札幌高等裁判所 昭和53年(ネ)72号 判決 1979年8月29日
控訴人 千種満
被控訴人 国
代理人 梅津和宏 向英洋 ほか七名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実<省略>
理由
一 控訴人が、昭和四八年一二月一九日、普通貨物自動車を運転して時速約五五キロメートルで国道二七五号線を進行中、右同日午後七時〇五分ころ、石狩郡当別町字中小屋一三五三番地付近において、右国道の走行路面に存した陥没部分に落ち込み、そのため、折から対進してきた小山田幸雄運転の普通貨物自動車と衝突(以下「本件事故」という。)し、控訴人主張に係る入・通院日数を要した傷害を負つたことは、右陥没部分の性状及び規模の点を除き、当事者間に争いがない。
二 控訴人は、右陥没部分は道路の土砂部分が深さ十五、六センチメートル程陥没して生じたものであり、これを昭和四八年一二月一七日朝、あるいは、遅くとも本件事故当日の同月一九日午前九時ころ以降放置していた被控訴人は、国道の管理者として損害賠償責任がある、仮りに右陥没部分が圧雪の剥離による窪みであつたとしても、被控訴人はこれを右同様の期間放置していたのであるから、国道の管理者として損害賠償責任がある旨主張する。
1 <証拠略>によれば、
(一) 本件事故現場付近一帯の当別町地内国道二七五号線は、被控訴人の北海道開発局札幌開発建設部(以下「開発部」という。)が担当して、昭和四八年五月ころから道路改良工事が行われていたが、本件事故現場付近は、地盤が水分を含んだ泥炭層であるため盛土等の荷重によつて道路沈下のおそれがあることから、右改良工事に当たつては、地盤上敷砂をするほか、泥炭層からの排水をはかつて路盤を固めるためサンドコンバクシヨンパイル(砂杭)を地盤に打ち込み、しかる後敷砂の上に粘土による盛土を施して道路面には切込み砂利を敷きつめてローラーによる展圧をするという工法が採られた。右工事は、同年一二月四日までに屋外作業を終了して、同月一四日に竣工検査が実施されたが、更に道路の沈下状況を見究めるため期間を置いて、アスフアルト舗装は翌昭和四九年度に実施することとされていた。
(二) 本件事故現場付近では、右改良工事の続行中にすでに数回の降雪を記録していたものの、除雪の必要はない程度のものであつた。しかし、その後、竣工検査までの間に除雪を要するほどの相当の降雪があつて、右検査のなされた一二月一四日当時は、本件事故現場付近の国道二七五号線路上の積雪は、圧雪状態となるに至つていた。
(三) 本件事故現場から約一〇キロメートルほどの地点にある開発部当別出張所月形ステーシヨンにおける気象状況は、右竣工検査の日から本件事故当日に至るまでの六日間、一二月一五日が最高気温二度であつたほかは、連日最高気温が氷点下の日が続き、一二月一六日以降は連日降雪があつて、本件事故当日である一二月一九日当時の積雪深は一六五センチメートルに達していた。そのため、開発部当別出張所においては、一二月一六日以降は、プラオを装着したダンプトラツク、ロータリー車、グレーダー等の車両を除雪、道路拡幅、路面補正等を行うため連日出動させて、本件事故現場を含む国道二七五号線の除雪作業を行つてきた。本件事故当日の一二月一九日には、午前中に除雪、道路拡幅、路面補正のための各種車両が出動して本件事故現場を通過して作業を終えていたほか、午後五時半ころには、再度除雪トラツクが出動して、本件事故発生以前に本件事故現場付近の往復を終えていた。また、翌一二月二〇日にも、午前九時ころ除雪車両が出動した。
(四) 開発部当別出張所においては、道路を常時良好な状態に保ち、交通に支障を及ぼさないようにするため、毎日少なくとも一回、所轄区域内の国道のパトロールをしており、交通の障害となるような異常を発見した場合はそれを直ちに補修する措置を講じるようにしていたが、一二月一七日午後、一八日午後、一九日午前とそれぞれ日中に国道二七五号線を本件事故現場を含めパトロールカーによつて巡回した際は、いずれも排雪、路面補正等の措置を講じる必要を認める地点を発見したけれども、パトロール担当者において本件事故現場に交通の障害となるような道路の異常を現認することはなかつた。
(五) 司法巡査前田徳一は、本件事故発生の直後である一二月一九日午後七時四〇分ころから同八時二〇分ころまでの間、本件事故現場の実況見分を行つたが、その当時、道路面は圧雪におおわれてその表面はアイスバーンに近い状態になつており、本件陥没部分は、その底部に若干砂利の混じつたさくさくした状態の雪があつて、南北約四・五メートル、東西約二・四メートル、圧雪層上面からの深さ約二〇センチメートルの大きさで、ほぼ南北に通じる有効幅員約六メートルの本件事故現場国道上の西半部に存していた。同巡査は、本件陥没部分底部に存したざくざく状の雪をならしてその表面から圧雪層上面までの長さを計測して本件陥没部分の深さを右のとおりであると認めたが、その際、道路上の圧雪層の厚さについて特に注意を払うことはなく、これを計測しないまま右実況見分を終えたが、実況見分調書添付の交通事故現場見取図(甲第四号証の三)を作成するに当たつては、季節がら圧雪層の厚さは五、六センチメートルであろうとの同人の考えに基づき、圧雪層部分のほか道路の土砂部分が十五、六センチメートルほど陥没しているように本件陥没部分の断面を図示した。
(六) 開発部当別出張所において道路管理事務を担当していた木川隆夫は、一二月二〇日午前九時ころ、前夜本件事故が発生したことが告げられて、直ちに本件事故現場に赴き、当日朝出動した除雪車両が本件事故現場にさしかかる以前に本件陥没部分の調査を行つたが、底部に積もつていた雪を払いのけて計測したところ、その大きさは南北約三・五メートル、東西約二・四メートル、圧雪層上面からの深さ十五ないし二〇センチメートルであつて、その周辺の圧雪は道路面上一九ないし二一センチメートルの厚さがあつた。(なお、前田徳一と木川隆夫の計測結果の間に有意の差異が存するのは、両計測時点間の降雪、自動車の通行等の外力の影響によつて生起されたものと推認することができる。)
以上の事実を認めることができ、<証拠略>は、前掲証拠と対比して直ちに措信できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
2 右認定の事実に本件事故の際の控訴人運転車両の落輪の態様に関する原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を総合すれば、本件事故の際の衝撃によつて本件陥没部分が若干拡大された可能性が存することは否めないものの、本件陥没部分は、本件事故発生の直前においてもなおその直後に行われた前認定の実況見分時におけるのと大差ない大きさで、道路の西半部を通行する普通車両が優にその全長にわたつて走行路面たる圧雪層上面から二〇センチメートルほど左右両輪とも同時に落ち込む程度の規模で存していたものと推認することができる。
3 そこで、本件陥没部分の性状及び発生時期につき検討する。
前掲甲第四号の三の記載が、本件陥没部分は道路の土砂が陥没して生じたものである旨の控訴人の主張を認めるに足りるものでないことは、前認定のその作成過程に照らして明らかである。
控訴人は、原審及び当審において、本件事故時に一瞬目撃したところによれば本件陥没部分は道路の土砂が陥没した穴であつた旨供述し、<証拠略>にもこれに沿う記載があるけれども、右供述等にあらわれる本件事故当時の道路の積雪状況が前認定の事実と全く異なることに照らして、右はいずれも容易に措信することができない。
当審証人前田徳一は、「本件事故の二、三日以前から本件事故現場は滲出した水のため粘土質様の土が二メートル四方大以上の規模で盛り上がり、車両はそこを避けて通行していたので、交通の危険を通報しておく必要を感じていた。当時は夜間に降つた雪が朝には消えているという状態であつて、除雪車が出動するような降雪があつたのは、本件事故当日かその前日が最初のものであつた。」と、原審における同証人の「雪が降る間際ころ、本件事故現場には、下から水がふきあがつて路面がうんでやわらかくなつているような穴があつた。」旨の証言を補足して証言し、当審証人川田貴行は、「本件事故現場には、本件事故の一両日前所用があつて車で通行した際、路面に車の両輪が入る程度の穴があいており、中には水がたまつている状態で、車両はそこを避けて通行していた。当時は、路面に雪混じりの砂利が見える積雪であつて、なにか工事をしているようであつた。」と証言し、また、原審証人大坂静夫は、「本件事故現場には、一二月一七日(本件事故の二日前)の朝方には、本件事故の直後にかけつけて見た時の本件陥没部分とほぼ同一規模の穴があいていた。その際、最徐行の状態で車を通過させたが、穴の底部には砂利まじりの雪があつた。この穴は、一二月一六日にはまだ生じていなかつた。」と証言している。右各証言は、本件事故現場に以前から存していたとする異常状態の内容において必ずしも一致するものではないのみならず、右各証言の指摘するような大規模でしかも外観から一見して明らかな異常が存していたとすれば、前認定の道路パトロールや除雪作業の際に極めて容易に発見し得たであろうと考えられるほか、前田及び川田の右各証言は、前認定の道路改良工事続行当時から本件事故当時までの気象及び路面の積雪状況と対比して、いずれも容易に措信できず、また、大坂の右証言は、仮りに同証言のとおりであるとするならば、相当の交通量があつたであろうと考えられる国道上に二日半にわたり陥没部分が放置されていたというにはその形状がさして変化しなかつたというのも不自然であつて、直ちに措信することはできない。
本件にあらわれた全証拠を検討してみても、本件陥没部分が道路の土砂部分の陥没ないし道路改良工事の欠陥が原因となつて生じた、あるいは、一二月一七日朝ないし遅くとも一二月一九日午前九時ころまでには本件陥没部分が生じ又は陥没が生じる徴候が現れていたと認めるに足りる的確な証拠は見出すことができない。
かえつて、<証拠略>によれば、一二月ころの圧雪道路は、路面と圧雪との間の密着の度合が弱いので圧雪がはがれやすく、本件陥没部分大のものであつても、圧雪の剥離は加わる外力の強さいかんによつて比較的容易に短時間のうちに発生し得ることが認められるのであつて、このことと前認定の事実、殊に本件陥没部分の本件事故当時の大きさ、その底部に存した雪及び砂利の状況、周辺の圧雪層の厚さ、道路パトロール及び除雪の実施状況に関する事実を併せ考慮すれば、本件陥没部分は、本件事故現場を本件事故当日午後五時三〇分ころ以降に開発部当別出張所の除雪車両が通過したころまでは存在しておらず、その後本件事故が発生した右同日午後七時〇五分ころまでの極めて短時間のうちに、なんらかの外力が加わつたことにより路面の圧雪が剥離して道路面上部がほとんど露呈するに近い状態に至つたものと推認するのが相当である。そして、右認定の本件陥没部分の発生から本件事故の発生に至る時間的間隔の極めてわずかしかなかつたことに照らせば、その間本件陥没部分を放置していたことをもつて国道の設置管理に瑕疵が存したものと解し得ないことはいうまでもない。
三 以上の認定説示によれば、控訴人の本訴請求は、その余の主張につき判断するまでもなく、すべて理由がないから、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 輪湖公寛 矢崎秀一 八田秀夫)