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札幌高等裁判所 昭和55年(ラ)27号 決定 1980年7月16日

抗告人

甲野太郎

右代理人

藤井正章

主文

原審判を取消す。

本件を札幌家庭裁判所に差戻す。

理由

一本件抗告の趣旨は主文同旨の裁判を求めるというのである。

二当裁判所の判断は次のとおりである。

相続放棄取消の申述の受理は、審判ではあつても、適式な申述がされたことを公証する実質を有するものにすぎないのであつて、真に取消事由があるか否かを終局的に確定するものではない。

また、家庭裁判所が取消の申述を却下した場合には、申述者にはこれを争う方法として即時抗告しかなく、民事訴訟において取消の申述の有効、無効を争うことは不可能になるのであるが、取消事由の有無というような事項については、即時抗告による救済では不十分な場合が考えられるのであつて、申述者の権利保護に欠けることになるおそれがある。

したがつて、家庭裁判所は、右申述申立審判事件においては、申述書の形式的要件のほか、申述が本人の真意に基づくものか否か、取消権が法定の期間内に行使されているか否か等について一応の審査をすることはともかくとして、真に取消事由が存在するか否かについて審理することはできないものと解するのが相当である。

ところが、原裁判所は、抗告人においてその後見人によつてされた相続放棄の申述は強迫によるものであると主張したのに対して、実質的審理をした上で、審理の結果認定された事実は民法九六条一項にいう強迫には該らないとして、抗告人の相続放棄取消の申述を却下したものである。なるほど、抗告人は、強迫者が相続放棄を迫つたとは主張していないから、強迫者に相続放棄をさせようとする故意があつたといえるか疑問であり、抗告人の主張事実は、それ自体民法九六条一項の強迫には該らないという解釈も可能であろう。しかし、民法九一九条二項に定める取消事由を何ら主張していない場合は格別、取消事由として強迫によるとの主張をしている以上、家庭裁判所は、相続放棄が真に強迫によるものであるか否かを審理、判断することはできないものというべきである。

以上のとおり、原審判のような理由によつて本件申述を却下することは許されないから、原審判は不当であり、本件即時抗告は理由があるものと認められる。

三よつて、家事審判規則一九条一項に従い、原審判を取消し、本件を札幌家庭裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(輪湖公寛 矢崎秀一 八田秀夫)

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