大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和52年(ネ)24号 1978年7月31日

控訴人

斉藤昇

(ほか四七名)

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

土井勝三郎

被控訴人

全日本港湾労働組合北海道地方室蘭支部栗林分会

右代表者執行委員長

鈴木充

右訴訟代理人弁護士

彦坂敏尚

右当事者間の寄託金返還等請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  控訴人ら

「(一) 原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取消す。

(二) 被控訴人は、別紙積立金及び補填金目録(略)氏名欄記載の各控訴人に対し、同目録積立金欄記載の各金員及びこれらに対する昭和三九年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 控訴費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二  被控訴人

「本件各控訴をいずれも棄却する。」との判決を求めた。

第二当事者双方の主張

一  控訴人らの請求原因

(一)  控訴人らは、いずれも訴外株式会社栗林商会(以下、「栗林商会」という。)の従業員で組織する被控訴人の組合員であったが、栗林分会規約及びその実施細則である栗林分会積立金運営規定に基づき、被控訴人がストライキを行った時、取りくずして組合員の生活資金に充当する目的で、昭和二九年一月から一か月金一〇〇円、昭和三二年五月から一か月金二〇〇円と定めて、毎月被控訴人に寄託し、昭和三九年一〇月三一日当時の控訴人ら各自の積立金合計は、別紙「積立金及び補填金目録」のそれぞれに該当する積立金欄記載の金額となった。

(二)  控訴人らは、昭和三九年七月一三日ころから同年一〇月一九日ころまでの間に、いずれも被控訴人の組合を脱退し、脱退後被控訴人に対し、控訴人らの右積立金の返還を請求してきたが、被控訴人はその支払要求に応じない。

(三)  よって、控訴人らは、各自被控訴人に対し、別紙「積立金及び補填金目録」のそれぞれに該当する積立金欄記載の金員及びこれらの金員に対する控訴人らがいずれも脱退した後である昭和三九年一一月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は認める。

三  被控訴人の抗弁

(一)  積立金の返還

被控訴人は、昭和三九年三月から栗林商会と争議状態に入ったが、その争議中の同年四、五月ころ二回にわたって被控訴人の組合員であった控訴人らに対し、栗林分会規約及び積立金運営規定に基づく執行委員会の決定に従い、補填金名義で、別紙「積立金及び補填金目録」のそれぞれに該当する補填金欄記載の各金員を払戻して返還した。

(二)  和解契約の成立

1 控訴人らは、被控訴人の組合を脱退し、その後間もなく栗林商会労働組合(以下、「栗労」という。)に加入したが、被控訴人の組合員であった期間中に積立金全額の返還を受けていなかったので、栗労に対し、他の脱退者をも含めて各自の被控訴人に対する積立金返還請求権についての問題を処理するために必要な代理権を授与した。

2 そこで、栗労の代表者は、控訴人らの代理人兼栗労の代表者として被控訴人の代表者との間で種々交渉をした結果、昭和三九年一一月一一日、栗労と被控訴人との間において次のような事項を内容とする和解契約が成立し、その旨記載した覚書を交換した。

(1) 被控訴人は、栗労に所属する控訴人らを含む元被控訴人の組合員九〇七名の積立金総額金一〇三四万七一五二円を返還する。

但し、被控訴人は右金一〇三四万七一五二円から、栗労に所属する控訴人らを含む元被控訴人の組合員に対して、被控訴人が争議中に補填金名義で交付した金員、融資金及び被控訴人が交付した作業服の代金合計金四一〇万五〇三〇円を控除し、残金六二四万二一二二円を返還する。

(2) 被控訴人は、栗労に所属する補填金受領者と補填金の性格を明らかにする作業を行う。

(3) 作業服代金は、被控訴人が栗林商会から船艙口開閉作業料金を収受したとき栗労に一括して支払う。

(4) 和解条項は右(1)ないし(3)のとおりであるが、被控訴人が右のように栗労所属の補填金受領者と補填金の性格を明らかにすることを約したのは、和解条項の字義どおり、右(1)項において被控訴人が争議中に補填金名義で交付した金員を積立金から控除することにして解決するに至った経緯を栗労所属の補填金受領者に説明するということであって、後日話合いをするということで、一時積立金の支払を留保するというものではない。

また、船艙口開閉作業料金というのは、栗林商会の港湾荷役の作業員が船主の依頼によって荷物を積み降しする際に船艙口を開閉した場合、その対価として船主から支払われる報酬で、それを栗林商会が船主から一括して受領した後、そのうちの六五パーセントを被控訴人に交付されることになっていたものであるが、被控訴人ではそれを組合員の福利厚生資金に使うことにしていたものである。そこで、被控訴人では、後日栗林商会を介して船主から支払われる船艙口開閉作業料金を引き当てにして組合員に対し作業服を購入して支給していたので、右和解においてその代金を積立金から控除することにしたものであるが、右和解が成立した当時栗林商会の従業員で組織する労働組合が被控訴人と栗労の二つに分れていた関係上、これが栗林商会からいずれの組合に交付されるものであるかが不明であったため、もし被控訴人が栗林商会からその全額を受領したときは、積立金から作業服の代金として控除した金額に相当するものを一括して栗労に支払うことに合意したものである。

(5) 被控訴人の組合を脱退して栗労に加入した組合員であって、脱退前に補填金名義の金員の交付を受けた者の中には、被控訴人の組合に対する積立金残高よりも多額の金員を受け取った者もあったし、反対に、被控訴人の組合に対する積立金残高よりも少額の金員しか受取らない者もあった。

しかし、右和解契約において栗労は、被控訴人に対し、栗労所属の組合員であって補填金名義で金員の交付を受けた者の間における各自の積立金残額と交付を受けた金額との間の過不足の問題をその責任において調整すること、即ち積立金残額より多額の金員を受取った組合員からその超過分を取立て、これを積立金残高より少額の金員しか受取らなかった組合員に支給することによって清算することを約すると共に控訴人らの代理人として被控訴人に対し各自の積立金の返還請求をしないことを約した。

3 そして、被控訴人は、その後間もなく本件和解契約に基づき、控訴人らの代理人である栗労に対して、前記金六二四万二一二二円を返還すると共に、栗労は所属する控訴人を含む元被控訴人の組合員に対し、争議中に補填金名義で支給した金員は積立金の返還であるからこれを積立金から控除することになった旨の説明をした。

4 従って、被控訴人が、控訴人らに対し返還すべき積立金はもはや存在しない。

(三)  権利の濫用

控訴人らは、控訴人らの積立金が争議において闘争資金その他に使用されたこと及び他の支援労組から予想していた程のカンパが集っていないことを知りながら、争議の後始末もできない時期に被控訴人の組合を脱退し、被控訴人から概ね積立金に相当するか或いはそれを大幅に上まわる金員の返還を受けているのにかかわらず、これと無関係に労働者仲間の団結体である被控訴人に積立金の返還を迫っているのである。これは、労働者のモラルからいって、自己の利益のみを追求するものとして、まさに信義則に反し権利を濫用するものである。

四  抗弁に対する控訴人らの認否

(一)  抗弁(一)の事実中、被控訴人が昭和三九年三月から栗林商会と争議状態に入ったこと、右争議中控訴人らは被控訴人からその主張の額の金員を補填金名義で受取ったことは認めるが、その余は否認する。

控訴人らが被控訴人から補填金名義で受取った右金員は、被控訴人が争議中の生活資金として控訴人らに贈与したものである。

(二)  抗弁(二)の1の事実は認める。

同2の事実中、昭和三九年一一月一一日栗労の代表者と被控訴人の代表者との間に和解契約が成立し、覚書を交換したことは認めるが、その内容は争う。即ち、

同(1)の前段は認めるが、後段は争う。

同(2)は認める。

同(3)は認める。

同(4)の前段は争う。被控訴人が栗労所属の補填金受領者と補填金の性格を明らかにする作業を行うことにしたのは、和解契約が成立当時、補填金の性格について争いがあって解決しないため、後日引続き被控訴人と栗労との間で話合いをすることを約したものであり、被控訴人と栗労との間で交換された右和解のための覚書一項には補填金を差引くものとする旨記載されているのは、積立金のうち所定のものを差引いた残額の支払は一時留保するという意味のものである。なお、被控訴人と栗労との間の右の話し合いは未だになされていない。

同(4)の後段は認める。

同(5)の前段は認めるが、後段は否認する。

同3の事実中、控訴人らの代理人兼本人である栗労が被控訴人主張の頃、被控訴人からその主張の金六二四万二一二二円の返還を受けたことは認めるが、その余は否認する。

(三)  抗弁(三)は否認する。

第三証拠関係(略)

理由

一  控訴人ら主張の請求原因(一)の事実(控訴人らの積立金の発生)及び同(二)の事実(控訴人らの被控訴人の組合からの脱退、積立金の返還請求)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人の抗弁(一)(積立金の返還)について判断する。

(一)  先ず、被控訴人が昭和三九年三月から栗林商会と争議状態に入ったこと、右争議中控訴人らは被控訴人からその主張の額の金員を補填金名義で受取ったことは当事者間に争いがない。

(二)  (証拠略)を総合すると、被控訴人は、昭和三九年三月、栗林商会との間で賃上げをめぐって争議状態に入り、何日となくストライキを繰り返したが、栗林商会としてもこれに対抗して被控訴人の組合に所属する組合員に残業をさせなかったりしたため、控訴人らを含む被控訴人の組合に所属する組合員の生活が困窮するに至ったこと、そこで被控訴人は控訴人らを含むその組合に所属する組合員全員に対し生活維持のため、生活資金を交付することにしたこと、被控訴人としては、長期間ストに入ればその組合に所属する組合員が賃金を失って生活が困窮するような場合に備えて、毎月組合員から一定額の金員を積立金として預託を受けてこれを被控訴人の組合に所属する組合員各自の名義で労働金庫に預金していたので、その払戻を受けて控訴人らを含む被控訴人の組合に所属する組合員に返還すればよかったのであるが、組合加入期間が短期のため積立金が少額で生活費に不足する組合員もあったし、また積立金の払戻を受けて組合員に返還することになれば、被控訴人の闘争資金が不足することも予想されたので、他から借入れをすることにしたこと、そこで被控訴人は上部団体である全港湾道本部と相談の上、友誼団体である全港湾三輪分会から借り入れ、また労働金庫に対する前記預金を担保として同金庫から借り入れたりして約九〇〇万円の資金を調達したうえ、これを控訴人らを含む被控訴人の組合に所属する組合員全員に対し、生活資金補填算定基準に従って、補填金名義で交付したこと、被控訴人は、控訴人らに対し、補填金名義で右のように生活資金を交付した当時、支援団体からカンパが贈られてきていなかったが、将来支援団体から相当額のカンパを受ければ、後日右カンパによって全港湾三輪分会及び労働金庫に対する右の借金を返済できるものと考えていたので、執行委員会においては、特に控訴人らを含む被控訴人の組合に所属する組合員全員に対して補填金名義で交付する金員が積立金の返還である旨決定したこともなく、またその旨組合員に告知したこともなかったことが認められる。

(三)  以上認定の事実によれば、被控訴人が控訴人らを含むその組合所属の組合員全員に対し補填金名義で生活資金を交付した当時には、被控訴人の執行委員会において、それが組合所属の組合員が毎月積立てた積立金を組合員に返還するものであると特に決定していたものとはいえず、また控訴人らも補填金の支給が各自の積立金の返還を受けるものと了知してその交付を受けたものとは認められず、他に右金員が控訴人らの積立金の返還として控訴人らに交付されたと認めるに足りる確たる証拠はないから、被控訴人の抗弁(一)は採用できない。

三  次に、被控訴人の抗弁(二)(和解契約の成立、履行)について判断する。

(一)  被控訴人は、昭和三九年四、五月ころ、二回にわたって控訴人らを含む被控訴人の組合に所属する組合員に対し、補填金名義で被控訴人主張の額の金員を交付したこと、控訴人らは、昭和三九年七月一三日ころから同年一〇月一九日ころまでの間にいずれも被控訴人の組合を脱退したことは当事者間に争いなく、(人証略)によれば、昭和三九年の春闘に際し、被控訴人の組合員間に闘争方針をめぐって意見の対立が生じ、被控訴人の組合執行部の闘争方針に反対する約四三〇ないし四七〇名の組合員が被控訴人の組合を脱退し、同年三月一日栗労を結成したこと、被控訴人の組合を脱退した控訴人らはいずれも脱退後間もなく栗労に加入したことが認められる。

(二)1  (証拠略)を総合すると、栗労は、昭和三九年四月一一日ごろ、被控訴人の組合を脱退して栗労に加入した組合員から委任を受けその事務処理に必要な代理権の授与を受けて、被控訴人に対し、被控訴人の組合を脱退した組合員の積立金を返還するよう交渉したが、被控訴人は未だ栗林商会と闘争中であることを理由に栗労との話合いを拒否したこと、その後争議が終了したので栗労は同年九月一四日ころ再び被控訴人に対し個人積立金並びに融資金等の諸問題解決のため近日中に話し合いたい旨書面で申入れたが被控訴人から具体的な回答がなかったこと、そこで栗労は同年同月二三日重ねて被控訴人に対しかねて同月一四日に話合いを申入れた個人積立金について早急に払戻ししてほしい旨書面で申入れたのでその後九月から一〇月にかけて数回栗労の役員と被控訴人の役員との間で交渉が重ねられたこと、交渉にあたって被控訴人は、脱退者に積立金を返還することに同意したが、争議中に控訴人らに支給した補填金は積立金から控除するから控訴人らが受取った金額を明らかにするようにと要求したのに対し、栗労は、控訴人らが争議中に被控訴人から補填金名義で受取った金員は生活費としてもらったものであるから積立金から控除すべきものではないと主張したので早急に交渉が妥結する状態にはなかったこと、しかし栗労としては積立金を早急に返還してもらいたいとの事情があったので、積立金の中から補填金に相当する金額を被控訴人が留保しておいて残額だけでも返還してほしいと申入れたが、被控訴人としては、闘争中友誼団体から闘争資金を上まわる相当な額のカンパがあり、また控訴人らが被控訴人の組合に留まっているのであれば、補填金を積立金から控除するような取扱いはしないが、闘争中予想したほどのカンパが集らなかったため被控訴人が多額の借金を負うことになったうえ、控訴人らは被控訴人の組合を脱退したいわゆる裏切者であるから補填金名義で交付した金員を積立金から控除することに同意しない限り、積立金の返還には応じない旨主張したので双方の主張が平行線をたどったこと、栗労を代表して被控訴人との交渉にあたった組合役員はいずれも被控訴人の組合を脱退した者であって被控訴人に対し積立金の全額の返還を強く主張できる立場になかったうえ、闘争中被控訴人に寄せられたカンパが予想外に少なく控訴人らを含む被控訴人の組合員に支給された補填金の金額にはるかに及ばなかったという被控訴人の代表者らの説明もあったので、最終的には被控訴人の要求を受諾することにし、結局昭和三九年一一月一一日栗労と被控訴人との間で左記「個人積立金支払に関する覚書」のとおりの合意(以下「本件和解契約」という。)が成立し、右両者間にその旨の覚書が交換されたことが認められる。

個人積立金支払に関する覚書

全港湾労組栗林分会(分会)は、栗林商会労働組合(栗労)所属組合員の個人積立金に関し次の要領により支払を行う。

一、分会は、栗労に所属する組合員の個人積立金総額金一〇三四万七一五二円を支払う。

但し、補填金、融資金、並びに作業服代金(四一〇万五〇三〇円)を総額より差引くものとする。

二、分会は、栗労に所属する補填金受領者と補填金の性格を明らかにする為の作業を行う。

積立金支払明細

<省略>

三、作業服代金は、分会が会社より船艙口開閉作業料金を収受したとき栗労に対し一括支払う。

2  当審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、本件和解契約一項にいう「融資金」というのは、被控訴人が、被控訴人の組合を脱退して栗労に加入した控訴人らを含む組合員に対し、被控訴人の組合員であった当時、特に組合員の申出によって貸付けた金員であるから、これを積立金から控除することにしたものであることが認められる。また、「船艙口開閉作業料金」というのは、栗林商会の港湾荷役の作業員が船主の依頼によって荷物を積み降しする際船艙口を開閉した場合、その対価として船主から支払われる報酬であり、それを栗林商会が船主から一括して受領した後、そのうちの六五パーセントを被控訴人に交付するものとされていたこと、被控訴人では、それを組合員の福利厚生資金に使うことにしていたので、後日支払われる船艙口開閉料金を引き当てにして組合が一括して作業服を購入し、これを各組合員に支給していたものであるから、被控訴人が支給した作業服の代金を積立金から控除することにしたこと、しかし、和解成立当時、栗林商会の従業員で組織する労働組合は、被控訴人と栗労の二つに分れていた関係上、船艙口開閉作業料金が栗林商会からいずれの組合に交付されるのかが不明であったため、もし、後日被控訴人が従前どおり栗林商会からその全額を受領したときは、積立金から栗労の組合員に支給した作業服の代金として控除した金額に相当するものを一括して栗労に支払うことに合意したものであることは当事者間に争いがなく、当審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、本件和解契約においては、その後、栗林商会から栗労と被控訴人の二つの組合に対し分割して船艙口開閉作業料金が交付されたときは、被控訴人が積立金からすでに作業服の代金として控除した金額に相当するものを栗労に支払わないとの合意があったことが認められる。

(三)1  右認定の事実によれば、被控訴人は、被控訴人の組合を脱退して栗労に加入した控訴人らを含む組合員全員の積立金総額金一〇三四万七一五二円を栗労に対し支払うが、右金額から補填金名義で交付した金二四三万九七一〇円、融資金一二六万二〇二〇円、作業服代金四〇万三三〇〇円、以上合計金四一〇万五〇三〇円を控除することにして、被控訴人の組合から脱退して栗労に加入した者の積立金問題を解決することになったものと認めるのが相当である。

もっとも、控訴人らは、本件和解条項二項において、被控訴人が栗労所属の補填金受領者と補填金の性格を明らかにする作業を行う旨約したのは、和解成立当時、補填金の性格について争いがあって解決しないため、後日引続き被控訴人と栗労との間で話合いをすることにしたものであり、従って被控訴人と栗労との間で交換された右和解のための覚書一項において補填金を差引くものとする旨記載されているのも一時積立金の支払を留保するということを意味するものである旨主張する。そして、(人証略)には、控訴人らの右主張に添う証言及び供述がある。

しかしながら、そもそも被控訴人と栗労との間で交換された覚書(<証拠略>)一項には、「補填金……を総額より差引くものとする。」旨明記されているから、これを「支払を保留」する意味に解することは文理上無理があるうえ、前記(二)に認定の補填金を支払うことになった事情、積立金返還交渉の経緯等を総合考察すれば、被控訴人の組合員に交付した補填金の性格については、被控訴人と栗労の双方の主張に対立があったが、最終的には栗労が譲歩し、覚書の文言どおり、いわゆる「補填金」を、被控訴人の組合員に対する貸金である「融資金」及び後日栗林商会を介して船主から支払われる船艙口開閉作業料金を引き当てにして被控訴人が購入して組合員に支給していた作業服の代金と同様に積立金総額から差引き、その残額を一括して栗労に支払うことで被控訴人と栗労所属の組合員の積立金問題を終局的且つ全面的に解決し、後日に更に解決すべき何らの問題も残さないようにしたものであり、ただ積立金問題が終局的に被控訴人の主張が容れられ、栗労の組合員に不利な形で解決することになったので、栗労の役員としては、被控訴人に対し、争議中組合員に補填金名義で交付された金員が積立金から控除するということで最終的に解決することに至った経緯を栗労所属の補填金受領者に被控訴人の役員の口から種々説明して納得させてほしい旨依頼し、被控訴人が栗労の右申入れを受諾したものとみるのが相当であるから、前記証人の証言及び控訴人本人の供述はたやすく信用することができない。

2  なお、被控訴人の組合を脱退して栗労に加入した者であって、脱退前に補填金名義の金員の交付を受けた者の中には、被控訴人の組合に対する積立金残高よりも多額の金員を受取った者もあったし、反対に、被控訴人の組合に対する積立金残高よりも少額の金員しか受取らない者もあったことは当事者間に争いがないが、前認定の事実と当審における被控訴人代表者尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、栗労は、控訴人らを含む被控訴人の組合の脱退者ら全員から、各自の被控訴人に対する積立金返還請求権についての問題を処理することを委任されその事務を処理するために必要な代理権を授与されていたので、本件和解契約においては、栗労は組合の立場として、被控訴人に対し、栗労所属の組合員で争議中被控訴人から補填金名義で金員の交付を受けた者の間における各自の積立金残額と交付を受けた金額との間の過不足の問題をその責任において調整すること、即ち積立金残額より多額の金員を受取った組合員からその超過分を取立て、これを積立金残額より少額の金員しか受取らなかった組合員に支給することによって清算することを約すると共に、控訴人らを含む栗労の組合員の代理人として、被控訴人に対し、各自の積立金の返還請求をしないことを約したことが認められる。

3  本件和解成立後、被控訴人は、栗労に対して積立金の返還として金六二四万二一二二円を支払ったことは当事者間に争いなく、(人証略)によれば、本件和解契約成立後、被控訴人の組合の委員長、副委員長、書記長らは、控訴人らを含む被控訴人の組合の脱退者であって争義中被控訴人から補填金名義の金員を受領した者の代表数名に対し、積立金返還交渉の経緯や栗労と交渉の結果終局的には被控訴人が補填金名義で交付した金員は組合員に生活費として贈与したものではないから積立金から控除することにして積立金問題を解決したものであることを説明し一応の納得を得たものであることが認められる。また、当審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、被控訴人と栗労との本件和解成立後、栗林商会を介して船主から船艙口開閉作業料金が支払われたが、栗林商会は、これを被控訴人と栗労の二つの組合に対し、組合員の頭数に応じて分割して交付したため、被控訴人と栗労の間では作業服代金の清算問題も起らず、終局的な決着をみるに至ったことが認められる。

(四)  以上のとおりとすると、被控訴人の右抗弁(二)は理由がある。

四  以上の次第であって、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから民訴法三八四条一項に則り本件各控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について同法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮崎冨哉 裁判官 塩崎勤 裁判官 村田達生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例