札幌高等裁判所函館支部 昭和28年(ナ)1号 判決
原告 浜口幸太郎 外五名
被告 北海道選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求は之を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、昭和二十六年四月二十三日執行の北海道函館市長及び函館市議会議員の各選挙の効力に関し、原告桜井義朗がした訴願を棄却した、被告委員会の裁決を取消す、右市長及市議会議員の各選挙はともにこれを無効とする、訴訟費用は被告委員会の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、
一、原告等はいずれも昭和二十六年四月二十三日施行された北海道函館市長および函館市議会議員の各選挙の選挙人であるが、その効力に関し原告桜井義朗は同年五月七日訴外函館市選挙管理委員会(以下単に訴外市委員会と称する)に対し異議の申立をしたところ、訴外市委員会は同月二十三日右異議申立を棄却する旨の決定をした、そして更に右原告桜井は同年六月十二日被告委員会に対し訴願したのであるが、被告委員会もまた昭和二十七年十二月二十日右訴願を棄却する旨の決定をなし原告桜井は同月二十四日該裁決書の送達を受けた。
二、しかしながら本件選挙に於ては左にのべるような選挙の管理執行に関する規定の違反があり、このため選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるから本件選挙は無効であり右裁決は取り消さるべきものである。即ち、
(一) 右市長及市議会議員の選挙につき有権者総数はいづれも十二万七千百五十八名、その投票数は十万八千五百四十六票であるが、各投票所の投票管理者は投票立会人の面前に於て選挙人が選挙人名簿に登録されている者であるかどうかを確認するため、その住所、氏名、生年月日等を自称せしめるなどの方法による手続をとるべきであるにかかわらず、何等選挙人が選挙人名簿に登録されている本人であるか何うか確認の手続をとることなく単に投票所の入場券所持者を以て直ちに選挙本人であると即断して投票用紙を交付し投票させたので、多数の選挙人について虚偽の替玉投票及び二重投票が行はれた。
(二) 前記選挙における不在者投票用紙及び同封筒の請求、交付数並に不在者投票の状況は別表の通りであるが、その不在者投票用紙及び同封筒の請求をしたものの内三千八百三十七名について訴外市委員会は、これら選挙人から不在者投票用紙及び同封筒の交付を請求された際、各選挙人から不在者投票の事由に該当する公職選挙法施行令(以下単に「法施行令」と称する)第五十二条第一項各号の証明書を徴すべきであるにかかわらず、これをしないばかりでなく、何等正当事由の有無を審査しないで、右市委員会が予め印刷用意した書面に請求者の住所、職業、氏名を記載し、その事由として単に「私事旅行」とか「老衰歩行困難」とかのみ記載し、それが正当事由に該り、且つなぜ疏明によらねばならなかつたかについては何等要件を具備していない。疏明書とは名のみの書面を徴して右証明書にかはる疏明ありとなし、各選挙人に対し不在者投票用紙及び同封筒を交付し、その大多数は投票した。
(三) 訴外市委員会の委員長は、千五百七十八名の疾病、負傷、姙娠若しくは不具のため又は産褥にあるため歩行がいちじるしく困難であると称する者から、その現在場所で投票の記載をするため不在者投票用紙及び同封筒の交付を請求されて、その請求者がそれらの不在者投票をしようとする選挙人と同居の親族であることの身分関係を証明させることなく、その請求者にこれを交付したので同居の親族以外の者に多数交付された事実がある。
(四) 訴外市委員会は公職選挙法(以下単に「法」と称す)第百四十三条第一項第五号のポスターについて、その大きさを定めた同法第百四十四条第三項の規定を故意又は過失により「宣伝用ポスター一枚に全文を記載しなくても、規定の同一寸法のもの数枚を一組としたポスターと雖もそれに所定の検印ある場合は違法でない」と曲解し、これを各公職の候補者に伝へたので市議会議員の候補者であつた森川基明、越前達郎、星野清治、長浜正、館宗武、佐藤義彌、出村喜作、川崎八重、熊谷恒夫、石畑常四郎、京谷京、柳谷慶吉、出町国市(以上当選)田辺武夫、森川喜一、羽賀果等はこれを許されたものと信じ、自己の氏名の字数に応じて三枚又は四枚を一組としたポスターを作成し、訴外市委員会の検印を受けて之を函館市内各所に掲示した。しかしもとよりかかるポスターは違法であり、昭和二十六年四月十四日頃これを現認した被告委員会よりこれらポスターの一斉撤去方を厳命され、訴外市委員会は前記各候補者等にこれが撤去方を伝達し、同人等をしてこれを撤去させたが、しかしその時はすでに投票日である四月二十三日であつたので、これにより右各候補者に何等の痛痒を感ぜさせなかつたばかりでなく、却つてこのことにより選挙運動の期間中選挙に関し他の候補者よりも多大の利益を与へ以てその選挙の公正な執行を著しく阻害した。
以上の理由により本件選挙は違法無効と信ずるので本訴に及ぶと陳述し、被告の答弁事実に対し三枚乃至四枚を一組としたポスターは候補者自身がかように組合わせ候補者が掲示したもので、その各一枚一枚に検印がなされていることを認める。しかし縦令各一枚毎に検印があつたとしても、これは一組としたポスター全体について検印したものと認むべきであり、規格外のポスターに検印したものというべく、かようなポスターを掲示した候補者が他の候補者に比し多大の利益を受けたこと明かで著しく選挙の公正を害したものといわねばならないと反駁した。
被告指定代理人は主文と同趣旨の判決を求め、その答弁として原告主張の前記一の事実、同二の(一)の事実中本件市長及市議会議員選挙についてその有権者総数及び投票者数、同(二)の事実中不在者投票用紙及び同封筒の請求、交付数並にその内三千八百三十七名について訴外市委員会が証明書を徴しないで不在者投票用紙及び同封筒を交付した事実、同(四)の事実中候補者中に原告主張の通りのポスターを掲示したものがあり、これ等のものに対しその撤去を通告し撤去させたことは認める。前記二の(一)の替玉投票及び二重投票のあつた事実、同(三)の事実、同(四)の事実中訴外市委員会が「法」第百四十四条第三項を曲解し、之を候補者に伝えた事実は知らない。その余の事実はいづれも否認すると述べ、尚(一)原告主張のような選挙人の確認方法は現行選挙法上規定されていない。従つて住所、氏名等を自唱せしめる等の方法によらず、投票所入場券所持者に対し投票用紙を交付したのは選挙の規定に違反するものではない。仮に原告主張のように選挙人以外のものの投票があつたとしても、それはいはゆる積極的帰属不明の無効投票を生ずるにすぎないから当選無効の原因とはなつても選挙無効の原因にはならない。(二)不在者投票用紙及び同封筒の請求に当つて市委員長は疏明人のその主張が一応真実であるとの心証を得るにいたれば之を拒否すべきではない。仮に右の手続違反があつたとしても結局原告主張の三千八百三十七票の不在者投票のみに関する瑕疵に止まり、選挙全体としての効力にまで影響を及ぼす瑕疵とは認められない。(三)市委員長が原告主張のように非同居親族に不在者投票用紙及び同封筒を交付し、又この非同居親族から提出された不在者投票用紙及び同封筒を受理したとしても、市委員長には真実同居の親族なりや否やを審査する実質審査権を有しないものと解するを相当とするから、審査に欠けるところがあつたとしても選挙の規定に違反したものとはいえない。(四)法第百四十三条第一項第五号のポスター掲示の規定は選挙運動取締規定であり、法第二百五条にいう選挙の規定に含まれない。訴外市委員会は三枚、四枚を一組としたものに検印した事実はなく、候補者一人につき法定枚数の五百枚について夫々一枚毎に検印を押捺したもので、候補者自身がこれを組合わせ三枚四枚を一組として掲示したものである。仮に右市委員会が原告主張の如くポスター掲示につき誤つて伝えたとしても、それは特定候補者に限つて伝えたものでないから特に不公平な取扱いをしたものでなく、選挙が著しく公平を害せられたといふことはできないし、候補者は五百枚の限定枚数を超えてポスターを掲示することはできないから、三枚四枚一組のポスターを掲示しても法定枚数五百枚の範囲内において掲示するにすぎないので選挙の公正を害し、選挙の結果に異動を及ぼすとは考へられない。要するに原告主張の事由の多くは個々の投票の効力に関する問題で、選挙全体を無効とする理由とはならないと附陳した(各立証省略)。
三、理 由
原告主張の事実中一の事実については当事者間に争がない。よつて二以下の事実について検討する。
二の(一)の事実中、本件函館市長及び同市議会議員選挙について選挙有権者数が十二万七千百五十八名であり投票者数が十万八千五百四十六票であることは当事者間に争がない。しかして投票場で投票する選挙人の確認手続について公職選挙法施行令第三十五条第一項に於いて「投票管理者は投票立会人の面前において選挙人が選挙人名簿に登録されているものであることを選挙人名簿又はその抄本と対照して確認したのちに、之に投票用紙を交付しなければならない」と規定され、その確認の具体的方法については規定されていないので原告主張のような住所、氏名、生年月日等を自唱させるのも一方法であるが、各選挙人に対し常にかような方法をとることを必要とするものでなく、選挙人名簿と対照して名簿に登録されているものであれば選挙人本人と推測してこれに投票用紙を交付しても確認手続に違反するものといふことはできない。成立に争のない甲第六号証の七乃至十二及び原告浜口幸太郎の本人訊問の結果により、真正に成立したものと認めらるる同第六号証の一乃至六並に同号証の十三乃至六十四によると原告主張のような確認方法を用いないで投票用紙の交付を受けた相当多数の選挙人のあることを推認するに難くないが、成立に争のない乙第一号証の一乃至五と証人西島儀助、同山本義晴、同芳賀周蔵、同米伊佐男、同上杉半一、同洗俊明等の証言を綜合するときは各投票所に於ける「受付係」及び「名簿対照係」は多く受持区域の事情に精通し、且つ選挙人と面識あるものを当て選挙人が選挙人名簿登録者と同一人であるかどうかの確認に当らせたため容易に本人なることは確認され、疑あるものに対しては氏名、住所等を自唱させる等の方法によつてその本人であるかどうかを確認したことが明であるから確認手続に違法は認められない。
同(二)及び(三)について、
本件選挙で不在者投票用紙及び同封筒の請求、交付数、並に不在者投票数と現在場所で投票のための不在者投票用紙及び同封筒の請求者数はいずれも当事者間に争がない。かように投票数あるいは請求した選挙人の数が判明している場合には、たとえその投票用紙及び同封筒の交付手続に違法があつても選挙無効原因とはなり得ないから原告主張のような違法があつたか何うかを判断するまでもなく、この点の請求は採用できない。
同(四)について、
本件選挙区である函館市内各所に公職選挙法第百四十四条第三項所定のタブロイド型ポスターを三枚乃至四枚を一組として掲示した公職の候補者があつたこと、しかしてその一組のポスターの各葉に夫々訴外市委員会の検印が押されていたこと、及び候補者自身が之を組合はせ三枚、四枚を一組として掲示したことは当事者間に争がない。
原告の主張によれば前記一組のポスターは訴外市委員会で一組のポスターとして検印を受けたものであり、且つ右委員会は斯るポスターは違法ではないとして、その旨公職の候補者に伝えたというのであるが、前段認定のように右ポスターになされた検印はいずれも正規のポスター一枚毎になされたものであつて、一組としたものになされたものでなく、各一枚毎に検印ある以上一組のものに検印したものとは到底認められない。しかして証人西島儀助、同山本義晴、同西田明文の証言によると市委員会の委員長西島儀助、同会事務局長山本義晴が選挙運動用ポスターは寸法と枚数のみ定められ、内容や色等は規定がないから一組にしたポスターを差しとめる権限は市委員会にはないとの意見をもつていたことは推認するに難くないが、このようなポスターを掲示しても差支へない旨各候補者に伝えた事実は原告の全立証によるも未だこれを認め難い。証人管野清行はこの選挙に立候補したのだが、山本事務局長に尋ねたところ二枚、三枚を一組にして一枚のポスターにしても法に違反しないと述べた旨証言しているが、かかる事実があつたとしても、これは単に個々の質疑者に対し意見を述べたに止まり、自ら進んで各候補者に伝えたというのではなく、全く同局長の誤つた法規の解釈に基くものであり、選挙の公正を害する意図を以つてなされたものとは認められないのでポスターの管理について違法ありとは断ぜられない。
以上説明の通り原告の主張はいずれも理由がないから之を棄却すべく、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条によつて原告等に負担せしむることとし、主文の通り判決する。
(裁判官 原和雄 山崎益男 裁判官臼居直道は填補のところ帰庁したので署名押印できない。裁判官 原和雄)
(別表省略)