東京地方裁判所 平成元年(ワ)11786号 判決 1990年12月20日
本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。)
ピップフジモト株式会社
右代表者代表取締役
松浦義二
右訴訟代理人弁護士
堂野達也
同
堂野尚志
本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。)
有限会社日本衛材流通計画ニチエイ
右代表者代表取締役
村元寅次
右訴訟代理人弁護士
三戸岡耕二
主文
1 原告の本訴請求につき、被告は、原告に対し、一九〇六万四五一五円及びこれに対する平成元年七月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 被告の反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は、本訴、反訴とも、被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
(本訴につき)
1 主文第1項と同旨
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
(反訴につき)
1 被告の反訴請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
二 被告
(本訴につき)
1 原告の本訴請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
(反訴につき)
1 原告は、被告に対し、二二一五万一四五八円及びこれに対する平成二年三月六日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言を求める。
第二 当事者の主張
一 原告の本訴請求の原因
1 医薬品・ベビー用品の卸売等を目的とする株式会社である原告は、平成元年五月一日から同月三一日までの間、ベビー用衛材商品の宅配販売等を目的とする有限会社である被告に対して、代金は同月末日締め切り・同年六月末日支払いとの定めで、代金合計一九〇六万四五一五円相当の紙おむつその他のベビー用品を売り渡した。
2 よって、原告は、本訴請求として、被告に対して、右売掛代金一九〇六万四五一五円及びこれに対する支払期日の翌日の平成元年七月一日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 本訴請求原因事実に対する被告の認否
本訴請求原因事実は、すべて認める。
三 被告の本訴抗弁・反訴請求の原因
1 被告は、昭和六二年七月の設立当初頃、原告との間において、原告を売主、被告を買主として、紙おむつその他のベビー用品の継続的供給契約を締結し、その後、これに基づく取引の代金支払方法につき、毎月末日締め切り・翌月末日支払いとするものとの定めをし、右継続的供給契約に基づいて、平成元年五月下旬、原告との間において、代金を一ケース当たり七二〇〇円、納入期日を同年六月一日及び同月二日の各一〇〇〇ケースあてと定めて、合計二〇〇〇ケースのベビー用紙おむつ「パンパース」(以下「本件ベビー用品」という。)を買い受ける契約(以下「本件個別契約」という。)を締結した。
2 被告は、原告から本件個別契約にかかる本件ベビー用品の供給を受けることを予定して、平成元年五月二三日、広告費用二〇〇〇万円を投じて五〇〇万枚の新聞折込広告を一般消費者に配布し、注文期限を同月三一日として、本件ベビー用品の宅配販売の広告を行い、注文者に対しては同年六月一日から三日までの間に宅配することを予定していた。
ところが、原告は、右のような事情を知りながら、前記納入期日に至っても、本件ベビー用品を納入しなかったばかりか、前記継続的供給契約に基づく被告との取引を一方的に中止するに至った。
3 被告は、原告の右債務不履行によって、次のとおりの損害を被った。
(一) 被告は、原告が本件個別契約に基づく本件ベビー用品を納入しなかったため、平成元年六月七日以降に他の業者から代金八〇〇〇円で本件ベビー用品二〇〇〇ケースを買い受けざるを得なくなって、本件個別契約の代金額との差額一六〇万円の損害を被った。
(二) 被告は、本件個別契約後も原告から引き続いて本件ベビー用品の供給を受けて、固定した顧客にこれを安定供給する予定であったが、平成元年六月七日までは今後原告から供給を受けられるかどうかが明らかではなかったため、この間に見込まれた二〇〇〇人余の顧客からの二一〇〇ケースの本件ベビー用品の注文を受けることができず、また、右顧客のうち少なくとも五〇〇人からは、乳幼児が通常紙おむつを使用する三〇か月の期間にわたって一人当たり平均六〇ケースの本件ベビー用品の再注文を受けることが見込まれたのにその商機を逸し、これによって三九六一万六〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。
4 そこで、被告は、平成元年一一月二日の本件口頭弁論期日において、原告に対して、原告の債務不履行による右損害賠償債権をもって、原告の本訴請求にかかる売掛代金債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたほか、反訴請求として、原告に対して、残余の損害賠償金二二一五万一四五八円及びこれに対する本件反訴状が原告に送達された日の翌日である平成二年三月六日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
四 本訴抗弁事実・反訴請求原因事実に対する原告の認否
1 本訴抗弁事実・反訴請求原因事実1の事実は、認める。
2 同2前段の事実は、認める。
同2後段の事実中、原告が納入期日に本件ベビー用品を納入せず、継続的供給契約に基づく被告との取引を中止したことは認め、その余の事実は否認する。
3 同3の事実は、知らない。
五 原告の本訴再抗弁・反訴抗弁
1 (合意解除)
被告は、平成元年一月頃までは、毎月末日締め切り・翌月末日付小切手による代金支払いという方法によって、一か月平均約一四〇万円程度の原告との取引を行ってきたが、同年二月頃以降においては原告からの担保の提供方の申し入れにも応じることなく取引を急拡大させ、同年五月三〇日当時においては、原告に対して与信限度を超えた合計九一三七万三二七〇円の売掛代金債務を負担するに至っていたうえ、右同日頃、原告に対して、同月三一日付小切手による同年三月分の代金三九五九万七四二八円の支払いの延期を申し入れるに至った。
原告は、被告に不動産等の資産がなく、債務超過の状態にあることが窺われたので、その信用状態に不安を抱き、同年六月一日、差し当たって本件ベビー用品の出荷、納入を停止することとしてその旨を被告に伝えるとともに、翌同月二日、被告に対して、取引を継続する場合には担保の提供、代表取締役の個人保証等を求めたところ、被告は、原告の右要求には応じないで、取引を中止することを了解し、これによって本件個別契約及び継続的供給契約を合意により解除することとしたものである。
2 (不安の抗弁権)
仮に右合意解除の事実が認められないとしても、被告は、前記のとおり、信用状態が悪化している状態において、小切手による代金の支払いの延期を求めるなどしながら、代金の支払いが確実に行われることについてのなんらの保証も与えなかったのであるから、原告が被告の信用不安を理由として本件ベビー用品の出荷、納入を停止したことは、いわゆる不安の抗弁権の行使として、なんら違法性がない。
六 本訴再抗弁事実・反訴抗弁事実に対する被告の認否
本訴再抗弁及び反訴抗弁事実中、原告と被告との間の取引における取引高の推移、被告が平成元年五月三〇日当時原告に対してその主張のとおりの売掛代金債務を負担していたこと、被告が原告に対してその主張の頃その主張の小切手による代金の支払いの延期を申し入れたことは認めるが、その余の事実は否認する。
被告は、いったん原告に右小切手による代金の支払いの延期を申し入れたが、原告の了解が得られなかったので、そのままこれを決済したし、なんら信用に不安のある状態ではなかった。
第三 証拠関係<省略>
理由
一本訴請求原因事実及び本訴抗弁・反訴請求原因1の事実は、すべて当事者間に争いがないほか、原告が約定の納入期日に本件ベビー用品を納入せず、また、被告との継続的供給契約に基づく取引を中止したこと、原告と被告との間の取引における取引高の推移及び平成元年五月三〇日当時における被告の原告に対する売掛代金債務額が原告主張のとおりであること、被告が右同日頃原告に対して同月三一日付小切手による代金三九五九万七四二八円の支払いの延期を申し入れたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二そして、右争いがない事実に<証拠>を総合すると、次のような事実を認めることができる。
1 原告は、医薬品、医薬部外品、医療衛生用品、ベビー用品の卸売等を目的とする大手の株式会社であり、被告は、昭和六二年七月設立にかかる紙おむつ等のベビー用衛材商品の宅配販売業を目的とする資本金五〇〇万円、従業員約二〇名の有限会社であって、新聞折り込み広告、ダイレクトメール、口こみの宣伝等によって顧客を募り、電話でベビー用衛材商品の注文を受けて、翌日又は翌々日には商品を配達するという業態による営業方法によって急成長を遂げ、昭和六三年七月期においては概ね六億円程度の売上を上げていたものの、社有の不動産は全くないなど、資産的裏付けに欠け、仕入れ先とは概ね毎月末日締め切り・翌月又は翌々月末日支払いの現金又は小切手による決済によって取引を行っていた。
2 被告の代表取締役村元寅次は、個人営業時の昭和六二年四月頃、原告との取引を開始し、被告設立後の昭和六三年七月頃以降においては、毎月末日締め切り・翌月末日付小切手による代金支払いという決済方法によって、月平均百数十万円程度の取引を行ってきたが、平成元年二月以降においては一挙に原告との取引を拡大して、同月には一二五一万八八六七円、同年三月には三九五九万七四二八円、同年四月には三二七一万一三二七円、同年五月には一九〇六万四五一五円(本訴請求分)に取引高が拡大した。
原告は、既に平成元年三月当時において信用調査機関によって被告の信用調査等を行って、内部的には被告に対する与信限度額を百数十万円程度と定め、被告との取引高の急拡大に伴って、右の頃、被告に対して物的担保の供与又は個人保証を求めたが、被告は、これに応じなかったばかりか、同年四月二八日頃には同年三月分の売掛代金三九五九万七四二八円について支払いの延期を申し入れて、その支払いのために交付した同年四月末日付小切手を同年五月末日付小切手に書き替え、さらに、同年四月分の売掛代金三二七一万一三二七円についても同年六月三〇日付小切手を交付するなどし、次第に当初の約束どおりの代金決済ができなくなって、資金繰りの困難なことを窺わせ、同年五月三〇日現在においては、売掛代金の累積債務額も九一三七万三二七〇円に達して、与信限度額をはるかに超過するに至った。
3 被告は、右のような与信状況の下で、本件個別契約締結後の平成元年五月三〇日、原告に対して、先に同年三月分の売掛代金三九五九万七四二八円の支払いのために交付した前記小切手による支払いの再度の延期を申し入れるに至った。
ところが、原告は、被告の売掛代金の累積債務額が与信限度額をはるかに超過しているうえ、前記のような経緯から被告の信用状態に不安を抱き、右申し入れに応じなかったため、被告は、同年五月三一日、やむなく右小切手を決済する一方、原告に対して、本件個別契約にかかる本件ベビー用品を約定どおり同年六月一日及び同月二日に出荷、納入することを強く懇請した。
4 しかし、原告は、それでもなお被告の売掛代金の累積債務額五一七七万五八四二円が残存しているうえ、右交渉過程における被告代表取締役の態度等に一層の不信を募らせ、結局、被告との取引を中止することとして、平成元年六月一日、従業員を被告代表取締役方に赴かせて、その旨を告げた。
被告代表取締役は、同月二日、右の結果に著しく憤慨して、原告本社に臨み、再交渉を行ったが、原告においては、被告が担保を提供するか残債務を一掃しない以上、今後の新たな取引はもとより本件ベビー用品の出荷、納入もできないとしたのに対し、被告においては、原告の右の求めに応じなかったため、結局、話し合いは物別れに終わった。もっとも、被告代表取締役は、同日夕刻、同人方を訪れた原告の従業員に対して、「仕方がない。」などと告げたうえ、原告との取引停止を前提として、被告が本件ベビー用品を仕入れることのできる他の代理店の所在を尋ねるなどした。
5 なお、被告は、平成二年三月、約七億円の負債を負って、倒産するに至った。
三以上に認定した事実関係に照らして判断するに、先ず、原、被告間の本件個別契約及び継続的供給契約が合意解除されたとする原告の主張については、証人畠山正男は、被告代表取締役が、平成二年六月二日原告との話し合いが物別れに終わった後、原告の従業員に対して原告との取引を諦めたような言辞を発し、原告との取引停止を前提として被告が本件ベビー用品を仕入れることのできる他の代理店の所在を尋ねるなどしたことをもって、被告代表取締役が原告の取引中止の申し入れを了解し、本件個別契約及び継続的供給契約を合意解除したものと判断したと証言するけれども、先に認定したその前後の状況や被告代表者尋問の結果に照らして、直ちに右のように即断することができないことは明らかであるし、他には原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。
しかしながら、本件において、原告が被告に対して本件ベビー用品を約定どおりの期日に出荷、納入せず、また、被告との以後の新たな取引も停止することとしたのは、先に認定したとおり、被告との継続的な商品供給取引の過程において、取引高が急激に拡大し、累積債務額が与信限度を著しく超過するに至るなど取引事情に著しい変化があって、原告がこれに応じた物的担保の供与又は個人保証を求めたにもかかわらず、被告は、これに応じなかったばかりか、かえって、約定どおりの期日に既往の取引の代金決済ができなくなって、支払いの延期を申し入れるなどし、原告において、既に成約した本件個別契約の約旨に従って更に商品を供給したのではその代金の回収を実現できないことを懸念するに足りる合理的な理由があり、かつ、後履行の被告の代金支払いを確保するために担保の供与を求めるなど信用の不安を払拭するための措置をとるべきことを求めたにもかかわらず、被告においてこれに応じなかったことによるものであることが明らかであって、このような場合においては、取引上の信義則と公平の原則に照らして、原告は、その代金の回収の不安が解消すべき事由のない限り、先履行すべき商品の供給を拒絶することができるものと解するのが相当である。
したがって、原告が右のとおり被告に対して本件個別契約にかかる本件ベビー用品をその納入期日に出荷、納入せず、また、被告との以後の新たな取引も停止することとして継続的供給を停止したことには、なんら違法性がないものというべきである。
いわゆる不安の抗弁権をいう原告の本訴請求についての再抗弁及び反訴請求に対する抗弁は、以上のような意味において理由がある。
四そうすると、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は失当であるからこれを棄却することとして、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、仮執行の宣言については同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官村上敬一)