札幌高等裁判所 昭和59年(う)134号 判決 1985年1月29日
本店所在地
札幌市東区北三一条東一九丁目一番地四
(商業登記簿上の本店所在地 同市東区北三六条東一〇丁目四九一番地)
株式会社東栄美器
右代表者代表取締役
漆原稔
右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五九年六月二一日札幌地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人会社から控訴の申立があったので、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人林信一提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
所論は、被告人会社を罰金二〇〇〇万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。
そこで、記録を調査し当審における事実取調べの結果をあわせて検討すると、本件は、陶磁器の訪問販売を営業目的とする株式会社である被告人会社が二事業年度にわたり合計八一六一万円余の法人税を逋脱したという事案であるところ、その額は多額であるうえ、ほ脱率も昭和五六年三月期が一〇〇パーセント、昭和五七年三月期が約七八・九パーセントという高率であること、犯行の手口は、売上金の除外、雑収入の除外、退職従業員に対する給料の架空計上、従業員の三文判を使用しての架空決算手当ての計上、架空借入金に対する支払利息の計上、取引先に空の請求書、領収書等を作成させての架空商品仕入れの計上などの多岐にわたっていること、このようにして生じた利益は、裏預金口座に入金したうえ、被告人会社の資金繰りに使ったほか、被告人会社代表者(原審共同被告人)の個人名義で不動産を購入する資金にもあて、被告人会社は右不動産を賃借する形をとってその賃借料の支払を計上し、さらに脱税をする結果となっていたことなどを考慮すると、被告人会社の刑責を軽視することは許されず、他方において、被告人会社は、その代表者が設立し率先して働いて数年のうちに急成長を遂げたもので、本件脱税の動機は、運転資金を得るとともに、信用をつけるための資産を作ることにあったこと、本件脱税の摘発を受けるや、税務調査に協力したうえ、本件各事業年度のほかその前の二事業年度についても修正申告をし、手形による納付を含めて、法人税及びその加算税、延滞税を原判決時までに完納していること、さらに、右四事業年度について、法人税、事業税、道市民税などの総額は、未確定分を除き約二億一〇〇〇万円であるが、原判決時までに、約一億八〇〇〇万円を納付し(うち手形による納付は約五五〇〇万円)、その後現在までの間に約一五〇〇万円を納付し、未納税額は約一二〇〇万円余(もっとも、他に支払期未到来の手形支払分が約二三〇〇万円ある。)と減少していること、本件が発覚したことにより同業者からの中傷を呼び、従業員にも動揺が生じ、売上げが減少して経営状態が悪化していることなどを参酌しても、この種事犯に対する量刑の一般的実情にも照らすとき、原判決当時において、その量刑が重過ぎて不当であるといえないのはもとより、原判決後の事情を考慮しても、これを破棄しなければ著しく正義に反するとまではいえない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
検察官原武志公判出席
昭和六〇年二月四日
(裁判長裁判官 横田安弘 裁判官 平良木登規男 裁判官 肥留間健一)
昭和五九年(う)第一三四号
○ 控訴趣意書
法人税法違反控訴事件 被告人 株式会社東栄美器
右の者に対する表記控訴事件につき、弁護人の控訴の趣意はつぎのとおりである。
昭和五九年十一月十三日
右弁護人 林信一
札幌高等裁判所第三部 御中
記
量刑不当
原判決は被告人会社を罰金二千万円に処した。
然しながら右刑は以下に述べる事情からすれば、重きに過ぎ、破棄さるべきものと思料する。
一、犯行の態様、
1. 動機
ア. 被告人法人代表者漆原稔(以下単に漆原という)を本件犯行へと駆りたてたのは、検察官が冒頭陳述第二、1.で述べているように、被告人会社の受信能力を高めるためであった。
被告人会社は昭和五一年の設立以来、日が浅いにかかわらず、漆原の率先力行と社員の困苦に堪えた営業努力により、販売圏は急激に拡張し、業績も倍々と急成長していった。この拡大成長している企業にとって、設備・運転資金の需要もまた増大していくことは見易い道理である。金融機関はこの需要に応ずるため、被告人会社及び漆原に担保提供を求める。
しかしながら急成長の企業にとって未だ社内留保の財産はない。そこで、「適正に税金を納めますと、思うように資金が備蓄できず、裏資金をプールできないので、悪いとは思いつつ税金をごまかそうと考えました」ということになった(漆原の検察官調書四項)。いってみると、企業成長のための必要悪と短絡的に考えたというのであり、それは企業安定までの一過性のものと考えたのである。
イ. 右のように、脱れた税は、被告人会社の成長及びその従業員のため安定職場の確保ということに、本件犯行の動機があったのであり、逋脱した税額相当の金員を個人の遊興費にあてたり、その消費に充てたものでは全くない。またその取得した土地、建物いずれも被告人会社の社屋の敷地、店舗又はその用に充てるものであって(検察官請求番号三七、三八)、いわゆる漆原の個人の財産というものではない。だから本件発覚後これら財産はすべて、会社の資産に載せ、その所有名義も実態に吻合させて、変更(移転登記)しているという(漆原の原審公判廷における供述)。
2. その方法
逋脱の態様は、稚拙という以外にない。
ア. 売上の除外
被告人会社の営業は陶器類の職域訪問販売でユーザーは未婚のOLであり、その単価は一件あたり昭和五六年度は金六九、五八八円、昭和五七年度は金七三、四九八円である(弁三、一個当売上単価)。従ってその支払はローン提携の割賦払であるため、契約書を作成しなければならない。年間一万七千乃至二万一千件を超える売買の売上(弁三、売上個数)を、一部除外して計上し、商品の仕入と対応させて過不足なくバランスをとるということは、経理上、不可能といってよいだろう。破綻することは明らかである。だから売上の除外は昭和五五年度で断念している(冒陳別紙1の(1)、1の(2)参照)。
イ. 給料等の水増
架空の給与を計上するということは、その対象者から不正のからくりが洩れることは火を見るより明らかである。
実給与と架空給与との差から生ずる諸税、その余の公課がどれ程控除されるかは従業員にとって大きな関心事であり、その不正はたちまち露見するであろうからである。
ウ. 右のような不正繰作は、はなはだ巧ち性を欠くもので、脱税の計画性、ち密性から程遠く「その方法において悪質」と糾弾するのは酷である。
二、逋脱税額の納付
1. 被告人会社は昭和五三年度分以降の法人税、道・市民税(公訴事実にかかわる昭和五五・五六年度分をふくむ)合計額金二〇九、一六五、七九〇円(外に市民税延滞金約二五〇万円)を修正申告して、うち金一八〇、八五六、九七三円を納付し、その余の支払方法については、現に国税局と協議中である(弁一、「修正申告書に依る増加税額、納付済税額並びに未納税額一覧表」)。
もっとも右納付済税額のうち金五五、〇四三、四六〇円は、被告人会社振出の約束手形で支払っているのであるが、これは被告人会社の資金繰りに合せて振出したものであり、満期には確実に決済できるという(長縄証人、被告人の供述)。
2. 右のように被告人会社はその逋脱した税額は、公訴事実の年度分も過年度の分もすべて納付したことになり、結果的には国の税収に対するあな埋めは不足なく填補されたことになる。まことに「不正の財は、帰すべきところに帰属する」のが自然の法理というべきであろう。
3. 被告人会社はこの逋脱額の資金調達のため、これまで裏金としていわゆる匿名でなした預金をとりくずし、あるいは簿外で取得した不動産を担保提供して金融機関から借入をなした。その金融機関等からの借入は、昭和五九年三月末日現在金三三四、五七九、〇八六円となり前年比で金一七〇、七四七、九九一円の激増となっている(弁二、「昭和五七年度・五八年度借入金増減表」)。
4. このような事情からすると罰金二千万円を納付しなければならぬということは、被告人会社の存立を危くするもので、到底負担に堪えうるところではない。
三、再犯の防止措置
1. 代表者漆原の反省、
漆原自身、本件を深く反省し、かかる反法行為を二度と繰り返さないことを誓っている。このため本件発覚後、捜査については積極的に協力し、一切を告白していることは前後一二回に亘る供述の態様に徴し明らかであり、かつその反省が真意に出ていることは、原審公廷における同人の供述からも十分にうかがえるところである。
2. 再犯防止のための対応策
原審長縄証人は再犯防止のため「商品管理」と「営業日報による従業員の活動状況把握」を二つの柱にして体制をととのえ、これを支えるのに社長、従業員一体となっての納税の遵法精神の向上をもってする、と証言している。しかも同証人はすでに被告人会社の税務顧問として、右の項目をすでに実践し、証人も日常これを監視、助言しているという。再犯のおそれは全くない。
四、以上の事情からすると、原審が科した罰金二千万円は重きに過ぎ、破棄して相当額に減ずべきものと思料する。