札幌高等裁判所 昭和52年(ネ)285号 判決 1979年4月26日
昭和五二年(ネ)第二八五号事件控訴人
昭和五三年(ネ)第四二号事件附帯被控訴人(以下控訴人という。)
国
右代表者法務大臣
古井喜實
右訴訟代理人
広岡得一郎
右指定代理人
梅津和宏
外八名
昭和五二年(ネ)第二八五号事件被控訴人
昭和五三年(ネ)第四二号事件附帯控訴人(以下被控訴人という。)
有元健一
同
有元美世
右両名訴訟代理人
岩城弘侑
主文
原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人らの請求及び附帯控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者双方の求めた裁判
控訴人は、控訴につき、「一 原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。二 被控訴人の請求を棄却する。三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、附帯控訴につき、「本件附帯控訴を棄却する。」との判決を求めた。
被控訴人らは、控訴につき、「一 本件控訴を棄却する。二 控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を、附帯控訴につき、「一 原判決中、被控訴人ら敗訴部分を取消す。二 控訴人は被控訴人ら各自に対し、更に金一三五七万一二二六円及びこれに対する昭和五〇年五月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。三 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
第二 当事者双方の主張
一 被控訴人らの請求原因
(一) 交通事故の発生
昭和五〇年五月一二日午後八時四五分頃、原審被告岡本孝志(以下、「岡本」という)は、軽四輪乗用自動車(以下、「本件自動車」ということもある)に亡有元不二男(以下、「亡不二男」という)を同乗させて運転し、岩内郡岩内町字敷島内六一番地先国道二二九号線(車道部分の幅員5.6メートルのアスフアルト舗装道路で、車道中央線により上下二車線に通行区分され、その外側は路肩になつていた。以下、国道二二九号線を「本件道路」ということもある。)を、雷電方面から岩内町市街方面に向け進行中、前車である大型貨物自動車を、その右側から追い越すため対向車線上に自車を進出させた際、自車を対向車線上の右端の窪地部分(深さ約二〇センチメートル、長さ約2.4メートル、幅約1.3メートルで、車道東側外側線内側から路肩にかけて存在し、車道部分に幅一〇センチメートル喰込んでいた。この窪地の位置形状は、当事者間に争いがあるが、右争いのある部分は除き、この窪地を単に本件窪地という。)に落輪させて自車を浮上させ、ハンドル操作の自由を失い、自車を道路東側路外に逸脱させて、本件道路わきの電柱に激突させ、亡不二男を頭蓋底骨折により右同日死亡させた(以下、これを「本件事故」という)。
(二) 控訴人の責任
本件道路の管理者は控訴人であるが、本件道路の車道部分に本件窪地が喰込んでおり、車道上を走行中の自動車がこれに落輪すれば、ハンドル操作の自由を失うおそれがあるなど、極めて危険な状況にあつたにもかかわらず、控訴人はこれを補修しないで放置していたものであるから、本件道路の管理に瑕疵があり、本件事故は右の瑕疵があつたために発生したものである。
仮に本件窪地が車道部分に喰込んでいなかつたとしても、その補修の必要性が消滅するものではなく、従つて控訴人の管理の瑕疵の責任を免ずるものではない。
即ち路肩部分の補修の必要性の有無は当該具体的な道路状況に基づいて判断すべきである。ところで本件道路は交通量の多い幅員5.6メートルの片側一車線のアスフアルト道路であり、白色実線部分を車輛が通行することは道交法の禁止規定にかかわらず客観的に十分予想される状況にあり、又、控訴人は道路管理者として本件窪地の危険な状況を容易に知りえたものというべきであり、又補修に要する費用は少額でかつ容易に補修しえたはずである。そして、路肩も道路の一部である以上、道路法第二九条の「道路の構造は、当該道路の存する地域の地形・地質・気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対し安全なものであるとともに、安全かつ円滑な交通を確保するものでなければならない」という規定の趣旨から考え、本件窪地は道路の安全性を著しく欠いたものであつたといえる。従つて、控訴人の本件道路管理に瑕疵があつたことは明白である。
よつて、控訴人は、国家賠償法第二条第一項により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。
(三)、(四)<省略>
二 請求原因に対する被控訴人の認否
(一) 請求原因(一)について
1 請求原因(一)の事実中、道路の幅員、窪地の位置、形状及び岡本が本件自動車を本件窪地に落輪させて自車を浮上させ、ハンドル操作の自由を失つたことを否認し、その余の事実は認める。
本件事故発生の現場の道路の幅員は5.5メートルであり、また本件自動車の対向車線の東側外側の路肩部分に、幅約1.3メートル、長さ約1.4メートル、深さ約一〇ないし一五センチメートルの窪地があり、これは幅約一五センチメートルの右外側線(これは車道部分に含まれず、路肩の一部である)の延長線上に喰込んでいたが、車道部分には喰込んでいなかつた。しかも本件自動車は右窪地に落輪しなかつたものである。もし、本件自動車が右窪地に落輪したとすれば、その周辺にタイヤ跡や水しぶき等の痕跡が残されていて然るべきであるのに、本件事故発生の直後に作成された実況見分調書には、これらが記されていない。
2 本件事故の原因は、要するに運転者である岡本が、車体右側が浮上つた感じがしただけで、ハンドルをとられたわけでもないのに狼狽し、時速七〇キロメートルの高速のままハンドルを左に切つたものであるところ、通常の運転者としては、なお直進方向にハンドルを維持することになんらの困難を感じない程度の状況であつたのであり、また車体が浮上つた感じがしたという附近から衝突地点までは約八〇メートルの距離があり、ハンドル操作を適正にし、かつ減速する余裕も十分あつたものであるから、本件事故は、もつぱら運転者である岡本が制限速度時速五〇キロメートルの道路上を、夜間見通しが悪く、進路前方の状況に対する適確な判断反応が期待できない状態で、しかも本来通行が許されないはみ出し通行禁止区間において、これを認識しながら安定性に欠ける軽四輪自動車で右規制を無視して、道路交通上危険度の高い追い越し行為を、時速七〇キロメートルの高速で敢えて行つた無謀運転と、その運転技術の未熟によりハンドル操作を誤つたことによつて惹起されたものであるといわざるを得ない。
仮に本件自動車が本件窪地に落ちたとしても、当時岡本が制限速度を遵守し、慎重な注意を払つて運転をしていたならば、落輪後における適切な運転操作は容易になしうるところであり、従つて本件事故は発生しなかつた筈であるから、本件窪地の存在と本件事故の結果との間の因果関係はない。
(二) 請求原因(二)について
1 請求原因(二)の事実中、本件道路の管理者が控訴人であることは認めるが、その余は争う。
2 仮に本件自動車が本件窪地に落輪したとしても本件窪地の存在は、道路管理の瑕疵にあたらない。
(1) 国家賠償法第二条にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、当該営造物が通常備えるべき性質又は設備を欠くこと、すなわち、本来の安全性に欠けている状態をいうものと説かれているか、具体的に右の瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況など諸般の事情を総合考慮して、具体的・個別的に判断すべきものである。
(2) ところで、本件において道路管理の瑕疵に当たるか否かが問題とされている本件窪地は、国道二二九号線の雷電―岩内間に位置し、幌内橋の北側端から約一五メートル岩内方面寄りの右国道の岩内方面に向つて右側の車道外側線から路肩部分に所在する幅約1.3メートル、長さ約1.4メートル、深さ約一〇ないし一五センチメートルの不規則円形の水のたまつたものであつた。右国道は、その幅員5.6メートルの舗装道路であり、その両側は白色実線によつて車道外側線としての道路標示がなされていたし、その車道中央部分には、雷電方面から幌内橋北端までは白色実線による車道中央線の道路標示が、同橋北端から岩内方面にかけては車道中央線に黄色実線による道路標示がなされていた。また幌内橋北端部分においては、岩内方面に向う車輛に対する道路標識として、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止としての規制標識及び高速車の最高速度が五〇キロメートルに制限されている旨の規制標識が設置されていた。
そして、岡本が運転する本件自動車は、雷電から岩内方面に向けて右国道を通行し、幌内橋にさしかかる手前において前車を追い越すべく反対(対向)車線上に進路変更したうえ、そのまま並進を続けて本件窪地に車輪を落とし、そこから約67.8メートル進行したのち、トランスを載せている電柱に激突したというものである。
(3) 右の状況において窪地が道路管理の瑕疵にあたるか否かは、単に窪地の大小とか、それが路肩にあつたか、外側線上に接していたかといつた窪地の存在の客観的側面のみに注視して判断すべきではなく、右道路が上、下二車線に通行区別された道路であり、かつ道路交通法に基づいた各種の規制がなされていた道路であつたのであるから、本件自動車の進行車線の状況、交通規制の状況等を総合考慮したうえ、本件自動車にとつて、右窪地附近が法的に通行することが許容されている場所であつたか或いは通行せざるを得ない場所であつたかが検討されなければならない。そして右窪地附近が事故車にとつて通行が禁止され、かつ通行する必要のない場所であつたと認められるならば、そのような場所を通行して窪地に落ちたのは立入禁止された場所にその禁止を犯して殊更に入つて、事故を自ら招来したものであり、そのような場合においてまで窪地を道路管理の瑕疵として評価する必要はあり得ない筈である。
(4) そこで右窪地附近における本件自動車の進行車線について考察してみるに、該道路は車道中央線により上下二車線に通行区分がなされていたから、岩内方面に進行する事故車は、道路交通法第一七条三項により左側車線の左側を通行することが原則として義務づけられていたばかりか、車道中央線が黄線で標示されていたからその黄線を越えて反対車線に進路変更することが禁止されていたし(旧法第二六条の二参照)、道路上方、左側に設置された道路標識によつて、追い越しのための右側部分はみ出し通行は禁止されていたのであるから、本件自動車が窪地の存在する地点まで進むことはおろか、その手前にある反対車線にも入ることが禁止されていたのは明らかであるし、そこへ入つて行かなければならぬ必要性は全くなかつたのである。たゞ本件自動車は幌内橋北端を過ぎてから進路変更したのではなく、幌内橋に至る手前において前車を追い越すため車線変更をして対向車線を走行していたというのであるが、道路交通法一七条四項によると、追い越しが許されている地点で中央線からはみ出しができる場合にあつても「そのはみ出し方はできるだけ少なくなるようにしなければならない」ことが義務づけられている。ところが本件道路は車道中央線で分離され、その片側車線はその幅員がそれぞれ2.8メートルであつたから、車幅として約1.3メートルに満たない本件自動車が、前車を追い越すため反対車線に進路変更してはみ出して進行し、追い越される車との間に十分な余裕間隔を保つたとしても反対車線の外側線附近にまで至つて通行する必要性は全く考えられないことであり、その場合であつても幌内橋の北端に達するまでに本来の走行車線に戻らなければならないのであるから、いずれにしても本件自動車が右窪地附近を通行することが禁じられていたことに変わりはない。
すると、本件窪地附近は、雷電から岩内方面に向う本件自動車にとつては、その通行が禁じられた場所であり、ほかに同窪地附近を本件自動車が通行しなければならぬ必要は全く認められないのであるから、一般的には道路管理の瑕疵と認められうるような本件窪地も、本件自動車との関係においては道路管理の瑕疵と評価されるべきものではないのである。
(5) なお、道路管理の主体である国は、本件窪地が単に路肩に存在するが故に、これが道路管理の瑕疵にならないと主張しているものでない。路肩であつてもその路肩と並進する車線を進行中の車輛にとつては、何らかの事由で左側に避譲進行せざるを得ない場合のあることは容易に想定しうるのであり、そのような場合における路肩に存在する障碍物が、道路管理の瑕疵とされることについてはいささかも争うものではないが、本件はそれらとは状況を全く異にし本件自動車の本来の走行車線からは、右側にある対向車線を越えて更にその右側にある路肩に所在する窪地であるということである。
3 仮に本件窪地の存在が、本件自動車との関係で道路管理の瑕疵と認められるとしても、本件自動車の本件窪地への落輪と本件自動車の電柱への激突すなわち、亡不二男の死亡との間には法律上の相当な因果関係はない。
被控訴人の主張によれば、本件自動車は本件窪地に落輪したのち、運転者たる岡本はハンドル操作の自由を失い、左右に切り返しながら進行して、道路右側路外の電柱に事故車を激突させて亡不二男を死亡させたという。
ところで、本件窪地から本件自動車の電柱激突地点までの距離は約67.8メートルあること、本件自動車のスリップ痕として4.7メートル、三メートルのもの及び24.3メートルから三〇メートルに及ぶ三条のものが印されていたことが認められるのであるから、本件自動車が本件窪地に落輪したのち、電柱に激突するまでの距離約六七メートル余にわたる間、運転者岡本はハンドルを握つていたものと認められ、しかも、運転免許を有していた同人は、その間において、本件自動車を正常な位置に戻すべきハンドル操作が出来得る時間及び距離を有していたものといわざるを得ないところ、そのハンドル操作を正しく行わず、車輛を電柱に激突させる事故を招いているのであるから、これはまさしく、本件事故は運転者岡本のみの責めに帰せられるべきものであつて、本件窪地に落輪したことと亡不二男の死亡との因果関係に中断があるというべく、法律上相当の因果関係はないものというべきである。
(三) 請求原因(三)の事実は不知である。
(四) 請求原因(四)は争う。
三控訴人の抗弁
(一) 本件自動車は雷電方面から岩内方面にに向けて進行中であつたから、本来ならば国道二二九号線の道路中央線の左側の車線を進行すべきであつて、その本来進行すべき車線をはみ出したうえ右側の対向車線を越えて、更にその右側にある路肩部分の本件窪地附近を進行すべき必要性は皆無であつたばかりか、道路標示である道路中央部分に黄線表示がなされていたから、法的にも寧ろ本来の進行車線をはみ出すことが禁止されていた部分を走行しようとした運転者岡本の運転操作は、法の禁止に反した進路を進行した無謀操縦に外ならない。又本件自動車は総排気量三五六ccの軽四輪車であつて、その車巾約1.3メートル、高さ1.2メートルのいわゆる小型の車であるのに、当時相当の猛スピードを出して走行していたものであり、一方その附近の制限速度は雷電方面から幌内橋までが四〇キロメートル、それから先が時速五〇キロメートルに制限されていた状況であつたことからすれば、当時の運転者岡本の運転は、制限速度を著しく超えた極めて無謀な操縦であつたものといわざるをえない。そして、若し本件自動車が当時時速四〇キロメートルないし五〇キロメートルの速度で走行していたとするならば、本件窪地に落輪したとしても、そのためにハンドル操作の自由を失うという状況は起こる筈はなかつたといえる。
してみれば、本件事故はかかつて岡本の無謀運転という原因行為によつて生じたものであつたというべきである。仮に本件窪地が存在したことが、本件事故という結果の発生に何らかの原因となつていたとしてもその原因割合は極めて軽微なものと評価されるべきである。
(二) 従来からの伝統的な通説・判例は、各共同不法行為間において、客観的共同原因が存在する限り、各共同不法行為者はその全損害について賠償責任を負担(全部連帯)し、その結果生ずる加害者間の不公平の問題は、共同不法行為者間における求償の問題として解決すべきであると解してきた。
しかしながら、共同不法行為における各原因者の損害の発生に対する関与の態様には種々のものがあり、一律に各共同不法行為者に対して、発生した損害全額について責任を負うべきものとすると、一方の原因者に対し酷な結果となり、かえつて損害賠償法における基本原理たる公平の原則に反する結果となる場合がある。元来、共同不法行為においても、不法行為者がその責任を問われるのは、当該不法行為と相当因果関係にある損害に限られるべきであることが、近代市民法における個人責任の原則に適う所以であり、民法第七一九条第一項は各共同不法行為者間の損害への関与の度合いが、同程度もしくはいずれが加害行為をしたか不明の場合について、被害者救済という政策的配慮により、各共同行為者が損害の全額について賠償の責任を負うべき限度において適用されるべきものである。しかしこれに反し、その共同不法行為にわずかしか関与しておらず、その関与の度合を証明することができる者があるときは、その者が賠償すべき損害の範囲は、その寄与分に限定されるべきは当然で、このことは、過失割合に応じて損害を賠償すべしとする過失相殺の理論と、全く同一の原理によるものというべきである。
(三) 本件事故の具体的事実に徴してみるに、控訴人が既に主張しているように、本件事故はひとえに岡本の無謀運転によつて惹起されたものであり、仮に控訴人に本件道路の設置、管理に瑕疵があつたとしても、本件事故に対する寄与度は甚だ僅少であることは明白である。従つて控訴人が、本件事故から生じる全損害の賠償責任を負担しなければならぬいわれはない。
なお、死亡した亡不二男は、岡本の車の助手席に好意同乗していた者であつて、岡本の前記無謀操縦について、これを認容していたことも、本件事故に対する控訴人の責任の有無およびその程度の判断において十分考慮されるべきである。<以下、事実省略>
理由
一(1) 請求原因(一)記載の事実のうち、国道二二九号線の幅員、窪地の位置、形状および岡本が本件自動車を窪地に落輪させたことを除く、その余の事実は当事者間に争いがない。
(2) <証拠>を総合すると、本件道路はアスフアルトで舗装され、車道幅員5.6六メートル、車道の両側に車道外端から約一五センチメートルの幅で車道外側線(白色実線)が引かれ、右白線の外側は幅約一メートルの路肩部分となつており、本件事故当時は、幌内橋から北方へ約一〇数メートルに亘つて東側の車道外側線が切れており、この部分には歩道、自転車道、自転車歩行者道等は設けられていなかつたが、これは右の切れた箇所は、北海道生コン株式会社の工場への道路が本件道路に合流する地点であつたことによるものであつて、右箇所を除く南方は幌内橋上まで、北方は右合流点の北端から岩内町市街方面に亘つて車道外側線が設けられていたから、右両線を相互に延長させた線が右切れた箇所の車道外側線を形成することが一見明白であつたこと、しかして右車道外側線の切れた箇所で、右幌内橋の北方約一五メートルの右東側車道外側線(幅約一五センチメートル)の延長線上の車道の外側から路肩部分にかけて、幅約1.3メートル、長さ約1.4メートルの水の溜つた窪地があり、右窪地附近は多少土砂の堆積があつたため、地表から窪地の水面までは約五ないし八センチメートルの高低差があり、また水深の最深部は窪地のほゞ中央部で約一〇センチメートルの水深があつたこと、(以下本件窪地という場合は、この窪地をいう。)本件事故現場は幌内橋の北方七九メートルの地点であるが、当時は右橋の北方約三五メートルの道路の東側車道外側線端から長さ約4.7メートルおよび約三メートルの二条、更にその前方約七メートルの中央線上より約三〇メートル、約25.5メートルおよび約24.3メートルの三条の、本件自動車によるものと思われるタイヤ痕があり、右二条および三条のタイヤ痕は、本件自動車が衝突した電柱の方向に向つて、ほゞ円孤を画くような形で存在していたことが認められ、<証拠判断略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(3) <証拠>を総合すると次の事実が認められる。
原審被告岡本は、本件自動車(軽四輪車、昭和四七年式スズキフロンテ、車幅約1.3メートル、車長約三メートル、原動機の総排気量0.35リツトル)を運転し、本件道路を雷電方面から岩内町市街方面に向けて進行中、前方を同方向に向い時速約五〇キロメートルで進行中の大型貨物自動車(保冷車)を、幌内橋の南方約三〇メトル附近から追越をはじめ、時速約七〇キロメートルで進行し、幌内橋直前で対向車線に進出して右保冷車に追付き、これと並進する形をとつて進行したが、保冷車も速度を上げたため、簡単に追越すことができず、ほゞ併進した形で次第に追越して行つたこと、岡本は保冷車が大型車であるため接触による危険を虞れて、対向車線上を東側端に寄り、ほゞ車道外側線に沿つて、右保冷車に注意を払いつゝ右高速度で直進を続け、右保冷車の追越しに専念していたため、前方に対する注意に欠け、前方の路面の状況を注視することを怠つたため、自車の右側車輪を本件窪地に落してバウンドさせ、車体が浮き上つたのに狼狽してハンドル操作の自由を失い、ハンドルを漫然と左、右に切返し、かつ減速措置を取ることも忘れ、そのまゝ自車を約67.8メートルに亘つて、本件道路の中央線を越えて西側に、次いで円孤を画いて中央線東側に、更に東側道路外まで逸走させ、自車の左前部を東側道路外の電柱に激突させたこと、本件道路の状況は、本件事故現場附近は雷電方面から岩内町市街方面に亘つて平垣でほゞ一直線をなし、見通しは良好であり、昼夜にわたりかなりの車輛等の交通量があるが、本件事故当時の車輛の交通状況は、前記岡本が保冷車の追越しを開始する少し前に、二、三台の対向車とすれ違つた他は本件事故発生時まで全く対向車に出会わず極めて交通量が少かつたこと、本件道路は雷電方面から幌内橋上までは道路交通法令によつて時速四〇キロメートルの制限がなされ、右橋の北端から岩内町市街方面に向つては道路交通法令によつて時速五〇キロメートルと定められ、かつ追越のための右側はみ出し運転禁止の規制が、道路標識によつてなされており、従つて本件事故現場附近も、右速度制限とはみ出し運転禁止の規制区域に属しており、しかも岡本は、右制限および規制を知つていたため、幌内橋北端から同橋上に亘る間において、右保冷車の追越しを完了しようとして、前記のとおり高速度による追越を開始したものであること、およそ以上の事実が認められ、<証拠判断略>、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
二控訴人は、本件自動車は本件窪地に落輪しなかつたと主張するので、更に附加説明する。
前顕<証拠>には、幌内橋から岩内町市街方向に向つて約三五メートルの本件道路右側端から長さ約4.7メートル、約三メートルの二条のタイヤ痕が、更にその前方約七メートルの中央線上より長さ約三〇メートル、約24.3メートル、約25.5メートルの三条のタイヤ痕がある旨の記載があるが、本件窪地の周辺にタイヤ痕や泥水のはねた痕跡等の記載はない。しかし<証拠>によれば、新川巡査が本件事故現場の実況見分をした際に、本件窪地の周辺にはタイヤ痕や泥水のはねた跡ないしその乾いた跡は認められず、また本件窪地から岩内町市街方面に向つて一〇メートル位先で、東側車道外側線から二、三センチ内側に極めて薄い長さ二ないし三メートルの一条のタイヤ痕があり、これは前記長さ4.7メートルのタイヤ痕を雷電方面に延長した線上にあつたが、右の薄いタイヤ痕を雷電方面に延長しても、本件窪地に至らなかつたため、以上の実況見分の結果からみて、新川巡査は本件自動車は本件窪地に落輪しなかつたと判断し、本件窪地の存在は、本件事故原因の究明には殆んど関係がないとの認識をもつていたことが認められ、また前顕<証拠>にも、同人の同趣旨の供述の記載があるところ、右実況見分は、本件事故が発生してから一時間余り経過した、昭和五〇年五月一二日午後一〇時頃から午後一一時頃にかけて、パトカーのライトと懐中電灯の明りをたよりに行われたものであることが認められる。そうすると、本件窪地の周辺のタイヤ痕や泥水のはねた痕跡の存否について仔細な実況見分が可能であつたかについて疑問を抱かざるをえず、又前示の薄い長さ二ないし三メートルのタイヤ痕が本件自動車のものであるか否かにつき、新川巡査が確信を持つまでに至つていなかつたことは、前顕<証拠>からも窺えられるところであること、また<証拠>によれば、原審被告岡本孝志は、本件窪地附近で車体が浮上つたように感じたと述べていること等と対比すると、<証拠>から、たやすく本件自動車が本件窪地に落輪しなかつたものと認めることはできないし、他に本件自動車が本件窪地に落輪しなかつたとの事実を認めるに足りる何らの証拠もない。
よつて前記控訴人の主張は採用することができない。
三そこで、本件道路上の本件窪地の存在が、控訴人の道路の管理の瑕疵にあたるか否かについて検討する。
(1) 本件道路の管理者が控訴人であることは、当事者間に争いがない。
(2) ところで、国家賠償法第二条にいう「道路、河川その他の公の営造物の管理に瑕疵があつた」とは、公の営造物が通常備えるべき安全性を欠如していることをいうのであるが、道路の安全性については、当該道路の構造、交通量、使用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的に判断すべきである。
(3) ところで、本件窪地は、本件道路と北海道生コン株式会社の工場への通路との合流点のため車道外側線が切れた箇所に存在していたが、右切れた箇所を除く、その南方および北方には車道外側線があり、従つてこの両線を延長した線が、右切れた箇所における車道外側線を形成することが一見明白であり、しかも本件窪地は右による車道外側線による車道の外側に位置していたことは前判示のとおりであるところ、車両制限令第九条は、「歩道、自転車道又は自転車歩行車道のいずれをも有しない道路を通行する自動車は、その車輪が路肩(路肩が明らかでない道路にあつては、路端から車道寄りの0.5メートル(トンネル、橋、高架の道路にあつては、0.25メートル)の幅の道路の部分)にはみ出してはならない。」と定めている。したがつて本件自動車が路肩部分に車輪をはみ出して通行した結果、本件窪地に落輪したことは明らかに違法な通行ということができる。ところで路肩は、「道路の主要構造部を保護し、又は車道の効用を保つために」設けられるものであり(道路構造令第二条第一〇号)、右の「車道の効用を保つために」には、自動車の走行速度を確保するための余裕幅をとることによつて、車道の効用を保つという趣旨も含まれるものと解するのが相当である。何となれば、道路にこの余裕幅がないと、車道の端を通行する自動車が、誤つて車道を外れた場合直ちに危険となるため、車道を外れぬように自動車の速度が制限されることになり、又速度を出すためには車道の中央部に寄つてしまい、結局車道の端の部分は役に立たず、車道の交通容量が低下し、車道の効用を著しく阻害することになるからである。
そうであるとすれば道路管理者は、当該道路の構造、交通量、使用状況等の具体的状況に応じて適切にその管理をすべきであるから、当該道路の具体的状況により、当該道路の安全確保のために、その路肩部分をも自動車が安全に進行できるように管理すべき場合もあるというべく、かかる場合においては当該路肩が右の安全性を欠如しているときは、当該道路の管理に瑕疵があるものと解するのが相当である。
(4) そこで、右の見地から、本件事故発生現場における本件道路の具体的状況をみるに、本件道路が昼夜に亘つてかなりの車輛等の交通量があること、車道部分の幅員は5.6メートルで、上下二車線だけであること、幌内橋の北端から岩内町市街方面に向つて一〇数メートルに亘り東側車道外側線が切れている部分に本件窪地があり、右窪地を含む路肩部分が北海道生コン株式会社の工場の出入口に通じていることは前判示のとおりであるから、右工場に出入する貨物自動車等が、右路肩部分を通行することは容易に予想しうるところであり、しかも右自動車が右路肩部分を通行するに当り、本件窪地に落輪する危険があることも、右窪地の位置から容易に予想しうるところであるから、本件窪地の存在する右路肩部分は、道路としての安全性を欠くに至つていたということができる。しかるに道路管理者である控訴人は本件窪地の研修工事を講じなかつたのであるから、本件道路の管理に瑕疵があつたものといわざるをえない。
四控訴人は、原審被告岡本孝志の本件自動車の運転は、車両制限令第九条に違反するほか、法令に定めた時速五〇キロメートルを越えた速度で、かつ追越のための右側はみ出し運転禁止の規制がされていることを知悉のうえこれに違反してなされたものであるから、本件自動車が本件窪地に落輪したとしても、道路管理者としてはかかる違法事態までも予想して路肩の整備をする義務はないから本件窪地の存在は本件道路の管理の瑕疵に当らないと主張するので、この点について附加説明する。
なるほど岡本の本件自動車の運転状況が、控訴人主張のとおりであることは前認定のとおりである。しかしながら道路の管理に瑕疵があつたとは、道路が道路として通常備えるべき安全性を欠いていたことを指称するものと解すべきであるから、瑕疵の存否は、たちまち発生した事故の原因如何によつて判断されるべきものではなく、道路が客観的な安全性を欠いているか否かによつて判断されるべきであるところ、前判示のとおり本件窪地の存在する路肩部分を、自動車等が通行することがあることが予想される以上、右窪地の存在は、本件道路の管理の瑕疵に当ると認めることが相当であるから、控訴人の右主張は採用することができない。
五(1) そこで次に、本件事故現場における本件道路の路肩上の本件窪地の存在という本件道路の管理の瑕疵と、本件事故との間に法律上相当とする因果関係があるか否かについて検討する。
本件道路が雷電方面から岩内町市街方面に至る国道二二九号線であり、車道幅員5.6メートルで上下二車線に区分され、アスフアルト舗装されていること、昼夜に亘り車輛等の交通量も多いこと、幌内橋上までは法令によつて定められた速度は時速四〇キロメートル、同橋の北端から岩内町市街方面に向つては同じく時速五〇キロメートルであり、かつ追越のための右側はみ出し運行禁止規制がなされていること、原審被告岡本が右の制限および規制を知つていたこと、本件事故現場附近は直線の道路で前方の見通しは良好であること等は、いずれも前認定のとおりであり、また原審被告岡本孝志が本件自動車を運転し、その前方を進行中の大型貨物自動車(保冷車)の追越を始めてから、本件事故に至るまでの経過も前判示のとおりである。そうであるとすれば、岡本は、軽四輪車昭和四七年スズキフロンテ、車幅約1.3メートル、車長約三メートル、原動機の総排気量0.356リツトルを運転し、幌内橋の南方約三〇メートルの地点において、前方を時速約五〇キロメートルで進行中の大型貨物自動車(保冷車)の追越をするに当り、道路交通法令によつて定められた時速をはるかに超過する時速約七〇キロメートルの高速度で進行したものであり、しかも、道路交通法第一七条第四項に規定する「中央線からのはみ出し方はできるだけ少くなるようにしなければならない」との義務に反し、片側車線が2.8メートル(5.6メートルの二分の一)であり、本件自動車の車幅が約1.3メートルであるから、本件道路の東側車道外側線附近にまで至つて走行する必要がないのに、右車道外側線寄りに自車を走行し、また幌内橋北端から岩内町方面に向つては、追越しのための右側はみ出し運転が禁止されていたにもかかわらず、無謀な追越を続けて、対向車線を越えて東側車道外側線外の路肩部分にまで侵入して走行しているものであるところ、もともと車道外側線を超えて路肩部分を走行することは、法令によつて禁止されているのであるから、止むを得ず通行する場合でも最少限度法令に定められた速度を遵守し、かつ前方道路の状況を充分注視して進行すべきであつたにもかかわらず、これを怠り、かつ本件自動車が軽四輪車であることを考慮すれば高速度による走行は危険を伴うことは容易に認識しえたにもかかわらず、この点についても慎重な注意を払うことなく、前記保冷車を追越すことのみに気をとられ、前記高速度のまゝで、前方の道路の状況にも充分な注意を払わず、路肩に侵入して走行した結果、本件窪地に自車の右側車輪を落輪したのであるから、本件窪地に落輪すること自体岡本の違法運転の結果というべきであるところ、更に右落輪した当時、対向車線である岩内町方面から雷電方面に向う道路上には対向車がいなかつたのであるから、もし岡本が法令に定められた速度を遵守して走行していたならば、右落輪後においても、適切なハンドル操作と適当な減速措置をとることによつて、自車の走行の安定を回復することは容易であつたと推認せざるをえないところであるが、同人は前判示のとおりの高速で漫然走行をしていたため、本件窪地に落輪して狼狽し、ハンドル操作の自由を失い、ハンドルを漫然と左、右に切返し、かつ減速措置を取ることも忘れて、そのまゝ本件自動車を約67.8メートルに亘つて、本件道路の中央線の東側から西側へ、次いで再び東側へ、更に東側道路外まで逸走させて、自車の左前部を東側道路外の電柱に激突させ、右衝突に基き、助手席に同乗していた訴外有元不二男を、頭蓋底骨折によりまもなく死亡させたものであるから、本件事故およびこれに基く有元不二男の死亡は、もつぱら前判示の岡本の無謀な本件自動車の運転及び同人の運転技術の未熟並びにこれらに由来する、本件窪地に落輪後における本件自動車の運転措置の不適切によるものというべきである。してみれば、本件窪地の存在という本件道路の管理の瑕疵と、本件事故の発生および有元不二男の死亡との間には、法律上相当とする因果関係はないと認めることが相当であり、この点に関する控訴人の主張は理由があるといわなければならない。
(2) 被控訴人は、本件事故は専ら本件窪地を補修することなく放置しておいた、控訴人の本件道路の管理の瑕疵によるものであると主張し、右主張に沿う<証拠>も存するが、これらは<証拠>と対比して措信することはできず、他に右被控訴人の主張を認めるに足りる確たる証拠はないから、これを採用することはできない。
六以上のとおりであるとすれば、本件事故が本件道路の管理の瑕疵によるものであることを理由とする被控訴人の本訴請求は、その余の争点について判断をするまでもなく、附帯控訴に基く当審における新たな請求をも含め、すべて理由がなく、これを失当として棄却すべきものであるから、原判決中被控訴人の請求を棄却した部分は正当であるが、これを認容した部分は失当であり、控訴人の本件控訴は理由があるから民事訴訟法第三八六条の規定によつてこれを取消したうえ、右請求を棄却すべく、また被控訴人の附帯控訴(当審における新たな請求)も失当であるから同法第三八四条第一項の規定によつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法第九六条、第八九条の規定を適用し主文のとおり判決する。
(安達昌彦 塩崎勤 村田達生)