札幌高等裁判所 昭和59年(行コ)5号 判決
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【判旨】
一当裁判所は、控訴人らの本訴請求はいずれも失当であるものと判断するところ、その理由は、次のとおり附加、訂正、削除するほかは原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。
1 原判決二一枚目表一〇行目の「原告ら」を「控訴人田村二三男を除くその余の控訴人ら及び亡田村貞」と、同裏二行目の「先ず」を「まず」と、同行目の「昭和三五年」から同四行目の「附則五項」までを「本件規定」とそれぞれ改め、同行目の「、二七条二項」を削る。
2 同二一枚目裏六行目から同二二枚目表四行目までを「1 憲法二五条一項の規定は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものであり、また、同条二項の規定は、同じく福社国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものであるところ、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的、現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条二項によつて国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的、現実的な生活権が設定充実されてゆくことを期待するものであると解すべきである(最高裁昭和二三年(れ)第二〇五号同年九月二六日大法廷判決・刑集二巻一〇号一二三五頁)。そして、右の規定にいう「健康で文化的な最低限度の生活」の概念は、極めて抽象的かつ相対的なものであつて、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的、社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがつて、憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられているものというべきであるから、憲法二五条の趣旨を実現する目的をもつて制定された法律の規定が同条の規定に違反するかどうかを判断するに当たつては、その規定が著しく合理性を欠き、その立法について明らかに立法府の裁量の逸脱又は濫用があるものと認められる場合を除き、裁判所は、これを違憲無効と判断することはできないものといわなければならない。」と、同五行目の「四」を「2」と、同九行目の「労災保険上」を「労災保険法上」とそれぞれ改め、同一一行目の「、二七条二項」を削り、同一二行目の「生ずるものである。」を「生ずる余地があるものというべきである。」と改める。
3 同二二枚目表一三行目の「五」を「3」と改め、同行目の「本件規定の」の次に「内容、立法趣旨及び」を、同末行の冒頭に「原本の存在及び」をそれぞれ加え、同裏五行目の「1」を「(一)」と、同一三行目の「2」を「(二)」と、同二三枚目裏九行目及び同二五枚目裏一行目の「原告」をいずれも「控訴人ら」と、同二四枚目表四行目の「3」を「(三)」と、同五行目の「減額する日数」を「減ずる額」と、同七行目の「4」を「(四)」とそれぞれ改める。
4 同二四枚目裏二行目の「六」を「4」と、同六行目の「さきに」を「先に」と、同二五枚目表一行目の「国における審議経過からみて」を「本件規定の内容、立法趣旨及び前認定の立法経過に照らし」と、同二行目の「明らかな」を「立法府の」と、同一一行目の「のであるから」を「のであり、旧受給者は、法律上当然に新受給者への補償額を下らない額の補償請求権を有するわけではないことはいうまでもないから」と、同一二行目の「ただちに」を「本件規定が」とそれぞれ改め、同末行の「、二七条二項」を削る。
5 同二五枚目裏一行目末尾の次に改行して「三 次に本件規定が憲法二七条二項に違反するかどうかについて判断する。
1 憲法二七条二項の規定は、国が、経済的弱者である労働者の保護及びその生存の確保のために、賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する最低限度の基準(労働基準)を法律で定めるべきことを定めたものであつて、勤労条件の基準を法律で定めるべきことを国の責務として規定したものである。したがつて、法律で定める勤労条件の基準は、右の趣旨を実現するものでなければならないが、勤労条件の基準を立法化するに当たつては、労使関係の実情、社会的、経済的条件、国民生活の状況その他にわたり複雑多様な、しかも高度の専門技術的考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものというべきである。したがつて、憲法二七条二項の規定の趣旨を実現するために具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられているものというべきであるから、憲法二七条二項の趣旨を実現する目的をもつて制定された法律の規定が同項の規定に違反するかどうかを判断するに当たつては、その規定が著しく合理性を欠き、その立法について明らかに立法府の裁量の逸脱又は濫用があるものと認められる場合を除き、裁判所は、これを違憲無効と判断することはできないものといわなければならない。
2 本件規定の内容、立法趣旨及び立法経過は、前示のとおりであつて、これらに照らすと、すでに説示したとおり、本件規定が合理性を欠き、その立法について立法府の裁量の逸脱又は濫用があるものということはでぎない。
よつて、本件規定が憲法二七条二項に違反するという控訴人らの主張は採用することができない。」を加える。
6 同二五枚目裏二行目の「七」を「四」と改め、同三行目の冒頭に「1」を加え、同九行目の「八」を「2」と改め、同二六枚目表二行目の「結果、」の次に「旧受給者が」を加え、同六行目の「給付しない旨」を「給付せず、かつ給付年金額から平均賃金の四〇日分の減額を行う旨」と、同一二行目の「やむを得ないものであり、」を「立法技術上やむを得ないものであるばかりでなく、前示のとおり、旧受給者に対する労災保険法上の補償は終了しているものであつて、旧受給者が法律上当然に新受給者への補償額を下回らない額の補償請求権を有するわけではないから、これをもつて」とそれぞれ改め、同裏一行目の「ただちに」を削り、同二行目の「九」を「五」と改める。
(奈良次郎 松原直幹 柳田幸三)
《参考・第一審判決理由》
一 請求原因1項の事実、同2項の事実(原告らに対する再審査請求の棄却裁決の送達日時を除く)及び被告の主張1項の各事実すなわち、本件各処分の根拠法令である昭和三五年改正法附則五条、昭和四〇年改正法附則一五条二項及び昭和四一年改正省令附則五項(以下、これらの各事項を合わせて「本件規定」という。)の改正経過等については当事者間に争いがない。
二 そこで、先ず、本件各処分の根拠法令である昭和三五年改正法附則五条、昭和四〇年改正法附則一五条二項及び昭和四一年改正省令附則五項が憲法二五条一、二項、二七条二項に違反するか否かについて検討する。
三 憲法二五条の規定は、一項において福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すること、したがつてこの権利が実現されるよう国権を運営すべき責務があることを宣言し、さらに二項において右の理念に基づいて国が社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを宣言したものであり、憲法二七条二項は右二五条を勤労者に対し保障するものである。しかし、国がこの趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を構ママずるかの選択決定は、国の財政事情に対する配慮及び高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするため、立法府の広い裁量にゆだねられていて、この裁量が著しく合理性を欠き明らかに裁量権の逸脱、濫用と見ざるを得ないような場合を除いては、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であると解される。
四 ところで、労災保険法は、基本的には労働基準法により義務づけられた使用者の労災補償義務の責任保険としての機能を果すものであるが、昭和三五年、昭和四一年の改正を経て、給付対象が労働基準法上の災害補償の範囲を超え飛躍的に拡大された結果、労災保険上の給付の一部は憲法二五条の規定の趣旨を実現する目的をもつて設定される社会保障法上の制度の性格を持つに至つたものであつて、本件規定に関しても憲法二五条、二七条二項違反の問題を生ずるものである。
五 そこで、本件規定の立法経過につき検討する。
<証拠>並びに当裁判所に顕著な第三四回国会参議院社会労働委員会の昭和三五年三月八日の審議経過及び同月三〇日の審議経過を総合すれば次の事実が認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。
1 昭和三五年、労災保険法の改正により、従来の打切補償の制度が廃止され、長期療養を要する業務上の傷病者には期間を限定することなく必要に存する限り補償を行う長期傷病者補償が創設された。
ところが、従来、労災保険法による打切補償を一旦受けた者の中には、その後特別保護法や臨時措置法により療養費用の支給を継続的に受けていた者があつたので、これらの者の取扱について昭和三五年改正法附則五条が設けられた。
2 右規定を設ける理由として国会の審議の過程で政府委員からなされた説明は次の如きものであつた。
すなわち、これらの者は特別保護法や臨時措置法という特別の立法により療養のための補償を継続して受給してきているが、労災保険法上の補償は打切補償を受けることによりすでに終了しているものである。しかし昭和三五年改正法施行後においても療養のための補償がなお必要であることには変わりがないので、補償を続ける方が妥当である。そこで、これらの者についても改正法を適用することにし、これらの者の中で都道府県労働基準局長が昭和三五年四月一日以降引き続き療養を要すると認定した者(旧受給者)を長期傷病者補償の給付決定があつた者とみなして長期傷病者補償の対象とする。ところが、旧受給者は、すでに労働基準法又は労災保険法により打切補償を受給していたのだから新たにけい肺等の疾病にかかり長期傷病者補償を受けることになる者(新受給者)と同額の長期傷病者補償をすれば、新受給者と比較した場合、結果的にはすでに給付を受けている打切補償分だけ多くの給付を受けることになる。そこで、旧受給者と新受給者の実質的な公平を図るために、旧受給者に対する給付額を減額することとする。具体的には、旧受給者に対しては遺族給付及び葬祭給付は支給せず、かつ長期傷病者補償の給付金の年額から平均賃金の四〇日分を減額する。旧受給者に対して遺族給付及び葬祭給付を支給しない根拠は、すでに支給した打切補償の中に遺族補償及び葬祭料が含まれていると考えられるからであり、また給付金年額から平均賃金の四〇日分を減額することにしたのは事実摘示欄四原告の主張に対する被告の反論(一)(4)のとおりの考慮に基づく。すなわち、すでに支給されていた打切補償は平均賃金の一二〇〇日分であつたので賃金水準の上昇率を勘案して右支給額の昭和三五年四月現在の平均賃金相当日数九六〇日を算出し、この相当日数から遺族給付及び葬祭給付の一人当たり平均支給額の賃金相当日数九九日を控除し、さらに右算出された日数を長期傷病者補償の給付金の平均受給年数で除して、旧受給者から一年当たり減額すべき金額の平均賃金相当日数七九日を算出する。
3 現実の立法においては、以上のとおりの審議の結果をふまえ、旧受給者の保護を考慮して給付金年額から減額する日数を四〇日分にとどめて昭和三五年改正法附則五条二項が成立した。
4 昭和四〇年の労災保険法改正においても旧受給者の扱いは昭和三五年改正法の規定の例に従うこととされ(昭和四〇年改正法附則一五条二項)、昭和四一年改正省令附則五項において昭和三五年改正法附則五条二項と同様の規定が置かれた。
右の立法理由は昭和三五年改正法附則五条二項を立法した理由と同一であり、旧受給者と新受給者の間の実質的公平を図ることが目的であり、旧受給者に対し遺族補償給付及び葬祭料を支給しないことにしたのは支給済みの打切補償の中にこれらが含まれていると考えられたからであつた。
六 ところで、本件規定は打切補償を一旦受給した者で引き続き療養を要すると認定された者(旧受給者)に対する長期傷病者補償の内容及び支給額を定めたものである。
このような場合、旧受給者に対する補償の内容及び支給額をいかに定めるかは、さきに説示したとおり、国の財政事情に対する配慮と、高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を要するもので、立法府の裁量の範囲に属すると解される。しかるところ、本件規定は、さきに認定したとおり、一旦打切補償を受けている旧受給者と、これから支給を受け始めることになる新受給者との間の補償額が公平になるようにするため、旧受給者の支給額を減縮したものであり、その減額の手段として旧受給者に対しては遺族補償、葬祭料の給付はしない旨定めたのはすでに支給した打切補償中に遺族補償及び葬祭料が含まれていると考えられたからであつて、国会における審議経過からみて、右立法には合理性に欠けるところはなく、明らかな裁量の逸脱、濫用は認められない。
本件規定が給付金の年額からの減縮額を画一的に定めかつ年金の受給年数にかかわらず遺族補償及び葬祭料を一切支給しない旨定めたため、個々の旧受給者への支給総額が同一条件下の新受給者への支給額とつねに一致するとは限らず旧受給者への支給総額が新受給者への支給総額より低額になる場合があることは否定できないが、先に述べたとおり、本件規定は、平均的には旧受給者に対して打切補償分だけ減額するよう定められた(現実の立法では旧受給者への減額はより少なくされていた)のであるから、右の事情があつたとしてもただちに合理性を欠き裁量を逸脱、濫用した立法であるとは言えない。
以上の次第であるから、本件規定が憲法二五条、二七条二項に違反するという原告の主張は採用できない。
七 次に本件規定が憲法一四条に違反するか否かにつき検討する。
憲法一四条一項は、すべて国民が法の下に平等で、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的、社会的に差別されないことを定めており、国の社会保障上の施策である労災保険法においても、受給者の範囲、支給金額に合理的な理由のない不当な差別的取扱をした場合には、当然に憲法一四条違反の問題を生ずるものである。
八 原告らは、本件規定が、旧受給者に対しては遺族補償及び葬祭料の給付をせずかつ給付金年額から平均賃金の四〇日分の減額を行なうことにして新受給者と異なる扱いをしていることは憲法一四条に反する立法である旨を主張する。
しかしながら、右の取扱いは、さきに認定したとおり、旧受給者にはすでに打切補償が支給されており労災保険法上の補償は終了しているものの保護の必要からさらに長期傷病者補償を続けることにした結果、新受給者より多くの給付を受けることになるのでこれを調整するためになされたもので、かつ、遺族補償及び葬祭料を給付しないことにしたのはすでになされた打切補償の中にこれらの給付が含まれていると考えられたからである。したがつて、旧受給者に対して遺族補償及び葬祭料を給付しない旨定めた本件規定が合理的理由のない不当な取扱いと言うことはできない。
本件規定が旧受給者の平均を想定して規定されたものであるから、年金の受給年数にかかわらず遺族補償及び葬祭料の給付をせず、かつ、給付金年額から一律控除する扱いにし、そのため個々の旧受給者への支給総額が新受給者への支給総額より低額になる場合がありうるが、この結果はやむを得ないものであり、合理的理由のない差別的扱いと解することはできない。
よつて、本件規定における旧受給者と新受給者の異なる扱いが憲法一四条に違反するとはただちに言えない。
九 以上の次第で、本件各処分の根拠法令(本件規定)は憲法一四条、二五条一、二項、二七条二項に違反しないから、本件各処分は取消されるべき理由がない。