大判例

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札幌高等裁判所 昭和52年(ネ)289号 判決 1981年1月29日

控訴人

大橋宅地株式会社

右代表者

大橋連蔵

右訴訟代理人

藤井正章

村田栄作

被控訴人

武内商事株式会社

右代表者

武内武雄

右訴訟代理人

林信一

主文

一  原判決中、控訴人敗訴の部分及び札幌地方裁判所が同庁昭和五一年(手ワ)第二六六号為替手形金請求事件につき昭和五一年九月二八日言渡した手形判決の主文中、控訴人に対し金四三〇万円及びこれに対する昭和五二年八月三一日から支払済に至るまで年六分の割合による金員の支払を命ずる部分を、いずれも取消す。

二  右取消にかかる部分につき被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一争いのない事実

控訴人が、昭和五〇年八月額面四三〇万円、満期昭和五一年二月一〇日、振出地・支払地札幌市、支払場所株式会社北海道銀行本店、振出日昭和五〇年八月二二日、振出人訴外組合(但し、「しんたく水道利用組合組合長田辺勇」の記名印のみが押捺され、名下の組合長印は未だ押捺されていないもの)、受取人訴外組合、支払人控訴人の各記載のある本件手形を引受け訴外組合に交付したこと、右振出人訴外組合名下の組合長印は、被控訴人が本訴提起後に訴外組合から捺印を受けたものであること、本件手形の裏面には、第一裏書人訴外組合、第一被裏書人被控訴人の記載があり、被控訴人が現に本件手形を所持していることは、当事者間に争いがない。

被控訴人は、控訴人が当初請求原因に対する答弁の中で、振出人として訴外組合の記載のある本件手形を引受けたことを認める旨陳述していたのを改め、訴外組合代表者の記名印のみが押捺され、名下の組合長印が未だ押捺されていない本件手形を引受けた旨陳述を変更したのは、自白の撤回であるから異議がある旨主張するが、控訴人の従前の主張全体を精査すると、控訴人は当初から一貫して、訴外組合代表者の組合長印が押捺されていない本件手形を引受けた趣旨を陳述していたことが本件記録上明らかであり、また右陳述によつて訂正された事実に対する認否として被控訴人も、右組合長印は本件訴訟提起後に押捺されたことを認める旨陳述し当事者間に争いがないのであるから、いずれにしても右主張は採用の限りではない。

二振出行為の無効等

控訴人は、本件手形の振出行為は手形要件を欠くものであるから無効であり、従つて控訴人の引受行為も無効である旨主張するので判断するに、<証拠>によると、次の事実が認められ、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

控訴人は、昭和五〇年八月一八日頃訴外組合の代理人浅倉設備工業との間で、控訴人は訴外組合所有にかかる本件水道施設を継続的に使用すること、右使用の対価として、控訴人は訴外組合に対し、権利金四三〇万円を支払うこと等を内容とする本件契約(控訴人が本件水道施設を現実に使用することを停止条件とする契約であることは後記認定のとおりである。)を締結した。そこで、控訴人は、同月二六日右権利金支払のため、振出人欄及び振出日欄のみ白地としその余の手形要件を具備し、且つ引受人欄に昭和五〇年八月二三日控訴人引受の記載のある本件手形を、右白地を補充する権利を附与して訴外組合に交付した。訴外組合は、本件手形の交付を受けた後振出人欄に「しんたく水道利用組合組合長田辺勇」のゴム印を押捺し、かつ振出日を昭和五〇年八月二三日と補充したが、右振出人名下に組合長印を押捺することを失念し、その後、本件手形所持人となつた被控訴人が、本訴提起後に訴外組合から右組合長印の捺印を受けた。

以上の事実が認められ、右認定事実によれば、控訴人は、将来訴外組合によつて本件手形の白地が補充されて手形要件を具備するに至つたときは、引受人として本件手形上の債務を負担する意思をもつて本件手形を引受け、且つ振出人たる訴外組合に交付したものであること、しかして、本件手形は、本訴提起後適法に手形要件を具備するに至つたことが認められるのであるから、本件手形が手形要件を具備した以降においては、控訴人の手形引受行為は完全に効力を生ずるものと解すべきであり、控訴人の主張は採用しない。

三原因関係の消滅

控訴人は、訴外組合との本件手形授受の原因関係は消滅した旨主張するので判断するに、訴外組合が民法上の組合であり、控訴人が訴外組合に対し、昭和五〇年一一月末に本件手形の返還を求めたことは、当事者間に争いがなく、右事実と<証拠>によると、次の事実が認められる。

1  控訴人は、宅地造成、販売等の不動産業を経営する会社であり、昭和四九年頃札幌市西区手稲西野八三〇番ほか一万四、四〇〇平方メートルの土地について、都市計画法に基づく開発行為の実施及び宅地分譲を計画し、開発許可申請手続の準備を進めていたが、右開発区域が標高一〇〇メートル以上の高台にあつたため札幌市の上水道給水施設が完備しておらず、偶々隣接地で団地内への給水をしていた訴外組合所有にかかる本件水道施設を使用することが必要になつた。

2  そこで、控訴人は、同年秋頃訴外組合に対して右施設使用の申入れをしたところ、訴外組合から本件水道施設の管理を委託している浅倉設備工業を代理人として話合いに応ずる旨の回答があつたので、以後右代理人と交渉した結果、昭和五〇年八月一八日両者間において、控訴人が本件水道施設を現実に使用することを停止条件として、訴外組合は控訴人に対し、本件水道施設を継続的に使用させること、控訴人は訴外組合に対し、右使用の対価として権利金名義で四三〇万円(3.3平方メートル当り一、〇〇〇円として四、三〇〇坪分)を支払うことを内容とする本件契約が成立した。その際、控訴人は、右権利金の支払を為替手形でしたい旨の希望を伝えたところ、同月二一日頃訴外組合もこれを了承し早期の手形授受を求めて来たので、同月二六日訴外組合に対し、控訴人引受にかかる本件手形を交付した。

3  控訴人は、その後設計変更等に手間取つたため、開発許可申請手続を延伸し、本件水道施設も使用しないまま時日が経過していたが、同年九月末頃札幌市水道局担当官から、昭和五二年七月末頃までに開発地区内に同市の直圧式水道施設が設置されることになつたことを知らされた。そこで、控訴人は、当時における不動産売買市場の状況が不振であることをも考慮して開発行為を昭和五一年度に延期することを決定し、これに対応して開発地区内の水道利用計画を根本的に改めることとし、その頃訴外組合代理人の浅倉設備工業に対し、右経緯によつて本件水道施設使用の必要性がなくなつた旨を伝え、昭和五〇年一一月一〇日以降昭和五一年二月五日までの間数回に亘り、同会社を通じあるいは直接訴外組合代表者の田辺勇に対し、本件手形の返還を要求した。しかし、訴外組合は、控訴人側の見込違いによる結果であり、本件手形を返還すべき理由がないとしてこれを拒否した。その後、開発地区内に札幌市の直圧式水道施設が予定どおり設置され、本件水道施設も訴外組合から札幌市に寄附され、訴外組合は解散し、その債権、債務はしんたく不動産が承継するなどして、清算手続を結了して消滅した。

以上の事実が認められる。当審証人田辺勇の証言中には、本件契約にあたり控訴人による本件水道施設の現実の使用が停止条件とされた事実はない旨の部分があるが、前顕各証拠に照らして採用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によると、本件契約には、控訴人による本件水道施設の現実の使用を停止条件とする旨の特約が付されていたものであるところ、控訴人は契約成立一ケ月後の昭和五〇年九月末頃、開発地区内に昭和五二年七月末頃までに札幌市の直圧式水道施設が設置されることを知り、また当時における不動産売買市場の状況が不振であることを考慮して開発行為を延期した結果、控訴人による本件水道施設使用の可能性は確定的に消滅したのであるから、これによつて右停止条件の不成就が確定し、本件契約は無効に帰したものというべきである。よつて、控訴人の主張は理由がある。

四被控訴人の悪意

控訴人は、被控訴人は控訴人、訴外組合間の本件手形授受の原因関係が消滅した事実を知りながら本件手形を取得したものである旨主張するので判断する。

1  <証拠>によると、次の事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  訴外組合代表者の田辺勇は、昭和五〇年九月末頃以降控訴人から、本件手形引受の原因関係が消滅したことを理由として再三に亘り本件手形の返還を要求されていたが、控訴人の見込違いによる結果であり、訴外組合にはこれを返還すべき義務はないとして拒否していた。

(二)  田辺勇は、昭和五一年二月五日控訴人から同月四日付内容証明郵便をもつて、満期前日の同月九日までに本件手形の返還がないときは、民事、刑事上の手続を取ることになる旨の最後通告を受けたので、急遽本件手形を他に形式上譲渡して手形金の回収を図ることを考え、武内紘三にその協力を得ることにした。武内紘三は、昭和三七年頃から田辺勇と知合いであり、同人の経営にかかるしんたく不動産の従業員として不動産取引に従事し、同時に不動産賃貸業等を事業目的とする被控訴人代表者の実子で専務取締役の地位にあつた。

(三)  田辺勇は、昭和五一年二月五日武内紘三に対し、訴外組合が控訴人から本件手形の原因関係が消滅したことを理由に返還を要求されていることを説明したうえ、武内紘三との間には何ら手形授受の原因関係が存在しないにも拘らず、本件手形を被控訴人に取立委任して手形金を取得してくれるよう依頼したところ、同人もこれを承諾したので、本件手形を交付し、さらに武内紘三は、右趣旨に従い、同日被控訴人に対して本件手形を交付した。

2  当審証人田辺勇、同武内紘三の各証言中には、田辺勇は、昭和四八、九年頃武内紘三から、同人所有の札幌市西区西野の宅地約二〇〇平方メートルを代金五〇〇万円で買受け、その代金支払のために本件手形を交付した旨の部分がある。

しかしながら、右両名が不動産業に従事する者であることに鑑みると、右売買契約の成立を証するために不可欠な売買契約書が存在せず、契約後長期間に亘つて代金不払のまま時日が経過し、所有権移転登記も経由されず売主名義のままに放置されていたものが、突如として本件手形による決済に及んだことは極めて疑問としなければならない。また、右各証言によつても、正確な地番、地積、代金額及びその支払の時期、方法等重要な契約条項の内容が不明確であつて、右の疑問を解消することはできず、しかも証言相互に矛盾が認められる。さらに、札幌市との土地売買に関する各証言にも矛盾があるし、右売買契約は登記名義人である武内紘三が田辺勇に代つて札幌市に売却したものであるから、その代金は武内紘三の委任状に基づいて田辺勇が札幌市から受領したとしながら、右売買代金が田辺勇の武内紘三に対する前記土地売買契約の未払代金の支払に充てられた事跡も認められないのは極めて不自然である。被控訴人の作成にかかる受取手形台帳、仮受金台帳、振替伝票の各記載によつて、武内紘三は被控訴人に対し昭和五一年二月五日本件手形を交付した事実が明白であり、それが取立委任の趣旨であつたことは武内紘三自身が認めている。田辺勇は、控訴人の再三に亘る返還要求に対し、本件手形を武内紘三あるいは被控訴人に対して適法に譲渡済である旨言明した事実は全くなく、終始前叙のとおり返還すべき理由がないとしてこれを拒否していたものである。武内紘三は、本件手形が振出された当時既にしんたく不動産の社員であり、控訴人を知つていたというのであるから、、しんたく不動産の会社の規模、職務内容からして、控訴人が、本件水道施設を使用したことに対する対価としての権利金支払のために、本件手形を引受けたものであることを知つていたものと認めるのが合理的である。

3  以上検討したところを総合勘案すれば、田辺勇と武内紘三は、昭和五一年二月五日両者間に手形授受の原因関係が存在しないにも拘らず、専ら手形金の取立を図るために本件手形を授受し、武内紘三は、同日さらにこれを取立委任の趣旨で被控訴人に交付したものであり、本件手形裏面の訴外組合から被控訴人への裏書記載は、単に形式を整えるために外観を作出したものに過ぎないものと認められるのである。そうすると、被控訴人は本件手形取得の際、控訴人を害することを知つていたものというべきであるから、控訴人は被控訴人に対して本件手形の原因関係消滅の抗弁をもつて対抗することができるものとしなければならない。よつて、控訴人の主張は理由がある。

五結語

以上のとおりであつて、被控訴人の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却すべきところ、これと趣旨を異にする原判決及び手形判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条によりいずれもこれを取消し、請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(安達昌彦 大藤敏 喜如嘉貢)

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