札幌高等裁判所 昭和48年(ネ)227号 判決 1975年2月13日
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
一 控訴人ら代理人は「原判決を左のとおり変更する、被控訴人らは、各自、控訴人大崎エツに対し、九、九六四、四五七円および内金九、一五四、四五七円に対する昭和四三年五月二九日から、内金八一〇、〇〇〇円に対する昭和四八年八月二六日から各完済まで年五分の割合による金員を、控訴人伴辺正裕、同大崎昭正に対し、各二二〇、〇〇〇円および内金二〇〇、〇〇〇円に対する昭和四三年五月二九日から、内金二〇、〇〇〇円に対する昭和四八年八月二六日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は、それぞれ主文同旨の判決を求め、被控訴人国代理人は、仮執行免脱の宣言を求めた。
二 当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり訂正、付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
1 原判決五枚目裏八行目の「うち二八日間」を「うち入院二八日間」と訂正し、一〇行目の「二三日までのうち」の次に「通院」と付加する。
2 当審において、被控訴人北部小型運送有限会社(以下被控訴会社という)代理人は、被控訴会社は、原審で述べた弁済金のほかに、昭和四三年一二月二六日、亡治美に対し慰藉料として五〇、〇〇〇円を支払つているから、これを同人の損害から控除すべきであると述べ、控訴人ら代理人は、右支払の事実は認めると述べ、さらに次のとおり述べた。
交通事故により受傷した被害者の損害とは、身体の完全性を喪失したこと自体をいい、後遺障害が存する場合は、これにより労働能力を喪失したこと自体をいうのである。したがつて、右損害は事故発生と同時に確定し、その賠償請求権はすでに発生しているのであるから、その後において、被害者がたとえ死亡しても、そのことは右請求権に消長を及ぼすものではない。それゆえ、本件損害額の算定に当り、亡治美が受傷後自殺したことは斟酌すべきものではなく、亡治美は、本件事故当時における収入をもとにして、就労可能な向後三九年間にわたり、右労働能力の喪失割合、即ち、少くとも後遺障害等級表第七級相当の五六パーセントに見合う金額を逸失利益として当然に請求できるものといわなければならない。
3 当審における新たな立証〔略〕
理由
一 当裁判所も、控訴人大崎エツの本訴請求は、原審認定の限度において(ただし、損害填補額の増加により後記のとおり減額される。)認容すべく、同控訴人のその余の請求ならびにその余の控訴人らの請求は、いずれも失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり訂正、付加するほか原審の理由説示と同一であるから、これを引用する。
1 原判決一七枚目裏二行目の「第二一号証」を、「原審における控訴人大崎エツ本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第二一号証」と、四行目の「同大崎エツ」を、「原審および当審における控訴人大崎エツ」と各訂正する。
2 原判決二〇枚目裏一二行目の次に、次のとおり付加する。
なお、控訴人らは、交通事故により受傷した被害者の損害は、傷害自体であり、その賠償請求権は事故発生と同時に発生しているのであるから、その後における被害者の死亡は、その損害額の算定に当り斟酌すべきものではないと主張する。しかしながら、たとえ、傷害事故における損害を傷害自体、即ち、身体の完全性を喪失したこと自体と把握するとしても、これを直ちに金銭的に評価することは困難であるから、その損害額の確定に当つては、控訴人らも主張するように、慰藉料、治療費、逸失利益等の費目別にこれを算定するほかない。しかして、労働能力喪失による逸失利益についていえば、被害者が、一般的に予測しうる平均的な稼働可能期間内に取得することが期待できる利益のうち、一定割合を、事故発生時に失つたものとして、事故時に遡つて、その現在額を算定するとの方法によることとなるが、被害者が将来取得すべき収入を適確に認定することは、事柄の性質上不可能であるから、能うかぎりの蓋然性をもつて満足せざるをえない。通常逸失利益の算定に当り、右のような方法を用いるのは、この蓋然性を求めるための一つの方便にすぎない。
したがつて、被害者の死亡により、事故後における生存期間が確定し、その後における利益が発生しないこと、換言すれば、損害が発生しないことが確実であると判明した以上、右事実は、逸失利益の算定に当り、これを斟酌せざるをえないものというべきである。このように解することは、一見、判決確定後に被害者が予測された稼働可能期間を経ずに死亡した場合との均衡を失するようにみられないではないが、逸失利益の算定に当り、先に述べたとおり、蓋然性をもつて満足せざるをえないことからすると已むをえない結果であり、むしろ、現実に発生した損害について、その公平な分担を理念とする損害賠償制度の本旨により副うものというべきである。
3 原判決二一枚目裏九行目の「一六六、四三七」を「二一六、四三七」と訂正する。
二 したがつて、控訴人大崎エツの本訴請求は、被控訴人ら各自に対し、以上合計の三〇一、五七五円およびこれから弁護士費用を控除した二五一、五七五円に対する本件事故の日である昭和四三年五月二九日から、弁護士費用五〇、〇〇〇円に対する原判決言渡の日の翌日である昭和四八年八月二六日から各支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容すべく、同控訴人のその余の請求ならびにその余の控訴人らの本訴各請求は、いずれも理由がないから、これを棄却すべきものである。
よつて、控訴人らの本件各控訴は、いずれも理由がないから、これを棄却し、右認定以上に控訴人大崎エツの請求を認容した原判決は、その限度において失当であるが、この点については被控訴人らから不服の申立がないので、原判決は変更しないこととし、控訴費用の負担については民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用し、仮執行免脱の宣言は相当でないと認めて、これを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官 神田鉱三 落合威 横山弘)