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札幌高等裁判所 昭和48年(ネ)265号 判決 1974年9月24日

控訴人

長船利衛

被控訴人

近藤次郎

右訴訟代理人

吉原正八郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は、「原判決を取消す。訴外長岡重芳が、札幌法務局を第三債務者とする昭和四五年(金)第二四六二号ないし第二四六四号の各供託金請求権につき、昭和四五年七月九日、被控訴人との間でなした譲渡契約を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、一〇五万円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに金員支払請求につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

二、控訴人は、請求原因および被控訴人の主張に対する反論として次のとおり述べた。

1  控訴人は、昭和四五年七月九日現在訴外長岡重芳に対し貸金、未払賃金等元本一四四万九、一八〇円および右元本に対する利息、遅延損害金二五万八、〇四一円の合計一七〇万七、二二一円の債権を有する債権者である。

2  訴外長岡は、右同日、被控訴人に対し、同訴外人を債権者とし、訴外斉藤義雄ほか二名を債務者とする仮処分事件(札幌地方裁判所昭和四五年(ヨ)第三六一号事件)の担保として同月七日札幌法務局に供託した合計一〇〇万円の各供託金取戻請求権(昭和四五年(金)第二四六二号ないし第二四六四号)を譲渡し、被控訴人は、昭和四七年九月九日、右法務局から右供託金合計一〇〇万円と利息合計五万円を取戻した。

3  右昭和四五年七月九日当時、訴外長岡は、一、三〇〇万円の債務超過の状態にあつたところ、右債権譲渡は、同訴外人の義兄である被控訴人に対し無償でなされたものであつて、同訴外人は、これを、控訴人ら債権者を害することを知りながらなしたものであるから、詐害行為を構成する。

4  被控訴人は、訴外長岡が、被控訴人ほか二名から合計一〇五万円を借受け、その代物弁済として、本件供託金取戻請求権を譲渡した旨主張するが、訴外竹中昭夫および同大和金融商事株式会社(以下訴外大和金融という)が被控訴人に委任したのは貸金の取立と保全にすぎないところ、一般に債権取立の委任は代物弁済受領の権限の授与まで含むものではないから、被控訴人が譲渡を受けた合計一〇〇万円の各供託金取戻請求権のうち訴外竹中および同大和金融の債権額に相当する六五万円については、代物弁済は成り立ちえず、右金額に相当する部分の譲渡は贈与である。また、被控訴人は、昭和四五年七月九日、訴外長岡に四〇万円を貸付け、即日、代物弁済と称して、右供託金取戻請求権の譲渡を受けたものであつて、これは、右債権につき他の債権者からの差押えを免れるための通謀工作であり、右債権中被控訴人の債権額に相当する部分の譲渡も、代物弁済に仮託してなされた贈与である。

5  仮に、本件供託金取戻請求権の譲渡が被控訴人主張のとおり真実代物弁済としてなされたとしても、

(1)  訴外長岡は、控訴人ら債権者を害する意思をもつて、被控訴人らと通謀のうえ、これをしたものであるから、詐害行為となる。このことは、被控訴人らが、本件供託金取戻請求権が他の債権者から差押えられることを防ぐため、本件債権譲渡の通知書が昭和四五年七月九日札幌法務局に配達された直後に、前記仮処分の執行をなし、仮処分の執行により保証金供託の事実が一般債権者に発覚する以前に、債権譲渡の手続を完了するよう工作していることによつても明らかである。

(2)  また、被控訴人主張の各貸付金債務中、訴外竹中、同大和金融に対する債務の弁済期は昭和四六年七月三一日であり、被控訴人に対する債務は弁済期の定めのないもので、いずれも弁済期未到来のものであるところ、本件債権譲渡は、訴外長岡が右各債務についての期限の利益を放棄してなしたものであつて、債務者としての当然の義務の履行ではないから、詐害行為となるものである。

(3)  本件債権譲渡契約は、信義則に違反し、権利を濫用したものである。

6  よつて、控訴人は、訴外長岡に対する前記債権に基づき、本件供託金取戻請求権譲渡契約の取消しを求めるとともに、被控訴人に対し、同人が右請求権を行使して受領した一〇五万円の支払を求める。

三、被控訴代理人は、請求原因に対する答弁および主張として次のとおり述べた。

1  請求原因第一項の事実は知らない。同第2項の事実は認める。同第3項の事実中、訴外長岡が債務超過の状態にあつたことは知らないが、その余の事実は否認する。同第4、5項の主張は争う。

2  本件供託金取戻請求書の譲渡は代物弁済としてなされたものであつて、債務者である訴外長岡の一般財産を減少させるものではないから、詐害行為となるものではない。即ち、訴外長岡は、昭和四五年七月上旬、被控訴人から四〇万円、訴外竹中から一五万円、訴外大和金融から五〇万円をそれぞれ借入れ、そのうち一〇〇万円を控訴人主張の仮処分事件の保証金として供託したが、その際、被控訴人は、右訴外竹中、同大和金融から、代物弁済受領の権限をも含めて、右各債権取立の委任を受け、同月九日、右委任に基づき、右訴外両名の債権額に相当する部分についてはその代理人として、訴外長岡から、右各貸付金債務に対する代物弁済として、本件各供託金取戻請求権につき一括して譲渡を受けたのである。

四、証拠<省略>

理由

一請求原因第2項の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、昭和四五年七月当時、控訴人は、訴外長岡に対し、貸金、賃金等控訴人主張の一四〇万円余を超えるを債権を有する債権者であつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。

二そこで、本件供託金取戻請求権の譲渡が詐害行為となるか否かについて判断する。

<証拠>によれば、訴外長岡は、昭和四三年四月、札幌北予備校を創立し、以来同校および併設の札幌北自動車学校の経営に当つてきたものであるが、不渡手形を出して経営に行詰り、昭和四五年三月当時多額の債務を負担するに至つていたこと、そこで、訴外長岡は、右負債整理の方途として、同年三月九日、訴外斉藤義雄との間で、訴外長岡が他に負担する債務一四口合計一、二八八万五、〇〇〇円を訴外斉藤が引受け、その代償として、訴外長岡は、訴外斉藤に対し、右両校の経営権ならびにその用に供されていた建物、設備等一切を譲渡する旨の契約を締結したこと、ところが、その後、右契約の履行に関し訴外長岡と訴外斉藤との間に紛争が生じたため、訴外長岡は、札幌地方裁判所に、右訴外斉藤ほか二名を相手方として、右各学校用建物についての処分禁止、同建物への立入禁止、右各建物における訴外長岡の右学校経営業務の妨害禁止を求める仮処分を申請(同裁判所昭和四五年(ヨ)第三六一号不動産仮処分申請事件)したが、その保証金一〇〇万円を調達する必要に迫られ、同年七月六日、かねてから懇意にしていた金融業者の訴外大和金融から五〇万円を弁済期昭和四六年七月三一日との約で借入れて、自己振出にかかる額面五〇万円、支払期日昭和四六年七月三一日とする約束手形一通を差入れ、次いで、同月七日、取引先の訴外竹中から一五万円を弁済期昭和四六年七月三一日との約で、被控訴人から四〇万円を弁済期を定めずにそれぞれ借入れ、同月九日、いずれもその旨の借用書を差入れたこと、右借入れに当つては、当時訴外長岡は全く無資力で信用も失つていたので、右各貸付金債権の弁済を確保するため、右各借入金をもつて供託されを保証金の取戻請求権を代物弁済として貸主らに譲渡することが事前に合意され、被控訴人が訴外長岡の義兄に当るところから、訴外竹中、同大和金融は、そのための一切の権限を被控訴人に委ねることとし、その旨の委任状を被控訴人に交付したこと、そこで、訴外長岡は、前記のとおり、同年七月七日、右借入金中一〇〇万円をもつて前記仮処分事件の保証金を供託して(昭和四五年(金)第二四六二号ないし第二四六四号)、同月九日、その旨の仮処分決定を受け、同日、右合意に基づき、右保証金の取戻請求権を一括して被控訴人に譲渡したことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三右の事実によれば、訴外長岡が被控訴人に対し本件供託金取戻請求権を無償で譲渡した旨、代物弁済は仮装である旨、および他の債権者を害する意思があつた旨の控訴人の各主張は認められず、かえつて同訴外人は、予め、各貸主からの借入金をもつて供託する保証金の取戻請求権を、右各貸付金債権の代物弁済として譲渡することを条件として、右保証金に相当する金員を借入れ、これを保証金として供託したうえ、その事前の合意に基づいて、右供託金取戻請求権を貸主の正当な代表である被控訴人に譲渡したもので、しかも、それは、同訴外人の主要な財産の一つである前記各学校用建物等に関し、同訴外人の権利を保全する目的をもつて、やむをえずなされたものであることが認められるし、本来供託金取戻請求権は、供託法第八条第二項所定の供託原因消滅等の事由がなければ行使しえないものであつて、これを貸金の弁済期前にその代物弁済として譲渡しても、右請求権行使可能の時期が到来するまでは、実質上貸金に対する担保の役割を果たすにすぎないのであるから、同訴外人の本件供託金取戻請求権譲渡行為は詐害行為には当らないものと解するのが相当である。

四なお、控訴人は、本件債権譲渡契約は信義則に反し、権利を濫用するものであると主張するが、右事由は、詐害行為取消の理由に当るとは解されないのみならず、本件全証拠によつても、本件債権譲渡が控訴人主張のように信義則に違背し、または権利の濫用に当るとの事情は認めることができない。

五したがつて、控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却すべきところ、これと同旨に出た原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担については民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(神田鉱三 落合威 横山弘)

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