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において、薬品その他の資料が結合せる物体であり、その爆発作用じたいによつて、公共の安全をみだし、または人の身体財産を害するに足る破壊力を有するものをいうと解すべきところ(最高裁判所昭和三一年六月二七日大法廷判決、刑集一〇巻六号九二一頁。)、叙上二、および三、でみてきた事実関係ならびに原当審で取調べた関係各証拠を総合して検討すると、まず、本件物件が、その構造上薬品その他の資料が結合する物体であつて、その作用として理化学上のいわゆる爆発現象を惹起するものであることは、いずれも明らかといわねばならない。

問題は、本件物件が爆発作用そのものによつて、公共の危険をみだし、または人の身体財産を害するに足る破壊力(以下単に破壊力ともいう。)を有するか否かでについてである。

そこで、鈴木良次作成の鑑定結果報告書(二通)、大久保正八郎作成の鑑定書および右両名の原審における各証言、前記実験結果その他関係各証拠を総合して考察すると、本件物件の組成物である灰黒色粉末は、その爆力が基準爆薬(トリニトロトルエン)の七五パーセントで、爆速も毎秒一、八〇〇米以下若しくは同二、二四〇米を記録し、市販のいわゆる黒色火薬よりもむしろ強力な爆薬といいうるが、本件物件自体が密封性に欠け(この点は類似の前記実験供試物が下を向けると内容物がこぼれる状態であつたことからも推認される。)セロテープによる装着固定であるため耐圧性に乏しく、また起爆剤として爆竹を使用しているため起爆効果も十分とはいえず、けつきよく、爆発現象そのものさえ惹起しえない場合が存するうえ、爆発の程度も爆燃の域にとどまるにすぎない。そのため前記各実験結果によると、点火起爆してもポスターカラー用ガラスびんを破壊するに至らない場合さえかなり存するほか、たとえ破壊しえたとしても、ガラス破片の飛距離は、その大半が爆心から四〇ないし五〇糎の範囲内にとどまり、約五〇糎付近に立てられたべニヤ板や十数糎から三〇糎付近に存する段ボールにさえなんらの外形的損傷をも与ええない程度のものである。また、金属製蓋は最大二〇ないし三〇米移動し、或いは爆心から1.5米に存する厚さ約三粍のベニヤ板や段ボールを貫通しまたはこれに近い状態を惹起しており、本件物件の爆発作用による危険性は右蓋による場合が最も高いと思われるが、これについても蓋の重量、形状からすれば人の身体財産にさほど大きな損傷を与えるとは未だ解し難い(記録二〇六八丁)。

従つて、以上の諸事情を総合して考察すると、本件物件の爆発作用そのものにより人の身体財産に対し及ぼす破壊力は絶無とはいえないまでも極めて弱く、爆心から一米以上離れていればその威力は殆んど問題とならず、至近の一〇ないし三〇糎付近でも傷害の可能性およびその程度は極めて低いものといわざるをえない。しかも、本件物件は、その構造上よほど無知なものでもないかぎり、爆竹のみちびそれ自体に直接点火して使用することは考えられず、通常は火炎中に投じてこれを爆発せしめることが予想されるので(記録一九六九丁以下)、そうなると、人の身体若しくは財産の至近距離で本件物件を爆発させることじたい、火炎にへだてられて事実上困難となり、人の身体財産を害する程度および可能性はいつそう低くなる。そしてまた、本件物件の爆発音についてみても、前記実験結果によれば、バンという音が一〇〇米の距離から明瞭に聞えたという程度のものであり、本件物件の大きさ、形状等その存在じたいを考え併せてもただちに人心に不安を抱かせるほどのものとは思われない。

そして、明治一七年一二月一一日参事院上申「爆発物取締罰則説明」によれば、本罰則制定の趣旨が、爆発物自体のもつ破壊力ないし危険性にかんがみ、厳罰をもつてその使用を禁ずることにより、人の身体財産および国家社会の平和、秩序を維持しようとするにあつたことは明らかであり、一般の刑法犯に比しとくに重い刑罰をもつて臨んでいる趣旨にてらすと、本罰則にいう爆発物としての破壊力の有無を判断するにあたつては、その爆発作用じたいにてらし、「公共の安全をみだし」または「人の身体財産を害する」可能性およびその程度が極めて微弱なものにすぎないような場合には、これを除外して考えるのが相当である。

そうすると、前叙のような極めて微弱な威力ないし性能しか有しない本件物件は、その破壊力の点において未だ本罰則にいう爆発物に該当するものとは認め難く、原判示第五においてこれを肯定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令の解釈適用を誤つた違法があるといわねばならない。論旨はいずれも理由があり、原判決は、その余の論旨に対する判断をまつまでもなく、この点において破棄を免れない。<後略>

(岡村治信 横田安弘 宮嶋英世)

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