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札幌高等裁判所 昭和62年(行コ)7号 判決 1988年2月18日

控訴人

吉野富弥

右訴訟代理人弁護士

高野国雄

大島治一郎

入江五郎

被控訴人

中谷文義

右訴訟代理人弁護士

山根喬

参加人

積丹町長

中谷文義

右訴訟代理人弁護士

山根喬

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件を札幌地方裁判所に差し戻す。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

主文同旨

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  普通地方公共団体の長(以下「長」という。)は、当該普通地方公共団体を統括し、これを代表し、その事務を管理し、執行する権限を有し、補助機関たる職員を指揮監督する責務がある(地方自治法〔以下「法」という。〕一四七条、一四八条、一五四条)。長は予算を執行し、出納長又は収入役は、長の命令がなければ支出をすることができない(法一四九条二号、二三二条の四)。

このような長の広範な権限を長一人で執行処理することが不可能であるため、内部規程等で専決、代決を定め、一定の事務を助役以下の職員に補助執行させているのが実情である。専決、代決は、慣習上内部規程によつて行われ、長から執行権限を委任されあるいは代理しているわけではないので、その責任は当然長が負うものと解すべきである。内部規程で専決が定められていても、長はその事務についての固有の処理権限を失わず、いつでも補助機関に専決させている事務を取り上げて自ら処理することができると解すべきである。

(二)  仮に、右主張が理由がないとしても、少なくとも、長が受任専決者に対する指揮監督権の行使を怠つたときは、長も損害賠償責任を負い、住民は住民訴訟によつてその責任を追及できるものと解すべきである。

(三)  なお、最高裁昭和六二年四月一〇日判決は、議会の議長を被告とした事件であつて、町長を被告とする本件とは事案を異にするが、被控訴人は、積丹町長(以下「町長」という。)として、右判例にいう財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者に当たり、受任専決者たる助役とともに、損害賠償責任を負うべきものと解される。

2  被控訴人の主張

(一)  法二四二条の二第一項四号に規定する損害賠償請求は、地方公共団体の有する職員個人に対する損害賠償請求権を住民が訴訟上代位するものであり、右訴訟は、地方公共団体の内部関係における職務違反行為を対象とするものである。したがつて、右訴訟においては、地方公共団体と職員との内部関係において当該地方公共団体に損害を与えた実質的当事者を被告とすべきものであり、損害賠償責任の有無は、形式的、名目的な権限の所在ではなく、当該処理事項について実質的に権限を行使した職員がその責に任ずべきものである。

(二)  積丹町(以下「町」という。)における非常勤嘱託医、常勤医師、直診勘定職員(以下「非常勤嘱託医等」という。)に対する報酬の支給は、町長から助役に専決委任されている事項であつて(積丹町事務決裁規程二条二号、五条二一号)、その限りにおいて被控訴人は、これらの事項について内部的な関係において決定権限を失つており、右事項の決定につき何ら関与していなかつたものである。

(三)  一般的に、かかる権限の内部的委任があつた場合には、対外的関係においては、当該権限は長の名を表示して行使されるから、長が外部に対して責任を負うべきことは勿論であるが、地方公共団体内部に対する関係においては、当該事項について実質的に権限を行使した受任専決者がその責に任ずべきであり、長は法二四二条の二第一項四号に基づく損害賠償責任を負わないと解すべきである。

したがつて、本件において、専決委任された助役がその権限を行使したことにより責任を問われることはともかく、実質的に何ら関与しなかつた被控訴人が損害賠償を求められる理由はない。

理由

一控訴人の本件訴えは、被控訴人が町長に就任した昭和五七年八月一〇日以降、町の非常勤嘱託医等に対して報酬を支給するに当たり、自ら又は受任専決者たる助役において、違法に所得税額を源泉徴収することなく、報酬を支給し、又は町長として職員に対する監督責任を怠つて収入役等の同町職員をして違法に所得税額を源泉徴収することなく非常勤嘱託医等に対して報酬を支給させ、町長に就任した後の期間中に町に対して金四二三万六一四四円の損害を被らせたので、町の住民である控訴人は、法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、町に代位して、被控訴人に対し右損害を町に賠償すべきことを求める、というものである。したがつて、本件訴えは、法二四二条の二第一項四号所定の代位請求住民訴訟の一類型である「当該職員」に対する損害賠償の請求として提起されたものと解される。

二被控訴人は、本件訴えは不適法であると主張するので検討する。

1 普通地方公共団体の予算の執行権は長に専属し(法一四九条二号)、その支出は、長の支出命令に基づいて出納長又は収入役がこれを行うものであり(法二三二条の四)、それが職員に対する給与又は報酬の支給である場合においては、長は所得税法の規定に基づき、給与又は報酬から源泉徴収すべき所得税額を明示した上で支出命令を発すべきであり、出納長又は収入役は、右支出命令を受けて、右所得税額を控除した後の金額を給与又は報酬として支給すべきものである。

したがつて、職員に対する給与又は報酬の支給に際して所得税額を源泉徴収してこれを所轄税務署長に納付する事務がすべて収入役の事務であつて、およそ長の事務には属しないとする被控訴人の主張は、右の点において採用することができない。

2 次に、積丹町事務決裁規程(昭和五四年四月一六日規程第一号)によれば、「専決」とは「町長がその責任において、その権限に属する特定の事務の処理について所管の機関に意思決定をさせることをいう。」(二条(2))ものであり、専決事項であつても「重要な事項及び異例、若しくは疑義のある事項又は新規な事項については、すべて町長の決裁を受けなければならない。」(四条一項)とされ、助役の専決事項として「報酬その他辞令又は定額に基づくものの支出に関すること。」(五条二一号)、「旅費及び費用弁償の支出に関すること。」(同条二二号)等が定められていることが認められる。したがつて、右事務決裁規程による専決とは、町長がその責任において、その権限に属する事務処理に関する意思決定権を補助機関たる助役等にゆだねるにとどまるものであり、権限自体を委譲するものではないのである(いわゆる内部的委任である。)。そうだとすれば、本件訴訟においてその適否が問題とされている控訴人主張の非常勤嘱託医等に対する報酬の支給に関する事務が助役の専決事項であつても、その事務は町長の権限に属することに変わりはなく、ただ助役に補助執行させているにすぎないのであるから、町長は、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するものといわねばならない。

この点に関し最高裁判所第二小法廷昭和六二年四月一〇日判決は、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」とは、「住民訴訟制度が法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正しもつて地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至つた者を広く意味すると解するのが相当である。」と判示しているが、右の判示からも、町長が右の「当該職員」に当たることが肯認されるといえよう。

してみると、被控訴人を被告とする本件訴えは適法であるといわねばならないのであり、これを不適法であるとする被控訴人の主張は、理由がない。

三以上のとおり、被控訴人を被告として提起された本件訴えは適法であるから、被控訴人を被告として本訴を提起することは許されないとして本件訴えを却下した原判決は不当であり、本件控訴は理由がある。

よつて、民事訴訟法三八六条、三八八条に従い、原判決を取り消して本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官丹野益男 裁判官松原直幹 裁判官岩井俊)

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