札幌高等裁判所 昭和62年(う)159号 判決 1988年9月20日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人安井桂之介、同上原豊、同菅原憲夫提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。
一 控訴趣意第一(法令適用の誤の主張)について
論旨は、要するに、「原判決は、公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律(以下、「航空機騒音障害防止法」という。)八条の二並びに補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下、「補助金等適正化法」という。)二条四項の解釈適用を誤った結果、所定の区域内に住宅を所有する者等が当該住宅の騒音防止工事を行なう場合に、地方公共団体が、航空機騒音障害防止法八条の二による運輸大臣の助成のもとに、その工事費等について交付する金員(以下、「八条の二交付金」という。)を、被告人が函館市から交付を受けた本件所為に対し、補助金等適正化法二九条一項を誤って適用したもので、右法令適用の誤りは明らかに判決に影響を及ぼす。」というのである。
すなわち、論旨は、
(1) 航空機騒音障害防止法八条の二の規定に基づき、「運輸大臣が指定する特定飛行場の周辺の区域(「第一種区域」という。)に当該指定の際現に所在する住宅(人の居住の用に供する建物又は建物の部分をいう。)について、その所有者又は当該住宅に関する所有権以外の権利を有する者が航空機の騒音により生ずる障害を防止し、又は軽減するため必要な工事を行なうとき」、その所有者等に交付される「八条の二交付金」は、その性質上、住宅に関し所有権等の権利を有する者が航空機の騒音障害により蒙る損失の補償金であるから、補助金等適正化法二条所定の「補助金等」ないし「間接補助金等」には該当しない。したがって、被告人が函館市から交付を受けた本件金員については、補助金等適正化法二九条一項を適用する余地はない。それにもかかわらず原判決は、これを適用して被告人を同条項の罪に問責したもので、原判決には判決に影響を及ぼす法令の解釈適用の誤りがある。
(2) 航空機騒音障害防止法八条の二は、同条所定の「助成の措置をとる」ことにつき、当該住宅に「現に人の居住すること」を要件としていないから、現に人の居住していない本件住宅につき「八条の二交付金」を受け取った被告人の所為は、その交付の要件に違反しない。しかるに原判決はその解釈適用を誤り、被告人を補助金等適正化法二九条一項の罪に問責したもので、原判決には判決に影響を及ぼす法令の解釈適用の誤りがある。
と主張する。
(一) そこで、原審における証拠調べの結果にもとづき論旨(1)について検討するに、被告人が函館市から受け取った「八条の二交付金」は、補助金等適正化法二条四項一号所定の「間接補助金等」に該当することが明らかであって、本件住宅につき同市が定めた「八条の二交付金」の交付要件を具備していないにもかかわらず、これを具備しているかのように偽ってその交付を受けた被告人につき、補助金等適正化法二九条一項違反の罪の成立を認めた原判決に、法令解釈適用の誤りは認められない。
すなわち、航空機騒音障害防止法は、「公共用飛行場の周辺における航空機の騒音により生ずる障害の防止、航空機の離着陸のひん繁な実施により生ずる損失の補償その他必要な措置について定めることにより、関係住民の生活の安定及び福祉の向上に寄与することを目的」として制定された(同法一条)のであるが、その八条の二は、運輸大臣は「航空機の騒音により生ずる障害が著しいと認めて運輸大臣が指定する特定飛行場の周辺の区域(「第一種区域」という。)に当該指定の際現に所在する住宅(人の居住の用に供する建物又は建物の部分をいう。)について、その所有者又は当該住宅に関する所有権以外の権利を有する者が航空機の騒音により生ずる障害を防止し、又は軽減するため必要な工事を行なうときは、その工事に関し助成の措置をとるものとする。」と定め、その「助成の措置」の具体的な方法、程度などの細目の策定とその実施は、国の航空行政の掌にあたる運輸大臣に委ねているのである(このことは、同法五条及び六条が「政令で定めるところにより、予算の範囲内において、その費用の(全部又は)一部を補助するものとする(補助することができる)。」として、所定の工事又は措置の助成方法をある程度具体的に定めているのに対し、八条の二は「その工事に関し助成の措置をとるものとする。」としているにとどまることからも明らかである。)。
そして、これを受けて運輸大臣は、「住宅騒音防止対策事業費補助金交付要綱」を策定し、「航空機騒音防止法八条の二の規定による助成の措置として運輸大臣が交付する住宅騒音防止対策事業費補助金及び指導監督交付金に関しては、補助金等適正化法及び同法施行令に定めるもののほか、この要綱の定めるところによる。」(同要綱一条)としたうえ、地方公共団体が補助事業者になって、住宅の所有者その他の権利者が当該住宅について行なう騒音防止工事に必要な経費の全部又は一部を補助する内容の補助事業を行なうときは、その地方公共団体に対し予算の範囲内において国庫補助金を交付することとし(同二条)、その交付の対象とする補助事業の費用につき、それによって充てられるべき住宅騒音防止工事費等の費用の範囲、限度の大枠を定め(同三条)、またその騒音防止工事の工事対象室数については当該住宅に居住する者の人数に応じて航空局長が別に定めることとし(同四条二項)、さらにこれを受けて策定された「住宅騒音防止対策事業費補助金交付に係る実施要領」の第一項において、当該住宅に居住する家族数に応じた騒音防止工事対象室数等の細目(すなわち、室数は五室を限度とし、当該住宅に居住する家族数に一を加えた数以内とし、その家族数は、原則として住民票によるほか、生活実態等を勘案のうえ、補助の申請の時点で確認する。)が定められている。
また函館市では、右要綱により国庫補助金の交付を受けて補助事業を行なうにあたり、「住宅騒音防止工事補助金交付要綱」を策定し、「函館市が航空機騒音障害防止法八条の二の規定による助成を受けて実施する函館空港周辺住宅の騒音防止工事に対する補助金の交付に関しては、関係法等に定めるもののほか、この要綱の定めるところによる。」(同要綱一条)としたうえ、函館空港について運輸大臣が指定した第一種区域内にその指定のあった日に現に所在する住宅(人の居住の用に供する建物又は建物の部分をいう。)の所有者又は所有権以外の権利を有する者が住宅の騒音防止工事を行なおうとするときは、市長は予算の範囲内においてその者に対し補助金を交付することを定め(同二条、三条)、右の補助金交付の対象となる騒音防止工事対象室数については、当該住宅に居住する者の人数に応じて市長が別に定めるところによることとし(同五条二項)、これを受けて策定された「住宅騒音防止工事補助金交付に係る実施要領」の第一項において、当該住宅に居住する家族数に応じた騒音防止工事対象室数等の細目(その内容は前記細目の場合と同じ。)が定められている。
なお、国は前記国庫補助金について予算措置を講じ、空港整備特別会計の歳出予算において、「空港整備事業費」の項の中に「教育施設等騒音防止対策事業費補助」の目を置き、その目の明細のひとつとして「民家防音工事補助」を設け、また函館市も、前記補助事業について予算措置を講じ、その歳出科目として、「土木費」の款、「空港費」の項の中に「空港周辺整備事業費」の目を設け、昭和五六年度では、その金額の全部を函館空港住宅騒音防止対策事業に支出した(支出額約二億六六〇一万円で、国庫補助金による補助率九九・六〇パーセント)ことが認められる。
以上のとおり、運輸大臣は、航空機騒音障害防止法八条の二による助成の措置として、住宅の所有者その他の権利者が当該住宅について航空機の騒音により生ずる障害を防止し、又は軽減するため必要な工事を行なうに際し、地方公共団体が右工事の費用の全部又は一部を補助する事業を行なうときは、前記住宅騒音防止対策事業費補助金交付要綱等で定めるところにより、予算の範囲内においてその地方公共団体に国庫から補助金を交付することとしたもので、これにより国から函館市に交付される給付金が補助金等適正化法二条一項一号の補助金(同項の「補助金等」)に該当すること、及び、函館市が前記住宅騒音防止工事補助金交付要綱に従い右国庫からの補助金を得て行なう事業が同条二項の「補助事業等」に当たり、これにより同市から住宅の所有者その他の権利者に交付される補助金すなわち「八条の二交付金」が同法二条四項一号の「間接補助金等」に該当することは明らかである。したがって、偽りその他不正の手段により函館市から「八条の二交付金」の交付を受けた者は、同法二九条一項により処罰されることもまた明らかである。
所論は、「八条の二交付金」は航空機の騒音による生活侵害に対する損失補償金であるから、補助金等適正化法で規制される給付金には該当しない、と主張するが、航空機騒音障害防止法八条の二は、航空機の騒音により生ずる障害が著しいと認められる特定飛行場の周辺の区域に所在する住宅の所有者その他の権利者が、右障害を防止し又は軽減するため必要な工事を行なうときは、その工事に関し、右飛行場の設置者たる運輸大臣においてなんらかの助成の措置を取るべきことを定めたものであって、右所有者等に航空機の騒音による損失がある場合に、その損失を補償すべしとする趣旨で設けられたものでないことは、その条文上からも明らかなところである。ことに、右助成の措置として国庫から地方公共団体に交付される前記補助金は、住宅の所有者その他の権利者が航空機の騒音により損失を蒙ったか否か、及びその程度を問うことなく、その者が当該住宅について騒音防止工事を行なうに際し、地方公共団体が一定の要件のもとに右工事の費用の全部又は一部を補助する事業を行なうときに、この事業に対する補助金として交付されるものであり、函館市が右助成措置のもとに住宅の所有者その他の権利者に交付する「八条の二交付金」も、右と同じく、その者が航空機の騒音により損失を蒙ったか否か、及びその程度を問うことなく、一定の要件のもとに、その者が行なう当該住宅についての騒音防止工事を助成する趣旨で給付されるものであり、いずれも、損失補償を目的とするものでないことは、すでに検討したところのほか、前記各要綱のその余の条文内容に照らし明白である。もっとも、当該住宅の建設時期、これに対する所有権その他の権利の取得時期、取得の対価、入居期間等のいかんによっては、右権利者に航空機の騒音による損失が生じており、「八条の二交付金」の交付を受けて騒音防止工事を行なうことがその損失の回復に寄与する場合もあるが、そうだからといって、そのことのゆえに同交付金が補助金等適正化法で規制される給付金(「間接補助金等」)に該当しないということにはならないというべきである。
その他所論にかんがみ検討しても、被告人が函館市から交付を受けた「八条の二交付金」が補助金等適正化法の「間接補助金等」に当たらないとする主張は容れることができない。
(二) 次に、関係証拠にもとづき論旨(2)について検討するに、航空機騒音防止法は、その八条の二において、騒音防止の「工事に関し助成の措置をとる」べき住宅(人の居住の用に供する建物又は建物の部分をいう。)の場所的時期的範囲を、「運輸大臣が指定する特定飛行場の周辺の区域(第一種区域)に」「当該指定の際現に所在する」住宅に限定するにとどまり、当該住宅に現に人が居住していることを要するか否かについてはなんら規定していないことは所論指摘のとおりである。しかし、先にみたとおり、同条は、「助成の措置」の方法、程度などの具体的な細目の策定とその実施を、国の航空行政の手に委ねているのであって、これを受けて、運輸大臣は国庫補助金交付の対象とする補助事業の費用につき、それによって充てられるべき住宅騒音防止工事の工事対象室数を、当該住宅に居住する者の人数に応じて定めることとし、「住宅騒音防止対策事業費補助金交付に係る実施要領」においてその細目(室数及び家族数の確認方法)を定め、函館市も、右国庫補助金の交付を得て当該補助事業を行なうにあたり、同市が費用補助の対象とする住宅騒音防止工事の工事対象室数を、当該住宅に居住する者の人数に応じて定めることとし、「住宅騒音防止工事補助金交付に係る実施要領」において右細目の場合と同じ内容の細目を定めているのである。このように、国あるいは地方公共団体が、同法一条が掲げる同法の目的にかんがみ、限られた予算の範囲内で同法八条の二の定める「助成の措置」を効率的に実現するために、同条が対象として規定する住宅のうち、さしあたり現に人が居住する住宅に限ってその騒音防止工事の助成を行なうこととし、しかもその住宅に居住する家族数に応じて定めた対象室数の騒音防止工事につき「八条の二交付金」を交付する旨その交付の要件を定めることは、同法の趣旨・目的に適った措置であり、行政に当たる者の裁量として同法の許容するところであると解される(この点、原判決は、航空機騒音障害防止法八条の二の立法趣旨に照らすと、「同条は原則として現に人が居住する住宅に対して助成の措置をとることを予定しているものと解」されるとし、同条の「趣旨からみても被告人は本件補助金を受給する要件を欠いていたことは明らかといわなければならない」と判示するが、先にみたように、同条は、騒音防止工事に関し「助成の措置をとる」べき住宅につき、場所的時期的範囲を限ってはいるが、その住宅に現に人が居住していることを要するとまでは規定していないのであって、その立法趣旨に徴してみても、原判決のいうように同条が「原則として現に人が居住する住宅に対して助成の措置をとることを予定している」とまでは解し難い。したがって、原判決のこのような見解は失当というべきであるが、行政当局が「八条の二交付金」の交付に当たり、当該住宅に現に人が居住していることをその交付の要件とすることは、行政上の裁量として同法が許容していると解すべきことは先に述べたとおりであるから、結局右の誤りは判決に影響を及ぼすとはいえない。)。ところが、被告人は、函館市の前記「住宅騒音防止工事補助金交付要綱」ないし「住宅騒音防止工事補助金交付に係る実施要領」において、「八条の二交付金」は現に人が居住している住宅の騒音防止工事について、その居住家族数に応じた一定の対象室数につき交付することとされ、現に人が居住していない被告人所有の本件住宅は、航空機騒音障害防止法八条の二所定の第一種区域に所在してはいるが、「八条の二交付金」交付の対象から除外されることを知りながら、原判示のとおり、Aと共謀のうえ、その事実がないのに、Bとその妻が昭和五六年七月九日に本件住宅に転居して現に居住している旨の内容虚偽の住民票などを添付した住宅騒音防止工事補助金交付申請書を同年九月二五日に函館市長に提出し、同年一〇月五日「八条の二交付金」の支給決定をさせ、工事完成後に右交付金として三八四万六〇〇〇円の交付を受けたものであって、被告人の右所為は、補助金等適正化法二条四項一号所定の「間接補助金等」である右交付金の交付要件を本件住宅が充足しているかのように偽って、その交付を受けたものであるから、同法二九条一項に該当することは明らかである。
以上の次第で、原判決の法令の解釈適用の誤りを主張する各論旨は、いずれも理由を欠き、容れることはできない。
二 控訴趣意第二(事実誤認の主張)について
論旨は、原判決は被告人が本件住宅の騒音防止工事費用等につき函館市から「八条の二交付金」の交付を受けたことについて、本件住宅は「近い将来においても人が居住する具体的な予定が全然ないもの」であった旨認定判示するが、本件住宅は以前から賃貸用家屋として人に賃貸してきたもので、右交付金受給当時においてはたまたま人が居住していなかったが、近く人が居住することが予定されていた(その後昭和五九年五月から実際に賃借人が居住するに至った。)のであり、したがって人の居住の用に供する建物として騒音防止工事に関し「八条の二交付金」の交付を受けることができる住宅であったから、原判決の右認定は判決に影響を及ぼす事実の誤認である、と主張する。
そこで案ずるに、被告人が本件住宅の騒音防止工事につき「八条の二交付金」の交付を函館市長に申請しその交付を受けた当時において、本件住宅に現に人が居住していないことが認められる以上、「近い将来においても人が居住する具体的な予定の全然ない」ものであったか否かは、本件犯罪の成否になんら関係のない事柄であって、この点の原判断の当否は判決に影響を及ぼすものではない。そして、昭和五六年の本件当時において、本件住宅には現に人が居住していなかったこと、したがって本件住宅の騒音防止工事に関しては函館市から「八条の二交付金」の交付を受ける要件を欠いていたこと、それにもかかわらず被告人が原判示の不正の手段により本件住宅に人が居住するかのように偽装して右交付金を受け取ったことは、いずれも関係証拠に徴し明らかであって、このような被告人の所為が補助金等適正化法二九条一項に該当し違法であることは、先に控訴趣意第一につき判断を加えたとおりである。論旨は容れることができない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
検察官中尾勇公判出席
(裁判長裁判官 岡本健 裁判官 髙木俊夫 佐藤學)