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札幌高等裁判所 昭和60年(く)21号 決定 1985年11月22日

少年 T・S子(昭42.9.7生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年が提出した抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、少年は、昭和60年7月27日A子方で同女所有の現金約8109円在中の貯金箱1個を窃取していないのに、少年を右窃盗の犯人であると認定した原決定には、重大な事実の誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査し当審における事実調べの結果を合わせて検討すると、本件の経過はおおむね次のとおりである。

(一)  少年は、定時制高校を中退した後これといつた職にも就かないで友人と遊び歩いていたものであるが、昭和60年7月25日、○△町の自宅に遊びに来ていたA子から、小樽市内で潮祭りが始まることを聞き、同女に付いて友人3名とともに小樽市に出て来て、A子の居住する同市○○×丁目×番××号○○荘2階3号室に泊りながら祭を見物するなどした。

(二)  友人3名は同月27日午前中までにA子方から帰つて行つたが、少年は、そのまま同女方にとどまつていたところ、同日午後7時15分ころ、A子に男友達と会うため外出するといわれて、自宅に戻ることとし、所持金が乏しかつたためA子から1000円を借り受けたが、その際同女は、カラーボツクスに置いてあつた貯金箱の中から千円札1枚を取り出して少年に手渡した。

(三)  少年は、その後すぐにA子とともに同女方を出て、○○荘前で同女と別れてから、虻田郡○○村に住む男友達のBに電話連絡して自動車で迎えに来てくれるように頼み、同人が来るまで○○荘付近をぶらつき、詳細は不明であるが、その間にA子方に立ち入つて、近くの生協で買つたザンギ1パツクを冷蔵庫内に残したままにしたり、同女方出入口ドアのところに、友達が迎えに来てくれるから返す旨を書いた紙片と千円札1枚をはさみこんだりした。

(四)  少年は、同日午後9時30分ころA子が男友達と連れ立つて帰つて来たとき、○○荘の出入口付近に立つており、A子の姿を見かけると、Bがすぐそこに来ているから帰るが、帰りたくないなどという趣旨の言葉を残して、その場を離れて行つたため、A子は、少年を引き止めずに自室に入り、すぐに着替えのためフアンシーケースを開けたところ、外出の際その中に入れていた現金約8109円在中の前記貯金箱1個が紛失していることを知つた。他方少年は、それから間もなく○○荘前でBと落ち合い、同人の運転する自動車で○△町の自宅まで送つてもらつた。

(五)  その後A子は、自室の向かいに居住するC子に不審者を見かけなかつたか尋ねたところ、同日午後8時ころ二人連れの男女がA子方に出入りしているのを見かけたとのことであり、とくにその女の服装が少年のそれと酷似していたことや、1か月位前にも金員の盗難被害にあつていて、その犯人の1人が少年であると疑つていたこと、以前少年がA子の留守中同女方に出入口ドアの錠をピン様のもので開けて無断で入つたことがあつたことなどから、少年が犯人ではないかと考え、少年に電話して問い質したが、ただ否定するばかりで具体的な反論をしないので、疑いを払拭できないまま、同月30日札幌方面○○警察署(以下、○○警察署という。)に窃盗被害の届出をした。

(六)  ○○警察署刑事課盗犯係勤務の巡査部長D、巡査Eらは、当初右窃盗犯人が少年と少年を迎えに来たBではないかとの嫌疑を抱き、同年8月9日両名から事情を聴取することにし、少年については同日午前11時ころ自宅から札幌方面○△警察署(以下、○△警察署という。)駅前派出所に任意同行し、D巡査部長とE巡査が取り調べたものの、犯行を否認するので、さらに詳しく取り調べるため○△警察署に任意同行し、まずE巡査が取り調べ、否認のままD巡査部長が引き継ぐと、午後零時30分ころになつて犯行を認めたので、同40分に少年を緊急逮捕し、同日午後2時25分○○警察署へ引致した。Bについては、○△警察署で少年と並行してその取調べをしたが、Bに対する嫌疑は解消した。

(七)  少年は、○△警察署においては、単独で本件窃盗を行なつた旨供述していたが、○○警察署に引致後、D巡査部長から共犯者の有無について追及されると、「A子と別れた後、たまたまひでよしという顔見知りの男と出会つたが、同人からむりやりA子方に案内させられ、ひでよしが針金を使つて出入口ドアを解錠し、二人でA子方に入つた。そこにいた際ひでよしが室内を物色し始め、フアンシーケース内にあつた貯金箱を見つけ、その中の現金を全部出して調べてから、千円札8枚位をポケツトに入れ、残る硬貨は109円位を貯金箱に戻した。ひでよしはA子方を出るとき右貯金箱を持つて出たが、約50メートル位離れた電気店前の路上で捨てた。ひでよしの現金や貯金箱の窃盗について自分が共犯といわれてもやむをえない。」などと供述し、その後同月10日検察官の取調べに際してもほぼ同様の供述をした。

(八)  少年は、原審の審判において、A子と別れた後生協でザンギとジユースを買つてA子方に赴き、室内に入つたこと、その後再び外に出て、同女方に戻つてみたところ、同女がまだ帰宅しておらず、ドアに鍵がかかつていなかつたので、鍵をかけたうえ、同女から借りた千円札をドアのすき間にはさんで来たことなどという点は認めたものの、ひでよしなる共犯者は作り話であつて、現金入りの貯金箱を盗んだようなことはない旨窃盗についての関与を否認した。

(九)  当審の事実取調べにおいても、少年は同様窃盗を否認したが、そのほか、「Bに電話連絡した後、午後8時半ころA子方に戻ると、鍵が開いており、室内に入ると、布団がまくれ、フアンシーケースが開かれていて、テレビの電源もついていた。5分位待つたが、A子が帰つて来ないので、室内を整理し直し、生協で買つて来たザンギを冷蔵庫に入れて出て来た。その前にも一度A子方に行つたが、鍵がかかつていたので、共同トイレを借りただけで帰つて来たことがある。○○荘近くにいたとき、同アパートから出て来る若い男女二人連れを目撃している。」などと述べた。

以上のような事実が認められる。

これらを前提にして、本件窃盗の犯人が少年であるか否かについて検討するに、

(1)  少年は、本件盗難被害が発生した時間帯にはA子方付近にいるとともに、かねてA子方出入口ドアの錠をあける方法を知つており、本件窃盗を実行できる状況にあつたこと、

(2)  A子が自室に戻つたとき、室内に犯人が物色してまわつた形跡はないのに、フアンシーケースに入れておいた貯金箱だけがなくなつており、貯金箱の存在とその中に現金を入れているのを知つていた者がこれを盗んだ可能性が強いと考えられるところ、少年はA子から1000円を借りる際、同女が室内にある貯金箱からその金を取り出すのを見ていたこと、

(3)  少年は、所持金が乏しかつたためA子から1000円を借り、その後電話をかけたり、ザンギ等を買うなどしているのに、千円札をドアにはさんで返したこと、しかも、少年が借りた1000円や貯金箱にあつた約8109円は、金銭に困つたA子が前日に小学校時代の担任の先生から借りた2万円の一部であり、少年はこの間の事情を知つていたこと

(4)  少年は、BにA子方まで迎えに来てもらつたことが本件までに3回位あり、それらのときには同女方室内にいて、Bの鳴らすクラクシヨンを聞いてから外に出て来ていたのに、本件当日は、帰宅したA子から○○荘の外で声をかけられながら、同女を避け、同女方に上がろうとせず、それにもかかわらず、その後間もなく迎えに来たBの自動車に○○荘前から乗り込んだこと、

(5)  盗難被害を知つたA子が少年を疑つて電話で聞いてきたのに対し、少年は具体的な反論をせず、A子の疑念を晴らすことができなかつたこと、

(6)  少年は、警察官に任意同行を求められてから約1時間半後に本件窃盗を自白し、逮捕されたのちも、自白内容に変更があるものの、警察官及び検察官に犯行を認める供述をし、裁判官が観護措置をとるため弁解を聴取した際にもこれを維持したこと、

(7)  少年が警察官に対してした当初の自白中には、窃取した現金の金種の点について警察官の知らない事情が含まれていること、また、所論中には、警察官から暴力を振われて自白した旨主張するところがあるが、全証拠に照らしてみてもそのような疑いは残らないこと、

(8)  少年の原審と当審における否認の弁解は、その間にそごがあるとともに、信じ難い内容が含まれ、とくに、不審な男女二人連れが○○荘から出て来るのを見たというような重要な事実が当審に至つてようやく述べられていることなどに徴して、容易に措信することができないこと、などの諸事情が見出され、これらを総合して考察すると、少年以外には本件窃盗の犯人は考えられず、少年はその犯人であると認定することができる。

もつとも、少年は、○○警察署に引致された以後、本件窃盗の犯行はひでよしが実行したもので、同人との共犯にかかるものであると供述し、また、前記C子も、当時A子方に男女二人連れが出入りしていたと供述している。しかし、少年の右供述中、ひでよしとの出会い、同人とA子方へ赴いた経過、更には、貯金箱から現金を全部出したのち、札のみポケツトに入れ、小銭を入れ直した貯金箱もわざわざ盗み出しながらすぐにこれを近くの路上に捨てるという犯行自体やその後の状況等が不自然不合理であること、C子が日撃した二人連れは何ら他人の目を警戒することなくA子方に出入りしていたこと、少年は窃取した現金の額やその金種を当初から詳細に供述していたことなどに照らし、仮りに当時少年が男性とともにA子方に出入りしていたとしても、少年が右で供述するような態様で本件窃盗が行われたものと認定するには疑問が残るというべきである。

そうすると、原決定が「少年は、氏名不詳者と共謀のうえ」本件窃盗に及んだ旨認定したことには、事実を誤認した疑いがあるが、いずれにしても少年が本件窃盗を実行した犯人である点において相異することがないと認められるから、原決定の事実の認定には、これを取り消さなければならないほどの重大な事実の誤認があるとはいえない。結局、論旨は理由がない。

(なお、付言すると、本件は、少年が数日間泊つていた被害者の部屋から、8000円余在中の貯金箱1個を窃取したという事案であるところ、これまでの少年と被害者の交友状況や同女らとの金銭貸借の状況、ことに、少年と被害者とは昭和60年1月中に共謀の上でたばこの万引をしたことがあること、被害者は本件の直前少年から5000円借り受けていること等に照らすと、本件非行自体はかなり軽微なものであるといわざるを得ない。なるほど、少年は、定時制高校1年のころから遅刻や早退が多く、遊び歩いているうちに度々補導され、不良交遊を繰り返しているうちに休学し、遂には退学してしまつたものであり、昭和60年6月14日窃盗の非行により保護観察処分に付されたにもかかわらず、職にも就かずに遊び歩くなど保護観察に親しまず、本件犯行も友人らと小樽市に祭り見物に行つていて犯したものであり、そのほか少年のこれまでの非行歴、非行に至る経緯、少年の生活史、生育歴及び性格上の問題点並びに保護環境の現状等を総合考慮すると、少年に対する要保護性は否定し得ないので、少年を中等少年院に送致したことをもつて処分が著しく不当であるとまではいえないが、前記の非行の程度等にかんがみると、当裁判所としては、少年院への収容期間は短期間で足りるもの、いわゆる短期処遇が相当であると思料する次第である。)

よつて、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項後段、少年審判規則50条によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 水谷富茂人 裁判官 横田安弘 平良木 登規男)

抗告申立書<省略>

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