札幌高等裁判所函館支部 昭和33年(う)44号 判決 1958年12月02日
控訴人 原審弁護人
被告人 坂野鉄男
弁護人 島田敬
検察官 押切徳次郎
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人島田敬提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。
右控訴趣意一(法令適用の誤り)について。
所論は本件踏切において、これを横断するため自動車を運転して差しかかつた被告人が一時停車をしなかつた所為につき、当時遮断機が開放されていて、左右の見透もよく、通過の安全が確認されたのであるから、まさに道路交通取締法第十五条但書の場合に該当するにもかかわらず、該法条を適用しなかつた原判決には法令適用の誤りがあると主張する。
よつてこの点について考えてみるに道路交通取締法第十五条が、「車馬又は軌道車は、鉄道又は軌道の踏切を通過しようとするときは、安全かどうかを確認するため一時停車しなければならない」旨を規定し、さらに同条但書において、「信号機の表示、当該警察官又は信号人の指示その他の事由により安全であることを確認したときは、この限りでない」旨定めていることは所論のとおりである。
しかし鉄道踏切における遮断機は主として汽車等の進行の安全を計る目的で人又は車馬の通過を遮断するため鉄道側において設置管理する設備であつて、道路を通行する車馬に対し進行又は停止等の信号をすることを本来の使命とするものではない。それ故に遮断機の閉鎖は進行列車に対し安全通過を担保すると共に反射的に横断者に対し止れの信号を表示しているけれども、遮断機の開放は必ずしも横断者に対し進めの信号を積極的に表示しているものと解することができない。けだし踏切警手の勤務時間、その人的故障又は遮断機の物的故障のため開放されていることは応々にしてありうるからである。又遮断機が進め、止れの信号の外に注意の信号を表示することがないことも一見して明らかである。そして道路交通取締法第十五条と同法施行令第一条第四号とを考えると同条所定の信号機は進め、注意、又は止れの信号を積極的に明確に表示する装置であつて、警察官又は信号人の指示と同様に通過の安全性を観念上確保するに足るものをいうのであつて、単に通行人又は車馬の停止を主眼にして、その進行及び注意を積極的に明示しない踏切遮断機は同法第十五条の信号機に該当しないものと解するを正当とする。
また遮断機のある踏切は全国に相当多数あるにもかかわらず、同法第十五条が遮断機の開放を「信号機の表示、当該警察官又は信号人の指示」と並べて安全確認の例示としなかつた法意を考えてみると、同法第十五条は踏切事故の少なからんことを欲するのみならずその絶滅を期するため、たとい遮断機の開放によつて外観上概ね安全を確認し得る場合であつても、遮断機の故障又は踏切警手の仮睡や怠慢等により人命の損傷その他重大な結果が招来される場合もあるのであるから、踏切遮断機設置の有無又はその開放の有無にかかわらず、踏切を通過する車馬又は軌道車に対して徐行による安全確認の方法を認めないで必ず一時停車して通過の安全がどうかを確認しなければならないことを命じたものと解することができる。従つて遮断機が開放されていた一事をもつて同法第十五条但書後段所定の「その他の事由により安全であることを確認した」場合に該当するものと断定することができないことは勿論である。
更に所論は本件踏切は右側は五、六百米まで、左側は百三十乃至百五十米まで見透が効き、該地点を通過する列車の速力と被告人の軽自動車の踏切横断に要する時間とを勘案した場合、一時停車をしなければ安全を確認し得ないものではないから被告人が本件踏切において、左右を見透し、通過の安全を確認した以上、一時停車の必要がないと主張するが、例えば附近に家屋や樹木等見透を妨げるもののない広野の中にある踏切であつて該踏切に至る相当距離の手前から広範囲に亘つて見透の効く場合は格別、原審検証調書の記載によると、本件踏切は市街地から程遠くない場所にあり、被告人の進行してきた道路の両側本件踏切に至る二、三十米の間は建物はないがいかの干場があり車馬の往来が頻繁であることが認められるのみならず、前記のような見透が効くのは本件踏切の遮断機の下りる箇所に至つてはじめて可能であることが原審第一回公判調書における被告人の供述によつて明かであるから、右踏切直前において、一時停車をすることなしには前述のような事故の絶滅を期する程度の安全を確認し得るとは到底認められない。従つてこの点についての所論も採用しない。
なお更に所論は本件踏切には常時踏切警手が配置されており特に被告人は踏切通過に際して何らその制止をうけなかつたし、被告人が本件踏切に差しかかる寸前その前方において小型四輪車が一時停車をしてさらに進行していたのであるから、前記の遮断機の開放、左右の見透と相俟つて被告人の安全確認は道路交通取締法第十五条但書後段所定の「その他の事由により安全であることを確認した」場合に該当すると主張するけれども、同条但書後段の「その他の事由」は同条但書前段例示と同様に何人が見ても一時停車しなくても車馬の踏切通過の安全性が確実かつ容易に認識しうる場合に限るのであつて、右の事情が附加したとしても、同条但書後段の安全を確認し得る事由ある場合に該当するということはできない。
されば被告人の所為につき道路交通取締法第十五条本文を適用し、同条但書を適用しなかつた原判決には所論のような法令の解釈適用を誤つた違法はない。論旨は理由がない。
控訴趣意二(量刑不当)について。
原裁判所の言渡した罰金三千円が被告人に科すべき法定刑の最高限であることは所論のとおりである。しかしながら、被告人が昭和三十二年一月二十八日、同年二月九日及び同年五月六日いずれも函館簡易裁判所において道路交通取締法違反罪によりそれぞれ罰金千円、同五百円及び同千五百円に処せられたことは被告人に関する前科調書の記載によつて明かであり、しかも右三回の前科中二回は本件と同一事犯であることは第一回公判調書中の被告人の供述によつて認められるところであつて、被告人が更に本件違反を繰返したことは被告人が交通法規を軽視し事故防止の観念に乏しいことを物語るものであり、諸般の事情を考えると、所論を考慮にいれても、原判決の右罰金三千円の刑が不当に重いものとは認められない。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 羽生田利朝 裁判官 磯江秋仲 裁判官 今村三郎)