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東京地方裁判所 平成元年(ワ)13255号 判決 1991年7月25日

原告 株式会社光伸

右代表者代表取締役 東野公一

右訴訟代理人弁護士 深沢守

同 守屋文雄

被告 ダス株式会社

右代表者代表取締役 木内石

右訴訟代理人弁護士 西村孝一

同 細野良久

主文

一  原告の主位的請求をいずれも棄却する。

二  被告は、原告に対し、原告から金一億円の支払を受けるのと引換えに別紙物件目録記載の建物部分を明け渡せ。

三  原告の予備的請求のうちのその余の請求部分を棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

(第一次的請求)

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡し、かつ、昭和六三年一〇月二五日から右明渡済みまで一か月金一九八万六八〇〇円の割合による金員を支払え。

(第二次的請求)

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡し、かつ、平成元年六月一七日から右明渡済みまで一か月金一九八万六八〇〇円の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

被告は、原告に対し、原告から金六〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡せ。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  1につき、仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を含む同目録表示の事務所・倉庫(以下「弓町東野ビル」という。)を所有している。

2  原告は、昭和六一年八月ころ、被告に対し、本件建物部分を、賃料月額金一二八万円、管理費月額金六万二〇〇〇円、期間昭和六〇年一〇月二五日から昭和六三年一〇月二四日までの三年間の約定で賃貸した(この契約を以下「本件賃貸借契約」という。)。本件賃貸借契約においては、被告が通信販売業務を行う暫定的な必要に基づき一時使用する賃貸借とすることが原、被告間で約定された。

3  被告は、昭和六三年一〇月二四日の一時使用の賃貸借期間が経過しても、原告に対し、本件建物部分を明け渡さない。

4  昭和六三年一〇月二五日以降の本件建物部分の賃料相当額は、月額金一九八万六八〇〇円を下らない。

5  仮に一時使用の賃貸借である事実が認められないとしても、被告は、次に掲げる契約違反をしたので、原告は、遅くとも平成元年六月一六日、被告に対し、本件賃貸借契約を解除する意思表示をした。

(一) 本件建物部分の使用目的を通信販売業務に限定し、それ以外の目的で使用してはならない約定であるのに、被告は、訴外株式会社フレンズオブフリージア(以下「フレンズオブフリージア」という。)の顧客管理及び債権管理の代行業務のコンピューター室として使用した。

(二) あらかじめ書面による原告の承諾なくして、本件建物部分の全部又は一部を第三者に転貸し、名義の如何を問わず使用せしめ、又は第三者と共同使用してはならない約定であるのに、被告は、(1)通販代行センター株式会社、(2)株式会社ヒルプ、(3)株式会社ヘルシー・メディカル社、(4)株式会社ユニバース企画、(5)株式会社日本通販センター及び(6)日本通販代行センターに本件建物部分を転貸し、又はこれらと共同使用している。

6  仮に一時使用の賃貸借である事実が認められず、かつ、5の解除による本件賃貸借契約の終了が認められないとしても、原告は、被告に対し、平成二年一一月二八日の本件訴訟第一一回口頭弁論期日において、本件賃貸借契約につき次に掲げる諸事由による正当事由がある解約の申入れをした。

(一) 弓町東野ビルは、昭和四六年建築の中古ビルであるが、その構造、施工等が簡略に過ぎたため、所轄消防署等から改善命令を受け、老朽化が見られ、また、建蔽率、容積率等において建物敷地の最有効利用からほど遠い利用状態にあるので、全面改築(建替)の必要があること。

(二) 実際にも全面改築(建替)のため被告以外のテナントのうち二社は既に明渡済みであり、もう一社とも原告は明渡交渉を継続中であること。

(三) 被告は、本件建物部分において、本件賃貸借当初の使用目的であった通信販売業務をもはや行っておらず、本件建物部分を他社の顧客管理・債権管理の代行業務を行うのに必要と称するコンピューター室に充てているところ、コンピュータールームであれば本件建物部分でなければならない必要はなく、他の建物で充分代替できるのみならず、最近はそのコンピューターの稼働も皆無に近いのであって、被告による本件建物部分の使用の必要は、極めて乏しいものであること。

(四) 原告は、解約申入れについての正当事由を補完するため、立退料金六〇〇〇万円又はこれと著しい差異を生じない範囲内において裁判所が相当と認める金額の立退料を提供する旨を申し出たこと。

7  よって、原告は、被告に対し、主位的請求の第一次的請求として一時使用の建物賃貸借契約の期間終了に基づく本件建物部分の明渡し及び明渡遅延損害金の支払を、主位的請求の第二次的請求として被告の債務不履行による本件賃貸借契約の解除に基づく本件建物部分の明渡し及び明渡遅延損害金の支払を、予備的請求として正当事由ある解約申入れによる本件賃貸借契約の終了に基づく本件建物部分の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否等

1  請求原因1は、認める。

2  同2のうち、昭和六一年八月ころ、原告と被告との間で、本件建物部分について、賃料月額金一二八万円、管理費月額金六万二〇〇〇円、期間昭和六〇年一〇月二五日から昭和六三年一〇月二四日までの三年間とする本件賃貸借契約が締結されたことは認め、原、被告間で一時使用の賃貸借とすることが約定がされたことは否認する。原告は、昭和五七年一〇月二五日通信販売等を目的とする会社であるフレンズオブフリージアに対し本件建物部分を期間三年間の約定の普通の建物賃貸借として賃貸したが、その期間中の昭和五九年一一月一日、右賃貸借当事者と被告との三者間の合意により、被告がフレンズオブフリージアに代わって貸借人となり、残存賃貸借期間を引き継ぐことを内容とする賃貸借契約の更改が行われたものであり、本件賃貸借契約は、それ以前の原、被告間の賃貸借契約を合意により更新した契約にほかならないのであって、一時使用の賃貸借ではない。

3  同3のうち、被告が引き続き本件建物部分を占有していることは認め、その余は争う。

4  同4は、否認する。

5  同5、(一)のうち本件建物部分を通信販売業務以外の目的で使用してはならない約定があることは否認し、その余は認め、同5、(二)は否認し、原告がその主張する年月日ころ被告に対し賃貸借契約を解除する意思表示をしたことは否認する。

6  同6のうち、(一)から(三)までは否認し、原告の解約申入れに正当事由があることは否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(本件建物部分を含む弓町東野ビルの原告による所有)の事実及び同2のうち、昭和六一年八月ころ、原告と被告との間で、本件建物部分について、賃料月額金一二八万円、管理費月額金六万二〇〇〇円、期間昭和六〇年一〇月二五日から昭和六三年一〇月二四日までの三年間とする本件賃貸借契約が締結された事実は、いずれも、当事者間に争いがない。

二  まず、本件賃貸借契約が一時使用のためになされたことが明らかな賃貸借であるかどうかについて判断する。

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五七年一〇月二五日、通信販売等を目的とする会社であるフレンズオブフリージアに対し、本件建物部分を、賃貸借の目的として通信販売業の目的に使用すること、期間昭和六〇年一〇月二四日までの三年間、賃料一か月一二〇万円、管理費一か月五万円、保証金一五〇〇万円、契約期間満了三か月前に協議の上更新することができ、更新時には改定賃料の一か月分を更新料として支払う等の約定の普通の建物賃貸借として賃貸した(この賃貸借契約の契約書が乙第二号証である。)が、その賃貸借期間中の昭和五九年一一月一日、右賃貸借当事者と被告との三者間の合意により、フレンズオブフリージアの子会社でフレンズオブフリージア・グループの通信販売業務の受託代行を業務目的とする被告がフレンズオブフリージアに代わって右賃貸借の賃借人となり、残存賃貸借期間を引き継ぐことを内容とする賃貸借契約の更改が行われた。

(二)  右の更改後の原、被告間の賃貸借契約は、昭和六〇年一〇月二四日その賃貸借期間が満了したが、その満了の前後ころから原、被告間の合意更新のための交渉が行われるようになったものの、原告は、合意更新の内容として、(1)従来の賃料及び管理費の合計月額一二五万円を賃料月額一三二万円及び管理費月額七万二〇〇〇円の合計月額一三九万二〇〇〇円に増額し、(2)更新料として右の増額後の賃料一か月分を支払うことを要求し、これに対し、被告は、賃料の若干の増額には応ずるとしても、原告要求のような大幅の増額は拒絶するし、管理費の増額及び更新料の支払には、全く応じられない旨の応答をし、両者の対立は、激しく、容易にその交渉がまとまる見込みがつかなかった。

(三)  昭和六一年三月一七日ころ、そのころ原告が依頼した川尻政輝弁護士が被告に対し、内容証明郵便をもって、被告が合意更新をするならば原告要求の右賃料及び管理費を支払え、合意更新をしないならば期間が満了しているので一〇日以内に本件建物部分を明け渡せ、期間満了を認めなくとも被告の契約違反を理由に原告が本件賃貸借契約を解約するので右の一〇日以内に明け渡せという旨の通知書を送りつけたが、原、被告間の交渉は、進捗せず、ようやく、同年七月に入って、被告会社の川嶋顧問が原告側の川尻弁護士らと交渉をもつようになって、相互の譲歩が見られ、同月二一日ころ、賃料月額一二八万円、管理費六万二〇〇〇円にそれぞれ改定し、更新料新賃料一か月分を支払い、公正証書の契約書を作るとの内容で合意更新の案が固まり、これを原告が速やかに契約書面にまとめ、双方がそれに調印するという段取りが了解された。

(四)  原告が作成した賃貸借契約書案(原、被告の記名押印及び連帯保証人の署名押印前の甲第一号証の書面)が同年八月初旬被告に届けられたが、これは、乙第二号証の契約書の体裁を基本的に踏襲しながら、三の合意更新の案に含まれる各事項を盛り込むとともに、文書の題名を「一時賃貸借契約書」と改め、かつ、その前文中の基本約定文言を「下記内容の一時賃貸借契約を締結する。」と改めたものであり、かかる「一時賃貸借」の文言を原告が用いたのは、被告が合意更新の交渉において容易に原告の要求に応じない態度(原告から見て悪い態度)をとり続けたことを主な理由として、原告が本件賃貸借を長期にわたる賃貸借とする意思がないことを表現しようとしたからであった。原、被告間の賃貸借契約を普通の賃貸借契約から一時使用の賃貸借契約に改めることについては、前記(二)及び(三)の経過中においては何ら了解されていなかったため、被告は、同月四日ころ、この「一時賃貸借」の文言に対し異議を伝えたが、原告がすぐに訂正に応じようとせず、一方被告が同年七月末ころまでに合意改定された賃料及び管理費や更新料の支払をすべて済ませていたこともあり、被告は、合意更新の交渉が更に長引くことを恐れて、同年八月中旬ころ、前記賃貸借契約書案に被告会社の記名押印をして、これを原告に届けた。このようにして、本件賃貸借契約の契約書である甲第一号証の書面が作成された。

以上の事実が認められ、証人小菅英行の証言中及び同人の陳述書である甲第一一号証中の「原、被告間の交渉中に川尻弁護士が一時賃貸借の趣旨について被告側に対して説明し、被告側もこれを了承した。被告側が一時賃貸借でもいいからとにかく貸して欲しい旨述べた。」旨の供述部分、同じく小菅証言中の「原、被告間の交渉の際、本件建物部分の老朽化が一時賃貸借の理由である旨を川尻弁護士が被告側に対して話をした。」旨の供述部分、更には、右甲第一一号証中の「被告は、その通信販売業務が昭和六三年秋には、全部終了するから、事務所の変更すなわち本件建物部分からの立退きに何ら支障がない旨を原告との交渉中に述べて、そのころまで賃貸することを求めた」旨の供述部分は、いずれも、前記の奥山証言等の前掲証拠及び右の(一)から(四)までに認定した事実の推移に照らし、不自然であって、到底信用しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右1の認定事実に基づいて考えると、確かに、本件賃貸借契約の契約書には、「一時賃貸借」の文言が用いられているが、およそ建物賃貸借が一時使用のためなされたことが明らかな賃貸借であると認められるためには、その賃貸借契約書において「一時賃貸借契約を締結する」旨の文言が用いられていれば足りるものではなく、当該賃貸借を巡る諸般の事情から、その賃貸借契約を一時・短期間に限り存続させる趣旨のものであることが客観的に判断される場合であることを要するものと解すべきところ、本件においては、本件賃貸借契約は、右認定のとおり、普通の建物賃貸借契約の合意更新の交渉が難航の末にようやくまとまって締結されたものであり、賃料及び管理費の額が相当の額であり、かつ、普通の建物賃貸借契約の合意更新の際に通常見られる程度の増額割合で賃料及び管理費の改定がされていること、相当多額の保証金の授受、契約の合意更新の手続の合意、相当多額の更新料支払の合意等が約定されていること等の事情が見られる反面、本件建物の性状に基づく短期間の使用にとどめられるべき事情が原、被告間において相互に認識・了解されたり、被告側の使用目的がその性質上当然に短期間の使用収益にとどまるものであることが原、被告間において相互に認識・了解されたりした跡が見られず、前記の「一時賃貸借」の文言も主として貸借人としての被告の態度に対する原告の嫌悪感から原告が本件賃貸借関係の長期化を望まなかったという主観的事情に基づき用いられていると認められるのであって、そうしてみると、本件賃貸借契約が一時使用のためになされたことが明らかな賃貸借であるとは到底いうことができず、他にこのことを認めるに足りる証拠は存しない。

3  したがって、本件賃貸借契約が一時使用のためになされたことが明らかな賃貸借であることを前提とし、その賃貸借期間の終了に基づき被告に対し本件建物部分の明渡し及びその終了後の明渡遅延損害金の支払を求める原告の主位的請求のうちの第一次請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならない。

三  次に、本件賃貸借契約の解除の適否について、検討する。

1  《証拠省略》によれば、本件賃貸借契約の契約書には、「本件建物部分を被告が通信販売業務の目的で使用することを条件で賃貸する。したがって、同目的以外に使用することはできない」旨の特約が記載されており、これによれば、原告と被告とは、本件建物部分の使用目的を通信販売業務に限定する約定を取り交わしたものというべきである。しかしながら、被告は、前判示のとおり、通信販売等を目的とするフレンズオブフリージアの子会社であり、フレンズオブフリージア・グループの通信販売業務の受託代行を業務目的とする会社であって、《証拠省略》によれば、被告は、本件建物部分においては、具体的には右グループに属する各社の通信販売の申込受注、顧客管理及び売上・債権管理の代行を主にコンピューターを使って実施する業務を行っていることが認められるところ、かかる業務も業務区分としては通信販売業務の一分野をなすものと考えられ、したがって、かかる業務が本件建物部分の使用の方法態様に関し右の約定の通信販売業務の範囲を逸脱するものということはできず、他に被告の本件建物部分の使用方法が本件建物の使用の方法態様に関し通信販売業務と異なる用方であることを認めるに足りる証拠がない。

そうしてみると、被告に本件賃貸借契約の使用目的についての約定の債務不履行があるとの原告の主張は、到底これを採用することができない。

2  また、《証拠省略》によれば、被告は、本件建物部分において、あるいは日本通販代行センターなる営業組織の看板を掲げ、あるいは登記簿上株式会社ヒルプの本店所在地として届け出、あるいは株式会社ヒルプ、株式会社ヘルシーメディカル社及び株式会社ユニバース企画の郵便物の配達先として届け出たこと、しかしこれらの会社等は、フレンズオブフリージア・グループに属し、被告が前述のとおり本件建物部分においてこれらの会社等の通信販売業務の一部を代行する業務を行っていること(被告とフレンズオブフリージア・グループの各社とがそれぞれ営業組織としてのどれほど明確に区別確立されているものであるかについてはなはだ曖昧な面があると見受けられるが、法律的主体としては、あくまで被告が右の業務遂行に係る権利義務関係の帰属主体となっていること)が認められるが、それを超えて、これらの会社等が自ら本件建物部分を占有使用したことを認めるに足りる証拠がない。

そうしてみると、被告が本件建物部分を他会社に転貸し、又は他会社と共同使用する債務不履行があるとの原告の主張も、これを採用することができない。

3  したがって、被告の使用目的違反又は無断転貸若しくは無断共同使用の債務不履行を理由として原告がしたという本件賃貸借契約の解除の意思表示は、解除原因を欠き、その余の点について検討するまでもなく、その効力を生ずるものではないから、右解除に基づき本件建物部分の明渡し及び明渡遅延損害金の支払を求める原告の主位的請求のうちの第二次的請求も、その余の点について判断するまでもなく、失当といわざるを得ない。

四  進んで、本件賃貸借契約の解約申入れの正当事由の存否について、判断する。

1  本件賃貸借契約の賃貸借期間は、前記認定のとおり、昭和六三年一〇月二四日までであったが、被告がその期間満了後も引き続き本件建物部分を占有していることは当事者間に争いがなく、これによれば、本件賃貸借契約は、右の期間満了の際法定更新され、期間の定めがない建物賃貸借となったものというべきところ、請求原因6のうち、平成二年一一月二八日、本件訴訟の第一一回口頭弁論期日において、原告が弓町東野ビルの老朽化とその建替えの必要性等を理由として被告に対し本件賃貸借契約の解約の申入れをし、その際、その解約申入れの正当事由を補完するため立退料金六〇〇〇万円又はこれと著しい差異を生じない範囲内で裁判所が相当と認める金額の立退料を提供する旨申し出たことは、当裁判所に顕著である。

2  《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。

(一)  弓町東野ビルは、昭和四六年二月ころ建築された鉄骨プレハブ構造の事務所・倉庫用の三階建の建築物であるが、急いで行われた簡易な設計に基づき、少ない費用で簡素な材質の資材をもって建築されたものであるため、同種の建物に比較し相当に低位の品柄のものである。のみならず、建築後の約二〇年の経過により、屋根の鉄板に腐食による穴が生じ、屋上に近い外壁にひび割れが見られ、これらの原因による雨漏りのため天井に汚損等が生じ、鉄部の発錆腐蝕も見られ、建築後の経過年数の割には、老朽化、機能的陳腐化の度合いが大きいこと。

(二)  弓町東野ビルは、JR線水道橋駅、地下鉄都営線水道橋駅に徒歩四分、地下鉄丸の内線本郷三丁目駅にも徒歩数分のところにあり、弓町東野ビルの敷地が所在する地域は、建蔽率八〇パーセント、容積率四〇〇パーセントの近隣商業地域に属し、鉄道及び幹線道路に近接して交通の利便性が高く、幅員六・六~六・八メートルの舗装道路に接する立地条件の優れた地域であること。

(三)  近隣地域は、右の立地条件等に恵まれているため、漸次、業務用地化が進行し、有効な土地利用としては、四~六階建の事務所又は事務所併用の集合住宅の敷地とすることが想定されているところ、弓町東野ビルは、その使用容積率が約二六八パーセントで規制容積率の六七パーセントを消化するにとどまっていること。

(四)  原告は、本件賃貸借契約を締結した後、一時賃貸借契約として昭和六三年一〇月二四日には、被告が本件建物部分の使用を終了してこれを明け渡すことになると予測し得たので、昭和六二年ころから、弓町東野ビルを建て替えて、六階建程度の貸事務所ビルを建築する計画の検討をするとともに、被告以外のテナント三社に対し、建替えを理由とする立退きを交渉し始め、昭和六三年二月ころ及び同年八月ころにそれぞれ一社のテナントの立退きが完了し、残る一社も現在その交渉にある程度の目処が立つ状態に至り、原告は、平成元年に入って、地上六階地下二階の新建物建築工事の計画書を作成したこと。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右2の認定事実によれば、原告が有する弓町東野ビルの建替えと新しい六階建の事務所用建物の建築計画は、弓町東野ビルの老朽化及び陳腐化、近隣地域の状況の進展に応じたその敷地の有効な利用等にかんがみ、社会的必要に応じた、相当の合理性を有するものというべきであり、したがって、こうした計画を実行に移すために被告から本件建物部分の明渡しを受けるべく本件賃貸借を終了させることについて原告が有する便益すなわち原告の本件建物部分を使用する必要は、必ずしも、小さいものとはいえない。

他方、被告は、本件建物部分において前記認定のとおりフレンズオブフリージア・グループの各社の通信販売業務のうち、申込受注、顧客管理及び売上・債権管理の代行を主にコンピューターを使って実施する業務を行っており、弁論の全趣旨によれば、他の同様の場所では本件賃貸借における程度の賃料では済まないことが明らかであり、そのため、被告が従前どおりの利益を収めることは相当に困難であるから、被告の本件建物部分を使用する必要は具体的であるといわなければならない。しかしながら、《証拠省略》によれば、被告は、平成二年春ころから本件建物部分におけるコンピューターをほとんど稼働させなくなり、本件建物部分において勤務する従業員の数も激減していることが認められ、これによれば、被告が本件建物部分を使用して処理すべき業務の量に最近になって大きな変化が生じているとともに、被告の行う通信販売の代行業務が本件建物部分のように交通の利便性の高い、立地条件の優れた地域の建物のような特定の場所を必ずしもその不可欠の遂行条件とするものではなく、かつ、その業務を行う場所の面積も必ずしも常時本件建物部分ほどに広い必要がないものと推認される。

そうとすれば、原告から被告に対し、被告がこの段階で本件建物部分等を使用することができなくなることに対する相当程度の金銭的補償を内容とする立退料が提供されるならば、原告の解約申入れは、その正当事由を備えるものというべきである。

4  しかして、立退料の額については、《証拠省略》により認められる弓町東野ビルの敷地の土地の価格、右の価格その他から想定される本件建物部分同様の貸事務所についての新規賃料の水準(平成二年一〇月現在で、低くとも月額にしておおむね二〇〇万円程度と想定される。)、本件建物部分についての本件賃貸借による前判示の賃料月額(一二八万円)、同じく原告が預かり保管中の本件賃貸借の保証金額(一五〇〇万円)及び近隣地域の貸事務所の保証金の水準(坪当たり三〇万円を下らない水準であり、本件建物部分の面積約一二〇坪と同様のスペースについては三六〇〇万円を下らないことになる。)、平成二年一〇月一日現在における本件賃貸借契約による借家権の価格についての鑑定の結果(一億〇九四〇万円)、被告による本件建物部分のこれまでの賃借期間が七年足らずである(その間に被告が支払った賃料の総額は、おおむね一億円と算定される。)ことその他本件にあらわれた諸般の事情を総合して、これを金一億円と定めるのが相当である。

しかして、右認定の立退料の金額は、前記のとおり原告がその提供を申し出た額(以下「原告提示額」という。)を上回るものであるが、原告に前判示の建替えと新築計画があること及び弁論の全趣旨によれば、右の認定の金額は、原告提示額と著しい差異を生じない範囲内にあり、かつ、原告が立退料の提供を申し出た日以降右認定の金額程度の立退料を提供する意思を有するものと認められる。

5  そうだとすると、前記のとおり原告が平成二年一一月二八日にした解約申入れは、その後六か月を経過した平成三年五月二八日をもってその効果を生じ、同日限り本件賃貸借契約は終了したものというべきであるから、被告は、原告に対し、同日以降原告が金一億円を支払うのと引換えに本件建物部分を明け渡す義務があるというべきである。

五  以上の次第で、原告の主位的請求は、その第一次的請求も第二次的請求も、理由がないからこれを棄却し、予備的請求は、原告において被告に対し立退料として金一億円を支払うのと引換えに本件建物部分の明渡しを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九二条を適用し、仮執行の宣言については、相当でないから、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 雛形要松)

<以下省略>

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