東京地方裁判所 平成元年(ワ)11666号 判決 1990年11月20日
原告
富士物産株式会社
右代表者代表取締役
田中秀明
右訴訟代理人弁護士
吉峯啓晴
同
森田健二
同
吉峯康博
同
中村晶子
同
藤重由美子
同
菅野茂徳
被告
木川豊子
右訴訟代理人弁護士
木川惠章
主文
一 被告は、原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する平成元年六月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、それぞれ各自の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成元年六月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、司法書士である被告に対し、土地建物の所有権移転登記手続を委任したが、被告が右手続をする間に第三者が右不動産に差押登記をしたため、原告はこれを抹消するため右第三者に対し五〇〇万円を代位弁済し、同額の損害を被ったとして、被告に対し、損害賠償を求めた事案である。
一争いのない事実
1 原告は、不動産の売買、管理及び仲介等を業とする会社であるが、平成元年三月三一日、被告に対し、別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)につき、所有名義を渡辺道雄(以下「渡辺」という。)から原告に移転する所有権移転登記申請手続(以下「本件登記手続」という。)を委任し、被告はこれを受託した。
2 被告は、本件登記手続を同年四月一七日に行ったが、すでに同月五日付けで、債権者を日本ピー・エス・コンクリート株式会社(以下「訴外会社」という。)、債務者を渡辺とする差押登記がされていた。
3 原告は、被告に対し、遅くとも同年六月八日までに到達した内容証明郵便で、右書面到達後七日以内に五〇〇万円を支払うよう催告したが、被告はこれを拒絶した。
二争点
1 原告の主張
被告は、原告に対し、本件登記手続を平成元年四月一日、そうでないとしてもできるだけ早急に行う旨約束したのであり、原告に登録免許税等を支払うまで本件登記手続を行わない旨明確に告げる等の措置をとることなく、右期間を徒過した被告には、債務不履行の責任がある。
2 被告の主張
被告は、同年三月三一日、原告から、本件不動産に設定されていた根抵当権設定登記の抹消登記手続及び本件登記手続等を委任され、必要書類を預かったが、右抹消登記手続をするには調査しなければならない事項もあり、また、本件不動産の不動産評価証明書も存しなかったので、被告は、原告に対し、これがなければ本件登記手続ができず、登録免許税額も算出できないので、右証明書を取り寄せて登録免許税額を算出してから原告にこれを請求し、被告が原告から右金額を受領したうえで本件登記手続をすることを約し、同年四月三日に登録免許税額等を計算し、同日から度々その支払いを請求したが、原告は、なかなかこれに応じず、同月一五日になって小切手を被告に交付したので、被告は同月一七日に右小切手を換金し、同日本件登記手続をしたのであり、登記手続が遅れたのは原告の支払いが遅れたからであって、本件の登録免許税一五四万七〇二〇円を被告が立て替えるべき義務がないことからしても、被告にはなんら債務不履行責任はない。
第三争点に対する判断
一被告の債務不履行責任
被告は、本件登記手続を平成元年四月一七日にした理由につき種々主張するようであるが、証拠(<略>)によれば、同年三月三一日には本件登記手続に必要な書類は原告代表者から被告事務所の司法書士補助者である深井省三(以下「深井」という。)に交付されており、遅くとも同年四月一日には(たとえ同日が土曜日であったとしても)右登記手続ができたことがうかがわれるところ、それが同月一七日までされなかったのは、結局同日まで原告から登録免許税及び登記手数料等の支払いがなかったからであることが認められる。
そこで、被告が同日まで本件登記手続をしなかったことが債務不履行に当たるか否かについて検討するに、証拠(<略>)によれば、以下の事実が認められる。
1 司法書士は、所有権移転登記手続や抵当権抹消登記手続の依頼を受け、それに必要な書類を預かれば、直ちに登記手続をするのが原則であり、本件のように銀行が原告に融資をし、右銀行が原告が取得する不動産に担保として抵当権を設定するような場合には、特に早急に登記手続をする必要があり、そのことは、登記受託簿(<書証番号略>)に本日中タイプと指示されていることからしても、被告も十分認識していたと考えられること
2 被告は、本件登記手続を委任された同年三月三一日に、原告に対し、登録免許税及び登記手数料の概算請求ができたにもかかわらずこれを請求せず、一方、原告にはこれを支払うだけの資金を右銀行に有していたこと
3 被告は、銀行をとおして登記手続を依頼される場合には、仕事を引き受ける際に、司法書士の方で用意する書類を除いて登記に必要な書類が依頼者から引き渡されること、前記のとおり早急に登記手続をする必要があること、銀行をとおして依頼されていることから必ず登録免許税等の費用(以下「費用等」という。)の取立てができるという信頼があることなどからして、被告としても通常右費用等を立て替えていること
4 原告は、被告に対しこれまでにも登記手続を依頼しているが、そのうち昭和六三年一一月及び平成元年二月に依頼した二回分につき、被告に対し費用等の支払いが遅れたことがあるが、被告は、そのときはいずれも費用等を立て替えて登記手続をし、後日費用等を原告に請求していること
5 本件は、第一勧業銀行をとおして被告に対し本件登記手続の依頼があったものであるが、本件において原告から委任の申込みを受けた当初からすべて原告との交渉を任されていた深井はもとより、被告も、原告に対し、費用等を払い込まなければ本件登記手続をしない旨伝えたことはなく、単に後で評価証明書を取り次第計算して請求する旨伝えたにすぎず、原告は、被告は登録免許税が安くなる同年四月一日には本件登記手続を行い、後日費用等の請求があるものと考え、同月一五日に深井に小切手を渡し、同月一七日に現金化されたこと
以上の事実によれば、被告には、常に依頼者のために費用等を立て替える義務があるとまではいえないものの、本件のような事情のもとでは、原告が、被告が直ちに本件登記手続を行い、費用等は後日正確に計算してから請求してくるものと考えたこともやむを得ないものであり、とすれば、単に原告に対し後日費用等を請求する旨伝えたのみで、事前に費用等の支払いがない場合は本件登記手続をしない旨明確に説明する等の措置をとらず、原告から支払いがあった同月一七日まで本件登記手続をしなかった被告には、受任者の善良なる管理者としての注意義務に違反するものとして債務不履行の責任があるといわなければならないのであり、たとえ深井や被告事務員が原告の事務員に同月三日の午後から数回費用等の支払いを請求していた、また、本件費用等が一五四万七〇二〇円であったとしても、そのことに変わりはない。
二損害
証拠(<略>)によれば、原告は、訴外会社の前記差押登記を抹消するため、同会社に対し渡辺の債務五〇〇万円を代位弁済したこと、渡辺には他に格別の資産がないことが認められ、右事実によれば、原告は、五〇〇万円の損害を被ったと認めるのが相当である。
三過失相殺
前記のとおり、原告は、費用等は被告が立て替えてくれるものと考えたのであるが、平成元年四月三日の午後から数回被告事務所から費用等を支払うよう請求があったにもかかわらずこれを放置したという点において、原告にも被告の債務不履行とともに右損害の発生に寄与した過失があったというべく、右事情を考慮して、被告が負担すべき損害賠償額はその五割の二五〇万円の限度で認められるのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官木村元昭)