札幌高等裁判所 昭和60年(ネ)236号 判決 1986年7月14日
控訴人(第一審被告)
道東輸送事業協同組合
右代表者代表理事
沢本松市
右訴訟代理人弁護士
伊東孝
被控訴人(第一審原告)
高雄ビル開発株式会社
右代表者代表取締役
高橋幸雄
右訴訟代理人弁護士
荒谷一衞
鷹野正義
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のように付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の主張
1 民事執行法一五一条に定める「継続的給付に係る債権」とは、将来の給付を差押えの目的としていることから、特定の法律関係の基礎に基づいて確実に連続して新しい支分債権が発生するか、各個の給付が単一の法律関係の展開の部分として現れるような反覆的・継続的債務関係がなければならず、法的に基礎づけられた義務負担の反覆を必要とするものであつて、継続的収入の債権であつても、同一一個の法律関係に基づかない、したがつて、それぞれ別個独立の法律要件に基づいて発生する場合(例えば第三債務者が同一人であつても、弁護士・公証人が当事者から受ける報酬債権のように新しい支分債権の発生ではないもの)には事実上の継続的給付にすぎず、法律関係が単一である場合に法律関係の継続が法律上類型的に継続性が予定されていて発生する新しい支分債権ではないものは、同条に定める継続的給付に当たらない。
2 原判決は、民事執行法一五一条所定の「継続的給付に係る債権」は、個々の債権の集まりとみられるようなものであつても、特定の法律関係を基礎として、安定した取引関係のもとに、ある程度の周期性及び規則性を有し、相当の蓋然性をもつて連続的に発生するものであれば足りるから、本件運送賃債権は被差押適格を有する旨判示した。
しかし、本件運送賃債権は、控訴人が原審で主張したとおり、あくまでその都度毎の下請運送の発注という別個独立の法律要件に基づいて発生する個々のスポット契約の累積にすぎないから、新しい支分債権の発生ではなく、その債権の発生について確実な連続性もない。
原判決が判示する被差押適格の要件によれば、例えば消費生活協同組合の組合員が生協組から商品を購入する場合のように、生協組と組合員という極めて密接な関係があり、かつ、組合員意識の高揚ないし配当還元等の組合員利用特典の享受から、毎日・毎月のように購入額が連続して一定額以上に達するという周期性及び規則性を有し、相当の蓋然性をもって連続的に発生する債権については被差押適格が肯定されるのであろうか。また、継続的売買取引における卸売商の小売商に対する将来の売掛債権(月決め購入額ノルマが課されていないもの)についても被差押適格が肯定されることになり、その要件は妥当でない。
したがって、原判決が判示する被差押適格の要件は、控訴人が主張する前記1の程度にまで限定されねばならない。
3 医師の診療報酬債権は、患者に対する診療という個々の関係から生ずる債権であつて、一個の基本的法律関係から生ずる支分債権ではなく、単に事実上の継続的収入債権にすぎないけれども、医療保険制度を媒介とする点で、同じ事実上の継続的収入債権である小売債権と異なる。このような診療報酬債権については、法律上の継続的収入債権に準ずるものとして特に被差押適格の要件を援和し、最高裁判所昭和五三年一二月一五日判決が判示するように、「それほど遠い将来のものでない限り、現在既に債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであれば、始期と終期を特定して、その権利の範囲を確定することによつて、これを有効に譲渡することができる」ときには、差押えの範囲が明確で、債務者の処分の権能を事実上奪つたり、第三者が事実上差押え外の将来の債権を差し押さえることができなくなるようなことがないから、差押えを認めることができるものと解される。
しかし、これに反して、本件運送賃債権のように、その額が月々によつて異なる債権については、仮に被差押適格の要件を緩和しても、差押えの範囲が不明確であつて、債務者を不当に拘束し、また、第三者の利益を害することになる(債務者は事実上差押え外の将来の債権を処分する権能を奪われるし、第三者も事実上差押え外の将来の債権の譲渡を受け又はこれを差し押さえることを封ぜられる。)から、その権利の範囲を確定しないで差押えを認めることはできないものと解すべきである。
二 被控訴人の主張
医師の診療報酬債権は、毎月の患者数や疾病の種類・程度によつて債権額の変動が著しく、平均的収入額を客観的に予測することは困難である。そのため、このような診療報酬債権を譲渡するについて始期と終期を特定することが要求される。このことは、診療報酬債権のように不確定な要素のあるものについても、一定の制限のもとに、その譲渡又は差押えの対象とすることを認めなければ実状に沿わないという要請があることを示している。
本件運送賃債権については、契約の更新を予定した継続的運送契約が存在しており、被控訴人が原審で主張したような事実関係から運送契約の継続性について何ら問題はなく、これを差し押さえても控訴人が懸念するような第三者の利益を害することはない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実、同2のうち本件差押命令の訴外高栄運輸に対する送達日を除くその余の事実及び同4の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件差押命令の訴外高栄運輸に対する送達日は昭和五八年一月一一日であることが認められる。
二控訴人は、本件差押命令は第三債務者である控訴人に対する送達日現在における訴外高栄運輸の控訴人に対する現在債権を差し押さえたものと解すべきところ、右送達日現在における右債権は控訴人の貸金債権と既に相殺ずみであつて存在しないと主張する。
しかし、本件差押命令における被差押債権は、「差押債権額金六、一六五万七、一二六円。債務者と第三債務者との間の継続的運送契約(第三債務者が荷主と運送契約した貨物を債務者が運搬する)にもとづく債務者の第三債務者に対する運送賃請求債権にして頭書金額に満つるまで」と表示されており、その文言の全体の趣旨から、差押債権額を限度として差押えの後に支払われる現在及び将来の各運送賃債権を包括して差押えの対象としていることを看取しうるから、控訴人の右主張は採用できない。
三次に、控訴人は、本件運送賃債権が民事執行法一五一条所定の「継続的給付に係る債権」に当たらない旨主張するので、この点について検討する。
<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
1 控訴人は、受注競争の厳しい運送業界において、組合員のために行う貨物運送の共同契約のあつせん等を事業目的として、中小規模の運送業者である訴外株式会社北海運輸、同有限会社河西運輸、同北海荷役輸送株式会社、同道東運輸有限会社、同道建工業有限会社及び同高栄運輸の六社が昭和五二年九月に中小企業等協同組合法に基づいて設立した事業協同組合であり、控訴人の組合員である右運送各社は、以来、それまで直接荷主から受注していた貨物運送を控訴人を通して下請として行うようになつた。
2 控訴人は、組合員の従前の得意先である荷主との間に、継続的な貨物運送委託取引をすることを前提として、運送品目、運送数量、運送区間、運送契約期間、使用車数、運送料金及び運賃支払方法等を定める貨物運送契約を締結し、荷主から個々に貨物運送の注文を受けたときは、組合員の有する車両の種類・運送賃等を考慮して原則として組合員に下請発注することになるが、特に差支えがない限り、従前その荷主と貨物運送委託取引をしていた組合員に下請発注するのを例としていた。
3 控訴人は、荷主から支払われる運送賃から所定の手数料を控除した残額を毎月二回運送賃として組合員に支払うが、訴外高栄運輸に対する支払の処理の仕方としては、その支払分をいつたん控訴人の訴外高栄運輸に対する貸付金(昭和五三年三月から七〇〇万円が限度額になつていたが、昭和五八年一月一〇日の時点で八四六万三〇〇〇円になつている。)の弁済に充てたこととし、改めて同額を新規貸付金として支払つていた。
4 控訴人の事業計画では、訴外高栄運輸に対する貨物運送の下請発注として年間八四〇〇万円程度をめどにしており、その運送量は訴外高栄運輸の全取扱高の七〇パーセントぐらいに達していた。
5 控訴人は、組合員に対する指導監督を通じて各組合員の実態をある程度把握しており、訴外高栄運輸は、昭和五二年一〇月以降、車両一二台を保有し、控訴人から継続して貨物運送の下請発注を受け、毎月二回確実に運送賃(ただし、名目は貸付金)の支払を受けてきたが、その額は最も少ない月でも二百数十万円を下回ることはなかつた。
右に認定した事実によれば、本件差押命令における債務者である訴外高栄運輸と第三債務者である控訴人との間には、下請運送契約に当たる基本的・継続的法律関係が存在し、これを基礎として長期にわたり継続して安定した貨物運送委託取引に基づく運送賃債権が発生し、毎月二回確実に一定額以上の運送賃が支払われてきたものと認められるから、本件運送賃債権は民事執行法一五一条所定の「継続的給付に係る債権」に当たるものということができ、これに反する控訴人の主張は採用できない。
なお、本件差押命令の被差押債権には、その始期と終期を特定して表示していないが、継続的給付に係る債権に対する差押えの効力は、差押命令において時期又は金額によつて限定しない限り、差押債権者の債権及び執行費用の額の限度として、差押えの後に受けるべき給付に当然及ぶものであるから、差押えの範囲が差押命令の時点である程度不明確であつてもやむを得ないものであり(民事執行法一五一条が継続的給付に係る債権に対する差押えの効力の範囲について特別の規定を定めたのは、特定の法律関係を基礎として生ずる債権の特殊性に着目して、債権者の利益を図つたものであるから、その反面で債務者や第三者がある程度不利益を受けることは法の是認するところといわざるを得ない。)、そのために本件差押命令が無効となるものではない。
四以上の判示によれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官舟本信光 裁判官安達 敬 裁判官長濱忠次)