東京地方裁判所 平成元年(ワ)14010号 判決 1996年3月25日
原告
福富節男
同
大島孝一
同
天野恵一
同
前田浩喜
同
山本英夫
同
中川信明
同
池田五律
右原告ら訴訟代理人弁護士
後藤昌次郎
同
庭山正一郎
同
石田省三郎
同
戸谷豊
同
大谷恭子
同
黒田純吉
同
虎頭昭夫
同
井上章夫
同
小島啓達
同
幣原廣
同
富永敏文
同
赤羽宏
同
鬼束忠則
同
小川原優之
同
澤本淳
同
内田雅敏
同
芳永克彦
同
内藤隆
同
山崎惠
被告
東京都
右代表者知事
青島幸男
被告指定代理人
尾崎篤司
外三名
主文
一 被告は、原告山本英夫に対して、金五万円及びそれに対する平成元年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告池田五律に対して、金五万円及びそれに対する平成元年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告山本英夫及び同池田五律のその余の請求を、いずれも棄却する。
四 原告福富節男、同大島孝一、同天野恵一、同前田浩喜及び同中川信明の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、原告山本英夫と被告との間に生じた部分についてはこれを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告山本英夫の負担とし、原告池田五律と被告との間に生じた部分についてはこれを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告池田五律の負担とし、その余の原告らと被告との間に生じた部分については、その余の原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告前田浩喜に対し、金三〇〇万円、その余の原告らに対しそれぞれ金一〇〇万円と、各金員に対する不法行為の日の翌日である平成元年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告らに対し、別紙謝罪文を交付せよ。
第二 事案の概要
一 平成元年六月一一日、日比谷公園で「安保も天皇制もいらない六月共同行動」をテーマとする集会が行われた際、被告に所属する警視庁の機動隊員らが日比谷公園の入口で集会参加者に対して職務質問、所持品検査を行い、原告前田浩喜を公務執行妨害容疑で逮捕した。本件は、原告らが、右の機動隊員らによる職務質問、所持品検査は、右集会の主催者である原告らの集会開催を妨害し、集会参加者であった原告らの身体の自由、プライバシー及び集会参加の自由を侵害し、また、原告らの名誉を侵害するものであったとして、被告に対して、国家賠償及び謝罪文の交付を求めた事案である。
二 争いのない事実
1 平成元年六月一一日正午すぎ、「安保も天皇制もいらない六月共同行動」をテーマとして、日比谷公園大音楽堂における集会(以下「本件集会」という。)と、それに引き続く集団示威行動が行われた。
2 本件集会に先立ち、原告福富節男(以下、「原告福富」という。)は、平成元年六月七日、原告天野恵一(以下「原告天野」という。)の代理人小林広明とともに、東京都公安委員会に赴き、本件集会とこれに引続くデモについて、東京都集会・集団行動及び集団示威運動に関する条例(以下「都条例」という。)に基づく許可申請手続をなし、その場で公安委員会と折衝してデモコースを決定した。申請書には、本件集会の参加予定者は一五〇〇名程度と記載されていた。
3 警視庁は、本件集会の参加者に対して危険物持込み防止のために、機動隊が部隊で職務質問及び所持品検査(以下「本件検問」という。)を行うこととして、同日午前九時四五分ころから警視庁第五機動隊、第八機動隊の約四四〇名が日比谷公園の警戒を開始した。
4 被告は、警視庁及びその職員を管理する者である。
三 判断の前提となる事実
証拠(甲一、四、六の1ないし四、七の1、2、八、一三の1、2、二〇ないし三二、三四、四二、乙一一、一三、二三、証人浜崎一浩、同佐々木庸喜、同栗原靖憲、同湊和彦、同屋野和俊、原告福富節男、同大島孝一、同山本英夫、同池田五律)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
1 六月共同行動
(一) 昭和四〇年四月、ベトナム戦争に反対するという立場の人間が自ら責任をもって行動することを目標とした非暴力の市民運動組織である「ベトナムに平和を!市民運動」(以下「べ平連」という。)が結成された。べ平連は、昭和四三年六月にベトナム戦争の即時停止を求めて六月共同行動月間を作り、昭和四五年までは、毎年六月に反戦デモを行った。その後、昭和五〇年六月に、ベトナムのサイゴン陥落を記念した市民行動が行われ、昭和五五年に、べ平連関係者、反徴兵制度運動関係者などが集まって、「反安保・反徴兵・日韓民衆連帯六・一五集会」が開かれ、その後、毎年六月に、「六月共同行動」として、集会及びそれに続く集団示威運動が行われるようになった。六月共同行動のテーマは、その年ごとに社会的に問題になっている事柄が取上げられており、昭和六二年には、昭和天皇の代替りが近いということで、安保体制・天皇制をテーマとした六月共同行動が行われ、昭和六三年には、「安保・天皇訪沖・国家秘密法を許すな六月共同行動」が行われた。
(二) 六月共同行動の原則は、行動目標が一致する団体すべてが協力すること、基本的な行動方針は実行委員会の全体の会議で決定すること、参加する団体は互いの主義主張の違いを認め、相互の立場を尊重すること、各団体は責任をもって行動を選択し、自主性を尊重することであった。
(三) これまでの六月共同行動では、昭和五五年から昭和五八年までの毎年の集団示威行動、昭和六三年の集団示威行動において、それぞれ警備に当たっていた機動隊員と集団示威行動参加者との間でトラブルが発生して、集団示威行動参加者が公務執行妨害罪で現行犯逮捕されたことがあった。また、昭和六〇年には、機動隊員から職務質問を受けた参加者が機動隊員に暴行を加えて公務執行妨害罪で現行犯逮捕された。ただ、昭和六二年の集団示威行動で、機動隊員に対する投石により公務執行妨害罪で現行犯逮捕された者は、集団示威行動の参加者ではなく、集団示威行動を見物している者であった。
本件の前年の六月共同行動では、牛乳ビン、コーラを日比谷公園内に持込もうとした集会参加者がおり、機動隊員は、それらが投てきされた場合には凶器になると考えて、それらを危険物として集会終了時まで預かった。
2 本件集会の参加者
(一) 本件集会には、個人の市民運動家の他、多数の団体等も参加し、戦旗・共産主義者同盟(以下「戦旗共産同)という。)、第四インターナショナルといったいわゆる極左集団の構成員も参加していた。
(二) 右団体のうち戦旗共産同は、昭和六〇年九月二九日、成田空港反対運動の集団示威行動の際、機動隊員に対して投石、火炎瓶を投げつけ、天皇在位六〇周年記念式典の前の昭和六一年三月二五日、皇居と駐日米国大使館に時限発射装置によって火炎瓶五発を発射し、昭和六三年四月一三日、成田空港内の新東京国際空港公団工事局の屋上に迫撃弾を打ち込み、また、平成元年二月二一日、成田空港付近で、成田空港を狙い翼付き弾を設置するなどの違法行為を過去に行っていた。本件集会については、戦旗共産同の機関紙は、リクルート疑惑解明、自民党政府、天皇制を含めた「日帝自民党支配」の打倒のために他の団体と協同して闘う「六・一一闘争」であるとし、戦旗共産同の構成員は本件集会に参加して六・一一闘争の大勝利をかちとろうと呼びかけていた。
3 本件集会に対する警備方針
警視庁では、本件集会には、戦旗共産同の構成員が多数参加するとの事前の情報を得ていたため、昭和天皇崩御及び明仁親王即位の年に行われることでもあり、戦旗共産同活動家が本件集会の会場内に危険物や用法上凶器となり得る鉄パイプ、角材、石、空きビン等(まとめて以下「危険物等」という。)を持込んで、規制に当たる機動隊員らに対して公務執行妨害罪、傷害罪、暴力行為等処罰に関する法律違反等の違法行為を行ったり、本件集会に対する右翼活動家が本件集会を妨害しようとしたりする可能性が例年の六月共同行動よりもはるかに高いものになると予想した。
そこで、警視庁では、集会参加者が、本件集会の会場内に危険物等を持ち込んで、規制に当たる機動隊員らに違法行為を行うのを防止し、また、右翼団体の構成員による本件集会及び集団示威行動の妨害を防止して、本件集会や集団示威行動を違法行為なく終了させるために、主として、戦旗共産同の構成員らを対象として、集会場である日比谷公園内に危険物が持ち込まれないよう警戒に当たり、違法行為が発生したときは、看過することなく検挙することにした。具体的には、マスク、サングラス、帽子等を着用するなどして顔を隠すようにし、ナップザック、かばん、スポーツバッグ等(以下「ナップザック等」という。)を所持した者を中心に、その所持品を徹底的に検査することとし、このような風体の者は、その進行を止めてナップザック等の中の所持品について質問し、所持品を外部から触り、その結果危険物等を所持している疑いがあれば承諾がなくてもナップザック等を開けるなどして危険物等の有無を確認し、危険物等があればどのようにしてもそれを提出させ、又は放棄させることもやむを得ないという方針をもって臨むこととした。また、車両に対しても、鉄製の車止めを置いてその進行を阻んだ上に、運転者の免許証を確認することはもとより、その車両が日比谷公園内に進入することを許し得るものであるかどうか、積載物として危険物等が存在しないか否か等を確認する方針がたてられた。
機動隊員らは、前記方針に従って、以下のとおり、本件検問を実施し、その結果、現行犯逮捕された原告前田のかばんの中から催涙スプレーが発見されたが、危険物等は、何ら発見されなかった。
4 日比谷公園霞門(以下「霞門」という。)における検問の状況
霞門での警戒は、警視庁第五機動隊(隊長は川尻)第二中隊長屋野和俊(以下「屋野中隊長」という。)が、午前九時四五分ころから約五〇名の隊員を指揮して行い、午前一〇時前からは屋野中隊長の指揮下にある第二小隊が、午前一〇時五五分からは第一小隊の佐々木庸喜小隊長(以下「佐々木小隊長」という。)らが、霞門から日比谷公園内に入ろうとする集会参加者と思われる者に対して検問を行った。
本件集会当時、霞門には複数個の車止めを(逆U字型のもの)が日常的に設置されていたが、当日には、左右両端の車止めを除いた残りの車止めが黒色と黄色のロープで結ばれて通行できないようにされており、機動隊員らは、霞門の外側で日比谷公園内から公園外に出ようとする集会参加者の進行(逆流)を防止するなどの警備を行った。機動隊員は、すべての通行者に対して逆流防止等の措置をとったわけではなく、出入口の左右両端の車止めと門柱との間から自由に出入りする者もいた。
5 営団地下鉄霞ケ関駅B2出入口(以下「B2出入口」という。)における検問の状況
霞門付近にある営団地下鉄霞ケ関駅B2出入口における検問では、機動隊員らは、別紙機動隊員配置図のとおり、B2出入口から一メートルほどのところでB2出入口の壁と平行に並び、B2出入口の階段のすぐ上には分隊長又は小隊長クラスの指揮官が立って、階段を上がってくる集会参加者を見て、検問を行うかどうかの判断をして、部下の機動隊員に指示を出していた。霞門付近には指揮車が止っており、午前一一時以降には、集会参加者に対して検問に従うようマイクで呼びかけるとともに、機動隊員らに対しては徹底した検問を行うよう指示していた。
機動隊員らは、マスク、サングラス、帽子等を着用したりナップザック等を所持している者及びそのような者を含む集団に対して検問を行うこととし、その方法として、これらの被検問者に対し機動隊員の隊列とB2出入口の壁との間の幅狭い部分しか通行できないように規制し、その間に進んだ被検問者各人に対し、所持品検査のため停止することを求め、その停止要求に応じない場合には複数人の機動隊員が同時に手を突き出して行く手を遮ったりして事実上その進行を阻んで所持品検査への協力を求めることとした。実際に検問が始まると、機動隊員らは、ぐっと被検問者に近づいたので、被検間者は、機動隊員らの列とB2出入口の壁に挟まれ、その進行が困難になった上、機動隊員らは、被検問者に対し、そのナップザック等の中身の所持品について質問したり、ナップザック等を外から触ったり、ナップザック等を開いて中身を確認することもあった。
所持品検査が必要とは思われない者に対しては、機動隊員らは、質問すらしないで、通過させることもあった。機動隊員らの列の先頭で盾を所持していた機動隊員は、参加者と思われる通行人に対して背を向けて立っていたこともあったが、検問を行うべきと思われる者が進行してきたときには、向き直って盾をその者に向け、被検問者らの進行を阻んだり、進行方向を変えさせたりしたこともあった。被検問者の中には、「誰もあなたの荷物を開ける権利はない」などと記載されていた黄色のビラ(甲五)を持ち、それを機動隊員らに示して所持品検査を拒否する態度を示した者もいたが、機動隊員らは、そのビラの記載を無視して、所持品検査が必要と思われる者に対しては、右のような検問を行った。
6 日比谷公園西幸門(以下「西幸門」という。)における検問の状況
西幸門での警戒は、警視庁第五機動隊第三中隊長藤元静夫(以下「藤元中隊長」という。)が、午前九時四五分ころから、約五〇名の機動隊員を指揮して行い、岩川小隊と、山上正彦小隊長(以下「山上小隊長」という。)以下九名の山上小隊とが交代で、西幸門の車止め前に、縦1.3メートル、横一メートルのX字型の鉄製の移動式車止め(以下「鉄製車止め」という。)を置き、西幸門から日比谷公園内に入ろうとする集会参加者と思われる者が運転する自動車を止めて、運転者の免許証の確認、積載物の確認を目的とした検問を行った。
7 原告前田浩喜(以下「原告前田」という。)の逮捕
前記5のような検問が続けられていた霞門付近で、午前一一時三〇分ころ、岡哲郎(以下「岡」という。)は、警視庁第五機動隊第二中隊巡査佐藤昌史(以下「佐藤巡査」という。)の雨衣の肩章を背後から引っ張り破損したという公務執行妨害の容疑で、同中隊巡査嶋田浩之(以下「嶋田巡査」という。)と同中隊分隊長菅泉啓治(以下「菅泉分隊長」という。)によって現行犯逮捕された。その際、原告前田は、同中隊巡査栗原靖憲(以下「栗原巡査」という。)の胸部等を手で突くなどの暴行を行った容疑で、栗原巡査と同中隊分隊長那須政明(以下「那須分隊長」という。)によって現行犯人として逮捕され、平成元年六月一三日まで警視庁神田警察署に留置された。
8 原告池田五律(以下「原告池田」という。)に対する検問の状況
前記6のような検問が行われていた西幸門を、午前一一時三〇分すぎ、原告池田が運転する赤色軽四輪乗用車(三菱ミニカ、登録番号品川四〇―七五五八。以下「本件自動車」という。)が通行しようとした際、山上小隊長、その指揮下にある湊和彦分隊長(以下「湊分隊長」という。)らは、原告池田に対し、その通行を停止させ、職務質問、車両積載物の検査を行い、機動隊員らは、本件自動車のハッチバックドアを開け、車両の積載物がパンフレットなどの書籍、旗一枚、旗竿一本であることを確認した。この検査は午前一一時五〇分ころ終了した。
右5の事実認定に対し、被告は、機動隊員らは、被検問者たちが検問を拒否して擦り抜けられるような間隔を開けて警備しており、また盾を持った機動隊員が集会参加者の進行を妨害するような配置にはなっていなかったと主張するが、証拠の写真(甲二八⑪、⑫、三二③、⑦、⑧、甲三四②、④、⑤)中にも、少なくとも検問実施中は、被検問者の進行方向前方には盾を持った機動隊員が集会参加者たちの方に盾を向けて立っており、かつ、機動隊員らもB2出入口の壁との間隔を狭くして横隊に立ち並んで被検問者たちが擦り抜けられないような配置をとった光景が現に写っているのであって、前記5の事実は、その余の前掲証拠も合せると、十分これを認めることができ、他にその認定を左右すべき証拠はないので、被告の右主張は採用できない。
四 主要な争点
1 原告福富、同大島孝一(以下「原告大島」という。)、同天野(この三名を以下「原告福富ら」という。)の権利侵害の有無
2 原告山本英夫(以下「原告山本」という。)に対する検問の適法性
3 原告中川信明(以下「原告中川」という。)に対する検問の適法性
4 原告池田に対する検問の適法性
5 原告前田の逮捕の適法性
五 各争点に対する当事者の主張
1 争点1(原告福富らの権利侵害の有無)について
(一) 原告福富らの主張
(1) 原告福富は、平成元年六月七日、原告天野の代理人小林広明とともに、本件集会に関して東京都公安委員会に赴いて都条例に基づく許可申請手続をなし、また、本件集会において主催者を代表して同日の行動提起の演説を行った者であり、原告大島は、主催者の一員として、本件集会における集会テーマ報告のなかで、反天皇制の報告を行った者であり、原告天野は、都条例に基づく許可申請手続において、本件集会とデモの主催者の代表名義人となるとともに、本件集会の会場である日比谷公園大音楽堂の借入名義人となり、本件集会においては、主催者を代表して経過報告を行った者であり、いずれも本件集会の主催者としての役割を果たした者である。
(2) 機動隊員らによる本件検問によって、本件集会の開会は遅延し、集会参加者は集会に集中することができなくなり、また、原告福富ら主催者は、機動隊員らに対する抗議のためあらかじめ検問の違法を訴えるビラやパネルを作成し、弁護士に違法行為の監視活動を要請し、現場での違法行為の状況を写真やビデオ、カセットテープなどで採証することを余儀なくされたため、集会に精力を集中することを阻まれた。このように、原告福富らは、集会開催を妨害され、精神的損害を負った。
(3) 機動隊員らは、弁護士等が検問の違法性を指摘し、集会参加者らも同旨のビラを示して抗議したにもかかわらず、検問を継続したものであるから、当然検問が違法であることを知っていたといえる。それにもかかわらず、機動隊員らは、本件集会及び集団示威行動が天皇制や日米安保体制を批判するものであることを理由に、そのような言論・集会の自由を抑圧する意図のもとに、これらの違法な検問を行ったものであって、故意による不法行為を行ったものというべきである。
(4) 機動隊員らの右違法行為によって、原告福富らが負った精神的損害は、原告福富ら各自について、金一〇〇万円を下らない。また、機動隊員らの前記の違法な捜索・身体検査・逮捕によって、原告福富らは、自己が主催する集会があたかも違法なものであるかのごとく取り扱われたことにより、著しく名誉を毀損されたので、その損害の回復には、前記の金銭賠償に加え、別紙謝罪文が交付される必要がある。
(二) 被告の主張
本件集会の主催者は、「安保も天皇制もいらない六月共同行動実行委員会」であって、原告福富らは、本件集会の主催者ではなく、単なる参加者にすぎないから、原告福富らには、集会開催について特別の利益はなく、権利侵害もない。また、そもそも本件検問は、相手方の任意の協力ないし承諾を得るという態様により、警察法二条一項、警察官職務執行法二条一項を根拠として行ったもので、適法である。
仮に原告福富らが、本件集会の主催者であって、機動隊員らによる検問が違法なものであったとしても、本件集会は予定通り開催され、予定通り終了したのであるから、機動隊員らは集会開催を妨害していない。
2 争点2(原告山本に対する検問の適法性)について
(一) 原告山本の主張
(1) 原告山本は、午前一〇時三五分すぎに、B2出入口を出たとたん、機動隊員から荷物を見せるように言われ、これを拒否したところ、五、六人の機動隊員に体を押さえ付けられて、承諾していないのに背中に背負っていたナップザックのファスナーを開けられ、胸ポケットとズボンのポケットを触られ、ズボンのポケットに入っていた財布の中の所持品が何であるか詰問された。原告山本が鍵だと答えて検問に抗議したところ、ようやく解放された。原告山本は、二、三分間、身体の拘束を受けた。
(2) 機動隊員らによる原告山本に対する検問は、警察官職務執行法二条の定める要件を欠くものであり、しからずとするも、任意の職務質問とこれに伴う所持品検査として許される限界をこえた強制処分としての捜索・身体検査で、刑事訴訟法に定める要件を欠いた違法なものであり、原告山本は、身体の自由、プライバシー及び集会参加の自由を侵害され、精神的損害を負った。
(3) 機動隊員らは、本件検問が違法であることを知りながら、原告山本に対して検問を行ったのであるから、故意の責任を負う。
(4) 機動隊員らによる本件検問によって原告山本が負った精神的損害は、金一〇〇万円を下らない。また、機動隊員らの前記の違法な捜索・身体検査によって、原告山本は、理由なく刑事犯罪を犯したものとして取り扱われたことにより著しく名誉を毀損されたので、その損害の回復には、前記の金銭賠償に加え、別紙謝罪文が交付される必要がある。
(二) 被告の主張
機動隊員らが原告山本に対して検問を行ったことは知らないし、仮に検問を行ったとしても、機動隊員らは、任意の協力ないし承諾を得るという態様により、警察法二条一項、警察官職務執行法二条一項を根拠として検問を行ったものであるから、本件検問は適法である。
3 争点3(原告中川に対する検問の適法性)について
(一) 原告中川の主張
(1) 原告中川は、午前一一時一〇分ころ、B2出入口を出ようとしたところ、三人の機動隊員から所持品検査をするから荷物を見せるよう言われた。原告中川がこれを拒否すると、約五、六人の機動隊員が原告中川の体を押さえ付け、原告中川が背負っていたナップザックの口を引っ張ってナップザックの口を開け、中に手を入れようとした。そこへ、他の集会参加者が来たために機動隊員らは原告中川を解放した。
(2) 機動隊員らによる原告中川に対する検問は、警察官職務執行法二条の定める要件を欠くものであり、しからずとするも、任意の職務質問とこれに伴う所持品検査として許される限界をこえた強制処分としての捜索・身体検査で、刑事訴訟法に定める要件を欠いた違法なものであり、原告中川は、この検問によって、身体の自由、プライバシー、集会参加の自由を侵害され、精神的損害を負った。
(3) 機動隊員らは、本件検問が違法であることを知りながら、原告中川に対して検問を行ったのであるから、故意の責任を負う。
(4) 機動隊員らによる本件検問によって原告中川が負った精神的損害は、金一〇〇万円を下らない。また、機動隊員らの前記の違法な捜索・身体検査によって、原告中川は、理由なく刑事犯罪を犯したものとして取り扱われたことにより著しく名誉を毀損されたので、その損害の回復には、前記の金銭賠償に加え、別紙謝罪文が交付される必要がある。
(二) 被告の主張
機動隊員らが原告中川に対して検問を行ったことは知らないし、仮に検問を行ったとしても、機動隊員らは、任意の協力ないし承諾を得るという態様により、警察法二条一項、警察官職務執行法二条一項を根拠として検問を行ったものであるから、本件検問は適法である。
4 争点4(原告池田に対する検問の適法性)について
(一) 原告池田の主張
(1) 原告池田は、午前一一時三〇分ころ、助手席に女性一名を同乗させ、本件自動車を運転して西幸門から日比谷公園に立ち入ろうとしたところ、原告池田が運転免許証を提示しているにもかかわらず、機動隊員は、鉄製車止めを設置して日比谷公園への立ち入りを妨害し、一〇名以上の多人数で本件自動車を取り囲み、原告池田に対し、「こいつ」「お前」などと呼び、また、「こいつ反天小僧だ。」、「仲間たちを逮捕するぞ。それはお前のせいだ。」などの侮辱的言動を交えながら、原告池田の承諾がないのに、執拗に車内の捜索を続け、このために、原告池田は約二〇分にわたって行動の自由を束縛された。
原告池田の本件自動車内には、「新地平」、「国民と儀礼」、「天皇制なんかいらない」などの出版物と、旗一本、トランジスタ・メガホン一個、販売用折り畳み長机、雨避けのビニールシートが積載されているだけであり、これらは、いずれも本件自動車の外部から確認できるものであった。
(2) 機動隊員らによる原告池田に対する検問は、警察官職務執行法二条の定める要件を欠くものであり、しからずとするも、任意の職務質問とこれに伴う所持品検査として許される限界をこえた強制処分としての捜索で、刑事訴訟法に定める要件を欠いた違法なものであり、原告池田は、身体の自由、プライバシー及び集会参加の自由を侵害され、精神的損害を負った。
(3) 機動隊員らは、本件検問が違法であることを知りながら、原告山本に対して検問を行ったのであるから、故意の責任を負う。
(4) 機動隊員らによる検問によって原告池田が負った精神的損害は、金一〇〇万円を下らない。また、機動隊員らの前記の違法な強制的停止・捜索によって、原告池田は、理由なく刑事犯罪を犯したものとして取り扱われたことにより著しく名誉を毀損されたので、その損害の回復には、前記の金銭賠償に加え、別紙謝罪文が交付される必要がある。
(二) 被告の主張
(1) 午前一一時三五分ころ、本件自動車が西幸門に来たため、藤元中隊長は山上小隊長に職務質問するよう命じた。山上小隊長は、本件自動車に停止を求め、停止した同車の運転者に対して日比谷公園に入る理由を尋ね、免許証の提示を求めたが、運転者は、これを無視したため、再度、山上小隊長は免許証を提示するよう求めるとともに、車内に積載物件が認められたので、積載物を確認させてくれるよう求めた。すると、原告池田が、積載物の方をあごでしゃくって「見ろ」という仕草をしたので、山上小隊長らは積載物を確認し、その後、原告池田から免許証の提示も受けたので、原告池田に対する職務質問を終了した。
(2) 機動隊員らは、任意の協力ないし承諾を得るという態様により、警察法二条一項、警察官職務執行法二条一項を根拠として検問を行ったのであるから、本件検問は適法である。
5 争点5(原告前田の現行犯逮捕の適法性)について
(一) 被告の主張
(1) 原告前田は、佐藤巡査の雨衣の肩章を背後から引っ張り破損するという暴行を加えた岡を、嶋田巡査と菅泉分隊長が現行犯人として逮捕しようとした際、岡を奪還しようとして岡にしがみついた。栗原巡査が、原告前田のこの逮捕妨害行為を制止しようと原告前田の腕をつかんだところ、原告前田は、栗原巡査の胸部を殴るなどの暴行を加えた。そこで、栗原巡査及び那須分隊長が原告前田を公務執行妨害の現行犯人として逮捕した。
(2) 原告前田の暴行は、原告前田による岡の逮捕妨害行為を阻止しようとする適法な職務中の栗原巡査に対する暴行であるから、これが公務執行妨害罪を構成することは明らかであり、原告前田の逮捕は、何ら違法でない。
(二) 原告の主張
(1) 原告前田は、午前一一時三〇分ころ、他の集会参加者らとともにB2出入口を出ようとしたところ、機動隊員から所持品検査をすると言われたため、他の集会参加者らとともにこれを拒否していたところ、機動隊員は、岡を公務執行妨害の容疑で現行犯逮捕して連行しようとした。その際、集会参加者と機動隊員がもみあう状態となり、原告前田はそのもみあいの中で機動隊員らとともに転倒し、その後、原告前田は栗原巡査に対して暴行を加えたという虚偽の事実によって公務執行妨害の容疑で違法に現行犯逮捕され、警視庁神田警察署に連行された。
(2) 仮に原告前田が栗原巡査に対して暴行を加えたとしても、本件検問は全体として違法なものであり、岡の逮捕も虚偽の事実に基づく違法な逮捕であるから、栗原巡査の行為は適法な公務とはいえず、原告前田の行為は、公務執行妨害罪を構成しない。したがって、原告前田の逮捕は、違法逮捕である。
(3) 機動隊員らは、本件検問が違法であり、原告前田には被疑事実がないことを知りながら、虚偽の事実で原告前田を逮捕したのであり、故意の責任を有する。
(4) 機動隊員らの検問及び違法逮捕によって、原告前田は、身体の自由、プライバシー及び集会参加の自由を侵害され、精神的損害を負った。これは金三〇〇万円を下らない。また、機動隊員らの前記の違法な捜索・身体検査・逮捕によって、原告前田は、理由なく刑事犯罪を犯したものとして取り扱われたことにより、著しく名誉を毀損された。その損害の回復には、前記の金銭賠償に加え、別紙謝罪文が交付される必要がある。
第三 判断
一 争点1(原告福富らの権利侵害の有無)について
1 証拠(甲四、六の1ないし4、七の1、2、八、九、一〇、二〇ないし二六、乙一三、原告福富、同大島)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(一) 原告福富は、べ平連運動で活躍し、その後も政党や党派から離れた立場から非暴力で反安保などの市民運動を行い、昭和五五年ころから行われるようになった六月共同行動の推進者として活動していた者、原告天野は、反天皇制運動を行っていた者、原告大島は、キリスト者として日本キリスト教協議会に参加し、反安保運動、反天皇制運動にもかかわるようになった者である。
(二) 本件集会は、原告福富らが呼び掛け人となり、平成元年三月三一日から始まった本件集会の実行委員会では、「安保も天皇制もいらない六月共同行動」をテーマとすることが決められ、また、実行委員会の連絡先は、原告天野が所属する反天皇制運動連絡会、原告大島が所属する日本キリスト教協議会の天皇代替りに関する情報センターとされた。
(三) 本件集会は、「安保も天皇制もいらない 六月共同行動 代表天野恵一」の名で、主催者は「安保も天皇制もいらない 六月共同行動」、出席者は約一五〇〇名として、同年六月七日に、原告福富と原告天野の代理人小林広明によって東京都公安委員会に届け出がなされ、原告福富と東京都公安委員会の話し合いによってデモ行進の進路が決められた。
(四) 本件集会当日には、原告福富は、呼び掛け人を代表して行動提起の演説を行い、原告天野は、呼び掛け人の一人として反天皇制の基調報告を行い、原告大島は、午後二時ころ、日比谷公園に到着し、主催者としての立場から反安保、反天皇制を掲げた本件集会の意義について発言した。
2 原告福富らは、機動隊員らの検問によって、本件集会の開会は遅延し、集会参加者は集会に集中することができなくなり、また、原告福富ら主催者は、機動隊員らに対する抗議のためにあらかじめ検問の違法を訴えるビラやパネルを作成し、弁護士に違法行為の監視活動を要請し、現場での違法行為の状況を写真やビデオ、カセットテープなどで採証することを余儀なくされたため、集会に精力を集中することを阻まれるなどして集会開催を妨害されたと主張する。
しかし、原告らが検問に対抗する右のような措置を採ったことについては、これがために集会に精力を集中することが困難となったかどうかはひとまずおくとして、原告福富らも認めているように、前年までの六月共同行動に対する機動隊の対応や本件集会の行われた平成元年の天皇制をめぐる社会的状況などから、呼び掛け人らの本件集会を推進しようとする者が機動隊の対応が例年よりも厳しくなると予想し、それに備えて組織的に抗議活動を行う方針を決めたから、右のような措置が採られたのであって、そうすると、右のような措置と本件検問の実施との間には、相当因果関係は認められない。また、本件集会の開催が遅延したことを認めるに足りる証拠はない。更に、原告福富らが本件集会において司会を行い、行動提起の演説、基調報告、本件集会についての発言を行うことなどの主催者として本件集会を推進する行為に対し、機動隊員らがこれを直接妨害したことを認めるに足りる証拠もない。
ところで、本件検問によって、いわゆる主催者以外の一般の集会参加者が集会に集中することができなくなり、その影響を受けて本件集会の呼び掛け人である原告福富らも集会を推進するのに精力を集中することに支障が生じたことがうかがわれるが、本件集会のような一つの政治上、思想上のテーマを掲げ、そのテーマに賛成共感する限り広く一般にその参加の門戸を解放する集会にあっては、その呼び掛け人らの推進者と一般の集会参加者との間には、その集会参加又は集会における意見交換について法律的な権利義務関係を生ずべき約定が取り交わされることは事柄の性質上考えられないのであり、従って、一般の集会参加者が多数に上り、活発な意見交換が行われるなど当該集会が実質的に成功することによる利益は、専ら政治上、思想上のものであり、かつ、集会参加者各人にその各人の参加関与行為を通じて帰属するものであって、当該集会の呼び掛け人などの主催者にその主催者という地位のみに基づいて個人的に帰属する法律上の利益ではないものというべきであるから、原告福富らに前記のような精神的な支障が生じたとしても、これをもって原告福富らに対する権利侵害があったとすることはできない。
3 以上によれば、原告福富らが機動隊員らによる本件検問によって本件集会の主催者としてなす行為を妨害された事実はこれを認めることができず、右の妨害があったことを前提とする原告福富らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
二 争点2(原告山本に対する検問の適法性)について
1 証拠(甲二七、二八、証人浜崎一裕、原告山本英夫)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
原告山本は、ピンクのトレーナー、ジーンズという服装で、写真機と写真機の五〇ミリのレンズと八五ミリのレンズ及び新聞紙と折り畳み傘、雨具が入っていた紺のナップザックを背負って、午前一〇時三五分ころ、丸の内線霞ケ関駅に到着し、一人でB2出入口から外に出ようとして階段を上ったところ、階段の途中で機動隊員が原告山本を呼び止め、荷物を見せろと要求した。原告山本は、これに対し、見せる必要はないと答えたが、機動隊員が、原告山本の前に三、四人、後ろを二、三人、合計五、六人で原告山本を取り囲み、行く手を盾で遮り、その進行を阻んだ。原告山本は、所持品は写真機だけだと答えたが、機動隊員らは、原告山本の承諾を得ることなく原告山本の背負ったナップザックのファスナー二箇所を開けてその中を点検し、更に、原告山本のズボンの両側ポケットを触った。機動隊員は、原告山本のズボンの右ポケットの中の財布の中に入れてある所持品を何かと原告山本に質問し、原告山本が鍵だと答えたところ、機動隊員らは、ようやく原告山本を解放した。原告山本は、停止させられて後右の解放まで二、三分間自由に行動することが不可能であった。
2 原告山本がB2出入口を通ったころに、B2出入口で検問を行っていた証人浜崎一裕は、B2出入口での検問に当たっては、集会参加者の行く手を盾で遮ったり、承諾なく所持品検査をすることはしなかった旨供述するが、本件集会に対しては、機動隊は、前記一、3の認定のような警備方針に従って検問を行っており、原告山本がナップザックを背負っていたことからすると、機動隊員らは、原告山本に対しても徹底的にその所持品検査を行おうとしたものと考えられるほか、証人浜崎は、原告山本に対して所持品検査を行ったこと自体を直接体験又は見聞したことと認めておらず、同証人の右供述は、前記認定の妨げとならない。
他方、原告山本は、機動隊員に胸ポケットも触られた旨主張し、原告山本の本人尋問の結果中には、機動隊員に地下鉄出入口の塀に押しつけられた際には、機動隊員から公務執行妨害罪の嫌疑を受けないように腕を前で組んでいたが、機動隊員らはその腕をほどいて胸ポケットを触った旨の供述部分があるが、不自然であって、信用できない。
なお、原告山本が検問を受けた後に撮影したと供述する機動隊員の写真(甲二七)には、証人浜崎一裕の証言によれば、第二中隊第一小隊の菅泉分隊長が写っており、菅泉分隊長がB2出入口で警備に当たったのは当日午前一〇時五五分ころ以降であることを示す証拠もあって、原告山本が供述するB2出入口を出た時刻と符合しない。しかし、原告山本が写真を撮影した時間が検問を受けてから若干経過した後であった可能性もあり、原告山本がB2出入口を出た時刻及び菅泉分隊長が警備を開始した時刻もしかく正確なものとも認められないから、この程度の時刻の相違は、原告山本の供述全体の信用性を失わせるものとはいえない。
3 以上のとおり、機動隊員らは、原告山本に対して、盾で行く手を遮って停止させ、承諾がないのに原告山本のナップザックを外から触り、原告山本が写真機が入っていると答えたにもかかわらず、そのナップザックのファスナー二箇所を開けてその中を点検したほか、ズボンの両側ポケットを触ったのであるが、機動隊員らのこれらの行為、なかんずく、承諾がないのにナップザックのファスナー二箇所を開けてその中を点検した行為は、危険物等を所持している合理的な疑いが何らないにもかかわらず、許された検問の程度を超えて行った実力行使というべきであって、違法といわざるを得ない。
4 機動隊員としては、危険物等を所持している合理的疑いがない者に対し、承諾なしにナップザック等を開披して所持品検査を行うことが許されないことは、職務上知るべきことであるから、原告山本に対して検問を行った機動隊員らには、少なくとも過失があったものといわなければならない。
前記第二、三、3の認定のとおり、警視庁は、本件集会では、本件集会参加者が危険物等を用いた違法行為を行う可能性が極めて高いとの認識に基づいて警備方針をたて、機動隊員らは、その警備方針を機動隊員らにおいて一方的に疑いを持った原告山本に対しても過剰に実施し、前記違法行為を行ったと認められる。ところで、本件集会における検問では、全体でも結局、催涙スプレー一本が発見されただけであった事実からすると、警視庁は、本件集会及び本件集会参加者を具体的な根拠なく過大に危険視したものといわざるをえないが、そのような認識に基づく警備方針に従った側面があるとしても、機動隊員らの原告山本に対する前記認定の行為について、当該機動隊員らに少なくとも過失の成立を認めることの妨げとならないことは多言を要しない。
5 原告山本は、機動隊員らによる右認定の違法行為によって、身体の自由、プライバシーを侵害されたと認められるところ、右違法行為の目的、場所、プライバシー侵害の程度、身体の自由を制限した時間その他本件において認められる一切の事情を考慮すると、原告山本が被った精神的苦痛の損害の填補は、金五万円をもってするのが相当である。
原告山本が機動隊員らにより刑事犯罪を犯したものと取り扱われたことを認めるに足りる証拠はないから、原告山本の謝罪文交付の請求には理由がない。
三 争点3(原告中川に対する検問の適法性)について
1 証拠(甲二七、甲二八、三〇、三一、証人佐々木庸喜、同栗原靖憲、原告中川信明)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
原告中川は、水色のジャンパーと紺色のトレーナーを着て、茶色いズボンをはき、聖書、賛美歌、筆記用具、折り畳み傘等が入った黒の皮のナップザックを持って本件集会に参加しようとした。原告中川のナップザックは、紐で口をしめ、その上からふたをかぶせるタイプのものであった。
原告中川は、午前一一時五分ころ、霞ケ関駅の改札を出て、一一時一〇分ころ、一人でB2出入口から外に出ようとしてB2出入口の階段を上ったところ、機動隊員らの列とB2出入口の壁の間へその進路を規制され、所持品検査のために停止するよう求められた。原告中川は、「所持品を見せる必要はない」、「どのような根拠で所持品検査を行っているのか示せ」などと言って、所持品検査を拒否したところ、機動隊員らは、原告中川の進行を阻んでナップザックを外から触った。そのとき、後ろから他の集会参加者が来て機動隊員の注意がそちらに向けられたので、原告中川はその隙に機動隊員らとB2出入口の壁の間から抜け出した。
2 原告中川は、原告中川が所持品検査を拒否したところ、機動隊員らによって体を押さえ付けられて、ナップザックの紐を引っ張ってナップザックを開けられた旨主張し、本人尋問においてそれに副った供述をする。しかし、原告中川の所持品は、聖書等で、外から触るだけでも危険物でないことは容易に確認できること、原告中川も、機動隊員がナップザックの口の紐を引っ張ってその口を開ける行為までは確認していないこと、原告中川に対し停止を求め質問等を行っていた機動隊員らが、中川の後に集会参加者らが来ただけで、原告中川から注意をそらしたことことからすると、原告中川の右供述は信用できない。
3 以上によれば、原告中川は、機動隊員に所持品について質問されてもそれに答えないでいたところ、機動隊員らから僅かの時間その進行を阻まれ、ナップザックを外から触られたのであるが、機動隊員らのこれらの行為は、危険物等を所持しているかどうかについて許される検問の程度を超えた実力行使であるとまでは認められず、違法とはいえない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告中川の請求には理由がない。
四 争点4(原告池田に対する検問の適法性)について
1 証拠(甲二七、証人湊和彦、原告山本、同池田)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(一) 原告池田は、昭和六一年から本件当時に至るまで出版社である新地平社に勤務しており、本件集会で出版物を販売するために、本件自動車で午前一一時三〇分すぎ、岡田美衣を助手席に同乗させて西幸門に着いた。原告池田は昭和五五年に最初に六月共同行動に参加し、昭和六一年からは毎年六月共同行動に参加していた。
本件自動車は、三ドアタイプの自動車で、後部のドアはハッチバックドアとなっていた。原告池田は、後部座席を倒して、長机、新地平社の雑誌、単行本のほか、原告池田が参加している反天皇制運動連絡会から運搬を依頼された出版物、旗、旗竿を本件自動車に積載していたので、本件自動車の後部は積載物で一杯になっていた。長机は、長さ1.5メートル、幅0.4ないし0.5メートルで、これは座席に掛けられており、その下に雑誌などが入った段ボール箱、旗竿を置いていた。
(二) 原告池田は、午前一一時三〇分すぎころに西幸門に到着し、鉄製車止めがあるのに気付いて減速したので、山上小隊長が日比谷公園に入る目的等を尋ねたが、原告池田はそれには答えず、鉄製車止めの前で停止した。鉄製車止め付近にいた湊分隊長は、原告池田にどこに行くのかを尋ね、免許証を提示するよう求めたが、原告池田は窓を閉め切ったまま何も答えなかった。
湊分隊長は、窓ガラス越しに本件自動車の後部を見て、そこに長机、パンフレット、旗竿、段ボール箱があるのに気付いたが、段ボール箱は、長机の下にあって、何が入っているのか分からなかったので、原告池田にハッチバックドアを開けて積載物の確認をさせてくれるよう求めたが、原告池田は無言のままであった。山上小隊長と湊分隊長は、原告池田に対して、更に、どこに行くのかを尋ね、免許証の提示と積載物の確認についての承諾を再三再四求めたが、原告池田は前方を見たままこれに全く答えなかった。原告池田が免許証の提示等をしなかったため、本件車両の周りには機動隊員らが集まりだし、六名ほどの機動隊員らが本件自動車の周りを囲んだ。
原告池田が西幸門に到着してから五分ほど経ったとき、助手席から岡本美衣が下りて日比谷公園内に入っていったが、機動隊員は岡本については職務質問などは全くしなかった。山上小隊長と湊分隊長は、その後も原告池田に対して免許証を提示し積載物を確認させてくれるよう求めていたところ、原告池田は、西幸門に来てから約一〇分後ころに、積載物の方を向いてあごをしゃくる動作をした。これを見た湊分隊長らは、原告池田が積載物の検査を承諾したものと判断して、ハッチバックドアを開けて、中机の下にあった段ボール箱を引き出して、段ボール箱の中身が本とパンフレットであることを確認し、旗竿に危険な装置が付けられていないかを確認した。
(三) 湊分隊長が積載物の確認を始めたころ、六月共同行動実行委員の一人高橋寿臣が本件自動車の近くに来て、機動隊員が免許証の提示を求めるのであれば提示するよう助言した。また、このころ、日比谷公園内から、六月共同行動の実行委員らが来て、検問をやめて、早く本件自動車を通すよう抗議を始め、原告山本は本件自動車の撮影などをしていたが、西幸門の車止めのところで機動隊員に阻まれて、本件自動車から一七メートル余り離れた場所におり、本件自動車の近くに来ることはなかった。
(四) 積載物の確認の後、湊分隊長は、原告池田に免許証を確認させてくれるよう要求したところ、原告池田は、窓を閉めたまま免許証を提示したので、湊分隊長は、さらに免許証の記載事項が確認できるよう見せてくれと要求し、これに対し、原告池田は運転席の窓を一〇センチメートルほど開けて免許証を提示した。湊分隊長は、免許証の顔写真が運転者と一致すること、有効期限などを確認し、鉄製車止めを移動させて、原告池田の車を日比谷公園内に通した。原告池田が日比谷公園内に入ったのは午前一一時五〇分ころであった。
2 原告池田は、機動隊員らに対し、原告池田が西幸門に着いた直後に運転席の窓を一〇センチメートルほど開けて免許証を見せていたにもかかわらず、機動隊員らが免許証を渡すよう求めて原告池田が日比谷公園内に入るのを妨害したと主張し、本人尋問でもそれに副った供述をする。しかし、原告池田の検問を担当した湊分隊長は、原告池田は当初は湊分隊長らを無視しており免許証の提示はなかった旨供述しており、かつ、前記認定のとおり、機動隊員らは積載物の確認を終えた後、原告池田が再度免許証を提示したために原告池田を公園内に通しているのであるから、原告池田が最初から前記主張のように機動隊員に十分見えるように免許証を提示していたか疑わしく、原告池田の右供述は不自然で信用できない。
3 以上のとおり、機動隊員らは原告池田を西幸門に約一五分程度停車させ、本件自動車の外から積載物を確認することがある程度は可能であったにもかかわらず、原告池田の承諾なくしてハッチバックを開けて積載物を検査したことが認められ、機動隊員らのこれらの行為は、危険物等の所持の合理的な疑いがないにもかかわらず、許された検問の程度を超えて行われた実力行使であって、違法であるといわざるを得ない。
湊分隊長らは、原告池田があごを後ろにしゃくるような行動をしたため、原告池田が積載物検査の承諾をしたと判断して、本件自動車の積載物検査をしたと認められるが、原告池田があごをしゃくるような行動をとるまで機動隊員らも本件自動車のドアを開ける行動に出なかったのであるから、機動隊員らも、本件自動車のドアを開けて積載物検査をするには、運転者の承諾が必要であることは認識していたのであり、原告池田が、鉄製車止めが置かれ、機動隊員らが検問を行っている西幸門に来た時刻から後、機動隊員らに取り囲まれても、免許証の提示もせず積載物の内容も説明しなかったのであるから、原告池田があごをしゃくったような行動をしたとしても、これをもって原告池田が積載物検査について承諾をしたものと認定することは不当であり、湊分隊長らが改めて原告池田に対しその承諾の意思を慎重に確認することなく、原告池田が右の行動によりその承諾をしたものと安易に判断したのには、過失があるといわなければならない。
4 原告池田は、機動隊員らによる右認定の違法行為によって、身体の自由、プライバシーを侵害されたと認められるところ、右違法行為の目的、場所、プライバシー侵害の程度その他本件において認められる一切の事情を考慮すると、原告池田が被った精神的苦痛の損害の填補は、金五万円をもってするのが相当である。
原告池田が機動隊員らにより刑事犯罪を犯したものと取り扱われたことを認めるに足りる証拠はないから、原告池田の謝罪文交付の請求には理由がない。
五 争点5(原告前田の逮捕の適法性)について
1 証拠(甲二七、甲二八、三〇ないし三二、三五、三六、四二、四三、乙一八、一九、二四、証人浜崎、同佐々木、同栗原、同岡、原告山本、同前田)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
(一) 岡と原告前田は、午前九時三〇分ころ、二五、六名の本件集会参加者とともに新宿に集合し、営団地下鉄丸の内線に乗って、午前一一時二五分ころ霞ケ関駅に到着し、B2出入口から出ようとした。原告前田は、紺色の帽子でサングラスをし、紺色のカッパの上衣と薄い緑色のカッパのズボンをはき、ねずみ色のスポーツバッグを持ち、スポーツバッグの中には催涙スプレーが入っていた。岡は、緑色の帽子を被りサングラスをし、白色のウインドブレーカーを着て帽子の上にウインドブレーカーのフードを被り、パンとドリンク剤二本、筆記用具などを入れた黒色のビニール製のかばんを持っていた。
(二) 霞門で警備をしていた星野中隊長は、午前一一時二五分ころ、霞門から祝田橋に向かう歩道上で、極左暴力集団のメンバー約三〇名がB2出入口から出てくるとの情報を無線連絡で受けたのでB2出入口に向かいながら、佐々木小隊長に無線でそれを伝え、他方、B2出入口に応援部隊を頼んで、午前一一時二七分ころ、B2出入口付近に到着した。
佐々木小隊長は屋野中隊長からの無線での指示を受け、指揮下の部隊に検問隊形をとるよう指示した。佐々木小隊長は、佐藤巡査に部隊防衛を命じたため、佐藤巡査は、盾をもって霞門方向を向いて霞門寄りの部隊の先頭に立ち、部隊に対する霞門方向からの攻撃に備えたが、被検問者が近づいたときには被検問者の方に盾を向けて立った。嶋田巡査は、佐藤巡査の隣に、その隣に、菅泉分隊長が並び、栗原巡査はB2出入口の壁に沿って一〇人くらい並んでいた機動隊員らのほぼ真ん中にいた。
午前一一時三〇分ころには、第四中隊の一個小隊約一五名がB2出入口付近に応援に来て、検問をしている佐々木小隊の周りで検問に抗議する者たちの整理を行った。
(三) 午前一一時三〇分ころ、その大半がサングラスやマスク、帽子を着用した集会参加者の集団が来たので、佐々木小隊長はこれが無線で連絡のあった極左暴力集団のメンバーであると判断し、集団全員に対する検問を実施するため、集団を途中でさえぎって、まず、先頭のグループ(以下「第一グループ」という。)に対して検問を行った。第一グループの検問中、他の集会参加者たちから検問に対する抗議の声はあったが、検問はとどこおりなく終了した。
(四) 岡は、この集団の真ん中付近におり、第一グループの検問中は、B2出入口の階段の途中で足止めされていたが、その後、前方に進み、第一グループに続いたグループ(以下「第二グループ」という。)の前から三番目くらいの位置で進んだところ、嶋田巡査から荷物を見せるよう言われ、これを拒否した。岡のかばんの中にはドリンク剤が二本入っており、それが触れ合って音を出していたので、嶋田巡査は危険物等が入っているのではないかと疑い、岡のかばんに触ろうとして岡のかばんを引っ張ったので、岡はそれに抵抗するとともに、付近にいた佐藤巡査の左肩の雨衣の肩章を掴んで、それを破った。そこで、嶋田巡査は、「公妨。」、「白いのを抜け。」などと叫んでそばにいた菅泉分隊長とともに岡を現行犯逮捕しようとして、岡の体を掴み、被検問者の列から引きずり出そうとした。
(五) 原告前田は、第二グループの更に後方のグループにいたが、機動隊員によって集団が分けられ、B2出入口の階段の途中で足留めされたので、階段を上がって、進行を止めている機動隊員に対して抗議をしていた。そのとき、前方で騒ぎが起きたので機動隊員と集会参加者との間を擦り抜けて前方に向かったところ、菅泉分隊長と嶋田巡査が、白いフードをかぶった岡を公務執行妨害罪の現行犯人として検挙しようとして第二グループの中から岡を引き離そうとしているのを見た。原告前田は、岡が機動隊員に連行されるのを防止しようとして岡の体に両腕を巻きつけて岡にしがみついたところ、栗原巡査は、原告前田の左腕をつかんで原告前田を岡から引き離そうとした。原告前田は、岡から引き離されないように抵抗し、このようなもみあいの中で、原告前田の左肱が栗原巡査の右胸部に、原告前田の右腕が同巡査の左胸部にそれぞれ当たり、原告前田と栗原巡査は共に転倒した。栗原巡査は、那須分隊長とともに、原告前田を公務執行中の栗原巡査に対する暴行という公務執行妨害罪行為の現行犯人として逮捕した。
2 証人岡は、岡が機動隊員に抗議していたところ、突然、逮捕された旨供述するが、前掲の機動隊員らの証言に照すと、同人の右供述は不自然でにわかに信用しがたく、他に岡が佐藤巡査の雨衣の肩章を破った点に関する前記認定を覆すべき証拠はない。また、原告前田は、岡が逮捕されるときに「公妨。」と言う機動隊員らの声を聞かなかった旨供述するが、嶋田巡査が岡に対しかばんの中の検査を行おうとした際の岡と原告前田の位置関係、嶋田、岡、佐藤巡査らの対立状況、原告前田が岡に近づいたときには既に機動隊員らが岡の現行犯逮捕に着手し、岡の身体を集団から引き離そうとして双方が争い、騒然とした事態となっていたこと等を考慮すると、「公妨。」と言う機動隊員らの声が原告前田に聞こえなかったことも考えられるので、原告前田の右供述部分も、前記認定を動かすには至らない。
3 前記1の認定事実を前提に、原告前田の逮捕の適法性について検討する。
(一) まず、岡は、嶋田巡査ともみあっている中で、岡に対して検問を行っていたのではない佐藤巡査の雨衣の肩章を破ったのであるから、岡の行為は公務執行妨害もしくは器物損壊の構成要件に該当し、かつ、岡には正当防衛も緊急避難もいずれもその成立を認めるべき事情がなかったので、岡の現行犯逮捕は、これを違法な職務行為ということはできない。
(二) 次に、原告前田は、前記1、(五)の認定のとおり、機動隊員らが岡を現行犯人として逮捕し引致しようとしているのを認識したので、岡にしがみついて岡が連行されるのを阻止しようとしたのであり、右認定のとおり、岡の逮捕はこれを違法ということはできなかったのであるから、右の原告前田の行動は、機動隊員らの職務行為の適法性について法律上何らの判断権限もなければ、その職務行為を制止する何らの正当自由もないのに、実力で自己の願望を実現しようとしたものであって、機動隊員らの岡の逮捕行為に対する妨害といわざるを得ない。このような原告前田を岡から引き離そうとした栗原巡査の行動は、適法な公務であるというべきである。そうだとすると、原告前田が、原告前田を岡から引き離そうとする栗原巡査に抵抗してもみあう中で、同巡査の身体に対し積極的に暴行を加えようという意思まではなかったとしても、栗原巡査の胸部を肱、腕で突いて転倒させたことは、少なくとも、右の適法な公務を執行中の栗原巡査に対する違法な有形力の行使に該当することは明らかといわなければならない。したがって、原告前田を公務執行妨害で逮捕した機動隊員らの行為には違法は認められない。
4 そうすると、機動隊員らが原告前田を現行犯人として逮捕した行為が違法であることを前提とする原告前田の請求は、理由がない。
六 以上の次第で、原告山本及び原告池田の本訴請求は、いずれも前記認定の金五万円の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、その余の原告らの本訴請求は、いずれも、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法九二条、九三条、八九条を適用し、仮執行の宣言については、その必要がないものと認めてこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官雛形要松 裁判官永野圧彦 裁判官真鍋美穂子)
別紙謝罪文・配置図<省略>