東京地方裁判所 平成元年(タ)557号 判決 1990年11月28日
原告 甲野春子
右訴訟代理人弁護士 伊藤和夫
被告 乙山次郎
右訴訟代理人弁護士 佐藤誠治
主文
一 原告と被告とを離婚する。
二 原・被告間の長男乙山一郎(一九八一年七月三日生)及び二男乙山二郎(一九八四年一二月三日生)の親権者を原告と定める。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文一項同旨
2 主文三項同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1(当事者)
原告(昭和二八年六月三〇日生)及び被告(国籍・韓国、一九五二年八月三日生)は、昭和五四年一月一九日婚姻届けを了した夫婦であり、その間に長男乙山一郎(国籍・韓国、一九八一年七月三日生)及び乙山二郎(国籍・韓国、一九八四年一二月三日生)がいる。
2(離婚原因)-民法七七〇条一項五号-
(一) 原被告の事実上の結婚
原告と被告は、昭和四九年七月二六日、結婚式を挙げ、事実上の結婚生活を始めたが、当時、原告は、日本電信電話公社のオペレーター(交換手)として、大手町にある市外電話局に勤務し、他方、被告は、パチンコ店を経営する丸信産業株式会社に勤務していた。
(二) 被告の密入国の発覚と婚姻届け
被告は、その後、右会社をやめ、被告の母が経営する焼き肉店、定食店、パン屋などを手伝っていたが、昭和五三年一二月、被告が韓国からの密入国者であることが発覚し、入管当局に検挙された。
その後、昭和五四年一月一九日、原被告が前記婚姻届けを提出した結果、被告は、日本人の配偶者としての在留資格を得て、日本に正規に在留できることとなった。
(三) 被告の転職と住居購入
その後、被告は、昭和五六年一〇月ころから、タクシー会社において運転手として働くようになった。その後、原被告は、昭和五八年一一月から、現住所のマンションを原告名義で代金一六八〇万円にて購入して同マンションに住むようになった。なお、右購入代金の一部四〇〇万円は、原告が勤務先の共済組合から借り入れたものであって、現在、毎月これを返済している。
(四) 被告の原告に対する暴力
被告は、婚姻届け提出後、些細なことで逆上し、原告に対し、暴力を振るうようになった。
昭和六二年一一月ころには、被告は、原告に対し、腹をたて、火のついている石油ストーブの上に洗濯物を乗せ、それに灯油をかけようとしたこともあった。
また、平成元年六月一二日、原告が二人の子供を連れて友人のところへ遊びに行こうとしたところ、被告は、「子供とどこへ行くのだ。連れていく必要はない。子供を置いて一人で行け。」などと、怒鳴りながら、原告に対し、髪を掴んで引き回したりするなどの暴行を加えた。そのため、原告は、身体の各所に傷害を受けた。
(五) 調停申立てと被告の暴力
そのため、原告は、平成元年七月、東京家庭裁判所八王子支部に、離婚を求める調停を申し立てた。
ところが、被告は、原告が右調停を申し立てたことを知り、立腹し、原告に対し、右調停を取り下げろと大声で怒鳴りつけた。原告が調停取下げを拒否していたところ、被告は、原告に対し、平成元年八月中旬、テーブルを引っ繰り返し、卓上にあったものを投げつけるなどの暴行を加えた。その結果、原告は、身体の各所に傷害を受けた。
(六) 被告の暴力と脅迫
平成元年九月一三日、原告が夜遅く帰宅すると、被告は、原告に対し、「今何時だと思っているのだ。」などと罵声を浴びせ、原告の髪を掴んで引っ張るなどの暴力を振るい、さらに、台所から包丁を持ち出して「殺してやる。」などと脅かした。そのため、原告は、全治約五日間を要する頸部、左肘、左側胸部打撲の傷害を負った。
その際、原告の母が被告をたしなめたところ、被告は、原告の母に対し、「てめえもグルなのか。」などと暴言を吐き、身体を原告の母に押しつけるなどして原告の母を脅かした。
(七) 別居
原告は、以上のような被告の暴力に恐怖を感じて、平成元年九月一四日、自宅を出て、アパートに居住して、難を避け、現在まで別居が続いている。
ところが、被告は、その後も、原告の勤務先まで訪ねてきて、原告に対し、「会社にいられなくしてやる。」などと言って脅迫した。
(八) 結論
以上のとおり、原被告間の婚姻関係は、完全に破綻していることが明らかであるから、原告は、民法七七〇条一項五号に基づいて、被告との離婚を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2について
(一) (一)は認める。ただし、丸信産業株式会社は、木材、かつら、民芸品等を輸入する貿易会社である。
(二) (二)は認める。
(三) (三)は否認する。すなわち、被告は、昭和五八年四月から、タクシー運転手として働くかたわら、休日等には、「大沢運送」の屋号で運送業を経営していた。その後、昭和五九年一月には、現住所のマンションを一七八〇万円で購入し、原被告夫婦が住むようになった。その購入資金のうち、頭金四〇〇万円については、原告が勤務先の共済組合から借り入れた四〇〇万円から二〇〇万円を出し、被告が二〇〇万円を出して支払った。そして、右マンションの購入ローンは、被告の給料から支払われたが、被告が韓国人であったことから、右マンションの登記簿上の所有名義は、原告となった。
(四) (四)は否認する。
(五) (五)のうち、原告が離婚を求める調停を申し立てたこと、及び、被告がそれを知り、原告に対し、右調停を取り下げるように言ったことは認め、その余は否認する。
(六) (六)のうち、平成元年九月一三日原告が酒を飲んで午後一一時二〇分ころ帰宅し、口論となり、被告が一度原告を平手で叩いたことは認め、その余は否認する。
(七) (七)のうち、被告が原告の勤務先まで訪ねたことは認めるが、その余は否認する。被告が原告の勤務先を訪ねたのは、原告が子供達を残したまま家出したため、心配して、したことである。
第三証拠<省略>
理由
一 認定事実
<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
1(当事者)
請求原因1の事実。
2(原被告の事実上の結婚)
請求原因2(一)の事実。
3(被告の密入国の発覚と婚姻届け)
請求原因2(二)の事実。
4(被告の転職と住居購入)
請求原因2(三)の事実。
5(被告の原告に対する暴力)
昭和五九年八月、被告の母が死亡し、同年一二月三日、二男が生まれたが、二人の子供の面倒をみる者がいなかったので、原告は、二人の子供の面倒を見てもらうため、昭和六〇年一一月ころ、やむなく原告の実家の母に来てもらうことにした。
そして、日本電信電話公社が昭和六〇年四月一日に民営化されてから、原告の仕事が一層忙しくなり、原告は、夜遅く帰宅することが多くなった。そうすると、被告は、原告の帰宅が遅いことに文句をつけるようになり、原被告間で口論することが多くなった。その上、被告は、原告に対し、原告の髪を掴んで振り回すなどの暴力を振るうようになった。
昭和六二年一一月ころには、被告は、原告に対し、腹を立て、火のついている石油ストーブの上に洗濯物を乗せ、それに灯油をかけようとしたこともあった。
また、平成元年六月一二日、被告が二人の子供を連れて友人のところへ遊びに行こうとしたところ、被告は、「子供とどこへ行くのだ。連れて行く必要はない。子供を置いて一人で行け。」などと怒鳴り、自宅のドアのチェーンをかけ、原告が外へ出られないようにした上、原告に対し、電話器を投げつけるなどの暴力を振るった。そのため、原告は、身体の各所に傷害を受けた。
6(調停申立てと被告の暴力)
請求原因2(五)の事実。
7(被告の原告らに対する暴力と脅迫)
平成元年九月一三日、原告が夜遅く帰宅すると、被告は、原告に対し、「今何時だと思っているのだ。」などと罵声を浴びせ、台所から包丁を持ち出し「殺してやる。」などと脅かした。これに対し、原告が「殺せるものなら殺したらいいでしょう。」と言うと、被告は、包丁を引っ込め、ドアのチェーンをかけた上、原告の髪を掴んで引っ張り、足蹴にするなどの暴力を振るい、さらに、原告の首を締めた上、「一緒にいたくなければ、出ていけ。」と怒鳴りつけた。
この喧嘩の最中、原告の母が帰宅したが、同女が被告の暴力をたしなめたところ、被告は、同女に対し、「てめえもグルなのか。」などと暴言を吐き、身体を同女に押しつけるようにして同女を脅かした。
8(別居)
原告は、以上のような被告の暴力に恐怖を感じて、家を出る決心をし、被告にその旨告げたところ、被告は、「出て行くのなら出て行け。母も一緒に連れて行け。子供は自分が面倒をみる。」と言った。そこで、原告は、翌平成元年九月一四日、母と一緒に家を出て、アパートに引っ越した。
ところが、被告は、その後も、原告の勤務先まで訪ねてきて、原告に対し、「会社にいられなくしてやる。」などと言って脅迫した。また、被告は、何回も二人の子供を連れて原告の勤務先に来て、原告に対し、子供の面倒をみられないから帰ってくれるように言った。そこで、原告は、弁護士に相談して、子供の面倒をみてもらうために、とりあえず原告の母に被告の自宅に帰ってもらうこととした。
しかし、被告は、子供の面倒をみるためにわざわざ被告と同居していた原告の母に対し、身体に灯油をかけたりするなどの暴力を振るったので、原告の母は、ついに我慢できなくなり、平成元年一一月二八日、被告宅を出て、原告のアパートに逃げてきてしまった。
9(子供の養育状況)
その後、被告は、平成二年一月一七日、子供二人を連れて原告の勤務先にやってきて、そのまま受付に子供二人を置いて帰ってしまった。そこで、やむを得ず、原告は、子供二人を引き取り、原告の母と同居して原告の母に子供二人の面倒をみてもらっている。しかし、原告は、子供を引き取れば、被告につきまとわれると考え、子供二人を養育する意思はない。また、原告の母も、ローン支払いのための収入を得るため、田舎に帰る予定である。
他方、被告は、子供達が原告のことを慕って体調を崩すなどと言って、子供らを養育する意思はない。また、被告は、別居後、子供らの養育費を支払っていない。
右認定に反する<証拠>は、原告本人尋問の結果に照らし、にわかに信用できない。
二 争点についての判断
1 準拠法について
離婚の準拠法については、法例一六条、一四条によれば、原告(国籍・日本)と被告(国籍・韓国)の共通常居所地法である日本法を適用することとなる。
また、離婚の際の親権の帰属については、法例は、離婚の準拠法(一六条、一四条)と親子関係の準拠法(二一条)のいずれによるべきかにつき、明言していないが、離婚の際の親権の帰属問題は、子の福祉を基準にして判断すべき問題であるから、法例二一条の対象とされている親権の帰属・行使、親権の内容等とその判断基準を同じくするというべきである。してみれば、離婚の際の親権の帰属については、法例二一条が適用されることとなる。
2 離婚請求について
以上の認定事実によれば、原被告の婚姻関係は、現在完全に破綻していることは明らかである。
してみれば、民法七七〇条一項五号に基づく原告の離婚請求は、理由がある。
3 親権者指定について
親権者指定については、離婚後の子の福祉を基準に判断すべきであるところ、法例二一条によれば、子の本国法(韓国法)と父である被告の本国法(韓国法)と同一であるから、韓国法が適用されることとなるが、韓国民法九〇九条によれば、法律上自動的に父とされる。しかし、子の福祉を基準に考えるべき離婚後の親権者指定につき、母が指定されない旨の右規定は、わが国の公序に反し、適用されないというほかない。してみれば、本件においては、法例二一条所定の第二次的準拠法である子の常居所地法(日本法)を適用するのが相当である。
そこで検討するに、前記認定事実(特に9の事実)によれば、原被告とも子供らを養育する意思を有していないと認められるが、<1>原告が子供らの養育意思を失ったのは、主として、離婚後も子供を理由にして被告につきまとわれることを心配したからであること、<2>原被告は、共稼ぎであるが、原告には母がいて、ある程度子らの養育を母に委ねることが期待できること、<3>被告は、密入国者ということで、その在留資格が必ずしも安定していないこと、<4>子供らが幼く、母親を必要とする年令であること、等の前記認定にかかる諸事情を総合すると、離婚後の長男及び二男の親権者として、原告を指定するのが相当である。
三 結語
以上によれば、原告の離婚請求は、理由があるのでこれを認容し、離婚後の未成年の長男及び二男の親権者として原告を指定し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西口元)