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札幌高等裁判所 昭和51年(う)198号 判決 1978年3月28日

被告人 門馬規昭

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮一〇月に処する。

この裁判が確定した日から三年間右の刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用中鑑定人中島富士雄、同猪亦正司に支給した分を除くその余の分は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官提出の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する弁護人の答弁は弁護人森越博史、同藤原栄二、同森越清彦が連名で提出した答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用し、当裁判所はこれらに対して次のように判断する。

検察官主張の所論の概要は次のとおりである。

原判決は、被告人による本件ガス供給開始後何人かがそのことを知りながら小林方室内安全弁を開放した可能性を積極的に否定する証拠もなく、他面供給開始時すでに右室内安全弁が開放されていたことを一応推認させる証拠もない、従つて右前者の可能性を合理的疑いを超えて排斥することができず被告人の注意義務違反と本件事故の結果との間に刑法上の因果関係を認めることができない、と判断して無罪の言渡しをした。

一  しかしながら、本件ガス供給開始時には小林方室内安全弁は開放状態にあり、右開始とともにガスが室内に流入したのである。すなわち、

1  本件集中供給設備の取付工事の際、小林方室内配管の二股コツクの双方の室内安全弁が開放された状態で気密試験を終了して小林方に引渡されたと認められる。

2  本件ガス供給の約三〇分位前に藤谷保らが本件五〇キロボンベの元栓を開放しているが、その際同人らは右ボンベ内のガスが配管内に継続して流出する音を聞いており、右ガス流出音からも小林方の中間安全弁とともに室内安全弁が開放されていたことが認められる。

3  中島富士雄の実験によれば一時間当りで三立方メートルを優に超えるガスの流出が可能であつたとの結果を得ており、気化潜熱による流出量の減少を考えても、本件ガスの流出開始時から爆発までの約六時間内に小林方に同人方ガスメーターの指示数量一四・七八〇立方メートルのガス流出が可能であつたことを示している。このことは、本件ガス供給開始時にすでに小林方室内安全弁が開放されていて、右供給開始とともにガスが小林方に流出したことを明らかにするものである。

4  原判決は、小林武士がガスを無断使用していたとの疑いから同人が室内安全弁を閉鎖していたとして、小林文子が自殺のため故意に右弁を開放した疑いを排斥しえないとしているが、小林武士は一貫してガス無断使用を否定するとともに二股コツクの左側の弁に手を触れていない旨を供述しており、その供述態度等に照らしてもその信用性に疑念をはさむ余地がない。また小林文子が自殺を図つたのではないかとの疑いを抱くに足りる余地もない。

二  さらに本件の場合中間安全弁を確実に閉鎖すれば、小林方の室内安全弁がガス供給開始時には閉鎖されておりその後被告人以外の者の故意・過失により開放されたとしても事故の発生には至らなかつたものであつて、中間安全弁を確認して閉鎖しなかつた被告人の過失と本件事故との因果関係を否定することはできない。以上のとおり原判決は、被告人が本件ガス供給を開始したとき小林方の室内安全弁が開放されていたと認めるに足りる証拠が十分存在するのに右事実を誤認し、さらに中間安全弁を閉鎖することにより室内安全弁の開放とは関係なくガスの流出を防止しえたとの事実を看過誤認し、本件事故の因果関係を否定したもので、右事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、という。

そこで、本件ガス供給開始時に小林武士方室内安全弁が開放状態にあつたか否かについて検討する。

原審第二回公判調書中証人渡部初代、同藤谷保の各供述記載、山元繁の検察官に対する供述調書を総合すれば次の事実が認められる。本件事故当日の夕刻、第二松美荘アパートに居住する藤谷保は、同アパートに設けられていたプロパンガス集中供給設備を利用して同ガスを使用しようと考え同アパート屋外に設置されたプロパンガスボンベのバルブを開放したところシユーシユーという音がした。そこでバルブを閉じ、近所の渡部初代に見てもらつた。渡部が右ボンベのバルブを開放したところ空気が入つたようにすごく鳴つた。その際近所に住む山元繁もボンベのそばでシユーという音を聞いている。その後渡部は被告人方に電話をかけ、これに応じて被告人が出向いてきて藤谷方へガスの供給を開始したが、その際藤谷以外の入居者に対する配管に取り付けられた中間安全弁の閉鎖を確認せず、これら入居者に同ガスの供給開始を連絡する措置を怠つた。以上の事実が認められる。

そこで、右藤谷、渡部、山元がプロパンガスボンベのバルブを開放したとき聞いたという音が何を意味するかにつきさらに検討する。中島富士雄、猪亦正司作成の鑑定書、当裁判所の証人藤谷保、同渡部初代、同山元繁の尋問調書を総合すると次の事実が認められる。中島、猪亦両鑑定人は、本件事故現場のプロパンガスボンベから小林武士方に至る配管を再現する設備(プロパンガス五〇キログラム入りボンベ二本に自動切換装置をつけて一本のガス管をつなぎ管の途中に中間コツクを設け管の末端は二股ホースコツクとなつているもの)を作りガス流出音に関する次の実験を行つた。すなわち、次の各条件の下でそれぞれプロパンガスボンベの元栓を開放した際のガス流出音の状態を確めたのである。条件1配管内を大気圧状態とし中間コツクを閉止してボンベ元栓を開放する。条件2前記実験の後一度ボンベ元栓を閉止、若干の時間を置いて再度同元栓を開放する。条件3配管内を大気圧状態とし中間コツクは開放のまま二股コツクを閉止してボンベ元栓を開放する。条件4前記実験の後一度ボンベ元栓を閉止、若干の時間を置いて再度同元栓を開放する。条件5中間コツク、二股コツク(片側のみ)を開放のままボンベ元栓を開放する。実験の結果、条件1、3の場合はボンベ元栓の開放と同時にシユツという単発音(ささやき声程度の音量)を発した。条件2、4の場合は一切音を発しなかつた。条件5の場合にはボンベ元栓の開放中連続してシユンシユンというような脈動する音(ささやき声程度の音量)を発生した。一方当裁判所は、右実験に際し証人藤谷保、渡部初代、山元繁を立会わせ各条件下の音を聞かせたうえ、同人らが本件事故当日の夕刻第二松美荘アパート屋外に設置されたプロパンガスボンベのバルブを開放したとき聞いた音が右条件中のいずれの音に類似しているかにつき証言を求めた。その結果証人渡部は条件5の音が似ていると供述し、証人山元は条件5の音が同じ音だと思う旨を供述する。もつとも証人藤谷は条件5の音は違うみたいであるともいうが、同証人は耳が遠いから音のことはよくわからないと述べているので、同証人の供述は採用することができない。これに対し証人渡部、同山元の各供述はその信用性に疑いをさしはさむべき事情を見いだすことができない。条件5は前記のとおり中間コツク、二股コツクが開放された状態であるから、本件事故当時の配管に即していえば中間安全弁、室内安全弁とも開放された状態に相応する。従つて渡部、山元証言によれば、本件事故当日の夕刻右両名が聞いたボンベのガス流出音は中間安全弁、室内安全弁とも開放されているときの流出音であつたことが認められ、当時中間安全弁、室内安全弁とも開放されていたことにならざるを得ない。

そして、本件集中供給設備によるガスの供給先は藤谷、前田、吉田、小林方である。原審第二回公判調書中証人藤谷保の供述記載によれば、藤谷らがボンベのバルブを開放した際藤谷方の中間安全弁及び室内安全弁は閉鎖されていたことが認められる。司法警察員作成の実況見分調書によると、事故後前田方及び吉田方のガスメーター器の使用量の指針はほぼ零に近いことが認められるから、両人方の中間安全弁もしくは室内安全弁は閉鎖されていて両人方の配管からはガスが流出していなかつたことが認められる。なお門馬陽子の司法巡査に対する供述調書、原審第四回公判調書中証人門馬庸顕の供述記載によると、本件集中供給設備の配管工事後気密試験が異状なく行われていることが認められるから、配管に破損箇所があつてガスが流出するような事態もなかつたことが明らかである。してみると、藤谷らがボンベのバルブを開放したときにあいていてガス流出をきたしたのは小林武士方の室内安全弁であり、その後間もなく被告人が本件ガス供給を開始したときも小林方の室内安全弁は開放されており、小林方室内へのガス流出をきたしたものと認められる。被告人は、当公判廷で、渡部初代からの電話で本件ガス供給開始に赴いた際本件集中供給設備のプロパンガスボンベに近づいたがガスの流出音は聞こえなかつた旨供述する。しかしながら右供述は他にこれを裏付けるに足りる証拠もなく、前記渡部、山元各証言に対比して採用することができない。

また、本件ガス供給開始時に小林方の室内安全弁が開放されていたことは当審が行つたガス流出量に関する鑑定の結果によつても裏付けられる。司法警察員作成の実況見分調書によると、事故後小林武士方のガスメーター器は一四・七八八立方メートルのガス使用量を示していたことが認められる。中島富士雄、猪亦正司作成の鑑定書、証人猪亦正司の当公判廷における供述によると、両鑑定人は前記のプロパンガス流出配管設備を設けて五〇キロボンベから一四・七八立方メートルのガスを放出する時間を測定する実験をした結果、右所要時間は五時間三〇分であつたこと、右実験中の室内温度は摂氏二三度ないし二四度であり、本件事故当日の気温(札幌管区気象台長増沢譲太郎作成の気象照会についてと題する回答書によれば、午後六時一八・三度、午後九時一五・七度)はこれより低いため、本件事故当時の流出所要時間は右五時間三〇分より長くなること、ただしその差は一時間半、二時間という程度にまで達するものではないことが認められる。もつとも、株式会社ほくさん環境事業所名義の検査試験成績表、原審第一三回公判調書中証人猪亦正司の供述記載によると、さきに猪亦正司の行つた同種の実験では一四・七八立方メートルのガスを放出するのに七時間四三秒を要したことが認められる。しかしながら右実験は外気温が著しく低い状態(検察官作成の札幌管区気象台観測課員発信の電話聴取書によれば午前九時マイナス二・六度、午前一二時マイナス〇・七度)でボンベをジエツトヒーターで加熱して行つたものである点で事故当時と条件を著しく異にし、事故当時の流出時間判定の資料としては直ちに採用しがたいものという外はない。これに対して当審の鑑定で行われた前記実験は外気温も事故当時のそれと大差のない状態で実施されたものでより措信しうるものと認められる。

ところで被告人の検察官に対する供述調書、原審第二回公判調書中証人渡部初代の供述記載を総合すれば、被告人の本件ガス供給開始は午後六時ころ、本件爆発は午後一一時四〇分ころであることが認められる。従つて被告人の本件ガス供給開始と同時に小林方屋内へのガス流出が開始されたとすればガス流出時間は約五時間四〇分である。これに対して被告人は被告人が本件ガス供給開始をする前から本件集中供給設備のボンベのバルブが開放されていたと主張する。被告人の主張のとおりであるとすれば、前記藤谷、渡部らがボンベをいじつた時点(原審第二回公判調書中証人藤谷保、同渡部初代の各供述記載を総合すれば午後五時三〇分ころと認められる。)からボンベのバルブが開放されていた可能性があることになり、ガスの流出開始時刻も右の時点にさかのぼり、この場合のガス流出時間は午後五時三〇分ころから一一時四〇分ころまでの約六時間一〇分となる。ガス流出時間として右両者のいずれをとるにしても、これらは、当審における前記鑑定実験によつて推定される本件事故当時のガス流出所要時間の範囲を出ないものと認められ、このことは、まさしく、供給開始時点にすでにガスの流出が始まつていたこと、すなわち右時点で小林武士方の室内安全弁が開放されていたことを裏付けるものということができる。

以上の次第で、小林武士方の室内安全弁は本件ガス供給開始の時点で開放されていたと認められる。もつとも右室内安全弁の解放が何時、何人によつて行なわれたかは明らかでない。昭和四九年六月一〇日の気密試験の際開放されてそのままになつていたものか、気密試験の際には閉鎖されていたのがその後何人かにより開放されたものかいずれとも不明である。しかしながら関係証拠によれば右室内安全弁は開かないように固定されていたなどの事情はなく、何時でも開放しうる状態に置かれており、何人かにより何らかの理由で開放されることも不可能ではない状態であつたことが認められるから、右室内安全弁解放の経緯が不明である点は、右室内安全弁が解放されていた事実を認定するのに妨げとなるものではない。

なお弁護人は、小林文子の自殺の可能性があることを強調する。しかし上述のように本件ガス供給開始時点ですでに小林方の室内安全弁が開放されていたことが認められる以上、さらに小林文子が自殺の目的で室内安全弁を開放した可能性の有無を調査しこれを論ずる余地のないことは明らかである。弁護人は、藤谷らのボンベの開閉直後に小林文子が室内にガスが流出しているのに気付き一度は室内安全弁を閉止したが、被告人の供給開始後に何らかの理由により故意にこれを開放したことも全く否定されることはない、と主張するが、右主張は想定自体不自然・不合理であつてたやすく採用しがたい。

そうだとすると、被告人が本件ガス供給開始の際に藤谷方以外の入居者に対する配管に取り付けられた中間安全弁の閉鎖を確認せず、これら入居者にガス供給開始を連絡しなかつたことが、開放されていた中間安全弁、室内安全弁を通じて小林武士方室内にガスが漏泄し、本件爆発事故を惹起させる結果となつたものであるから、被告人の過失と右結果との間には刑法上の因果関係が肯定されるものといわなければならない。被告人の注意義務違反と本件事故の結果との間に刑法上の因果関係を認めることができないと判示した原判決には事実の誤認があり右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書を適用して、当裁判所においてただちにつぎのように自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は、プロパンガス供給販売等の業務に従事するものであるが、昭和四九年七月一七日午後六時ころ、藤谷保ほか三世帯が居住する札幌市豊平区平岡六八番地第二松美荘アパートに設けられていたプロパンガス集中供給設備を利用して、右藤谷方へ、同アパート屋外に設置したプロパンガスボンベからプロパンガスを供給販売するにあたり、同アパートの集中供給設備は、同年六月八日ころその工事を終えた後、同アパート入居者からの供給申込みがないまま放置してあつたものであり、右藤谷以外の入居者は同ガスの供給開始を知らないため室内安全弁が開放の状態になつていることも予想されるので、同ガス供給販売業務に従事するものとしては、藤谷以外の入居者に同ガスの供給開始を連絡するか、もしくは、藤谷以外の入居者に対する配管に取り付けられた中間安全弁が閉鎖され、これら入居者方に同ガスが流れ込まない状態になつていることを確認し、もつてガス漏泄による危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、藤谷以外の同アパート入居者に供給開始を連絡せず、かつその外壁に取り付けられた中間安全弁が閉鎖状態になつているかどうかを確認しなかつたため、同アパート小林武士方の中間安全弁が開かれていることに気付かないまま藤谷方への同ガス供給を開始した過失により、室内安全弁が開放されていた右小林方室内に約一四立方メートルの同ガスを漏泄させ、同日午後一一時四〇分ころ、右漏泄したガスに同人方の電気冷蔵庫の起動継電器作動の際発した火花が引火し同ガスを爆発させて火災を発生させ、その結果同アパートに居住する小林文子(当時一二年)及び前田サカエ(当時二五年)をそれぞれ焼死させたほか、吉田親子に加療二週間を要する左下腿前腕等の爆発挫創、頸部・両肩打撲症を、藤谷保に加療一〇日間を要する左前頭部・顔面爆発挫創を、藤谷テル子に加療一〇日間を要する右肘・両下腿爆発挫創、前胸部等の打撲症を、藤谷まゆみに加療一〇日間を要する顔面・頭部等の爆発挫創、前胸部打撲症を、吉田勉に加療一週間を要する右前額部等の爆発挫創、腰部打撲等の傷害をそれぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は次のように主張する。本件公訴事実においては、被告人に課せられる注意義務として、各入居者方に通ずる中間安全弁が閉鎖されプロパンガスが流れ込まない状態になつているか否かを確認する注意義務及び各入居者にプロパンガスの供給開始があつたことを連絡通知する注意義務が同時的に存すると主張されている。しかし両義務は並列的同時的には課せられない。告知可能な未利用者に対してはガス供給開始があつたことを告知し以後室内安全弁の開閉に留意してもらう措置をとれば足り、さらに確認義務を尽して中間安全弁を閉止すべしというのは業務上過失犯にいう法的義務にならない。そしてすでに無断で設備の利用を開始しているものは供給開始のあることを知りえているのであるから、同人に対しては供給開始を告知する義務は存しない。小林武士方では本件供給開始前すでに集中供給設備から無断でガスを使用していたのであるから、被告人は小林武士方に対して供給開始を告知する義務を有しない。

そこで考えてみるのに、プロパンガス供給販売等の業務に従事するものが本件のようなプロパンガス集中供給設備を利用して同ガスを供給販売するにあたり遵守すべき注意義務としては、不慮の事故発生を防止するために、少なくとも中間安全弁の閉鎖確認と各入居者に対する供給開始の連絡通知のうちいずれかを履行しなくてはならないが、その一方を履行すれば足りると解すべきである。しかしながら、本件において被告人は右両者のうちいずれをも履行しなかつたのであるから注意義務違反の責を免れることはできない。

次に、さきに認定したとおり本件ガス供給開始時点ですでに小林武士方の室内安全弁は開放されていたと認められる。もし同人方が本件集中供給設備を利用してプロパンガスの無断使用をしていたものであれば室内安全弁が開放のまま放置されているのは極めて不自然である。従つて室内安全弁が開放されていた事実は、小林方で本件ガスの無断使用がされていなかつたことを有力に裏書するものといわなければならない。さらに小林方のガス使用量一四・七八八立方メートルの所要流出時間に関する前記の鑑定結果をも合わせ考えれば、小林方で本件ガスの無断使用をしていた可能性は極めて乏しいものと認められる。

かりに小林方で本件ガスの無断使用をしていたとしても、その事実は被告人の認識せず認識しえなかつたところである。過失犯の前提たる注意義務の存否を判定するにあたつては、もとより当該行為者が行為の時点において認識し、もしくは認識しうべかりし事実関係を基礎として判断しなければならない。所論のように、本件において被告人の認識せず認識しえなかつた小林方の本件ガス無断使用の事実によつて被告人の注意義務の成否が左右されるものとは思われない。さらに、無断使用の事実を前提として考えても、無断使用しているものも自己の使用以外はガスの供給は行われていないこと、すなわち自己がボンベの元栓を開放しないかぎりガスが流出することはないことを信頼して行動しているのであるから、無断使用者に対する関係でも、本件アパート入居者の共同の危険であるガス爆発防止のためにはやはり前記の確認もしくは告知義務を尽す必要があり、右両義務がなくなるものとは解されない。したがつて、弁護人の右主張は理由がない。

さらに、弁護人は、被告人は当時小林方の中間安全弁、室内安全弁とも開放されていてボンベのバルブを開放することにより小林方屋内にガスが流出することの予見可能性がなかつた旨主張する。

しかしながら、関係証拠により認められる被告人が昭和四四年以降液化石油ガス調査員の資格を得てプロパンガス等販売店店員としてプロパンガス供給販売等の業務に従事してきたことを含めて、本件ガス供給開始当時の諸事情を総合して考察すれば、被告人が前記予見可能性を有していたことは明らかであると認められるから、右主張も理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、各被害者ごとに刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、右は一個の行為で七個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条によりもつとも犯情の重い小林文子に対する罪の刑に従い処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、所定刑期の範囲内で処断すべきところ、引火性・爆発性があるプロパンガスの供給業者に業務上特にその取扱に慎重な態度が要求されることはいうまでもないが、本件事故は中間安全弁、室内安全弁の開放という不運な事態が重つていたことに原因の一半があり、結果はまことに重大かつ悲惨であるが、被告人の過失の態様については酌むべきものがあることなど諸般の事情を考慮し、被告人を禁錮一〇月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとし、原審及び当審における訴訟費用中鑑定人中島富士雄、同猪亦正司に支給した分を除くその余の分は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとし、主文のとおり判決をする。

(裁判官 粕谷俊治 高橋正之 近藤崇晴)

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