東京地方裁判所 平成元年(モ)13422号 判決 1990年3月28日
債権者 日立建機株式会社
右代表者代表取締役 岡田元
右訴訟代理人弁護士 山岸良太
同 奥田洋一
同 市川直介
同 今村誠
債務者 東部建材株式会社
右代表者代表取締役 松原敦
右訴訟代理人弁護士 深田源次
主文
一 債権者と債務者との間の東京地方裁判所昭和六三年(ヨ)第三五七五号動産仮処分申請事件について、同裁判所が昭和六三年六月一三日にした仮処分決定を認可する。
二 訴訟費用は債務者の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 債権者
主文同旨
二 債務者
1 主文第一項記載の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を取り消す。
2 債権者の本件仮処分申請を却下する。
3 訴訟費用は債権者の負担とする。
4 第1項につき仮執行の宣言
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 債権者は、債務者に対し、昭和六二年一〇月三一日、別紙物件目録一記載の油圧ショベル一台(以下「物件一」という。)を、左記の約定のもとに代金二二四五万四〇〇〇円で売り渡した。
記
(1) 代金支払方法
頭金 金五〇五万円
昭和六二年一一月から同六三年四月まで毎月各金一八万円
昭和六三年五月から同年一二月まで毎月各金二七万円
昭和六四年一月から同年四月まで毎月各金六四万三〇〇〇円
昭和六四年五月から同六五年一〇月まで毎月各金六四万四〇〇〇円
(各割賦代金支払期日はいずれも毎月末日限り)
(2) 所有権留保特約
物件一の所有権は、債務者が売買代金及び遅延損害金を完済するまでは、債務者に留保されるものとし、債務者が右債務を完済したときに同人に移転するものとする。
(3) 無催告解除及び留保所有権の行使
債務者又は保証人が各割賦代金支払期日までに売買代金の支払をしなかったときは、債務者は何らの催告を要せずして、契約を解除することができ、また、債務者は直ちに物件一を債権者の指定する場所に持参し、債権者に引き渡さなければならない。
2 債権者は、債務者に対し、昭和六二年一二月一九日、別紙物件目録二記載の油圧ショベル一台(以下「物件二」という。)を、左記の約定のもとに代金五〇二一万円で売り渡した。
記
(1) 代金支払方法
頭金 金一四六五万円
昭和六三年一月から同年一二月まで毎月各金三二万円
昭和六四年一月から同年八月まで毎月各金一三二万一〇〇〇円
昭和六四年九月から同六五年一二月まで毎月各金一三二万二〇〇〇円
(各割賦代金支払期日はいずれも毎月末日限り)
(2) 所有権留保特約
物件二の所有権は、債務者が売買代金及び遅延損害金を完済するまでは、債権者に留保されるものとし、債務者が右債務を完済したときに同人に移転するものとする。
(3) 無催告解除及び留保所有権の行使
債務者又は保証人が各割賦代金支払期日までに売買代金の支払をしなかったときは、債権者は何らの催告を要せずして、契約を解除することができ、また、債務者は直ちに物件二を債権者の指定する場所に持参し、債権者に引き渡さなければならない。
3 債務者は、物件一については昭和六三年一月分以降の割賦代金の支払いをしないし、物件二については頭金を支払ったのみで割賦代金の支払いをしないので、債権者は、債務者に対し、昭和六三年六月一五日付けの書面で、物件一及び二(以下併せて「本物件」という。)の各売買契約を解除する旨の意思表示を行い、右書面は翌一六日債務者に到達した。
4 債務者は、本物件を占有している。
5 債権者は、債務者に対し、本物件の各売買契約の解除による原状回復請求権に基づき、その引渡請求権を有するところ、以下のような事情があるので、本物件について引渡(断行)の仮処分をする必要がある。
(1) 本物件は、土木作業用の油圧ショベルであって、様々な作業現場で使用することが可能な使用価値の高い物件である上、それ自体走行駆動部を備えているところから、債務者において、本物件を他所へ移動、搬送することが極めて容易であり、しかも、いったん本物件が他所へ移動され、あるいは隠匿されると、その発見は事実上不可能ないし著しく困難となる。
(2) 本物件のような建設機械にあっては、日常のメンテナンスが非常に重要であり、これを怠ると、電気配線関係等に回復不能な故障が生じる可能性が高く、その結果短期間のうちに本物件の価値の急速な低下を招き、債権者に多大な損害が生じるおそれが強い。
(3) 本物件の各売買契約の解除に基づく売買代金相当額の損害賠償請求権の回収を図るために、本物件の引渡しを受けて転売する必要があるところ、本物件のような中古建設機械を転売する場合には、その市場が限られているために転売の好機を逸することのないようにすることが重要であり、そうしなければ、相当長期間保管せざるをえなくなり、その間に大幅な減価をきたすおそれが強い。
(4) 本物件の各売買契約の解除により債権者が債務者に対して取得する損害賠償請求権は、本物件の各売買代金の合計額から支払済の頭金等を控除した五二六〇万四〇〇〇円にも及ぶところ、債務者は、割賦代金の支払についてすら正当な理由なくこれを拒絶していたものであるから、任意に本物件の引渡しや遅延損害金の支払に応じる見込みはなく、かえって本物件を移動、隠匿し、あるいは他に転売して資金化する可能性も十分に考えられ、債権者としては、これを未然に防ぐ必要があった。
よって、本件仮処分決定は正当であるから、その許可を求める。
二 申請の理由に対する認否
1 申請の理由1、3及び4の各事実は認める。
2 同2のうち、債権者が債務者に対して物件二を引き渡した事実を否認し、その余の事実は認める。物件二については、その運行機能に修理不能な不具合、故障があって検収がなされず、債務者への引渡しはなかったものである。
3 同5の事実は否認する。
本物件は、いずれも相当重量のあるいわゆる重機械であって、現状有姿のままでの運搬や移動には著しい困難を伴うものである。また、本物件については、債務者において十分な保全措置を講じていたのであるから、債権者主張のような減価は生じるおそれはなかった。債務者は十分な資産設備を有する会社であって、倒産の危険はなく、債務者において、売買代金未払のまま本物件を隠匿したり、資金化のために他に転売したりするおそれもなかった。
したがって、債権者が本物件の引渡断行の仮処分を求める必要性はまったくなかったものである。
三 抗弁
物件二の左側トラックアッセンの異常な弛緩及び左側リンクアッセンとローラーの異常な磨耗のために、同物件の運行機能には修理不能な障害があって、油圧ショベルとしての機械の効用を有しなかったものであり、物件二の検収引渡しが完了していなかった。本物件の各売買契約は一体としての契約であったところから、債務者は、債権者に対し、物件二の引渡義務違反ないし物件二の右瑕疵によって契約の目的を達することができないことを理由として、昭和六三年六月六日到達の書面で、本物件の各売買契約を解除する旨の意思表示をした。したがって、債務者には、本物件の各売買契約に基づく売買残代金(ないし右相当額の違約金)の支払義務はなく、何らの債務不履行もないから、債権者の解除は無効であって、本物件の引渡請求権は発生しておらず、かつ、違約金の回収を確保するために、本物件の引渡断行の仮処分を求める必要性もなかったものである。
四 抗弁に対する認否
物件二について債務者主張に係る運行機能に問題を生じさせる異常な弛緩や磨耗は存在せず、債務者による本物件の各売買契約の解除は無効であるから、この点に関する債務者の主張は理由がない。
第三疎明関係《省略》
理由
一 被保全権利について
1 申請の理由1、3及び4の各事実並びに同2のうち、物件二の引渡しの点を除いたその余の事実は当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、昭和六二年一二月一六日、物件二が六つに分解された状態で山梨県北都留郡小菅村所在の債務者の採石現場に搬入され、同所で組立、点検等を行った後、同月一九日、物件二の検収引渡しが行われたことが一応認められ、右認定を覆すに足りる疎明はない。
2 債務者は、物件二の左側トラックアッセンの組成、機能自体に修復不能な隠れた瑕疵が存在していたものであり、その結果トラックアッセンの弛緩した状態で物件二の使用を継続したために左側トラックリンクとローラーに異常な磨耗が生じて、修理不能な機能上の障害を発生させるに至ったものである旨主張し、《証拠省略》中には、右主張に沿う供述記載が存する。
しかしながら、《証拠省略》によれば、物件二が引き渡された後しばらくして、物件二のトラックリンクの張り調整用のグリースホースが破損してトラックリンクが緩むというトラブルが生じ、債権者がその修理を行ったこと、さらに昭和六三年一月中旬に物件二のトラック張り調整用油圧ホースが破損したため、債権者においてその交換を行うとともに、同年二月初めには旋回体下部にアンダーカバーを取り付けるなどの対策を講じたこと、これらの修理によって、物件二はその都度短時日のうちに稼働可能な状態に復するに至ったことが一応認められる。《証拠省略》中には、右のトラブルによって、債務者が本来予定していた用法で物件二を使用することがほとんどできなかった旨の供述記載が存するけれども、前掲各疎明に照らし、たやすく信用できない。
右認定の事実に加えて、《証拠省略》を総合すると、物件二について、債務者の主張するような物件二の運行機能に問題を生じさせる異常な磨耗ないし弛緩は存在していなかったものと推認するのが相当であ(る。)《証拠判断省略》
よって、債務者の抗弁は理由がない。
3 以上によれば、債権者による本物件の各売買契約の解除は有効であり、債権者は、債務者に対し、契約解除に基づく原状回復請求権としての本物件の引渡請求権を有しているものというべきであるから、本件仮処分決定の被保全権利の疎明は十分である。
二 保全の必要性について
1 前述のとおり、債権者は、債務者に対し、本物件の引渡請求権を有するところ、本物件の各売買代金の支払状況をみると、債務者からは、物件二に瑕疵があるとしてその割賦代金の支払がまったくなされておらず、正常に稼働していた物件一の割賦代金についても、物件二のトラブルを理由として第三回分以降の支払が行われていないという状況であり、しかも、債務者による右売買代金不払が何ら正当な理由に基づくものでないことは前記認定のとおりである。そして、右のような本物件の売買代金不払の経緯にかんがみると、債務者による本物件の任意の引渡しや売買残代金相当額の違約金の支払を期待することは到底できない状況であったと推認することができる。したがって、債権者において、本物件の引渡請求権を保全するための措置を講ずる必要性があったことは明らかである。
2 《証拠省略》を総合すると、本物件は、それ自体に走行駆動部を備えた土木作業用の油圧シャベル(建設機械)であって、不動産と異なり、有体動産である本物件を移動ないし搬送することは比較的容易である一方、一旦他に移動ないし処分されてしまえば、その所在を債権者において追及することは極めて困難となってしまうであろうこと、本物件のような大型の建設機械については、日常の保守管理(メンテナンス)を怠ると、電気配線関係等に重大な故障を生じる可能性が小さくなく、十分な保守管理を行いうる態勢を講じておく必要があることが一応認められる。
右認定の本物件の有体動産としての特性や保守管理の不可欠性、さらには前認定の債務者による売買代金債務の不履行の状況やその経緯に照らすと、本件において、債権者の本物件の引渡請求権を保全するためには、債務者に本物件の使用を許すことを前提とする現状維持的な形での執行官保管の仮処分の方法では不十分であるといわざるをえない。
3 本物件の売買契約においては、いわゆる所有権留保の特約がなされており、売買割賦代金の支払がなされなかったときは、債権者は無催告で売買契約を解除することができ、また、債務者は直ちに本物件を債権者の指定する場所に持参し、債権者に引き渡さなければならない旨定められている(右事実は当事者間に争いがない。)。右のような特約が本物件の売買契約においてなされている趣旨は、建設機械の製造販売を業とする債権者において、売買対象物件の所有権を代金完済まで債権者に留保しておくことによって、債務者からの売買代金の支払が滞り、その完済の見通しが立たなくなった場合に、留保所有権の行使によって迅速に売買対象物件を引き揚げ、売買残代金相当額の違約金の早期かつ確実な回収を確保しようとするところにあると解される。
本件において、債権者が本物件の各売買契約の解除によって取得しうべき損害賠償請求権は五二〇〇万円を超える高額であり、前述のような所有権留保特約の趣旨にかんがみれば、留保所有権の行使に基づくにせよ、解除による原状回復請求権に基づくにせよ、債権者において、売買対象物件である本物件の価値を損なうことなくその回収を図るにつき、契約上正当な利益を有していることはいうまでもない。
そして、前認定のとおり、本物件のような大型建設機械においては、その保守管理に十全を期することが物件の価値を維持するために極めて重要であり、かつ、本物件の引渡請求権保全のために本物件を債務者の使用占有下に置くことが相当でない以上、本物件につき保全措置を講じる場合に、本物件をその所有権者である債権者の占有管理下に置くことはやむをえないと考えられる。そのために本物件につき執行官保管として債権者の使用を許す形の仮処分をもってすることも十分考慮に値するけれども、その場合には、結局本案訴訟の最終的確定に至るまでの相当長期間にわたって、保管費用及び保守管理費用の支出を余儀なくさせられる一方、時間の経過とともに本物件の価値が逓減していくばかりとなってしまい、前記所有権留保特約の趣旨に違背し、債権者にとって多大な損害を招来する結果となりかねない。
4 もとより、現に債務者の占有下にある物件について、債務者の使用収益を完全に奪う形となる引渡断行の仮処分においては、いわゆる保全の必要性についての判断を慎重に行うべきであることはいうまでもない。しかしながら、本件においては、本物件の有体動産としての特性や保守管理の不可欠性、さらには、正当な理由なく売買代金の支払を怠っている債務者に対して本物件の使用継続を許容することとこれにより債権者が被る不利益との比較考量の結果等を勘案すれば、本物件に対する債務者の占有を排除する形での仮処分によるのが相当であることは、前述したとおりである。目的物件の使用収益が不能となるという意味では、いわゆる半断行の仮処分か、断行の仮処分かによって債務者が被る損害に差はないから、本件のような場合には、もっぱら債権者の被るべき不利益ないし損害の程度等を考慮して、どのような仮処分を発令するか決定することとしても不当とはいえないであろう。
5 以上の検討の結果を総合考慮すれば、金一八〇〇万円を限度とする支払保証委託契約を締結する方法による保証を立てさせることにより、本物件の仮の引渡しを命じた本件仮処分決定については、その被保全権利についてのみならず、保全の必要性についてもこれを肯認することができる(なお、念のため付言しておくと、保全処分事件の処理にあたってどのような審理手続をとるかは、当該保全裁判所の裁量にゆだねられた事柄である上、本件のような可動性を有する有体動産を目的物件とする保全処分の場合には、いわゆる密行性の要請が一般的に強く働くことは否定できないところであるから、債務者審尋の手続を経ることなく本件仮処分決定を発令したことが何ら不当とされるべきものでないことは明らかである。)。
三 結語
よって、本件仮処分申請を認容した本件仮処分決定は正当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 豊澤佳弘)
<以下省略>