大判例

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東京地方裁判所 平成元年(ワ)14916号 判決 1991年9月06日

原告

甲野春子

被告

株式会社輸出入サービス・センター

右代表者代表取締役

金子瑛子

外五名

右被告ら訴訟代理人弁護士

大宮正壽

被告

大宮正壽

主文

一  被告村田太郎は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告村田太郎に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  この判決の第一項は仮に執行することができる。

四  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一本件は、原告が被告らにより不当訴訟を提起され、また、原告のプライバシーを侵害する記事を執筆、同記事の掲載された雑誌を配付されたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料、逸失利益、弁護士費用等の損害賠償を求めた事案である。

二当事者間に争いのない事実等

1(一)  原告は、被告株式会社輸出入サービス・センター(以下「被告会社」という。)に、昭和五七年から昭和五九年まで勤務し、被告会社の代表取締役専務秘書及び貿易担当として輸出入に関する書類(船荷証券・送り状・銀行書類等)の処理業務を担当していた。

(二)  (1) 被告会社は、洋酒並行輸入を業としている。

(2) 被告金子瑛子は被告会社の代表取締役である。

(3) 被告村田太郎(以下「被告村田」という。)は、もと被告会社の代表取締役であった(被告村田本人)。

(4) 村田由美子は、もと被告会社の社員であり、昭和六二年五月一一日、被告村田と婚姻した<書証番号略>。

(5) 被告市瀬文義は、昭和五九年当時被告会社の取締役であった。

(6) 被告玉村修司は、もと被告会社の法務担当社員であった。

(7) 被告大宮正壽(以下「被告大宮」という。)は、被告会社の顧問弁護士である。

2(一)(1) 原告の夫甲野久(以下「久」という。)の先妻甲野君枝(以下「君枝」という。)は、被告大宮を代理人として、昭和五九年六月一三日、久の勤務先である中央信託銀行株式会社を第三債務者として久の将来の退職金に対する仮差押をした(横浜地方裁判所川崎支部昭和五九年(ヨ)第一四四号事件、以下「(1)事件」という。)

(2) 被告会社は、昭和六〇年二月二五日、原告に対し、被告大宮を訴訟代理人として、原告の経歴詐称を理由とする損害賠償請求の訴訟を提起した(同支部昭和六〇年(ワ)第六七号事件、以下「(2)事件」という。)。

(3) 君枝及び久と君枝の長女である甲野由紀枝(以下「由紀枝」という。)は、昭和五九年八月一八日、原告に対し、被告大宮を訴訟代理人として不法行為に基づく損害賠償請求の訴訟を提起した(同支部昭和五九年(ワ)第三四五号事件、以下「(3)事件」という。)。

(二)  被告村田は、執筆者名を白河厳道として「或る陰湿女裁判」と題する記事を雑誌「ジャクタ」に執筆し、右雑誌を原告本人、久の勤務先、原告宅の近所に送付した(被告村田)。

三原告は、右(1)ないし(3)事件の訴訟等提起及び雑誌への執筆、配付並びに原告の蒙った損害につき、次のように主張している。

1  被告会社は、昭和五九年五月ころ脱税容疑で大蔵省関税局、警察等の強制捜査を受けたが、被告らは、君枝と共謀の上、被告会社の脱税容疑を立証する知識を有する原告が警察等に証拠を提供することのないよう強要するため、いずれも被告大宮を訴訟代理人として、前記(1)、(2)、(3)事件の裁判等を提起し、また、執筆者名を白河厳道として「或る陰湿女裁判」と題する原告の誹謗中傷記事を雑誌ジャクタに執筆し、同内容の文書を当時原告が勤めていたサイテックスコーポレーションや久の会社の勤務先に送付した。

2  その結果、原告は、名誉を侵害され、更にサイテックスコーポレーションを解雇され、解雇により収入を失い、また、本件雑誌の影響で再就職不能な状態に陥り、昭和六一年二月から平成三年一月まで二七八四万円の損害を被ったほか、久は(1)事件のため関連会社に配転左遷され、妻である原告は久の被った左遷により金一五〇〇万円に相当する経済的損失を共に蒙り、また、原告と久は、前記被告らの違法目的の裁判に応訴し、かつ裁判を提起するため、弁護士費用等七一一万円を支払うなど多額の損害を蒙った。

よって、その内金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年二月から支払済みまでの遅延損害金の支払いを求める。

被告らは、(1)、(2)、(3)の各事件が被告らの共謀による違法目的の裁判であること、被告らが共謀の上雑誌ジャクタを執筆したこと及び損害についてそれぞれ争っている。

四争点

1  被告らは、共謀の上、(1)、(2)、(3)事件について、違法な目的のために裁判を提起したか。

2  被告らは、共謀の上、雑誌ジャクタの記事を執筆し、これを原告やその関係者に送付したか。

3  右不法行為が成立するとして損害額はいくらか。

第三争点に対する判断

一争点1について

1  (1)事件について

君枝が、(1)事件の仮差押をしたことは当事者間に争いがないところ、本件全証拠をもってしても、被告らが共謀して原告主張の目的をもって右仮差押えをしたことを認めるに足りる証拠はない。

かえって、証拠<書証番号略>によれば、君枝は昭和三五年に久と婚姻したが、その後久と原告とが愛人関係となり、君枝と久の婚姻関係は破綻し、昭和五七年一〇月二九日東京家庭裁判所で調停離婚が成立したこと、右調停の結果、久は君枝に対し、慰謝料金二五〇〇万円を支払うこととなり、うち金一〇〇〇万円については久が昭和六四年四月末日に会社を退職することによる退職金をもって支払うことなどが合意されたが、昭和五九年春ころ久は君枝に対し、「仕事をやめて退職金をもらって逃げてしまいたい。」などと言って右慰謝料の支払を拒否するような言動をとり、また、原告は久との婚姻前、原告を債権者、久を債務者とする額面金一五〇〇万円の金銭消費貸借契約公正証書を作成しており、これで久の退職金を差押えする可能性もあったこと、そこで、君枝は、被告大宮に相談の上、久の退職金につき仮差押申請手続を行ったこと、などの事実が認められ、これらの事実によれば、(1)事件の仮差押はもっぱら君枝の慰謝料請求権を保全する目的でのみ行われたということができる。

2  (2)事件について

被告会社が、(2)事件を提起したことは当事者間に争いがないところ、本件全証拠をもってしても右訴訟提起の違法性を認めるに足りる証拠はない。原告本人は、右訴訟提起は被告会社の脱税容疑を立証する知識を有する原告が警察等に証拠を提供することなどのないよう強要するためなされたものである旨供述するが、原告は既に昭和五九年五月ころ、被告会社から持ち出した書類等を税関に提出し、同年八月には被告金子らは警察署から呼び出しを受けていること<書証番号略>や被告村田の本人尋問の結果からみて、右原告の供述は信用できない。

3  (3)事件について

君枝及び由紀枝が、(3)事件を提起したことは当事者間に争いのないところ、本件全証拠をもってしても、被告らが君枝と共謀して原告主張の目的で右訴訟を提起したことを認めるに足りる証拠はない。かえって、証拠<書証番号略>によれば、久と君枝との婚姻関係は、昭和五三年ころすでに破綻状況にあったが、その後の原告の執拗な嫌がらせから、前記のように久と君枝は調停離婚したこと、しかし、原告はその後も君枝や由紀枝に対し、文書で中傷したり、嫌がらせをするなどをしたため、君枝と由紀枝は被告大宮を代理人として訴訟を提起したこと、右訴訟は、原告が久と君枝とを離婚に追い込み、離婚後なおも執拗に手紙等による違法な手段による攻撃を君枝らに対し与え続けたことに対する君枝らの提訴であること、右訴訟では原告の君枝及び由紀枝に対する不法行為の成立が認められ、原告に損害賠償金の支払を命じる一部認容の判決が確定していることが認定でき、これによれば、君枝及び由紀枝の右訴訟提起は正当な権利行使であることが推認される。

二争点2について

1  当事者間に争いのない事実及び証拠(<書証番号略>、被告村田本人)によれば、被告村田は、執筆者名を白河厳道として「或る陰湿女裁判」と題する記事を昭和六一年一一月一日発行の雑誌ジャクタに執筆し、右雑誌を原告本人、久の勤務先、原告宅の近所に送付したこと、右記事は関係者を「久」、「君枝」、「ナベ子」、「YS社」と表示しているが、久と君枝については名前だけであるとはいえともに実名であり、ナベ子についても原告の旧姓「渡邊」を知る者からすれば容易に当該人物が誰のことを述べているのかを特定しうる性質のものであることからすれば、結果的に右記事はその内容とも相まって第三者において比較的容易に原告らのことを述べるものと判断しうる内容となっていること、また、右記事は原告を「悪女、陰湿女」などと記載し、その経歴や行動、久、君枝、原告三者の関係を詳細に述べ、原告のプライバシーを侵害する内容を多々含んでいることなどの事実が認められる。

しかし、右ジャクタへの記事掲載及びその配付につき、被告村田とその余の被告との間に共謀が存したことを認めるに足りる証拠はない。原告は、右記事には身内にしかわからないようなことが書いてあり、それらは被告らが原告の兄弟や配偶者を事務所等に呼び出して聞き出したものと思っている旨供述するが、右は原告の単なる推測にすぎず、被告村田本人の供述に照らしても右事実は認定できない。

したがって、ジャクタの件につき被告村田を除くその余の被告らの不法行為をいう原告の請求は、失当である。

2  被告村田の執筆にかかる本件記事が原告のプライバシーを侵害する内容を含んでいることが認められるのは前述のとおりである。

そこで、被告村田の不法行為によって原告の被った損害について判断するに、本件記事の内容、被告村田は本件記事の掲載された雑誌ジャクタを原告宅、久の勤務先である中央信託銀行株式会社、原告宅の近所に数冊送付したこと(これ以外の所に送付したことを認めるに足る証拠はない。)、その他本件諸般の事情を考慮し、これによる慰謝料は五〇万円とするのが相当である(<書証番号略>、原告本人尋問の結果によれば、本件で問題となっている雑誌ジャクタが昭和六一年一一月一日付けで発行されていること、右雑誌は同年一一月中に原告やその関係者に送付されたことなどの事実が認められるが、実際に右雑誌が原告らに送付された日付については特定できないから、本件不法行為に基づく損害賠償金の遅延損害金の起算日は一一月三〇日とするのが妥当である。)。

また、被告村田により雑誌ジャクタが原告らに送付されたのは、右雑誌が発行された昭和六一年一一月一日ころ以降と考えられ、また、その送付先も限られていることなどから、原告が昭和六一年二月にサイテックスコーポレーションを解雇されたこと及びその再就職ができないことと被告村田による不法行為とは因果関係がなく、損害として認めることはできない(原告は、被告村田が本件記事の原稿をサイテックスコーポレーションにおける原告の上司に送付したと思う旨供述するが、右送付を認めるに足る証拠はない。)。

(裁判長裁判官谷澤忠弘 裁判官古田浩 裁判官細野敦)

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