東京地方裁判所 平成元年(モ)1909号 決定 1989年6月02日
原告
本多勝一
右訴訟代理人弁護士
尾崎陞
同
尾山宏
同
雪入益見
同
鍛治利秀
同
小笠原彩子
同
桑原宣義
同
渡辺春己
同
加藤文也
同
原勝己
同
浅野晋
昭和五九年(ワ)第三
三五八号事件被告
株式会社文藝春秋
右代表者代表取締役
千葉源蔵
昭和五九年(ワ)第三
三五八号事件被告
堤堯
昭和五九年(ワ)第三
三五八号事件被告
殿岡昭郎
昭和五九年(ワ)第七
五五三号事件被告
村田耕二
右被告四名訴訟代理人弁護士
植田義昭
同
佐藤博史
右被告殿岡昭郎訴訟代理人弁護士
星運吉
主文
本件各申立てをいずれを却下する。
理由
第一原告の本件各申立ての要旨及びこれに対する被告らの主張の要旨
一原告の本件文書提出命令の申立ての趣旨は、「被告らに対し、被告殿岡昭郎(以下「被告殿岡」という。)がマン・ジャック師により入手して所持している、ファム・ヴァム・コー事件の現場録音テープの複製物である録音テープ(以下「本件録音テープ」という。)を提出すべき旨の命令を求める。」というにあり、また、本件検証物提示命令の申立ての趣旨は、「被告らに対し、本件録音テープを提示すべき旨の命令を求める。」というにあり、本件各申立ての理由の要旨は、次のとおりである。
1 原告の本訴請求は、被告株式会社文藝春秋(以下「被告会社」という。)の発行にかかる月刊雑誌「諸君!」の一九八一年五月号に掲載された被告殿岡の執筆にかかる『今こそ「ベトナムに平和を」』という題名の評論中のファム・ヴァム・コー事件に関する記述の部分(以下「本件評論の該当部分」という。)において、被告殿岡が原告の執筆にかかる単行本「ベトナムはどうなっているのか?」(以下「本件著作物」という。)の内容を歪曲して引用し、虚構の事実を作り上げたうえ、原告を誹謗・中傷し、もって原告の名誉を毀損したので、被告らに対し不法行為に基づく損害賠償の支払並びに謝罪文及び反論文の掲載を求める、というにある。
2 本件録音テープは、被告殿岡が本件評論の該当部分の記述が「正しい事実」であるとする唯一最大の根拠であるが、本件録音テープ中の、一二人の僧尼の名前が読み上げられている部分(以下「本件唱名部分」という。)は、改ざんされた疑いがある。そこで、本件録音テープを取り調べれば、被告殿岡が本件著作物の内容を歪曲するとともに、本件録音テープの内容に改ざんを加えてまで原告に対する特別の害意をもって原告を誹謗・中傷したとの事実が明らかになるのであり、原告としては、右事実を立証するため本件録音テープの証拠調べが必要である。
3 本件録音テープが、性質上文書に準ずるものとして書証の手続によって取り調べられるのが相当と解されるならば、被告らは、昭和五九年六月一八日付け答弁書の第二項二の2における同答弁書別紙(二)、同答弁書第三項一及び被告殿岡本人尋問中において、いずれも本件録音テープの存在及び内容を引用しており、したがって、本件録音テープは民事訴訟法三一二条一号に該当するものである。
二これに対して、被告らは主文同旨の決定を求めたが、その主張の要旨は、「原告の主張する要証事実に照らせば、本件録音テープは、文書に準ずるものとして書証の手続によって取り調べられるべきものであって、検証物ではない。そして、被告らは、本件訴訟において、自己の主張の論拠とするために本件録音テープの存在又は内容に言及したことはないから、本件録音テープは民事訴訟法三一二条一号には該当しないものであるのみならず、本件訴訟の争点の判断に当たって、本件録音テープの証拠調べは不要である。」というにある。
第二当裁判所の判断
一本件文書提出命令の申立てについて
1 原告の申立てによれば、本件録音テープに録取されている音声の意味内容、なかんずく本件唱名部分の存否を証拠資料とすることを目的とするものであることが明らかであるから、本件録音テープは、文書に準ずるものとして書証の取調べの手続によるのが相当と解される。
2 まず、本件訴訟において、本件録音テープが民事訴訟法三一二条一号に該当するものであるか否かについて判断する。
(一) 民事訴訟法三一二条一号が、当事者が引用した文書につきその当事者に提出義務を課した趣旨は、当該文書を所持する当事者が、裁判所に対し、その文書自体を提出することなく、その存在及び内容に言及することにより、自己の主張が真実であるとの心証を一方的に形成させる危険を避け、当事者間の公平を図って、その文書を開示し、相手方の批判にさらすべきであるという点にあると解されるから、同条号所定の「訴訟ニ於テ引用シタル文書」とは、当事者の一方が、訴訟において立証それ自体のためにする場合だけに限られず、口頭弁論等において、争点にかかる自己の主張を明確にし、又はその裏付けとするために、文書の存在・内容を引用した場合における当該文書を指すものと解するのが相当である。
(二) これを本件について見るに、なるほど本件訴訟記録によれば、
(1) 被告会社、被告堤堯及び被告殿岡の昭和五九年六月一八日付け答弁書並びに被告村田耕二の同年八月一五日付け答弁書のいずれも第二項二の2において、別紙(二)として、本件録音テープの翻訳文を含む本件評論の該当部分の全文が記載されていること、
(2) 右各答弁書のいずれも第三項一において、「被告評論は、原告記事がヒエン師ら焼身事件をセックス・スキャンダルと読者に受け取られるように書かれているので、原告記事を読んだ被告殿岡が現地の関係者に右原告記事の報ずるところを話したところ、右記事はそれとは一八〇度異なるヒエン師らの現政権の宗教弾圧に対する抗議行為であるとの主張とそれを実証する証拠のテープなどを示された事実を書き、それにもとずいて原告記事が読者を誤らせるように書かれていることを批判したものである。」として、本件録音テープの存在及び内容に言及した主張がなされていること、
(3) 被告殿岡本人尋問の結果中にも、本件録音テープの存在及び内容についての供述が存在すること、
がいずれも認められる。
(三) しかしながら、本件は、本件著作物中のファム・ヴァム・コー事件に関する記述内容が正しいのか、本件評論の該当部分の同事件に関する記述内容が正しいのかを争点とするものではなく、右評論の該当部分において被告殿岡が本件著作物の内容を歪曲して引用しているか否かが争点であり、被告らは、右引用の方法には何ら誤りがない旨を一貫して主張しているものの、右記述内容が正しいものである旨を本件の争点として主張しているわけでないことは、本件訴訟の経過から明らかである。このような観点から、被告らの主張中の本件録音テープに触れた箇所について見るに、被告らの前記(二)(1)の主張は、訴状の請求の原因第二項2における同部分の引用方法を不当として、同部分の全文を明らかにする趣旨でなされたものにすぎず、また、前記(二)(2)の主張も、同部分の概要を示すにあたり、本件録音テープの存在及び内容に関する記載が存することに言及したにすぎないものであること、被告殿岡の前記(二)(3)の記述も、同部分を執筆するに至った経緯のうちで本件録音テープの存在及び内容に触れたにすぎないものであることが、いずれも前後の文脈等から明らかであって、それ以上に、被告らが、本件の争点にかかる被告らの前記主張を明確にし、又はその裏付けとするために、本件録音テープの存在・内容を引用したものとは解されない。
そして、本件訴訟記録を精査しても、他に被告らが本件録音テープを右の趣旨で引用したものと認められる部分は存在しない。
(四) したがって、本件録音テープは民事訴訟法三一二条一号に該当するものとは認められない。
3 また、本件の争点が前記のとおりであることに鑑みるならば、本件録音テープに録取されている音声の意味内容、なかんずく本件唱名部分の存否は、右争点を判断するうえで、被告らに提出を命じてまで取り調べる必要性があるとは認め難い。
二本件検証物提示命令の申立てについて
1 原告の申立てによると、本件録音テープの一部が改ざんされている疑いがあるというのであるから、原告は、テープ自体の外的性状、テープに録取されている音声の性状又は録音状況等をも証拠資料としようとしていることが認められ、その限りにおいては、本件録音テープの取調べは検証としての性質をも有していると解される。
2 そこで考えるに、検証物提示命令の申立てに対する許否の裁判についても、当該検証物の証拠調べの必要性について判断したうえで決すべきであるところ、本件録音テープの検証により証拠資料として得られるのは、本件録音テープ自体の外的性状、テープに録取されている音声の性状又は録音状況等であって、右証拠資料が前記争点その他本件訴訟における原告の主張の当否を判断するうえで、その証拠調べをする必要性があると認められないことは、前段で示したのと同様である。
三よって、原告の本件各申立てはいずれも理由がないのでこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官原健三郎 裁判官土居葉子 裁判官寺本昌広)