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札幌高等裁判所 昭和62年(行コ)9号 判決 1988年10月18日

控訴人(原告) 遠藤勝之進

被控訴人(被告) 室蘭市長

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  本件を札幌地方裁判所に差し戻す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正等

原判決一枚目裏末行の「以下」の前に「昭和四六年法律第三五号。」を加え、同二枚目表五行目の「以下」の前に「昭和四六年室蘭市条例第三七号。」を加え、同行の「施行規則」を「八二条に基づいて室蘭市長が定めた同条例施行規則(昭和四七年室蘭市規則第二二号。以下、単に「条例施行規則」などという。)」と改め、同三枚目表二行目の括弧内を「昭和四六年農林省令第五二号。以下、単に「法施行規則」などという。」と改める。

二  控訴人の当審における主張

控訴人は、本件処分の無効確認を求める法律上の利益を有する者に該当する。その理由は、次のとおりである。

1  中央卸売市場は、その市場の取扱品目の部類における取扱品目の売買取引が行われる場所であり、卸売業者、仲卸業者及び売買参加者によつて構成されるものである。

しかし、中央卸売市場には、多量の物資が集散するため、この物的流通、商的流通を円滑にし、市場機能の充実に資する業務が必要である。また、卸売市場は、開設者の職員、出荷者、運送業者、卸売業者、売買参加者、買出人その他多数の人が参集する場所であり、これら市場の利用者に最小限度における便益を提供することが必要である。

関連事業者は、市場本来の業務ではないが、市場が充実し効率的に円滑に機能するために大きな役割を果しているのである。

2  右のように、関連事業者が中央卸売市場において大きな役割を有することにかんがみ、業務規程に関連事業者に関する詳細な定めが置かれている。

室蘭市中央卸売市場についてみると、室蘭市は、条例二九条以下及び条例施行規則二九条以下にそれぞれ関連事業者に関する定めをなし、市場内における関連事業者の営業を許可制とし、市場の使用料を徴収し、かつ、保証金の納付を義務付け、保証金を納付しなければ営業を開始できないものとしているのである。

このように、条例をもつて関連事業者の営業を許可制とし、営業開始の条件として保証金を納付させ、かつ、市場の使用料を徴していることは、とりもなおさず、関連事業者の中央卸売市場内における許可を受けた範囲内の営業に関し、行政法規が関連事業者の個人的利益を個別的具体的に擁護する趣旨を含むものであることは明らかである。

中央卸売市場が公益の目的のため設置されていることは当然であるが、市場関係者(卸売業者、仲卸業者、関連事業者)は、すべて市場内において許可を受けた取扱業務をそれぞれの私的営業として行つているのであつて、これらの者が中央卸売市場の公益性のゆえをもつて、あるいは権利侵害に対する保護規定がないことを理由に、不法な権利侵害の救済を否定されるいわれはない。関連事業者は、無許可者が市場内において関連事業者と同種営業を開始し、関連事業者の営業を侵害するときは、当然にその排除を求める権利を有することは論をまたない。

3  本件の場合、被控訴人は、室蘭中央卸売市場の取扱品とされていない控訴人と同種営業である花き類について、卸売業者にその取扱いの許可を与えたものであるが、右許可は、控訴人が既に詳細に主張しているとおり、法及び条例(業務規程)に違反し、被控訴人には許可権限のない無効な処分であり、卸売業者が取り扱つている花き類の取扱いは、実質無許可者の営業と同視すべきものであるところ、右無効な許可処分によつて、卸売業者は、控訴人の営業を侵害しているのである。

すなわち、本件は、適法な行政権の行使によつて生ずる営業の競合ではない。

しかして、控訴人は、本訴において被控訴人の行つた本件処分の無効確認を得るほかに他に権利侵害の救済を求める手段はないのであつて、控訴人は、本件処分の無効確認を求めるにつき、法律上の利益を有するものに該当するものである。

三  控訴人の右主張に対する被控訴人の認否

控訴人の右主張事実のうち、2項第二段の「室蘭市中央卸売市場についてみると、」から「営業を開始できないものとしているのである。」までは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

理由

一  当裁判所は、控訴人の訴えは原告適格を欠く不適法なものと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五枚目表一〇行目から同末行までの全文を次のとおり改める。

「3 次いで、後者についてみるに、「当該処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分の法的効果として自己の法律上の利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。また、「法律上の利益」とは、処分がその本来的効果として制限を加える権利利益に限られるものではなく、行政法規が個人の権利利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利利益もこれに当たり、右の制約に違反して無効な処分が行われたと主張する者も、(当該処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴訟により目的を達することができないものに限られるとの限定の下で)当該処分の無効の確認を求めることができると解すべきである。そして、右にいう行政法規による行政権の行使の制約とは、明文の規定による制約に限られるものではなく、直接明文の規定はなくとも、法律の合理的解釈により当然に導かれる制約を含むものである。

ところで、右にいう法律上の利益は、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることになる反射的利益とは区別されるべきものであるから、行政法規が行政権の行使に制約を課している趣旨が、私人の利益を一般的、抽象的にではなく、個別的、具体的な利益として保護する趣旨を含むことを要するというべきである。」

2  原判決五枚目裏六行目の「について」の次に「定めて」を加え、同六枚目表五行目の「安定」に続く「の確保」を削除する。

3  原判決六枚目裏八行目の「いえるのである」の次に「(条例二九条及び条例施行規則二九条に照らすと、控訴人は、右のうち、(2)の市場の利用者に便益を提供するものとして条例施行規則で定める物品販売業(花き園芸品販売)を営む者として、関連事業業務の許可を得たものと解される。)。この関連事業者の設置は、市場の前記公益性にかんがみ、市場機能の充実を図り、又は出荷者等の市場の利用者に便益を提供するために、市場の本来の業務以外に特別にいわば付随的に設けたものであつて、関連事業者の利益を保護することをその趣旨としているとは解されないのである。また、条例三一、三二条、条例施行規則三一条に照らすと、関連事業者は、保証金の預託を義務付けられ、保証金を預託しなければ営業を開始できず、許可を取り消されることがあるとされていること、さらに、条例六七条、条例施行規則七七ないし七九条によると、関連事業者は他の市場使用者と同様に市場の使用料を納付しなければならないものとされていることが明らかである。しかしながら、これらの規定があることをもつて、行政法規が関連事業者の個人的利益を個別的、具体的に保護する趣旨を含むものであると解することはできない。」を加える。

4  原判決七枚目表初行の末尾に、「法一五条によると、卸売業者は、取扱品目の部類ごとに農林水産大臣の許可を得て業務を行うこととされており、条例施行規則四八条及びこれに基づく本件処分は、卸売業者に対し許可を受けた取扱品目の部類に属しない物品の販売を許可しようとするものであるところ(法施行規則二条、条例三条、条例施行規則三条等に照らすと、室蘭市中央卸売市場では青果部と水産物部のみが設けられ、青果部の取扱品目には花きは含まれていないところ、訴外会社は青果部について卸売業者の許可を得ているものであり、本件処分は、訴外会社に対し、許可を受けた青果部に属しない物品である花き類の販売を許可するものである。)、卸売業者の許可を取扱品目の部類ごとに行うこととした規定の趣旨は、あくまでも市場の適正かつ健全な運営を確保するという公益上の目的に出たものと理解されるのであつて、特に関連事業者の利益を保護する点にあるとは解されないのである。」を加える。

5  原判決七枚目表二行目から五行目までの全文を次のとおり改める。

「 ところで、本件処分は、その本来的効果として控訴人の関連事業者としての地位その他控訴人の権利利益に対し制限を加えるなど法律上の影響を与えるものではない(右のような効果をもたらす旨の規定はない。)。また、以上に検討したとおり、本件処分の根拠となつた実体法規は、公共の利益の実現を目的とするものであり、関連事業者である控訴人の利益を個別的、具体的に保護する趣旨と解すべき規定もないから、控訴人は、本件処分の無効確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」に該当しないというべきである。たしかに、本件処分により、控訴人の営業は売上の減少等のある程度の影響ないし損害を受けることがうかがえるけれども、それは事実上のものにすぎず、控訴人は、本件処分により、反射的利益を侵害されるにすぎないといわざるを得ないのである。」

二  以上によれば、控訴人の本件訴えは不適法であり、これを却下した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹野益男 岩井俊 大淵武男)

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