大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成元年(ワ)14019号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

喜田村洋一

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

武田みどり

外四名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六七万五五二〇円及びこれに対する平成三年七月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、東京拘置所長が、原告が差し入れを受けるなどした外国語図書及び性表現図書の閲読を不許可とし、又はその一部を抹消したこと及び原告の信書発信方法を制限したことによって精神的苦痛を被ったとして、原告が、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、慰謝料として合計六七万五五二〇円の賠償を請求した事案である。

(以下、証拠関係の摘示のない事実関係は当事者間に争いがない。)

一(原告の地位)

原告は、昭和五〇年五月一九日に逮捕され、同年七月二二日から東京拘置所において未決拘留者として拘禁されていたが、昭和六二年四月二一日に死刑判決が確定し、同年四月二七日から東京拘置所において死刑確定者としての処遇を受けている。

二(本件各処分)

1  外国語図書の検閲について

(一) 「人身保護法概論」の閲読不許可(第一処分)

(1) 原告は、昭和六一年一〇月二〇日ころ、友人から、書籍「人身保護法概論」の差し入れを受けたが、東京拘置所長(所長)は、同月二五日、右書籍中四六箇所の英語文について検閲のための翻訳料を原告に負担させること、この負担に原告が同意しない場合には該当箇所を抹消するものとし、この抹消に同意しない場合には閲読を不許可とすることを決定し、その旨を原告に告知した。

(2) 原告が、右の負担及び抹消に同意しない旨を回答したところ、所長は、同月二八日、右書籍を閲読不許可とした(第一処分)。

(二) 「St Vollz G」の閲読不許可(第七処分)

(1) 原告は、昭和六〇年三月二九日、海渡雄一弁護士から、書籍「St Vollz G」(旧西ドイツの行刑法令集)の差し入れを受けたが、所長は、同年四月四日、右書籍の全部のドイツ語文についての検閲のための翻訳料を原告に負担させること、この負担に原告が同意しない場合には、右書籍の閲読を不許可とすることを決定し、その旨を原告に告知した。

(2) 原告は、右の負担に同意しない旨を回答したところ、所長は、同年四月九日、右書籍を閲読不許可として領置した。

(3) 原告は、平成三年五月三一日、右書籍の閲読許可を求める「舎下願」を提出したが、所長は、右同日、現状を変更しない旨の回答をして、舎下げを許可せず、右書籍を閲読不許可とした(第七処分)。

2  信書発信方法の制限(第四処分)

(一) 所長は、原告の死刑確定後、原告が発信する信書の発信通数及び発信枚数について、①発信通数は一日二通以内とする、②一通の枚数は七枚以内とする、との制限をした。

(二) 原告は、平成元年八月一一日、母親あての一日の手紙の枚数が一四枚になったため、これを二通分の信書として一通の封筒で発信すること(以下、このような発信方法を「同封発信」という。)を希望し、右同日、「同封発信許可願」と題する願箋を付して発信を願い出たが、所長は、これを許可しなかった。

原告は、平成元年八月九日及び同月二四日、右同様に母親あての一日の手紙の枚数が一四枚になったため同封発信を希望し、右各日に、「同封発信許可願」と題する願箋を付して発信を願い出たが、所長は、いずれもこれを許可しなかった(<書証番号略>原告本人)(以下、右三回の同封発信の不許可処分を「第四処分」という。)。

3  性表現図書の閲読制限

(一)「写GIRL84」の閲読不許可(第二処分)

(1) 原告は、昭和六〇年一一月二二日、友人から書籍「写GIRL84」の差し入れを受けたが、所長は、同月二五日、右書籍中の一九箇所について、規律上問題となるような露骨な描写に当たるとして閲読を不許可とし、右部分の抹消に同意することを条件に右書籍を交付する旨を告知し、原告は、右同日、右の抹消に同意しない旨を明らかにした。所長は、同月二六日、右書籍全体の閲読を不許可として領置する旨を原告に告知した。

(2) 原告は、昭和六一年一〇月二七日、右書籍の閲読のため、舎下げ申請をした(<書証番号略>)。

しかし、所長は、同月二八日、前回と同様の不許可処分をすることを決定し(第二処分)、前記一九箇所の抹消に同意することを条件に右書籍を交付する旨を告知した。

(二) 「ヌード写真の見方」の閲読不許可(第三処分)

原告は、昭和六二年一〇月一日ころ、書籍「ヌード写真の見方」を東京拘置所内の購入手続に従って購入したが、所長は、同月九日、右書籍中の一九箇所について、規律上問題となるような露骨な描写に当たるとして右書籍の閲読を不許可とし(第三処分)、右部分の抹消に同意することを条件に右書籍を交付する旨を原告に告知した(<書証番号略>)。

(三) 「大竹省二特選 女の作品集」カタログの抹消(第五処分)

原告は、平成二年一月八日、妻から、「大竹省二特選 女の作品集」のカタログの差し入れを受けた。所長は、同月一八日、右カタログ中の写真二点を規律上問題となるような露骨な描写に当たるとして、右カタログの一部分について抹消し(第五処分)、抹消された右カタログを原告に交付した。

(四) 「EROS」の閲読不許可(第六処分)

原告は、平成二年一一月一三日、書籍「EROS」を東京拘置所内の購入手続に従って購入したが、所長は、同月二七日、右書籍中の八点について規律上問題となるような露骨な描写に当たるとして、右書籍の閲読を不許可とし(第六処分)、右八点の一部ないし全部の抹消に同意することを条件に右書籍を交付する旨を原告に告知した。

(五) 「ジャン・ルージェロン作品集」外カタログ四点の閲読不許可(第八処分)

原告は、平成三年三月二日、妻から、「ジャン・ルージェロン作品集」、「ドミニク・アルテリオ作品集」、「浮世繪版画名品聚芳」、「肉筆浮世繪名品聚芳」のカタログ計四点の差し入れを受けた。所長は、同月一五日、右カタログ四点を規律上問題となるような露骨な描写に当たるとして、いずれもその閲読を不許可とし(第八処分)、右カタログを領置する旨を原告に告知した。

(六) 「守屋敏彦・サムガールズSOME GIRLS外五点作品集」外カタログ三点の閲読不許可(第九処分)

原告は、平成三年四月二日、船木友比古弁護士から、「守屋敏彦・サムガールズ SOME GIRLS外五点作品集」、「レスリー・タートル作品集外二作品集」、「トロピカル・センセーション外五作品集」のカタログ三点の差し入れを受けた。所長は、同月一六日、右カタログ三点について、規律上問題となるような露骨な描写に当たるとして、いずれもその閲読を不許可とし(第九処分)、領置する旨を原告に告知した。

(七) 「芸術新潮」平成三年三月号の閲読不許可(第一〇処分)

原告は、平成三年五月中旬ころ、書籍「芸術新潮」平成三年三月号を東京拘置所内の購入手続に従って購入したが、所長は、同月二〇日、右書籍中の特集記事「特集・ユニセックスの絵師鈴木春信」中の一三箇所について規律上問題となるような露骨な描写に当たるとして、右部分の抹消に同意することを条件に右書籍を交付する旨を原告に告知した。原告が、右の抹消に同意しなかったところ、所長は、右同日、右書籍の閲読を不許可とし(第一〇処分)、領置する旨を原告に告知した。

三争点

1  外国語図書の閲読不許可処分の違法性

(原告の主張)

(一) 憲法二一条並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約一九条違反

被告が外国語図書等の翻訳料について依拠する「外国文の看読書籍の翻訳料について」と題する通牒(昭和三六年八月一日矯正甲第七一八号矯正局長通牒。以下、「通牒」という。)は、外国語の種類、翻訳料の多寡を問わず一律に当該図書等の閲読の許可を求める者に翻訳料を負担することを求めており、これは実質的には外国語図書等の閲読を禁止するものとして機能している。このような図書等の閲読の全面的な規制が監獄法の委任の範囲を超えるものであることは明らかであるから、右通牒は、憲法二一条並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下、「B規約」という。)一九条が保障する表現の自由を侵害するものであって無効である。

また、右通牒は、逃亡及び罪証湮滅の防止又は刑の執行の確保という拘禁目的並びに監獄内の規律及び秩序の維持のために必要か否かの点を認定することなく当該図書の検閲ができないことを理由として在監者の図書等の閲読の自由の制限を認めるものであり、閲読制限の要件ないし目的において不当であって、この点からも違憲である。表現の自由そのものを制限する場合には、講学上の「厳格な基準」が要求されるのであり、当該図書の閲読を許可した場合に生じる弊害を認定することなく行われた閲読不許可処分ないしそれを容認する右通牒を合憲とすることはできない。さらに、閲読制限が認められる場合であっても、その範囲は必要最小限でなければならず、表現の自由に対する制限の基準としての「厳格な基準」の中のいわゆる「より制限的でない他の手段」の法理によるべきである。右通牒は、外国語の種類、翻訳料の多寡を問わず一律に自費翻訳を求めるもので、明らかに過剰な規制である。

右のとおり、通牒は、在監者に対する図書閲読の制限が認められるための正当な要件を欠き、また、要件の存在を認めることのないままに閲読を禁止することを認めるもので、所定の目的を達成するために必要とされる以上の規制を行うものとして違憲無効であるから、これに基づく所長の処分は違法である。なお、所長は、右通牒の取扱いによることなく、翻訳料の負担を要求しない取扱いもその裁量により実施してきたのであるから、本件のように翻訳料の負担を要求するについては、国家賠償法一条の故意又は過失が存在する。

(二) 憲法一四条及びB規約二条違反

所長は、日本語を解さない外国人収容者には外国語図書の翻訳料を本人に負担させない取扱いとしており、右取扱いと比較すれば原告は差別的な取扱いを受けたものであるから、右所長の行為は法の下の平等を規定した憲法一四条及びB規約二条に違反しており、違憲である。

(三) 裁量権の行使の逸脱

右通牒が憲法等に反しておらず、また、外国人収容者との間の差別的取扱いが平等条項に反しないとしても、所長のした第一及び第七処分は、その裁量権を逸脱した違法がある。

原告が本件の外国語図書の閲読許可を求めたのは、合法的方法により現在の監獄に対する不満、不服を改善するために、人身保護法やドイツ行刑法の研究、調査を行うという真撃な目的によるものであり、拘置所もこのことは知っていた。その上、本件において閲読を不許可とされた外国語図書は、いずれも当該図書の全体の体裁ないし構成及び内容並びに抹消部分の前後の記載等からその内容を直ちに把握できるものであり、その内容について閲読の自由の制限が許されるものには該当しないものであることが外形上からも明らかであった。したがって、所長の第一及び第七処分には、裁量権の行使を誤った違法がある。

(被告の主張)

在監者は、監獄法三一条一項の委任を受けた同法施行規則八六条一項の規定にしたがい、閲読許否の審査をして害のないことが判明したものに限って閲読が許可される。そして、外国語の図書等について閲読が許可できるかどうかを判断するには、予めその内容を確認できるものを除き、翻訳をしなければその内容を確認、判断することができないため、外国語箇所の分量にかかわらず翻訳を必要とすることとなる。その翻訳料をすべて国家負担とすることは国に過度の財政的負担を強いることになるし、また、少額の場合には国家負担とすることとすると、その範囲を定めるについて困難な問題に直面するため、在監者の公平という観点からみて、翻訳を要する箇所及び翻訳料の多寡にかかわらず当該外国語図書の閲読を希望する在監者本人にその費用を負担させることが合理的である。

また、日本語を解さない外国人収容者について外国語図書等の翻訳料を本人に負担させない扱いをしているのは、日本語を解さない外国人収容者が母国語で記載された図書等に接する機会がないことから孤独感や心情の不安定を来たし、ひいては規律違反を惹起することが容易に推測され得るので、これを未然に防止するために特別の措置を講じたものであり、自国の施設で多数の自国語の図書に接し、自国語で生活を行い得る日本人の収容者と、その間の取扱いに差異を設けることには十分な合理性がある。

東京拘置所においては、初級程度の外国文で大意が把握できるものなどにつき在監者に対し自費翻訳を求めない基準を定め、これに該当する図書等については内容が確認できるものとして自費翻訳を求めない取扱いとしていたが、本件第一及び第七処分の各外国語図書は右基準に合致せず、原告に自費翻訳を求めた所長の裁量権の行使の誤りがあるとの原告の主張は失当である。

2  信書発信制限の違法性

(原告の主張)

東京拘置所においては、死刑確定者の信書の発信につき、①発信通数は一日二通以内、②一通の枚数は七枚以内として制限されている。右取扱いを前提としても、同一の相手方に出す信書の枚数が七枚を超えた場合に、これを一通とすることが許されず、二通に分けなければならないという取扱いには何ら合理性がない。したがって、原告に対し、三回にわたり、同一人に宛てた信書が七枚を超えた場合に一通として発信することを不許可とした所長の第四処分は違法である。

(被告の主張)

在監者の信書の発受に関する監獄法四六条一項は、在監者についてそれぞれの法的地位に応じた外部交通の制限が行われることを基本的趣旨として、その許否を監獄の長の裁量的許可にかからしめているものと解される。右規定は、死刑確定者についても準用されるものであるが、特に死刑確定者の外部交通の制限については、心情の安定に資するか否かという観点も考慮すべきであり、「死刑確定者の接見及び信書の発受について」と題する通達(昭和三八年三月一五日矯正甲第九六号矯正局長依命通達、以下、「依命通達」という。)が、死刑確定者の拘禁は未決拘禁者の拘禁等とは性質を異にするものであるとして、死刑確定者は、一般社会とは厳に隔離されるべきであり、また、拘置所内等における身柄の確保及び社会不安の防止等の見地からする外部交通の制約を当然受忍すべきであるとするとともに、その心情の安定を害するおそれのある外部交通も制約されなければならないとして、具体的な一応の基準を示しているのも右の観点によるものである。さらに、監獄法五〇条を受けた施行規則一二九条一項及び二項は在監者の信書の発信数の原則的制限を定めるとともに所長の裁量により右制限を変更させ得るものとしており、これは死刑確定者についても当然妥当するものである。そうすると、死刑確定者の外部交通の制限の許否及びその発信数についての決定の判断については、監獄の長たる所長に広い裁量権が与えられているものと解すべきである。

そして、拘置所においては、多数の在監者を限られた人数によって管理しなければならない実状の下で信書の検閲事務に配置できる職員数は係長以下一〇名程度が限度であり、右職員数をもって一日平均九〇〇通にも及ぶ信書の検閲事務を行わなければならない。このような大量の検閲事務を適正迅速かつ一律公平に実施するために、所長の裁量により、一通の枚数を七枚以内とするとの制限をしたものである。そして、右枚数制限を七枚以内としたことは、便せん七枚程度であれば通常ある程度の記裁量を確保し一般的な要件を伝えることができること、拘置所において当該信書の内容が拘禁目的及び心情の安定に資するものであるかどうかの判断が可能と思われる一応の許容枚数であること、右枚数以内であれば基本料金内で郵送が可能であること、右枚数を越える場合は封書の重量確認に要する担当職員の事務負担が増加することを考慮したものである。したがって、右制限は、信書の検閲について、集団拘禁によって必然的に生じる拘置所全体の管理運営に及ぼす支障の程度を考慮して定めたものであり、合理性がある。

そして、原告は、東京拘置所に収容されて以降、外部交通を確保するために訴訟等を行い、職員の職務意欲を減退させ、また、施設の管理機能を混乱させる目的で対監獄闘争を行うなどして処遇の緩和を図ろうとしていたものである。原告は、本件処分以前にも、母親宛ての信書の枚数が七枚を超えたとして一つの封筒で発信することを求めたが、東京拘置所では、その度、原告に対し、制限の範囲内で発信するように鋭意指導してきた。原告はこのように事実上制限を超えた発信を行うことによって既存事実を多く作り、これを恒常化させて最終的に一通分の発信許可枚数を一四枚とし、併せて他の一通の発信が可能となるように企てていることが容易に推測された。そこで、このような場合において、同様の発信を許可した場合には、今後も同様の発信出願を繰り返され、ひいては、それが東京拘置所の定めた取扱いの趣旨を没却するばかりでなく、検閲業務その他施設の管理運営上支障をきたす相当の蓋然性があったため、これを不許可としたものである。

よって、第四処分には何ら違法はない。

3  性表現図書の閲読不許可処分及び抹消処分の違法性

(原告の主張)

在監者に対する閲読の制限は、個々の場合において監獄内の規律及び秩序の維特上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性がある場合にのみ許されるのであり、抽象的な可能性では足りない。原告は、他の拘禁者とは隔離されて収容されているから監獄内の規律及び秩序の維持に影響を及ぼすおそれはほとんど存在しないし、また、性的な問題を起こしたことはなく、そのような問題が生ずると信ずべき根拠も存在しないのであり、本件以外の類似の性表現図書を閲読した場合にも監獄内の規律及び秩序の維持に何らの悪影響も生じさせなかった。したがって、性表現図書に関する所長の各処分は具体的妥当性を欠くものであり、裁量権の行使を誤った違法がある。

(被告の主張)

在監者は、ささいな刺激によっても精神の平衡を失って異常な突発的行動に出たりするおそれがある上、異性との接触を断たれた特殊な環境にあるため、露骨な性表現を描写した図画等に接した場合、男色行為を企図したり、診察や面会等の異性と接触する可能性のある機会に発作的に暴行、逃走を企図したり、また、拘禁に対する不満を増幅させて職員や他の在監者に対する暴行、施設設備等の破壊などの粗暴な行為に出るおそれのあることが経験則上十分に予測されるものである。したがって、性表現図書に関する本件各処分は、所長の裁量権の範囲で行われた適法な処分である。

東京拘置所においては、性表現図書等について、随時、一般社会におけるわいせつ性の観念に合致するように審査基準を定め、これに基づき、当該図書等に風俗上問題のある露骨な描写があり、当該箇所の閲読を許可した場合には拘禁の目的を害し、監獄内の正常な管理運営を阻害する相当の蓋然性があるものと判断される場合には、所長の裁量により、閲読を許可しない取扱いとしていた。そして、性表現図書等に関する本件各処分は、処分当時の各審査基準に基づき、所長の裁量によって行われたものであり、何ら違法はない。

(原告の反論)

在監者に対する自由の制限は、「被拘禁者の性向、行状」を考慮の対象とするよう判示した昭和五八年最高裁大法廷判決の示すとおり、個別的な判断を下さなければならないのであり、被告の主張するような在監者全員に対する一律の基準により図書等の閲読制限を行うことは、右最高裁判決の趣旨に反する。原告は、一貫して独居房に収容されており、日常生活においても他人との接触はほとんどない上、性的な問題を起こしたことはなく、本件の各図書等を閲読したとしても監獄内の規律及び秩序の維持に悪影響が生じる可能性は全く考えられない。また、被告の主張する性表現図書の閲読に関する基準は極めて短期間に相当の変更が加えられているが、これに対応するような一般社会の変化があったとは考えられず、右基準が全く恣意的なものであることを示している。なお、所長は、原告に対し、いったんは閲読許可としたカタログについて後に閲読不許可とし、原告が所長面接を申立てると一転して無削除でその交付を認めており、このことは、右基準及び所長の裁量権の行使についても極めて恣意的かつ場当り的なものであることを示すものである。

(被告の再反論)

原告は、診察や面会等の機会、そのための連行時など、日常的に他の在監者及び異性と接触する機会が十分にあり、絶対的な隔離拘禁をされているわけではない。

また、性表現図書等の閲読制限は、拘置所が社会のすう勢に照らし合わせ、監獄内の規律及び秩序維持の観点から、在監者にとって性的刺激の限界となる一定の審査基準を設け、この基準に従って在監者全員に一律の処分を行うものであって、原告が過去に性的な問題を起こしたことがあるかどうかなどの点が問題となるものではない。在監者個々の内面に関する事柄まで把握して具体的な行動の発生を事前に予測することは不可能であるし、これを防止するための事前の方策を策定することもまた困難なものである以上、一定の基準を設け、これによって閲読の許否を決することとしているのである。そして、この基準は社会のすう勢に照らし合わせて設けられたものであって十分な合理性が認められるものである。

4  損害等(原告の主張、合計六七万五五二〇円)

(一) 外国語図書の閲読不許可処分について(二〇万円)

原告は、所長の違法な又は裁量権の行使を逸脱した第一処分及び第七処分により、自己の権利救済に必要な法律図書の閲読を妨げられ、各一〇万円相当の精神的苦痛をそれぞれ被った。

(二) 信書発信制限について(五二〇円)

原告は、所長の裁量権の行使を誤った違法な第四処分により、やむを得ず、三回にわたり、同一人に宛てた信書を二通に分けて発信せざるを得ず、二通に分けて発信するのに要した費用(一通当たり切手代六二円及び封筒代六円の合計六八円の二通分合計一三六円)と、一通で発信できた場合に要する費用(切手代七二円及び封筒代六円の合計七八円)との差額各五八円の三回分合計一七四円の経済的損失を被った。右経済的損失及び精神的苦痛を金銭で慰謝するには合計五二〇円を下らない。

(三) 性表現図書等の閲読不許可処分について(二七万五〇〇〇円)

原告は、所長の第二処分につき五万円相当の、第三処分につき五万円相当の、第五処分につき五〇〇〇円相当の、第六処分につき五万円相当の、第八処分につき四万円相当の、第九処分につき三万円相当の、第一〇処分につき五万円相当の各精神的苦痛を被った。

(四) 弁護士費用(二〇万)

不法行為訴訟を提起した場合に認められる弁護士費用の額は、事案の内容、代理人弁護士の果たした役割等に基づいて算定されるべきであり、日本弁護士連合会の定める報酬等基準規定に基づき、本件においては、着手金一〇万円及び報酬金一〇万円が相当である。

第三争点に対する判断

一在監者に対する表現の自由等の制限

1  憲法は、思想及び良心の自由を保障する一九条、表現の自由を保障する二一条の規定等の趣旨及び目的から派生的に導き出されるものとして、すべての人に対し、図書等の閲読の自由及び信書発信の自由等を保障している。そして、このことは、犯罪の嫌疑を受けて勾留中の未決拘禁者及び死刑判決が確定して在監中の者についても何ら異なるところでない。

2  しかし、このような自由も、その制限が絶対に許されないものではなく、公共の利益のために一定の合理的制限を受けることがあるとしてもやむを得ないものといわなければならないのである。

このことを未決拘禁者についてみれば、未決拘禁者は、逃亡及び罪証湮滅の防止という刑事司法上の目的を達するために監獄内に拘禁されているものであり、右目的のために必要かつ合理的な範囲において一定の制限を受けることを免れない。また、監獄は、多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であることから、その内部の規律及び秩序を維持し、正常な状態を保持する必要があり、そのために必要がある場合には一定の制限を受けることもやむを得ないというべきである。

また、死刑確定者についてみれば、死刑確定者の拘禁は、逃亡の防止及び死刑執行の確保という目的を達成するため、刑法により死刑執行の前置手続として定められたものであり、未決拘禁者の拘禁とも自由刑の執行としての拘禁とも性格を異にするものではあるけれども、死刑確定者についても、拘禁そのものに伴うもののほか、右逃亡の防止及び死刑執行の確保という目的からも一定の制限を受けることを免れないというべきである。また、死刑確定者の拘禁が監獄内で行われる以上、前記監獄内の規律及び秩序の維持の観点からの一定の制限を加えられることもまたやむを得ないものである。

3  しかしながら、右の制限が許される場合においても、その範囲は、表現の自由等に優越する公共の利益のために必要と認められる限度にとどめられるべきである。したがって、右の制限が許されるためには、その制限がなければ、右規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向及び行状、監獄内の管理及び保安の状況並びに当該図書及び信書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読及び信書発信等の行為を許すことにより、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、その場合においても、右制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどめられるべきである。そして、具体的場合における右法令等の適用に当たり、当該図書等の閲読を許すことによって監獄内の規律及び秩序に放置することのできない程度の障害が生じる相当の蓋然性の存否及びこれを防止するために必要な制限措置の内容、程度については、監獄内の実情に通じ、直接その任に当たる監獄の長による個々の場合の具体的状況のもとにおける裁量的判断に待つべき点が少なくないから、右障害発生の相当の蓋然性があり、その防止のために当該制限措置が必要であるとした判断に合理性が認められる限り、監獄の長の右措置に違憲違法はないものとして是認すべきものと解すべきである(最高裁判所昭和五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。

4  ところで、被告は、死刑確定者については本人の精神状態についても格段の配慮を要すると主張し、原告は、これに対して、本人の心情の安定という基準をもって個人の内面に入り込み、それを名目に個人の自由を制限することは許されないと反論するので検討する。

死刑確定者においては、社会復帰はもとより生への希望さえも持ち得ないものであることから、ときに絶望感から自暴自棄になり、あるいは精神状態が不安定となり、自己の生命身体を賭して逃亡を試みたり自ら命を断とうとするなどして、将来の刑の執行が困難となるおそれがないとはいえず、このような場合には、死刑確定者を拘禁する施設の管理維持に支障が生ずる可能性も決して否定できるものではない。そして、このような事態が発生するときは、結局において、逃亡の防止及び刑の執行の確保という前記の死刑確定者に対する拘禁の目的を達成することも困難となり、また、監獄内の規律及び秩序の維持にも支障が生ずることとなる。そうであれば、死刑確定者を拘禁する施設の管理維持の必要性を考慮するに当たっては、死刑確定者本人の心情の安定という点についても考慮せざるを得ない。

そして、被告の主張するところは、死刑確定者の心情の安定の確保という点は右のような意味において格段の配慮を要するというものであって、それ以上に、本人の心情の安定という点のみを独立に取り上げて死刑確定者の自由を制限しようという趣旨に出たものではないと解されるので、原告の右反論は当たらないというべきである。

二外国語図書の閲読不許可処分の違法性について

1  (在監者の図書等の閲読制限)

(一) 在監者の図書等の閲読については、監獄法三一条二項が、在監者に対する図書等の閲読の自由を制限することができる旨を定めるとともに、制限の具体的内容を命令に委任しており、これに基づいて監獄法施行規則八六条一項は、拘禁の目的に反せず、かつ監獄の規律に害のないものに限りその閲読を許すとして、その許可基準を定めている。右規定を受けて、「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規定」と題する規定(昭和四一月一二月一三日矯正甲第一三〇七号法務大臣訓令。以下、「取扱規定」という。)及び「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱い規定の運用について」と題する通達(昭和四一年一二月二〇日矯正甲第一三三〇号矯正局長依命通達。以下、「運用通達」という。)が出されており(<書証番号略>)、未決拘禁者に対しては「①罪証湮滅に資するおそれのないもの、②身柄の確保を阻害するおそれのないもの、③規律を害するおそれのないもの」を閲読許可の基準とし、死刑確定者に対しては右の②及び③を閲読許可の基準とすると定めるとともに、さらにその具体的な運用基準を設けている(取扱規定三条一項三項、運用通達記二の1の(一)、(三))。右要件に該当しない図書等については閲読制限が許されることとなるが、このような図書等であっても、所長において適当であると認めるときは、支障となる部分を抹消し、又は切り取った上、その閲読を許すことができる(取扱規定三条五項)。

そして、外国語の図書等については、翻訳を経なければ前記閲読許可の基準に合致する図書であるかどうかが判断できないことから、通牒において、在監者の自弁又は差し入れにかかる外国等の図書につき、その検閲のため翻訳に要する費用は、すべて本人に負担させるべきであり、その費用を負担する能力がなく、又はその負担を肯ぜないときは、当該閲読を不許可として差し支えのないものと定めている。

(二) 原告は、右通牒は、一律に在監者に翻訳料の負担を求めるもので実質的には外国語図書等の閲読を禁止するものとして機能しており、監獄法の委任の範囲を超えるもので違憲、無効であり、また、通牒は、当該図書等の閲読を許可した場合に生じる弊害を認定せず、外国語の種類や翻訳料の多寡を問わずに閲読を不許可とするものであり、表現の自由に対する制限としての「厳格な基準」及び「より制限的でない他の手段」の法理に照らして違憲、無効であると主張する(争点1(原告の主張)(一))。

しかし、前記一のとおり、在監者の図書等の閲読の自由も無制限ではあり得ず、一定の合理的な制限を受けることはやむを得ないものであり、監獄法も在監者の図書等の閲読を不許可とする場合があることを認めているものであるから、閲読の許否を判断するために事前に当該図書等の内容を検閲することも、それが内容及び方法において合理的なものである限り、当然の前提として容認されていると解すべきである。そして、図書等の閲読の許否を判断するために当該図書等を検閲する必要がある場合に、当該図書に外国語の部分がある場合には翻訳を経ないとその内容が分からず、その審査ができないこともいうまでもないところである。前記通牒は、このような場合についての措置を定めたものであり、監獄法三一条二項を受けて監獄の管理運営上の必要からする図書等の閲読について定める同法施行規則八六条二項を根拠としてその具体的措置を定めたものと解することができるから、法令上の根拠を有するものである。そして、右通牒の内容は、当該在監者に対する勾留の目的の達成又は監獄内の規律及び秩序の維持上のために閲読を不許可とすることが必要かどうかの点を考慮することなく当該図書等の閲読を不許可とすることができるものとした趣旨に出たものではないと解するのが相当である。そうであれば、通牒が違憲、無効であるとする原告の右主張を採用することはできない。

2 前記第二の一、二の1の事実及び証拠(<書証番号略>、証人澤村佳夫、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) (東京拘置所における外国語図書等閲読許可の取扱い)

東京拘置所においては、前記法令等の趣旨に基づいて図書等の閲読許否の判断を行っていた。また、外国語の図書の閲読については前記通牒に従った取扱いを行っていたが、さらに、前記取扱規定三条五項の趣旨に基づき、外国語記載部分が当該図書等の一部である場合には、在監者が自費翻訳に応じない場合でも、当該部分の抹消又は削除に同意した場合には、当該部分を抹消又は削除した上で、その閲読を許可することとしていた。

そして、東京拘置所においては、管理部教育課教育係において図書等の審査を行っていたが、同係には英語を学校教育で習得した程度の係員が数名いるのみで外国語図書等を審査する能力が高くなく、また、外国語の翻訳について外部機関の援助を受けることも困難であった。そこで、「①おおむね初級程度の外国文で、検査する職員によってその大意が把握できるもの、②市販の辞典、教典類、③大訳、大意、概要説明が付いているもの、④拘置所において内容がすでに把握できている図書類」との基準を設けて、これに該当するものは翻訳を経なくとも内容を確認することが可能であることから自費翻訳を求めない取扱いとしたが、右基準に該当しない外国語図書等については、前記通牒に従い、自費翻訳を求める取扱いを行っていた。

また、外国人の収容者については、大使館から罪証湮滅や監獄内の規律違反とならないとされた雑誌及び書籍の寄贈を受け、これについては内容の審査を行うことなく閲読させていた。そして、本来は在監者の信書等の検閲事務を職務とする書信係の英語担当者に審査を行わせた上、外国人収容者に対して英語の新聞二誌の閲読を許可し、また、英語の書籍についても右書信係に審査を行わせることがあった。なお、東京拘置所における外国人収容者の数は、平成四年二月現在で一五〇名程度であった。

(二) (外国語図書等に対する本件処分の経緯等)

第一処分の対象となった書籍「人身保護法概論」は、人身保護法に関する法律書であり、その中には英国の人身保護法に関する諸法令を参照するなどした部分に英語で記載された箇所があった。また、第四処分の対象となった書籍「St Vollz G」は全文がドイツ語で記載されたドイツの行刑法に関する書物であった。そこで、所長は、いずれの書籍も当該外国語部分を翻訳をしなければその内容が分からず、閲読許否の審査ができないとして、原告に対し、右外国語図書の自費翻訳又は抹消に応じる意思があるかどうかを確認したが、原告がこれに応じなかったことから、前記各図書を閲読不許可として第一処分及び第七処分を行った。

なお、原告は、昭和六一年一一月二六日、「人身保護法概論」のコピー(巻末の付録編「英文」を除いたもの)の差し入れを受けた。原告が、右コピー中の英語文について翻訳料の負担には同意せず、抹消には同意したところ、所長は、同年一二月二日、右コピー中の一部分を抹消した上で原告に交付した。

3 右認定事実によれば、所長は、本件各外国語図書中に外国語で記載された箇所があり、この箇所を翻訳しなければその内容が分からず、閲読許否の審査ができないため、東京拘置所における前記法令等に基づく運用に従い、原告に対し、本件各外国語図書の自費翻訳又は抹消に応じる意思があるかどうかを確認したが、原告がこれに応じなかったことから、前記各外国語図書の閲読を不許可とする第一処分及び第七処分を行ったものであることが認められる。そして、在監者に対する図書等の閲読の許否を判断するためには、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持放置できない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が存するか否かを判断するために、当該図書等に外国語で記載された部分があるときには、原則としてこれを翻訳しなければその内容が審査できないことは前記のとおりである。そうすると、原告が本件各外国語図書等の外国語部分で記載された部分について翻訳料を負担しないため翻訳ができずその内容の審査ができないとして、前記通牒等に基づく東京拘置所における当時の一般的運用に従い、前記図書等の閲読を不許可とした所長の第一処分及び第七処分はやむを得ない措置であったというべきである。

4  もっとも、原告は、本件各処分は違憲又は裁量権の逸脱による違法なものであるというので検討する。

(一) (憲法一四条等違反)

原告は、東京拘置所においては日本語を解さない外国人収容者に対しては翻訳料を負担させずに外国語図書の閲読を許可しているのであるから、原告に対する本件外国語図書についての各処分は憲法一四条及びB規約二条の平等条項に反し違憲であるという(争点1(原告の主張)(二))。そして、東京拘置所において、外国人収容者に対して図書等の自費翻訳を求めることなくその閲読を許可していることは、前記2のとおりである。

しかしながら、日本語を解さない外国人収容者と日本人収容者との間において、その取扱いに差異を設けることも、それが合理的な理由に基づくものである限り許されると解するのが相当である。そして、東京拘置所における右取扱いは、日本語を解さない外国人収容者は日本人収容者と異なり母国語で記載された図書等に接する機会がなく、そのために孤独感や心情の不安定を来たし、あるいは処遇に対する不満を増幅させるなどして規律違反を惹起することが推測されることから、外国人収容者に翻訳の負担を求めることなく外国語図書等の閲読を許可する取扱いとしているものである。そうであれば、外国語図書等の閲読許可について、日本語を解さない外国人収容者に対する場合と、自国の施設において自国語で生活し、翻訳を経なくとも多数の自国語の図書に接する機会のある日本人収容者に対する場合と、その取扱いに差異を設けることには合理的な理由があるというべきである。

したがって、所長の第一処分及び第七処分が差別的取扱いであって違憲であるとする原告の主張は採用することができない。

(二) (裁量権の逸脱の違法)

原告は、本件第一及び第七処分において閲読を不許可とされた外国語図書は、いずれも当該内容が閲読の自由の制限が許されるものには該当しないものであることが外形上からも明らかであったから右各処分には、裁量権の行使を誤った違法があるという(争点1(原告の主張)(三))。

確かに、前記書籍「人身保護法概論」については、日本語による本文及び書籍の体裁、外形等から、書籍の内容が人身保護法に関する学術書であることが判断でき、当該英語部分の内容も前後の日本語部分の内容等から英国の人身保護法に関する諸法令等が記載されているということが推測できないではない。しかし、翻訳を経て当該箇所の記載内容を把握しない限りは、監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があるかどうかの判断が困難であったといわざるを得ず、第一処分は東京拘置所における従来の運用に従い、通牒の定めるとおりに取り扱われたものであって、右処分を行うについて所長に裁量権を逸脱した違法があるとまでいうことはできない。

また、前記書籍「St Vollz G」は、全文がドイツ語で記載されたものであり、翻訳を経なければその内容が分からず、前記の取扱いに従った閲読許否の判断をするための審査ができないことは明らかであるというべきであるから、第七処分についても、所長に裁量権を逸脱した違法があるということはできない。

なお、証拠(<書証番号略>、証人澤村佳夫、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和五四年九月三日、「THE RIGHTS OF PRISONER」(題名の下部に「THE BASIC ACLU GUIDE TO‥」と記載されたもの)と題する英語文図書の差し入れを受けたが、自費翻訳を求められることなく閲読が許可されたこと、原告は昭和五九年一月二一日、「THE RIGHTS OF PRISONER」(題名の下部に「Com-pletely Revised and・・・・」と記載されたもの)と題する英語文のコピー綴りの差し入れを受けたが、これについても自費翻訳を求めることなく閲読が許可されたことが認められたこと、右以前にも原告が自費翻訳を求められることなく外国語図書等の閲読を許可されたことがあることが認められる。そして、原告は、右事実から、東京拘置所においては外国語を理解する能力のある職員がおり、自費翻訳を求めなくとも本件各外国語図書等の審査を行い得たはずであると主張する。しかし、過去において外国語図書等について自費翻訳を求めずに閲読が許可された例があることをもって、東京拘置所における外国語図書等に関する取扱いが合理性を欠くものと直ちにいうことはできないし、右事実のみからは閲読許可が求められたすべての外国語図書等を東京拘置所において翻訳する能力があったものということも困難であって、他にこれを認めるに足りる的確な証拠もないから、原告の右主張は採用できない。

5  以上によれば、外国語図書等について所長のした第一及び第七処分の違憲無効ないし違法性を主張する原告の請求は理由がない。

三信書発信制限の違法性

1 前記第二の、一、二の2の事実及び証拠(<書証番号略>、証人澤村佳夫、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) (東京拘置所における信書発受の取扱い)

監獄法五〇条及びこれを受けた監獄法施行規則一二九条一項及び二項は、拘留受刑者、禁固受刑者、懲役受刑者等の信書の発信数についての原則的制限を定めるとともに、これについての所長の裁量権の行使を認めている。そして、「死刑確定者の接見及び信書の発受について」と題する依命通達は、死刑確定者は刑の執行確保のために拘禁されているもので一般社会とは厳に隔離されるべきであり、拘置所等における身柄の確保及び社会不安の防止等の見地からする外部交通の制約を当然受忍すべきであるとともに、その心情の安定を害するおそれのある外部交通も制約されなければならないとして、具体的には、「①本人の身柄の確保を阻害し又は社会一般に不安の念を抱かせるおそれのある場合、②本人の心情の安定を害するおそれのある場合、③その他施設の管理運営上支障を生ずる場合」の要件に該当する場合には、おおむね許可を与えないことが相当であるとした。

東京拘置所においては、平成元年当時、右依命通達等の趣旨に基づいて、所長の裁量により、死刑確定者の信書の発信通数及び発信枚数について「①発信通数は一日二通以内、②一通の枚数は七枚以内」との制限を行っていた。

(二) (東京拘置所における信書の検閲態勢)

東京拘置所における収容者数は、平成元年当時、未決拘禁者及び既決拘禁者を合わせて、およそ一五〇〇ないし一六〇〇名であり、死刑確定者も複数名いた。一方、東京拘置所における職員数は、およそ六〇〇名であり、そのうち信書の検閲等の事務を担当する保安課書信係は、一〇名程度であった。

そして、同所では、未決拘禁者については信書の発受についての制限は設けられていなかったが、既決拘禁者については、発信枚数につき一通七枚との制限があり、発信通数については月一回とされる者から随時発信できる者まで処遇に応じた取扱いが行われており、右当時、在監者が発信を求める信書の通数は、一日数百通にのぼる膨大なものであった。

(三) (第四処分の経過)

原告は、平成元年当時、死刑確定者として拘禁されていたところ、原告は、同年七月二七日、「同封発信許可願」なる願せんを提出し、母親宛ての信書の枚数が一四枚となったが、これを二通分として一通の封筒で発信させてほしい旨を願い出た。所長は、原告に対し、そのときに限り一通の封筒で発信することを許可する取扱いとするが、次回からは制限内の枚数で発信するようにと指導して、これを許可した。原告は、さらに、同年七月二九日及び同年八月二日にも、同様に母親宛ての信書の枚数が一四枚となったので同封発信の許可を求める旨を願い出たので、所長は、いずれの場合も、右同様に次回からは制限内の枚数で発信するようにと指導してこれを許可した。

原告は、同年八月九日、母親宛ての信書の枚数が一四枚になったため同封発信を求めるため、重量分の郵便切手七二円分を貼った一通の封筒にこれを入れ、そのまま発信することの許可を求めたが、所長は、これを許可しなかった。原告は、同月一一日、再び母親宛ての信書の枚数が一四枚になったため、「同封発信許可願」を付して同封発信の許可を求めたが、所長は、これを許可しなかった。さらに、原告は、同年八月二四日にも、母親宛ての信書について、同様に同封発信の許可を求めたが、所長は、これを許可しなかった。

なお、東京拘置所においては、信書を発信する場合、郵送料は在監者があらかじめ購入した切手を自分で貼付するか、拘置所が在監者の領置金から料金分を差し引くか、いずれかの方法が取られているが、多くの在監者は自ら切手を購入しておく前者の方法によっている。そして、その際に郵便料金を確認する方法は、必要に応じて在監者が申し出ると、担当者が備え付けの秤で重量及び料金を確認して存監者に教える取扱いとなっている。

2  右事実によれば、東京拘置所においては、拘留受刑者等の信書発受の自由を制限する前記監獄法五〇条及び同法施行規則一二九条一項及び二項の趣旨は、右法令がその対象としている者よりも厳しい処罰を受けて拘禁されている死刑確定者についても当然に妥当するものとして、死刑確定者の信書等発受の自由も拘禁の目的に応じて制限されるものであり、前記依命通達の趣旨に基づき、所長の裁量により、死刑確定者の信書の発信枚数は一通七枚以内とするとの制限を行っていたことが認められる。

ところで、在監者の自由も無制限ではないことは前記第三の一のとおりであるから、在監者が信書等を発受する自由についても、原則としてその自由は保障されるべきであるとしても、拘禁目的の達成のため又は監獄内の規律及び秩序の維特上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が認められる場合には、その自由が必要かつ合理的な範囲で制限されることを免れない。そして、死刑確定者の信書発受の自由の制限については、これを直接定めた法令は存在しないが、前記監獄法五〇条及び同法施行規則一二九条が懲役等の受刑者について信書の発信数を制限することを認めるとともに、右制限に関する所長の裁量を認めている趣旨に照らすと、死刑確定者についても所長の裁量により信書発信の自由を制限されることを免れるものではないというべきである。依命通達が、死刑確定者は刑事被告人とはその拘禁の性質を異にするものとし、死刑確定者の信書発受を制限すべき場合についての基準を示したのもこの趣旨に基づくものであると考えられる。

そして、右依命通達の基準に該当するか否かについては、在監者が発受を求める信書の内容を検閲し、それによって前記の逃亡の防止及び刑の執行確保という死刑確定者の拘禁目的の達成並びに監獄内の規律及び秩序に支障を生ずることがないことを確認することが必要となるところ、拘置所においては多数の在監者を限られた人員によって管理しなければならないという現状が存するため、監獄内の規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持するためには、検閲業務の正常な進行を図る要請が存することも否定できず、そのためには検閲を要する信書の量すなわち信書の枚数を制限することも、それが合理的な範囲に留まる限りやむを得ないものといわざるを得ない。

そして、東京拘置所における取扱いは前記のとおり一通の発信枚数を七枚以内とするものであったが、便せん七枚程度であれば、通常は相当程度の記載量を確保し一般的な要件を伝えることができるものと考えられること、検閲業務を正常に進行させつつ当該信書の内容を検閲して発信を許すことができるものかどうかの判断が可能と思われる枚数として不合理とまではいえないこと、また、右枚数以内であれば基本料金内での郵送が可能であり、右枚数を超える場合は重量確認の作業が必要となることなどの諸点を考慮すると、信書の発信枚数を一通七枚とする右制限を不合理とまでいうことはできず、右取扱いを定めた所長の裁量には一応の合理性があるものということができる。

3  そこで、このように、死刑確定者が発信を許容される信書について一日二通及び一通七枚以内との制限が行われている取扱いの下において、同一の相手方に対する信書の枚数が七枚を越えた場合に、これを一通の封筒に同封して発信することが許されないとした本件第四処分の合理性の有無について検討する。

証拠(<書証番号略>証人澤村佳夫)及び弁論の全趣旨によれば、東京拘置所における死刑確定者の信書発信が、一日の発信通数を二通以内とすることとされているのは、死刑確定者の心情の安定の確保という観点から外部との接触の機会をより多く認めようとするものであることが認められ、一通の発信枚数を七枚以内とする取扱いに合理性が認められるのは前記2のとおりである。したがって、第四処分は、一日二通一通七枚以内との東京拘置所における右取扱いに厳格に従ったものということができるのであるが、本件のように、同一人に向けた信書を発信しようとする場合に、一日に発信を許された信書の枚数の合計としては取扱いの制限内にある場合であっても、その同封発信を認めず、二通の封筒に七枚以内ずつに分けて発信しなければならないとすることは、いかにも形式的に過ぎる感があるのを免れない。

前記のとおり、検閲事務の正常な進行を図り、監獄内の規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保つためには、合理的な範囲で一通の信書の枚数を制限することも認められるというべきであるけれども、右制限は、限られた人員で多数の収容者を管理しなければならない拘置所において信書の検閲業務に配置する人員には限りがあることに鑑み、一通の信書の枚数を無制限とした場合には日々の検閲業務が停滞するなどして監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められるためである。そして、一日二通の信書の発信が認められている死刑確定者が、同一人に宛てた信書の枚数が合計一四枚以内となったとして、これを一通の封筒で発信しようとした場合に、その検閲業務に従事する職員の負担は、これを七枚ずつに分けて二通の封筒で発信しようとする場合と比べ、それほど大きな相違があるものということは困難である。この点、証人澤村佳夫は、一度に七枚を検閲するのと一四枚を検閲するのとでは精神的負担が違う旨の証言をしており(証人澤村六四ないし六六項、同趣旨<書証番号略>(陳述書)三三、三四頁)、継続した文章が七枚にわたる場合と一四枚にわたる場合とでは、これを読む側の負担が多少増加する場合がないとはいえないとしても、検閲を行わなければならない枚数としては結局同数なのであるから、検閲業務に支障をきたすほど大きな差異が生じるものと認めることは困難であって、右証言部分は採用し難い。そして、東京拘置所においては、本件処分に至る以前に数回にわたり適宜の判断によって原告の求めた同封発信を許可したこともあることに照らすと、本件においても、従前の取扱いに形式的に固執することなく、具体的場合に応じたより柔軟な対応もあり得るとも考えられるところである。

しかし、反対に一四枚の信書を二通に分けて発信しても、一通で発信する場合に比べて、在監者にとり、外部との接触を確保するという観点からは全く差異がない上に、その料金の差異もわずかであり、東京拘置所において原告の求めた同封発信を許可した際には、原告に対して原則どおりの発信を行うようその都度指導していたこと、本件第四処分が従前の東京拘置所における在監者の信書発受に対する取扱いに従って行われたものであり、右取扱いは前記のとおり監獄法等の趣旨に照らして合理性を有するものと認められることなども併せ考慮すると、本件第四処分を行った所長の監獄の長としての裁量には、前記のとおり再考の余地はあり得るにしても、裁量権を逸脱した違法があったとまでいうことは困難である。

なお、被告は、原告は定められた制限を超えた発信を行うことによって既存事実を多く作り、これを恒常化させて最終的に一通分の発信許可枚数を一四枚とし、併せて他の一通の発信が可能となるように企てていることが容易に推測されたから、同様の発信を許可した場合には同様の発信出願が繰り返され、ひいては検閲業務その他施設の管理運営上支障をきたす相当の蓋然性があったため第四処分を行ったものであると主張するが、原告において右のような意図を持って本件の各同封発信許可を求めたものであることを認めるに足りる的確な証拠はない。

4  以上によれば、所長のした本件第四処分の違法性を主張する原告の請求は理由がないものというべきである。

四性表現図書の閲読不許可処分及び抹消処分の違法性

1 前記第二の一、二のの3の事実及び証拠(<書証番号略>証人澤村、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) (本件性表現図書の内容等)

(1) 第二処分の対象となった書籍「写GIRL84」には、一九箇所に女性の陰毛が露出した写真が掲載されていた。所長は、第二処分の後、原告が抹消に同意したところ、昭和六一年一〇月三〇日、右書籍中の一九箇所を抹消した上、右書籍を原告に交付した。

原告は、平成元年一二月一日、妻から右同「写GIRL84」の差し入れを受けたが、所長は、同月一二日、これについて何らの抹消を加えることなく、原告に交付した。

(2) 第三処分の対象となった書籍「ヌード写真の見方」には、一九箇所にわたり、男性の性器や女性の恥部が撮影されている写真又は女性の陰毛が露出した写真が掲載されていた。所長は、第三処分の後、原告が抹消に同意する旨を明らかにしたところ、平成元年一〇月一二日、右書籍中の一九箇所を抹消した上、右書籍を原告に交付した。

原告は、平成元年ころ、妻から右同「ヌード写真の見方」の差し入れを受けたが、所長は、同月一二日、同書籍の全体について何らの抹消を加えることなく、原告に交付した。

(3) 第五処分の対象となったカタログ「大竹省二特選女の作品集」には、全体に女性のヌード写真が掲載されており、そのうち二点は、女性の下腹部に焦点を絞ったもの及び女性の性器が露出しているものであり、右カタログの欄外には、「会員向限定出版」、「取扱誓約書を確実に返送された方にのみ発送されます」などの販売対象が限定され特殊な販売方法をとるものである旨の注意書きがあった。第五処分により抹消された部分は、右の二点の写真の一部分であった。

なお、原告、平成二年三月二日、妻から右と同一のカタログ「大竹省二特選 女の作品集」の差し入れを受けたが、所長は、同月一二日、同カタログの全体について何らの抹消を加えることなく、原告に交付した。

(4) 第六処分の対象となった書籍「EROS」は、その大部分が女性のヌード写真であったが、そのうち八点の写真は、女性の陰毛や下腹部のみに焦点を絞り、当該部分が比較的鮮明に確認できるもの、女性の性器の一部が露出したものなどであった。所長は、第六処分ののち、原告が抹消に同意する旨を明らかにしたところ、平成二年一一月三〇日、右書籍中の八箇所を抹消した上、右書籍を原告に交付した。

(5) 第八処分の対象となったカタログ「ジャン・ルージェロン作品集」及び「ドミニク・アルテリオ作品集」には、全体に女性の性器を露出した写真数点が掲載され、また、「浮世繪版画名品聚芳」及び「肉筆浮世繪名品聚芳」には、全体に男女の性愛場面を露骨に描写した春画数点があり、いずれのカタログにも販売対象が限定され特殊な販売方法をとるものである旨の注意書きがあった。

なお、原告は、平成三年四月六日、妻から右と同一のカタログ「ジャン・ルージェロン作品集」、「ドミニク・アルテリオ作品集」及び「浮世繪版画名品聚芳」のコピーの差し入れを受けた。所長は、同月一八日「ジャン・ルージェロン作品集」中の四点の写真等の一部を抹消し、「浮世繪版画名品聚芳」中の一点につき一部分を抹消し、「ドミニク・アルテリオ作品集」については何らの抹消を加えることなく、それぞれ、右コピーを原告に交付した。

(6) 第九処分の対象となったカタログ「守屋俊彦・サムガールズ外五作品集」、「レスリータートル作品集外二作品集」及び「トロピカル・センセーション外五作品集」には、いずれも数箇所にわたり、男女の性愛場面を露骨に描写した挿絵、女性の性器を露出した写真又は女性の陰毛に焦点を絞った写真等が掲載されていた。また、右の三カタログは、「プライベートタイム外五作品集」のカタログと共にホッチキスで一括され、四枚綴りのものとして差し入れたものであった。そして、右四枚のカタログには、いずれも販売対象が限定され、一般の書店等によっては販売されていない旨の注意書きがあった。

原告は、第九処分がされたと同一の日(平成三年四月二日)に、同じく「守屋敏彦・サムガールズ SOME GIRLS外五点作品集」、「レスリータートル作品集外二作品集」及び「トロピカル・センセーション外五作品集」の各カタログのコピーの差し入れを受けたところ、所長は、同月一六日、右「守屋敏彦・サムガールズ SOME GIRLS外五点作品集」中の五点について、その一部を抹消したが、他の二カタログについては何らの抹消を加えることなく、各コピーを原告に交付した。

また、原告は、第九処分をされた「守屋敏彦・サムガールズ SOME GIRLS外五点作品集」外三点のカタログとひと綴りのものとして差し入れを受けていた「プライベートタイム外五作品集」のカタログについても、第九処分と同時に閲読不許可とされていたが、右カタログは平成二年四月七日に無削除で閲読を許可されて交付を受けていたカタログと同一のものであったので、平成三年四月一八日、その旨を申し立てたところ、所長は、同月二二日、右「プライベートタイム外五作品集」のカタログの閲読を許可した。

(7) 第一〇処分の対象となった雑誌「芸術新潮一九九一年三月号」には、「ユニセックスの絵師鈴木春信」との特集があり、十数箇所にわたり男女の性愛場面を露骨に描写した春画が掲載されていた。

原告は、平成三年五月一八日、右特集記事全部のコピーの差し入れを受けたところ、所長は、同月三〇日、右コピー中の一三箇所について、その一部分を抹消した上で、右コピーを原告に交付した。

(二) (東京拘置所における性表現図書の閲読許可の取扱い等)

東京拘置所においては、性表現図書等について閲読を許可するかどうかについても、前記第三の二と同様、監獄法三一条二項及び同法施行規則八六条一項並びにこれを受けた取扱規定及び運用通達に従った取扱いが行われていたが、性表現図書等については風俗上問題となることを露骨に描写したものであるかどうかというわいせつ性の点について留意して閲読許否の判断が行われていた。また、当該図書等の一部に閲読を許さない記事がある場合には、当該図書等の閲読許可を求める在監者の同意を得て、支障となる部分を抹消し又は切り取って閲読を許可することができるが、同意を得られないときには、当該図書等の交付を不許可とすることとしていた。

そして、東京拘置所においては、右のわいせつ性の点について、当該性表現図書等が風俗上ないし規律上問題となるような露骨な描写であるか否かを判断するための一応の基準を定めていた。右基準は、一般社会におけるわいせつ性の観念に合致するよう、性表現に関する一般社会の価値判断ないしは規制基準が緩和の方向に推移しているという社会的すう勢に照らし合わせて徐々に緩和される傾向にあり、具体的には、①昭和六〇年ないし昭和六二年ころ(第二及び第三処分当時)は、「陰毛が露出したもの」又は「男性の性器」が撮影されている写真等は在監者に閲読させることが相当ではないとする基準、②平成二年ころ(第五処分当時)は、「陰毛が露出したもの」すべてを閲読不許可とはせず、「陰部を撮影したもの」、「女性の下腹部を撮影したもの」など全体からみて著しくわいせつであると判断するものを除き許可する基準、③平成二年三月ないし一一月ころ(第六処分当時)には、「陰部が比較的鮮明に確認できるもの」、「女性の陰毛に焦点を絞ったもの」、「女性の性器に異物を挿入したもの」、「女性の性器の一部が露出したもの」など全体からみて著しくわいせつであると判断するものを除き許可する基準、④平成二年一一月ころ(第八ないし一〇処分当時)からは、「陰部が比較的鮮明に確認できるもの」程度のものについては閲読を許可することとし、その余は従前のとおり、「女性の性器を露出したもの」、「男女の性交場面を露骨に描写したもの」、「女性の陰毛に焦点を絞ったもの」など全体からみて著しくわいせつであると判断するものを除き許可する基準、というものであった。

2  (各処分の合理性の有無)

(一) 右認定の事実によれば、東京拘置所においては、原告が閲読を求めた前記の各性表現図書等について、当該図書等が風俗上問題となることを露骨に描写したものであるかどうかというわいせつ性の点に留意した一応の基準を設け、これに基づき本件各性表現図書等には風俗上問題のある露骨な描写があり、その閲読を許可した場合に拘禁の目的を害し又は監獄内の正常な管理運営を阻害する相当の蓋然性があると認められるものと判断して、所長の裁量により、その閲読を許さないこととして本件各処分をしたものであることが認められる。

ところで、在監者は、意に反する拘束を受けていることから、ささいな刺激によっても精神の平衡を失って異常な突発的行動に出るおそれがあることがないとはいえず、また、異性との接触を断たれた特殊な環境にあることから露骨な性表現を描写した図書等に接した場合、男色行為を企図したり、診察や面会等の異性と接触する可能性のある機会に発作的に暴行、逃走を企図したり、又は拘禁に対する不満を増幅させて職員や他の在監者に対する暴行、施設設備等の破壊等の粗暴な行為に出るおそれがあり得るということも経験則に照らして全く否定することはできないところである。

そうすると、東京拘置所において、前記の性表現図書等が風俗上問題となるような露骨な描写のあるものであり、在監者の拘禁目的及び監獄内の規律及び秩序の維持の必要から、これらを閲読させることが相当でないと判断した所長の各処分(第二、三、五、六、八ないし一〇処分)は、前記の各性表現図書等の内容に照らし、必ずしも合理性がないものではないというべきである。

(二) もっとも、原告は、原告は逮捕以来一貫して独居房に収容されており、日常生活において他人と接触する機会はほとんどなく、また、性的な問題を起こしたこともないのであるから、このような原告の性向、行状に照らした具体的事情の下においては拘禁目的又は監獄内の規律及び秩序の維持を阻害する相当の蓋然性があるとは到底言えないという。そして、前記第二の一の事実及び証拠(<書証番号略>、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五〇年五月一九日に逮捕されて以来、一貫して独居房に収容されており、戸外運動や入浴等は常に一人で行っていること、面会や診察等の機会及びそのための連行時において他人と接触する機会が全くないわけではないけれども、そのような機会においても常に拘置所職員による監視を受けると共に他人と接触する機会が極力生じないように配慮された取扱いを受けていること、また、右拘禁以来、性的な問題を起こしたことはなかったことが認められる。

在監者の図書等の閲読の自由は、原則として一般市民と同様に保障されるものであり、これを制限することが許されるのは、当該具体的な事情の下において当該図書等の閲読を許可することにより監獄内の規律及び秩序上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性がある場合でなければならないことは前記第三の一のとおりである。したがって、原告が性表現図書等の閲読の許可を求めた場合にこれを制限できるかどうかについては、原告に対する処遇の実体並びに原告の性向及び行状についても考慮しなければならないことはいうまでもない。

しかしながら、在監者の自由を制限するに当たっては、在監者の性向、行状のみを考慮すれば足りるものではなく、監獄内の管理、保安の状況、当該図書等の内容その他の諸般の事情についても考慮した上で監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が発生する相当の蓋然性があるか否かを判断しなければならないこと、また、その具体的場合における判断について所長の裁量に合理性が認められる限り、当該措置に違憲違法はないものとして是認すべきであることも、前記第三の一のとおりである。

そして、多数の収容者を管理する施設において、風俗上の観点から、監獄内の規律及び秩序を維持し施設の正常な管理運営を保つため、性表現図書等の閲読を許可するかどうかの一応の基準を定めてこれを在監者に一律に適用するという取扱いも、在監者間にある程度の公平を保ち、個々の恣意的な処分を回避するという点から合理性がないわけではなく、また、右基準も一般社会のすう勢に合わせて徐々に緩和されてきていることがうかがわれ、それ自体が不当なものであるとも一概には言い難いところである。そうであれば、所長の本件各処分が、各処分当時の基準に基づき、東京拘置所における性表現図書等の閲読許可に関する従前の取扱いに沿って行われたものであり、原告が閲読を求めた当該性表現図書等の内容が前記のようなものであったことに照らし、本件各処分を行うについて、所長の判断に裁量権の逸脱又は濫用の違法があったとまでいうことはできないものといわざるを得ない。

3  そうすると、所長のした本件各処分が違法であるとする原告の請求は、いずれも理由がないものというべきである。

五以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮﨑公男 裁判官井上哲男 裁判官河合覚子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!