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札幌高等裁判所 昭和58年(ネ)208号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一請求原因1(控訴人の土地賃借)の事実は、特約の点を除き当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、請求原因1の賃貸借契約には、同記載の特約があることが認められ、この認定に反する証拠はない。

二請求原因2(寅吉による本件建物の取得)、3(本件調停の成立)の事実は、当事者間に争いがない。

三請求原因4の事実のうち、控訴人が昭和五五年七月一二日ころ寅吉に到達した内容証明郵便で本件建物の無断増改築を理由として控訴人と寅吉との間の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがなく、寅吉が本件建物を改築したことは、後記五で認定するとおりである。

四そこで、抗弁(一)(本件建物の改築の承諾)について判断するに、<証拠>中には、これに添う部分があるけれども、右部分は、<証拠>に照らしてにわかに措信することができず、他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。よつて、抗弁(一)は採用することができない。

五そこで、抗弁(二)(信頼関係を破壊するおそれがないこと)について判断する。

<証拠>に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1 寅吉は、昭和四八年九月二五日、本件調停により控訴人から本件土地を本件建物及び原判決添付別紙第三目録記載の建物を所有する目的で転借したものであるところ、本件建物は、寅吉及びその妻である被控訴人小川節子の居宅として、右第三目録記載の建物は、一階を物置、二階を寅吉の子である被控訴人西久子、同小川修、同小川修二の居室としてそれぞれ使用していたこと、

2 本件建物は、昭和二八年一〇月ころ新築された木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅で、昭和五五年六月当時その現況床面積は、四〇・七一平方メートルであつたこと、

3 昭和五五年六月当時、本件建物は、かなり著しい雨漏り及びすが漏れがする状態となつており、その影響及び建物の経年変化等により、屋根の下地、天井、床、柱等の一部に腐朽又は損傷が生じていたので、本件建物の効用を保持し、建物の維持保存を図るためには、早急に損傷個所等を修繕するなどして建物の補修を実施する必要があつたこと、

4 また、寅吉は、同年初めころから肝臓がんのため入院加療中のところ、同年六月ころには余命いくばくもない状態となつたので、被控訴人らは、寅吉を本件建物に帰宅させてその最期を看取りたいと考えており、また、寅吉を帰宅させた場合には見舞客等の訪問も多くなることが予想されたので、被控訴人らは、これらの事態に備えて、本件建物の内装等を新らしくし、美観を整えたいと考えたこと、

5 そこで、被控訴人小川節子は、寅吉の授権に基づき同人の代理人として(以下特にことわらない限り寅吉のした法律行為等は、同人の授権に基づき被控訴人小川節子がその代理人としてしたものである。)同年六月、建築工事請負業者である有限会社北紋建設との間で、本件建物のうち、損害の著しかつた北側二分の一弱相当部分(本判決添付別紙図面の台所、食堂、北側和室及びその押入れの部分、以下「本件改築部分」という。)を改築し、玄関の出入口の戸をアルミサッシ製引戸に取り替え、建物全体の内装を新らしくする等の工事(以下「本件改築等の工事」という。)を施行することを内容とする工事請負契約を締結したこと、

6 有限会社北紋建設は、同月末ころ本件改築等の工事に着工し、同年七月右工事を完了したが、これにより施行された工事の内容は、次のとおりであつたこと、

(一) 基礎

本件建物の北東角及び北側外壁面の下部の束のうち、北東角並びに北東角から西に数えて二個目及び三個目のもの(合計三個)を木製の束からコンクリート製の束石と取り替えた。

(二) 土台

本件建物の北側外壁面下の土台のうち東端から三・六メートルまでの部分及び東側外壁面下の土台のうち北端から三・六メートルまでの部分各一本を従前使用されていたものと同等の新材に取り替えた。

(三) 柱等

本判決添付別紙図面のA、B、C、Dの部分に所在する柱合計四本を新材に取り替えた。右柱は、根継ぎ(朽廃部分を取り除き、新材で補足すること)によつて補修することも可能であつたが、これによると手数がかかるため、工事請負人の判断で新材と交換することとしたものである。

食堂から北側和室に通じる出入口については、鴨居及び敷居に新材を使用し、鴨居及び敷居の両端が接続する間柱(本判決添付別紙図面のJ及びKの部分に所在するもの)には、一〇センチメートル角の新材を使用した。

本判決添付別紙図面のE、F、G、H、Iの各部分に所在する柱については、従前の柱の二面又は三面に主として美観を増すために同図面記載のとおり板、ベニヤ板、又は化粧ボードを張つた。

(四) 外壁等

本件改築部分の外壁は、断熱材を入れて塗り直した。外壁を塗り直すに当たつては、従前の壁に使用されていた材料を一たん除去した上、これを一部再使用し、仕上げは、従前と同様のモルタル塗りとした。

本件改築部分の窓枠等は、木製のものをアルミサッシ製のものに取り替えた。

(五) 屋根

本件建物の屋根(中央の東西にむねのある切妻屋根)の北側半分の屋根ぶきに使用されていた鋼板を青色トタンに張り替え、屋根の下地については、台所部分の上部に相当する部分は従前のものをそのまま残し、食堂、北側和室、その押入れの各部分の上部に相当する部分は新たなものに張り替えた。

(六) 部屋の内装等

台所、北側和室、その押入れ部分については、天井及び同壁に新しいボードを張り、食堂については、床面の下地を新材に張り替え、その上に新しいフローリングを張り、天井及び内壁に新しい化粧ボードを張り、台所と食堂との間の間仕切りを一部変更した。

居間及び南側和室についても、天井及び内壁に新しいボードを張つた。

玄関については、出入口の戸をアルミサッシ製引戸に取り替え、天井に新しい化粧ボードを張り内壁には新たに化粧ベニヤ板を張つた。

7 本件改築等の工事後の本件建物の床面積及び構造は、右工事前と同一であり、また、本件改築部分の補修等に使用された木材等の資材も一部を除き従前使用されていたものとほぼ同等のものであつて、右工事により建物の構造が右工事前と比較して格別堅固になつたことはないこと、

8 本件改築等の工事の工事代金は、二七〇万円であり、このうち、本件改築部分の工事代金は約一六〇万円程度であつたこと、

9 ところで、被控訴人西久子は、本件工事着工直後の同年六月末ころ、寅吉の代理人として地主の土地管理人である山本正に対して本件改築等の工事の施行についてこれを必要とする事情等を述べて地主の承諾を懇請したところ、同人は、地主との契約の当事者である控訴人を通じて承諾を求めるよう答えたこと、

10 一方、右山本正は、これより先に本件改築等の工事が着工されていることを知り、控訴人に対して同月三〇日付書面で建物の増改築工事は、請求原因1記載の特約に基づき地主の承諾を得てから行うよう警告し、また、前記のとおり被控訴人西久子から懇請を受けた直後、同年七月二日付書面で、控訴人に対し、同人から前記のとおりの懇請があつたことを告げるとともに、請求原因1記載の賃貸借契約の締結に際して寅吉に対する土地の一部転貸の申出はなく、地主はこれについて関知していないので、この件は控訴人の責任において解決するよう申し入れたこと、

11 そこで、控訴人は、右申入れを受けて間もなく、寅吉の代理人である被控訴人小川節子及び同西久子に対し、本件改築等の工事を中止するように申し入れるとともに、事態を打開するための方策として、控訴人が寅吉から本件建物及び原判決添付別紙第三目録記載の建物を代金一五〇万円で買い受けた上、これを寅吉に対して昭和五七年七月末日まで賃貸し、寅吉は右同日限りこれを控訴人に明け渡すことを骨子とする解決案を提示したが、寅吉がこれを拒絶したため、合意をみるに至らず、寅吉は、右工事を中止することなく続行したこと(控訴人が寅吉に対し右工事を中止するように申し入れたが寅吉がこれを中止しなかつたことは当事者間に争いがない。)、

12 前記山本正が本件改築等の工事の着工を知つてから現在に至るまで地主から控訴人に対して本件土地の無断転貸や本件改築等の工事の実施を理由とする請求原因1記載の賃貸借契約解除の意思表示はなされておらず、また、地主が寅吉又は被控訴人らに対して本件土地の明渡しを求めたこともないこと、

以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件改築等の工事は、本件建物の雨漏り及びすが漏れを防止し、建物の経年変化等による腐朽又は損傷部分を補修することによつて本件建物の効用を保持し、建物の維持保存を図ることを主たる目的とし、あわせて建物使用上の便宜及び建物の美観を多少改善することを副次的な目的として行われたものであつて、前示の工事内容等に照らし本件建物の効用を保持し、建物の維持保存を図るための補修及び建物使用上の便宜等の改善のための建物改良工事として必要な限度を超えるものではないと認められるから、本件土地の通常の利用上相当とされる範囲内のものであるというべきであり、かつ賃貸人である控訴人に著しい影響を及ぼすものではないと認められる(右工事により本件建物が構造上格別堅固になつたものとは認められず、また、本件建物の存続期間がこれにより不当に大幅に伸長されたものということもできない。)から、本件においては、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないものというべきである(もつとも、昭和四一年法律第九三号による改正後の借地法の下においては、同法八条ノ二第二項により、借地契約に増改築を制限する特約がある場合には、裁判所は、借地権者の申立てにより増改築についての賃貸人の承諾に代わる許可を与えることができることとされているが、増改築を制限する特約に違反して賃貸人の承諾又はこれに代わる裁判所の許可を得ないで増改築がなされた場合でも、これが常に解除原因となるものと解すべきではなく、右許可の申立てをすることなく増改築をした点は、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない事情があるかどうかについての判断するに当たり賃借人側に不利な一事由として考慮すれば足りるものと解するのが相当であり、また、本件においては、<証拠>によれば、控訴人は、転貸借契約である本件賃貸借契約について地主の明示の承諾を得ていないことが認められるので、このような法律関係の下においては、寅吉が賃借人の法律上の権利の行使として相当額の財産上の給付を命じられる可能性のある右許可の申立てという裁判上の手続に訴えることは事実上困難であるから、前示の事実関係の下においては、寅吉が右許可の申立てをすることなく本件改築等の工事に及んだ点を考慮しても、なお、前記の判断を左右するに足りない。)。

よつて、本件改築等の工事を理由とする控訴人の解除権の行使は、信義誠実の原則上、許されないものというべきであり、したがつて、抗弁(二)は理由がある。

(奈良次郎 柳田幸三 中路義彦)

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