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札幌高等裁判所函館支部 昭和27年(ネ)90号 判決 1953年10月05日

控訴人 被告 菊地文治郎

訴訟代理人 登坂良作

被控訴人 原告 小田川栄之進

訴訟代理人 土屋健太郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する、との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において

1、被控訴人がさきに本訴の請求原因として主張した二通の手形の振出日はいづれも昭和二十三年十一月二十七日であるから、これを訂正する。

2、右二通の手形は控訴人が被控訴人の懇請によつて同人に他より信用を得せしめる目的で振出したものであつて、被控訴人が新訴において主張する各債務の弁済のために振出したものではないのである。従つて本件新旧の両請求は事実上全く何等の関連もないから本件訴の変更はその請求の基礎を異にするもので許さるべきではないのである。

3、被控訴人主張の新訴の請求原因事実中控訴人が被控訴人主張の日にその主張の如き醤油の素の売買契約をなしたこと、控訴人が被控訴人主張の日に被控訴人より金二十万円の交付を受けたことはこれを認めるが、その余の事実は否認する。

控訴人は昭和二十三年十月三十日被控訴人主張の醤油の素の売買代金の弁済に代えて被控訴人に宛てて金額二十万六千円の約束手形一通を振出したので右代金債務は更改に因り消滅したのである。

とのべ、被控訴人において控訴人主張の右2の事実ならびに3の抗弁事実はいづれもこれを否認する、とのべた外は原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠として被控訴代理人は甲第一、二、三号証を提出し原審証人内海勇、同森田与作、同三浦松之助の各証言ならびに原審ならびに当審における被控訴本人訊問の結果(原審は第一、二、三回)を援用し、乙第三、四号証の成立は知らないが、その余の乙号各証の成立はいづれもこれを認めるとのべ、控訴代理人は乙第一号証、乙第二号証の一、二、乙第三号ないし第六号証を提出し、原審ならびに当審における控訴本人訊問の結果(原審は第一、二回)を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

被控訴人は当初本訴請求の原因として控訴人が指摘するように、被控訴人が

1、振出人控訴人、金額十二万八千七百五十円、満期昭和二十三年十二月十五日、支払地函館市、支払場所北海道拓殖銀行湯川支店、受取人被控訴人、振出日同年十一月二十七日、振出地函館市、

2、金額十八万二千五百円、満期同年十二月二十日、振出人、支払地、支払場所、受取人、振出日、振出地いづれも1、に同じ

なる二通の約束手形の所持人である事実を主張し、その後原審昭和二十七年九月十八日の口頭弁論期日において、請求の原因を変更しその主張の如き売買代金ならびに委任契約解除による金員返還請求の訴にあらためたものである。

ところで一般に手形金請求の訴をその手形振出の原因関係をなす契約に基く金員請求の訴に変更するような場合は民事訴訟法第二百三十二条第一項にいわゆる請求の基礎に変更なき場合に該当するが、しかしながらその手形が新訴の債権関係に基いて振出されたものであるかどうかは単に原告の主張のみから判断すべきではなく客観的にその様な原因結果の関係が認められる場合でなければならないものと解すべきである。

而して本件において被控訴人は旧訴において主張する手形は新訴において主張する債権の弁済のために振出されたものであると主張し、控訴人は此の関係を否認しているので、まづこの点について調査するに、成立に争ない甲第一、二、三号証、乙第一号証、乙第二号証の一、二、乙第五号証、原審証人内海勇同森田与作の各証言ならびに原審及び当審における控訴本人訊問の結果(原審は第一、二回)の一部、同じく原審n及び当審における被控訴本人訊問の結果(原審は第一、二、三回)の一部、(いづれも後記措信しない部分を除く)を綜合すると、被控訴人は昭和二十三年十月二十三日控訴人に対し浦河町方面において同年十一月初旬頃までの間に塩鮭の買付をすることを委任しその資金として金二十万円を交付し、控訴人はその買付をなすために同町に赴いたが、約束の期限までにその買付をすることが出来なかつたので被控訴人においてやむなく同年十一月中旬頃自身同町に出向いたところ、控訴人はその頃ようやく被控訴人に対し若干の塩鮭と筋子を引渡したのみで前記の資金の大部分を他の用途に費消してしまつていたので被控訴人は前記委任を解除して取敢えずその中現金として控訴人の手許に残つていた金一万五千円を取戻すと共に他方自ら鮭の買付をなすべく奔走した結果同年同月二十三日控訴人の斡旋で訴外内海勇より塩鮭千百三十貫及び筋子五貫匁入三十五樽を代金合計百十八万四千円で買受け、その代金の内金八十万円は銀行振出の小切手で、残額金三十八万四千円を同年十二月五日を満期とする被控訴人振出の小切手で支払をなしたこと、而して右自己振出の小切手はその満期前に買受現品を函館市に輸送して換金の上支払をなす計画であつたが、その頃までに前記の品物を函館市まで輸送することは時間的に困難な状況にあつたので、その支払について苦慮した末銀行より融資を受ける手段として控訴人に対して手形の振出を要請したこと、ところで控訴人はこれよりさき同年十月中被控訴人より醤油の素二百二樽を代金二十万六千円で買受け、(此の売買の事実は当事者間に争がない)その代金支払のために同金額の約束手形を振出したが、その満期日である同年十一月三十日にその支払をなす成算がなく、また前記の塩鮭買付資金として交付を受けた金二十万円についても被控訴人との間に精算はなされていなかつたが、その内相当金額の返還をしなければならない弱みがあつたところから、やむなく被控訴人の申入を承諾して同年十一月二十七日本件二通の約束手形を、その金額は銀行より融資を受ける都合上取引上の債務決済のためのものであることを装うため金十八万二千五百円、同十二万八千七百五十円と云う端数のあるものとして振出したものであること、被控訴人は控訴人より醤油の素の売買代金の弁済を受けるため受領した金額二十万六千円の前記の手形を既に同年十一月十日銀行に裏書して割引を受けていたことがいづれも認められる。控訴本人及び被控訴本人の各供述中右認定に反する部分は当裁判所において措信することが出来ないのである。

さすれば本件二通の手形は被控訴人に銀行から信用を得させる目的でいわゆる融通手形として振出されたものと認めるのが相当であつて被控訴人主張の売買代金ならびに委任契約解除による金員返還の各債権の弁済のために振出されたものでないと云うべきであるから本件訴の変更は請求の基礎を異にするもので許さるべきではない。

よつて次に旧訴の請求の当否について判断する。

控訴人が被控訴人に宛ててその主張の如き二通の約束手形を振出し被控訴人がその所持人であることは当事者間に争がない。

しかしながら右手形は前認定の通りいづれもいわゆる融通手形として原因関係なくして振出されたものであるから振出人たる控訴人は受取人たる被控訴人に対してその支払をなす義務を負ういわれがない。

よつて被控訴人の本訴請求は失当であつて、これを認容した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消し、被控訴人の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について同法第九十六条第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 竹村義徹 裁判官 松永信和)

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