札幌高等裁判所函館支部 昭和29年(ネ)5号 判決
控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金七万円及びこれに対する昭和二十七年三月二十九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、認否、援用は、控訴代理人において、本件公売は公告の初日より十日の期間を経過する以前になされた違法がある、との点はこれを主張しない、と述べた<立証省略>ほか、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
三、理 由
渡島税務署長が控訴人に対する昭和二十四年度(第二・三期及び随時)所得税ならびにその督促手数料の合計金三十六万五千百七十八円の滞納処分として昭和二十五年八月二十一日控訴人所有のサンカ製自動三輪車外数点の動産を差押へた旨の差押調書を作成し、次いで昭和二十七年三月二十八日右自動三輪車を公売に附し金八万円で訴外工藤康洋に落札して同訴外人にこれを引渡したことは当事者間に争がない。
そこで収税官吏の右滞納処分の執行について控訴人主張の如き違法があつたか否かの争点につき調査するに
一、原審証人永塚重蔵の証言によれば、渡島税務署長より控訴人に対する前記所得税滞納処分の執行の命令を受けた同署の収税官吏たる訴外永塚重蔵は昭和二十五年八月二十一日控訴人所有の動産の差押をなすため同人宅に臨み、その所有の本件自動三輪車外数点の動産の差押をなすこととし一旦これを占有したが本件自動三輪車は運搬に困難であることを理由として滞納者たる控訴人にこれを保管するよう命じたこと、しかるにその際同収税官吏は控訴人の懇請によつて、控訴人に差押物件たることを表示する用紙を手渡しただけで、従来通りこれを使用することを許し、結局何等封印その他の差押を明白にする方法を講じないで、前記の如く差押調書を作成し差押の手続を終了したこと、が認められる。
されば右収税官吏の措置は滞納処分における差押方法を規定した国税徴収法第二十二条第一項の規定に違反し惹いては此の差押を前提とする本件公売処分の違法を招来するものと云はなければならない。
二、次に控訴人は本件昭和二十七年三月二十八日の公売期日は当初同年同月二十七日と指定されてゐた期日を変更したものであるが此の期日の変更については公告がなくまた控訴人に対する通知もなされなかつた、と主張するが、成立に争ない乙第二ないし第七号証、乙第九ないし第十二号証及び原審証人永塚重蔵、同秋元一彦の各証言を綜合すると、本件公売期日は渡島税務署長において当初昭和二十六年五月二十日に同年五月三十日と定めてその旨公告し、右期日に公売に着手したが買受人がないため不成立となり、次いで同年十一月九日に、同年同月二十日と定めてその旨公告し、右期日に公売に着手したが入札価格が見積価格に達しなかつたため不成立となり、更に昭和二十七年三月十五日に同年三月二十七日と定めてその旨公告したが、同年三月二十日に至つて右期日を同年同月二十八日に変更してその公告をなし同日の公売期日に本件公売が成立するに至つたものであることが認められる。
されば本件公売期日の公告については控訴人主張の如き違法はなかつたし、また滞納者に対する公売期日の通知は法律上これを必要とするものではないから此の点についても別に違法はなかつたものと云はなければならない。
三、公売に於ける見積価格は客観的標準によつて決定すべきで、それが著しく低廉なときは違法となるものと解すべきである。ところで本件に於ける見積価格は、前掲の乙号各証によれば、前記第一回期日たる昭和二十六年五月三十日のそれは金十三万円、第二回期日たる同年十一月二十日において金十万円、と定められたが、いづれも此の価格以上の額による買受人がなかつたため最後の期日たる昭和二十七年三月二十八日においては金七万円と定められてゐたことが認められるのであつて、他方成立に争ない乙第十六号証、原審証人秋元一彦、同工藤市蔵、同入間川省二の名証言を綜合すると、本件自動三輪車の公売当時における時価は、その種類、構造、性能、製作年月、使用年月及びその使用度等諸般の事情を考慮すれば、せいぜい七、八万円位のものであつたことが窺はれるのである。右認定に反する甲第四号証の記載内容ならびに原審における証人西野為蔵の証言は前記各証拠に照して措信することが出来ない。
されば本件公売に於いてその見積価格及び公売価格が著しく低廉であつたと云う控訴人主張の如き違法はなかつたものと云はざるを得ない。
以上の通り本件自動三輪車に対する滞納処分は前記一、の点においてのみ違法があつたが、差押の方法に関してこのような違法がある以上本件差押はその効力を生じなかつたものと解すべきであり惹いては本件公売処分をも当然無効ならしめるものと云うべきである。
従つて控訴人は本件公売処分によつては本件自動三輪車の所有権を失はなかつたのであるが、当審証人三上留男、同工藤市蔵の名証言によれば前記の如く本件自動三輪車は本件公売処分の結果買受人たる訴外工藤康洋に引渡され同人の占有に帰した後、同訴外人において昭和二十八年四月頃これを訴外三上留男に代金十三万円で売渡し、その頃引渡を了し、訴外三上留男は訴外工藤康洋が真実本件自動車の所有権を有するものと信じてこれを買受け、平穏且公然に本件自動車の占有を承継したことが認められるのであつて、以上の事情によればその際訴外三上留男がこのように信ずるについて別に過失はなかつたものと認むべきであるから同訴外人は右売買によつて本件自動三輪車の所有権を取得し、その反面控訴人はこれによつてその所有権を喪失したものと云はなければならない。
しかしながら本件公売処分の当時本件自動三輪車の価額はせいぜい最高八万円位のものであつたことは前記三、において認定した通りであり、その後控訴人が本件自動三輪車の所有権を喪失するまでの間に、それが騰貴したような事情は証拠上認められないから、訴外工藤康洋と訴外三上留男との間の本件自動三輪車の売買代金は前記の通り金十三万円であるが、当審証人工藤市蔵の証言によれば、訴外工藤康洋は本件三輪自動車の引渡を受けてから後右売買までの間に数回に亘つてその修繕をなし金六万五千円位の経費をかけてゐるので、このように公売価格より高く売却し得たものであることが窺はれるから、その売買代金が高かつたことは公売当時における状態のままの本件三輪自動車の価格が騰貴したことを推認する資料となし得ない。控訴人が本件自動三輪車の所有権を喪失した当時の時価もやはり金八万円位のものであつたと認められ、従つて本件公売価格との差はないのであつて、結局控訴人は本件自動三輪車の所有権を喪失しても何等損害を蒙らなかつたものと云はざるを得ない。
さすれば国家賠償法第一条第一項の規定に基き、収税官吏の違法な滞納処分による本件自動三輪車の所有権の侵害を原因としてその損害の賠償を求める控訴人の本訴請求は、その他本件滞納処分の執行に当つた収税官吏の故意、過失の有無、此の滞納処分と所有権侵害との間の因果関係の有無等の諸点について判断するまでもなく失当たるを免れないのである。
よつて以上とその趣旨を異にするが結局控訴人の請求を棄却した原判決は正当であるから民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 原和雄 山崎益男 松永信和)