札幌高等裁判所 昭和57年(う)18号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
所論は、要するに、被告人方寝室内にあつた原判示第二の覚せい剤は崔義雄が所持していたものであつて、被告人には覚せい剤所持罪の故意はなく、これを肯認した原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があるといい、その具体的事由を種々主張するものである。
そこで検討すると、所論指摘の点を考慮しても少なくとも原判示第二の認定事実にそう供述部分の信用性に疑いをいれない被告人の捜査官に対する各供述調書を含む原判決挙示の関係証拠を総合すると、被告人が原判示第二の日時、場所において同判示の覚せい剤0.126グラムを所持していたことは首肯することができるのであつて、原判決の右認定に所論のかしはない。すなわち、右関係各証拠によれば、(一) 原判示第二の覚せい剤は、昭和五六年一〇月一四日午後五時三〇分ころ、警察官六名が被告人に対する覚せい剤取締法違反被疑事件について発付された捜索差押許可状に基づいて原判示の被告人方居室に入つて、捜索した結果、同日午後五時五五分ころ発見されたものであり、発見の場所は、被告人方寝室の被告人が常時使用していたベッドのそばの整理たんすの上であり、その際、右覚せい剤は、包装されないで、裸のまま一枚の紙片の上に置かれていたこと(なお、右紙片には被告人の左手示指の指紋が付着していた。)、(二) 警察官らが被告人方に入つた際、被告人方には、被告人のほかに鈴木新之助、田口某、相川某、崔義雄の四人が居たが、そのうち鈴木は、被告人から借受けた自動車のキイーを返還するため、警察官らが被告人方に入る直前に訪れたものであり、また、その余の三名は、右寝室と廊下及び扉などで隔てられた居間に在室し、同室で被告人と賭銭博奕チンチロリンをしたり、覚せい剤を注射したりしていたものであり(なお、居間のテーブルの上に注射器一本と覚せい剤が付着していたビニールパケ一個が、捜索の際発見されたが、博奕をしていた被告人ら四名は、右注射器と右ビニールパケに入つていた覚せい剤を用いて覚せい剤の注射をしていたものと認められる。原判示第一の二の事実参照。)、いずれも、被告人方寝室に出入りするような用事で被告人方を訪れたものとは認められないこと、(三) 警察官らが右寝室内を捜索するため同室に入つた際、同室の電燈は点燈されておらず、ベッドは整頓され、人が居たような形跡は認められず、同室は被告人のみが使用するところと認められる状況であつたこと、以上の諸事実を認めることができ、これらの事実に被告人の右各供述調書並びに原審及び当審における各公判供述において、右捜索開始の約一時間半前ころから寝室内に右覚せい剤が置かれていたことを認識していた旨供述していることを総合すると、原判示第二の覚せい剤は被告人の実力支配に属する寝室内に置かれたものであつて、被告人以外の者の実力支配下にあつたものではなく、しかも、被告人はその存在を認識しながら、自ら又は他の者をしてこれを排除するなどの所為に出ていないことなどを勘案すると、これを認容していたものというべく、したがつて、被告人が右覚せい剤を所示していたものと認めるに十分であり、右認定を動かすに足りる証拠はない。もつとも、被告人は、右各供述調書並びに原審及び当審公判における各供述において、右覚せい剤は崔義雄が所持していたものであるといい、その事情について、被告人は、昭和五六年八月ころ、崔に対し金五〇万円を利息も返済期も定めずに貸したが、その後同人から右金員の返済がないばかりか、同人の所在も不明であつたところ、たまたま、本件捜索が行われた日の午前五時ないし六時ころ、札幌市南一四条西七丁目か八丁目にあるゲーム場前で同人を見つけたので、同人を被告人方に連れてきて、右五〇万円の返済について話合つた結果、同日午後四時ころ、同人の友人の白旗某が同日午後六時までに被告人方に五〇万円を持参して崔に代つて返済することで話合いがまとまつたので、気嫌なおしに、崔が所持していた覚せい剤と注射器を用いて、被告人と崔は、右話合いに参加した田口某、相川某らと覚せい剤の注射の回しうちをし、次いで、チンチロリンをしたが、同日午後四時ころ、崔が被告人方寝室に入つて行つて原判示第二の覚せい剤を同室内に置いてきたらしく、被告人は崔から「別の覚せい剤を置いておいたから、使つてくれ。」と言われた、しかし、被告人は内心ではこれをもらいたかつたが、これを受取ると、五〇万円を返済してもらえなくなるおそれがあつたので、「いい、いい。そんな物はいらないから、持つていけや。」と返事して、右覚せい剤の受領を断わつたので、右覚せい剤は崔が所持していたものであり、被告人が所持していたものではない旨弁解している。しかし、被告人の右弁解は必ずしも全面的に信をおくことができないけれども、およそ覚せい剤取締法にいう「所持」とは、覚せい剤であることを知りながらこれを事実上自己の実力支配内に置く行為を指称し、積極的にこれを自己又は他人のため保管する意思の有無又はその行為の目的、態様のいかんを問わないものと解するのを相当とするから、被告人が弁解するように、崔が、被告人に原判示第二の覚せい剤を贈与する意思のもとに、右覚せい剤を被告人の実力支配に属する被告人方寝室内に置いてきて、その旨を被告人に伝え、被告人がこれを認識、認容したものである以上、たとえ被告人が言葉のうえでその受領を断わる趣旨のことを崔に告げたとしても、崔においてその覚せい剤を再び寝室内から他に移すとか又は被告人が右寝室内から右覚せい剤を他に除去するなどしない限り、右覚せい剤は被告人の実力支配内におかれ被告人の所持に属するものと解して妨げなく、本件において被告人は、右覚せい剤を認識、認容して自己の実力支配内からこれを排除するなどの所為に出ていないのであるから、被告人の覚せい剤所持罪の成立は否定することができない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。したがつて、同一の結論に出た原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認はなく、論旨は理由がない。
(金子仙太郎 渡部保夫 仲宗根一郎)