大判例

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東京地方裁判所 平成元年(ワ)11919号 判決 1991年9月26日

原告

株式会社エベック

右代表者代表取締役

内田元子

右訴訟代理人弁護士

堀敏明

被告

株式会社クーズ

右代表者代表取締役

上田俊夫

被告

株式会社シード

右代表者代表取締役

瀬島保二

右被告二名訴訟代理人弁護士

小川憲久

被告

株式会社水茎舎

右代表者代表取締役

茂田清登

右訴訟代理人弁護士

守川幸男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは連帯して原告に対し、金二億一四二三万三九〇〇円及びこれに対する昭和六二年六月九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告株式会社クーズ(以下「クーズ」という。)が、自由が丘所在の貸ビル二階の一室においてコンタクトレンズ等の販売店舗を開設するにあたり、従前の造作等の解体工事と新たな造作工事を被告株式会社水茎舎(以下「水茎舎」という。)に請負わせて施工させたところ、その解体工事が杜撰であったために、同じビルの二階隣室と一階において婦人服販売業等を営む原告の店舗内にあった商品に大量の粉塵がかかるという汚染被害を被ったとして、工事業者である水茎舎に対しては民法七〇九条に基づき、注文者であるクーズに対しては民法七一六条但書に基づき、いずれも不法行為による損害賠償を請求するものである。原告は、被告株式会社シード(以下「シード」という。)に対しては、コンタクトレンズ等の販売店舗のフランチャイザーとしてクーズの求めにより、水茎舎を請負業者として指定し、水茎舎と共に右解体工事を行ったものであるから、民法七一九条により水茎舎と共に共同不法行為者として、民法七〇九条に基づく損害賠償義務を負担するとして、その支払を求めた。

一争いのない事実等

1  原告は、東京都目黒区自由が丘一丁目八番二〇号所在の自由が丘第一ビルディング(以下「本件ビル」という。)の一階一〇一号室と二階二〇二号室をその所有者である竹内ビル株式会社(以下「竹内ビル」という。)から賃借して、婦人服販売業を営み、一階は小売店舗として使用し、二階には在庫商品を置いていた。

2  シードはコンタクトレンズ等の製造販売等の専門業者である。クーズはシード等からコンタクトレンズや眼鏡等を仕入れてその小売業を営む店舗を開設するために、昭和六二年、竹内ビルから本件ビルの二〇一号室(原告が賃借していた二〇二号室の隣室で、従前はステーキ等の飲食店として使用されていた。)を賃借し、シードを介して水茎舎に対して、従前の造作等の解体工事(以下「本件解体工事」という。)と新たな造作工事を注文し、水茎舎は本件解体工事を施工した(以上1及び2は争いがない)。

3  水茎舎は澤田商会に下請けさせて、昭和六二年五月二一日から二五日にかけて本件解体工事を施工した(<書証番号略>、証人八鍬)。

4  原告から本件解体工事による被害について抗議があり、水茎舎の負担により(<書証番号略>、証人八鍬)、昭和六二年六月一五日、原告に対して見舞金二〇〇万円が支払われた(金二〇〇万円の授受については争いがない)。

二争点

1  水茎舎の本件解体工事により原告に被害が発生したのか(因果関係)。

2  水茎舎の過失の有無。

3  損害額。

原告は、一〇一号室の陳列商品五四〇点(その価額金二三五七万三九〇〇円)と二〇二号室の保管商品一七二〇点(その価額金一億九二六六万円)が汚染され廃棄せざるを得なくなったので、その価額合計金から支払を受けた見舞金二〇〇万円を控除した残金二億一四二三万三九〇〇円が損害額である、と主張し、被告らはこれを全面的に争った。

4  クーズの責任の有無。

クーズは水茎舎に本件解体工事を施工させるにあたって、その注文者としての注文や指図に過失があったかどうか。

5  シードの責任の有無。

シードは水茎舎と共に共同不法行為者としての責任を負担するのか。

第三争点に対する判断

証拠(<書証番号略>、証人竹内、証人八鍬、証人古沢、原告代表者、クーズ代表者)により次のとおり認める。

一水茎舎の責任

水茎舎が下請業者澤田商会に請負わせて施工した本件解体工事により、大量の粉塵が発生し、これが二〇二号室に流れ込んで、室内にあった原告の商品に付着して汚染した結果、ある程度の被害を生じたこと、及びこの被害発生につき水茎舎に過失があったことは、以下のとおり否定できない。

一般に造作解体工事により粉塵が大量に発生することは、専門業者であれば通常予見し得ることであり、又解体工事により生ずる粉塵は微細で僅かな隙間を通って迅速に移動するものであることも容易に予見可能である。解体工事を行う業者としては、予め粉塵により近隣の者が被害を被ることのないような万全の手当てをした上で解体工事に着手すべきである。そのための処置とは、一遍に大量の粉塵が発生しないように徐々に解体工事を行うこと、扉や間仕切りの隙間や配線等の穴等々の微細な粉塵の通路となるおそれのある個所に入念に目張りを施すこと等である。ところが本件解体工事着手にあたって、水茎舎がとった処置には手抜かりがあったものと認められる。右のような目張りを十分に施したとは言い難いからである。二〇二号室入口扉には目張りをしなかったし、二〇一号室入口扉は取り外し、エレベーターホール前二〇一号室入口横のブロック壁を取り壊して開口したが、ビニール養生シートを垂らしてガムテープで固定しただけで、残材運搬の便宜を優先させて、防火扉を閉めて目張りをするなどの処置をとらなかった。また間仕切り、天井裏、角、配線口、ダクト、配管等々の隙間を点検して目張りをする等の処置をとったとは認められない。もともと二〇一号室と二〇二号室は、かつて同じテナントが使用していた関係もあって、完全に遮断されてはおらず、プラスターボード等で塞いだだけの部分もあったが、そのような部分についても十分な目張りをしなかったのであった(以上の事実は、<書証番号略>、証人竹内、証人八鍬によって認める。)。杜撰で不用意な解体工事と評する他はない。

水茎舎において特段の指図をすることなく、澤田商会が杜撰な解体工事をなすがままに放置したために、粉塵が多くの隙間を通って少なくとも二〇二号室には侵入し、一階店舗はいざ知らず二〇二号室にあった原告の商品に付着したであろうことは推認するに難くない(<書証番号略>、証人竹内、原告代表者)。

それ以上に二階における本件解体工事による粉塵が多量に一階の原告の小売店舗にまで侵入して、大量の商品を汚染したかどうかについては詳らかではないが、後述のとおり原告主張の損害額について立証が不十分であるがために、本訴請求を認容することができないことが明らかである以上は、一階店舗に存した商品について被害が及んだかどうかを判断するまでもない。

二損害額

原告が既に支払を受けた金二〇〇万円を超える損害を被ったことについて、原告代表者本人尋問の結果中、及びその作成にかかる<書証番号略>中には、これに副う部分があるが、商品の性質及び粉塵の被害という態様に照らし、その主張のように全品が全損と評価し得る被害を被ったということ自体甚だ疑わしいのみならず、原告の損害額についての主張立証には、次のとおり不合理、不自然な点がある。

1  原告は、被害商品の小売価額(上代)が損害であると主張している。小売業者の商品が滅失毀損したことによる損害は、格別の事情がないかぎりは取得価額を償えば足りるが、そのような特別の事情について主張がない。とすると取得価額は原告主張額の半額であるから(原告代表者)、被害額は請求金額の半額以上ではあり得ない。

2  原告は、本件の被害があったことを理由に、昭和六二年度と昭和六三年度の二か年度にわたりそれぞれ金四六六七万円と金六一四四万六九五〇円の棚卸廃棄損を計上しており、その合計額は本件請求額の丁度半額であるが(<書証番号略>)、二年度に分けて処理しなければならない理由は見当たらない。被害品であるかどうかの区分け作業は極めて迅速で大雑把な方法で行われたが(原告代表者、証人平野)、そうだとすれば二年度にわたる必然性はなかった筈である。それなのに二か年度に分けて計上したことについての説明がない。

3  昭和六一年度と昭和六二年度の期首商品の平均が通常在庫であるとすると約五〇〇〇万円が原告会社の平均的な在庫商品の量であるが、そうだとすると通常の在庫商品の倍以上の商品が本件解体工事によって全滅したことになる。原告主張のとおりだとすると、本件解体工事の当時、仕入価額にして金一億八一一六万六九五〇円の商品が本件ビル内に存したことになる。その当時も本件ビルにあった商品の倍以上の商品が高崎に存したこと(原告代表者続行期日分五三項)も併せて考えると余計に不自然である。もっとも決算書が示す通り本件被害のあった昭和六二年度だけ大量の仕入れをしたとすれば(<書証番号略>)、大量の被害が全くあり得ないことではないが、そのような大量仕入れをしなければならなかった理由が見当たらない。

4  一〇一号室(店舗)よりも二階の二〇二号室の方が多くの粉塵が侵入したものと推認され、二〇二号室には製品よりも生地(反物)が多くあったが(証人竹内)、生地は包装されていたにもかかわらず(<書証番号略>)、製品同様に汚染して殆ど全部を廃棄しなければならなくなり、結局廃棄業者に金二〇〇万円で売り渡してしまったとのことである(原告代表者続行期日分一〇〇項)。そうだとすれば決算書中の棚卸廃棄損のうちのかなりの金額は生地のそれである筈である(<書証番号略>)。ところが原告代表者関与の下に一品一品点検して廃棄すべきものを区分けしつつ作成したする<書証番号略>による被害品の合計額は棚卸廃棄損の丁度倍額であって、しかもこの書面に記載されている被害品は全て製品であって生地は一点もない。そうしてみると、原告が損害額について最も有力な証拠として提出した<書証番号略>の信憑性は、甚だ疑問である。

5  二階は無人であったにせよ一〇一号室の店舗には店員が常駐していたのであろう。とすると粉塵の侵入が認められた際に、急いで片づけたり商品を覆うなどの処置をとれば、もともと商品にはビニールを被せてあったのであったから(<書証番号略>)、ハンガーの襟元からの粉塵の侵入はかなり防ぐことができ、そうすれば原告が主張するような全滅に近い状態は回避できた筈であるが、そのような処置をとっていないのは誠に不自然である。

6  本件の被害発生後間もなく、原告は松下照雄弁護士を代理人として被告らとの交渉を開始したが、それにしては被害額を証する直接的な証拠を全く保存していないのは極めて不自然である。ちなみに松下法律事務所員の撮影にかかる被害現場写真集(<書証番号略>)は、本件の被害の発生原因究明のためには有力で適切な証拠であるが、被害額についてだけ適切な直接証拠が保存されずに、本件訴訟提起まで漫然と二年間を経過したというのは不可解である。

以上のとおり原告の損害額の主張立証の不合理さについては枚挙にいとまがない。本件解体工事により発生した粉塵によって原告に何らかの被害が発生したことは否定できないが、その損害額が既に授受を了した金二〇〇万円を超えることについては、結局、本件全証拠によっても認めることはできない。

とするとクーズ及びシードの責任の有無について判断するまでもなく、原告の被告ら全員に対する本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官髙木新二郎 裁判官佐藤陽一 裁判官釜井裕子)

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