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東京地方裁判所 平成元年(ワ)15254号 判決 1992年3月24日

原告

甲野一郎

原告

株式会社A

右代表者代表取締役

市橋利明

原告両名訴訟代理人弁護士

関野昭治

山分榮

小林英明

松尾翼

長尾節之

野末寿一

千原曜

久保田理子

被告

株式会社講談社

右代表者代表取締役

野間佐和子

被告

森岩弘

被告両名訴訟代理人弁護士

的場徹

伊達秋雄

金住則行

加藤朔郎

右訴訟復代理人弁護士

渡邉彰悟

主文

一  被告らは、原告甲野一郎に対し、各自金五〇万円及びこれに対する平成元年一二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告株式会社Aの請求及び原告甲野一郎のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一被告らは、原告らに対し、別紙一記載の謝罪広告を、見出し・記名・宛名は各一四ポイント活字をもって、本文は八ポイント活字をもって株式会社朝日新聞社(東京本社)発行の朝日新聞、株式会社毎日新聞社(東京本社)発行の毎日新聞、株式会社読売新聞社(東京本社)発行の読売新聞及び株式会社日本経済新聞社(東京本社)発行の日本経済新聞の各朝刊全国版社会面に三日間継続して掲載せよ。

二被告らは、原告甲野一郎に対して、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実等

1  原告株式会社A(以下「原告会社」という。)は貸金業の規制等に関する法律に基づいて登録された貸金業を営む会社である。原告甲野一郎(以下「原告甲野」という。)は、昭和四三年七月に原告会社を設立し(当時の商号は「A産業株式会社」)、原告会社の代表取締役の地位にあったが、昭和六一年九月ころ退任して、現在は原告会社の第一位の大株主(平成元年二月二八日現在全株式のうち約二九%を保有していた。)であり、原告会社の実質的なオーナーである(以上につき<書証番号略>、原告本人)。

2  被告株式会社講談社(以下「被告会社」という。)は、出版業を目的とする会社であり、写真週刊誌「フライデー」(以下「フライデー」という。)を発行している。被告森岩弘(以下「被告森岩」という。)は、「フライデー」の編集長の職にある者である(以上につき争いがない。)。

3  被告らは、「フライデー」平成元年一〇月一三日号において、「金満ニッポンに蠢く『怪人物』列伝」と題するシリーズ記事の最終回に原告らを取り上げ、原告甲野を原告会社の会長であるとした上、「『闇金融の帝王』が動かす資金一兆円の『甘い汁』」という見出しの下に、原告らに関する写真入りの大略別紙二記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した(争いがない。)。

三争点

1  本件記事は原告らの名誉を毀損するか。

2  本件記事は、公共の利害に関する事項について、公益を図る目的の下に掲載され、その内容が事実であるか少なくとも被告らにおいて真実であると信じるについて相当の理由があると認められるか。

3  被告らは公正な論評の法理によって免責されるか。

4  原告らが本件記事の掲載によって被った損害を回復するためには謝罪広告を必要とするか。

5  原告甲野が本件記事の掲載によって被った損害額

第三争点に対する判断

一争点1(本件記事の内容は原告らの名誉を毀損するか。)について

1  本件記事は、原告甲野を「闇金融の帝王」、原告会社を「マムシのA」と呼び、原告会社の営業について「マムシ商法」、「狙った獲物(企業)を必ず殺して(倒産させて)資産を自分のものにしてしまう。」、「Aは敗者に冷酷なメスを振るい解体する。」などと記述している(争いがない。)。

いわゆる「闇金融」とは、貸金業の規制等に関する法律に基づく登録を受けない非合法の貸金業者を意味する言葉であるから、原告甲野を「闇金融の帝王」と呼称することが原告甲野の社会的評価を低下させることは明らかである。また、「A」は毒蛇を意味し、転じて人に害をなし恐れられる人の例えとして用いられる言葉であり、さらに、「狙った獲物を必ず殺す。」、「敗者に冷酷なメスを振るい解体する。」等の本件記事の記述を合わせて読めば、本件記事は、原告会社の営業について、特定の企業に狙いを定めてこれに積極的に融資した上、企業を倒産させてその資産を取り上げてしまうという印象を与えるものである。

したがって、本件記事によって、原告らの社会的評価を低下することは明らかである。

2  被告らは、本件記事中の「闇金融の帝王」や「マムシのA」という呼称及び「マムシ商法」、「狙った獲物(企業)を必ず殺して(倒産させて)資産を自分のものにしてしまう。」、「Aは敗者に冷酷なメスを振るい解体する。」等の原告会社の営業についての記述は、遅くとも昭和六〇年九月ころまでに多くの全国新聞紙、週刊誌が繰り返し記事中で使用した結果、原告ら及び原告会社の営業を指す呼称ないし表現として社会的に定着していたのであり、本件記事はこれを引用したものにすぎず、したがって、本件記事中の右のような呼称や記述によって原告らの社会的評価は何ら低下しておらず、本件記事は原告らの名誉を何ら毀損しない旨主張する。

たしかに、昭和六〇年七月から昭和六一年八月までの間に、原告甲野については「ヤミ金融の帝王」、「裏金融のドン」等、原告Aについては「マムシのA」、「企業の葬儀屋」等の呼称を付けた上、Aの営業について「ハイエナ商法」、「倒産寸前の企業に融資をエサに近づいては骨の髄までしゃぶり尽くす。」等本件記事とほとんど同一の呼称ないし表現を用いた記事が多くの全国新聞紙や週刊誌に繰り返し掲載されたことは認められる(<書証番号略>)。

しかし、原告甲野は、昭和六〇年九月、株式会社アイデンの倒産に絡み、第三者割当増資の不正工作に関与したとして、公正証書原本不実記載、同行使の罪で東京地方検察庁特捜部に逮捕され、昭和六一年一〇月に東京地方裁判所で懲役一年執行猶予二年の判決を受けた(以下「アイデン事件」という。)ところ、右各記事のほとんどが原告甲野がアイデン事件で逮捕されたことを報じた記事(<書証番号略>)である。そして、一般に、ある者が刑事事件で逮捕勾留され、その後起訴された場合には、犯罪を犯したとされた者に対する社会的な非難の高まりを背景として、報道機関が刺激的かつ辛辣な表現によって批判記事を掲載することは多く経験されることであるから、原告甲野が逮捕された際のこれらの報道のみによって、原告らに対する社会的な評価が定着したということはできない。そして、本件記事の掲載までに、原告甲野がアイデン事件で逮捕されてから約四年、右各記事のうち最後の記事(<書証番号略>)が掲載されたときからも二年以上経過していること、原告甲野は昭和六一年九月ころ原告会社の代表取締役を退任したことを考慮すると、本件記事が掲載された当時に前記のような原告らについての呼称及び表現が社会的評価として定着していて、この点について原告らに保護すべき名誉が全くなくなっていたとは認められず、したがって、本件記事によって、原告甲野及び原告会社の社会的評価は何ら低下しないという被告らの主張は採用することができない。

二争点2(本件記事は、公共の利害に関する事項について、公益を図る目的の下に掲載され、その内容が真実であるか少なくとも被告らにおいて真実であると信じるについて相当の理由があると認められるか。)について

1 一般に報道機関が他人の名誉を毀損する記事を掲載した場合、常に不法行為責任が生じるわけではなく、その記事の内容が公共の利害に関する事実に係り、かつ、専ら公益を図る目的で掲載された場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは右記事の掲載には違法性がなく、また、摘示された事実が真実であることが証明できなくても、報道機関において、真実であると信じたことにつき相当の理由があると認められるときには、右記事の掲載には故意又は過失がなく、いずれも不法行為は成立しないと解するべきである。以下このような見地から本件記事について検討する。

2  被告らは、本件記事が、公共の利害に関する事項について、公益を図る目的で掲載されたものである旨主張するので、まず、この点について判断する。

本件記事は、「フライデー」の平成元年七月二一日号から同年一〇月一三日号まで一一回にわたって連載された「金満ニッポンに蠢く『怪人物』列伝」と題する連載記事の最終回の記事である(争いがない。)。右連載記事では、原告らのほかに、麻布自動車社長渡辺喜太郎、光進グループ代表小谷洸裕、イ・アイ・イ・グループ代表高橋治則、第一不動産会長佐藤行雄、秀和社長小林茂等が取り上げられた(<書証番号略>)。

日本経済は、平成元年ころ、いわゆるバブル経済の絶頂期にあり、金融機関が市中に多量の資金を提供し、この資金が土地、株式、ゴルフ場さらには絵画等に投資され、値上がりした土地、株式等を担保としてさらに資金が市中に出回るという状況のもとで、仕手株取引や地上げ等投機的な経済取引が横行していた。原告会社は、商業手形の割引、手形貸付、不動産担保貸付及び有価証券担保貸付等を業とし、平成元年二月期の融資残高が約二二〇〇億円、取扱高が一兆四一七二億円という我が国でも大手の貸金業者であるが、昭和六一年ころから平成元年までの間に、飛躍的に業績を伸ばしていた。その間、後述するとおり、いわゆる仕手筋や大規模な倒産事件として世間の耳目を集めた会社や個人と取引があったことが明らかとなったため、その営業のあり方は一般公衆の関心を集めていた。

また、本件記事における被告らの編集方針は、いわゆるバルブ経済の絶頂期において、仕手株取引や地上げ等投機的な株式取引や不動産取引を行っている会社や個人を取り上げて、その経済活動を批判的に紹介論評することにあった(以上につき、<書証番号略>、証人T、原告甲野)。

以上述べたところによれば、本件記事は、公共の利害に関する事項について、公益を図る目的で掲載されたことが認められる。

3 次に、本件記事の中で被告らが摘示した事実が真実であると認められるか検討する。被告らは、本件記事の中で多数の事実を摘示しているが、原告甲野に対する「闇金融の帝王」という呼称、原告会社に対する「マムシのA」という呼称その他一の1で述べた原告らの社会的評価を低下させる記述の具体例として挙げられている主要な事実は、(1)コスモポリタングループの関係、(2)月光荘の関係及び(3)キャングループの関係で記述された以下に挙げる各事実である。そこで、右各事実が真実と認められるかについて検討する。

(1) コスモポリタングループの関係

本件記事は、コスモポリタングループの関係では、「コスモ(ポリタン)の仕手戦を支えてきたがのがAだった。」と記述している。

このことに関しては、コスモポリタングループは、池田保次が形成した仕手取引集団であり、その中核であった大阪の不動産会社「コスモポリタン」は、昭和六三年一一月に資金繰りに行き詰まって大阪地裁において破産宣告を受けたこと、原告会社は、昭和六二年一〇月ころから昭和六三年一二月ころまでの間に、コスモポリタングループが株式の買い占めを行ったといわれていた丸石自転車株式会社、オーミケンシ株式会社、株式会社タクマ及び雅如園観光株式会社の各株式を多数取得したこと、右株式の中には、原告会社がコスモポリタングループから貸金債務の担保として預かり代物弁済により取得した株式もあること、原告会社は、コスモポリタングループに対して、昭和六一年ころまで約三〇〇億円の貸付取引があったことは認められる(<書証番号略>、証人T、原告甲野)。しかし、右各認定事実によって、本件記事中の「コスモの仕手戦を支えてきたのがAだった。」という記述が真実であるとまで推認することはできず、他にこれを認定するに足りる証拠はない。

(2) 月光荘の関係

本件記事は、月光荘の関係では、「(月光荘の)最後の頼みの綱は常にAだった。」、「Aの狙いは老舗画廊『月光荘』の看板を、自社の絵画売買に生かすことだったそうだ。」、「ときには融資を頼みにきた企業に絵画を売りつけたりもする。」と記述している。

この点については、月光荘は、銀座の老舗画廊であったが、昭和六二年ころから経営危機に陥り、平成元年三月に約一八八億円の負債を抱えて倒産したこと、原告会社は、平成元年八月ころ、月光荘に対して約九億六〇〇〇万円の貸付金があったこと、昭和六三年一一月ころ、原告会社の関連会社である株式会社アスカインターナショナルの営業目的が絵画の販売取引と変更されるとともに、東京青山に「アスカインターナショナル」という名の画廊が開設されたこと、原告らと月光荘との間で絵画の取引があったことは認められる(<書証番号略>証人T、原告甲野)。しかし、右各認定事実を総合しても、本件記事中で、月光荘について摘示された右各記述が真実であると認めることはできず、他にこれらの事実が真実であると認めるに足りる証拠はない。

(3) キャングループの関係

本件記事は、キャングループの関係では、「Aはキャングループの債権者整理委員会の中心メンバーである。」、「キャングループの韓義孝会長が最後に頼ったのが甲野だった。」と記述している。

この点については、キャングループは、韓義孝が形成した仕手取引集団であり、平成元年八月ころ資金繰りに行き詰まって倒産したこと、原告会社は当時キャングループに対して約三億円の貸付金があったこと、日本トラスト株式会社は北海道でキャングループが建設中であったゴルフ場を買い取って営業しているが、右買い取り資金を融資したのは原告会社であり、原告会社は右ゴルフ場に抵当権を設定したことは認められる(証人T、原告甲野)。しかし、右各認定事実を総合しても、本件記事中の右各記述が真実であったと認めることはできず、他にこれらの事実が真実であると認めるに足りる証拠はない。

(4)  そうすると、本件記事で摘示された事実のうち、主要な事実すら真実とは認められないのであるから、本件記事中で摘示されたその他の事実が真実と認められるかを検討するまでもなく、被告らの行為が違法性を欠くということはできない。

4 次に、被告らが本件記事の掲載に当たり、3の(1)ないし(3)で検討した本件記事中の記述を真実であると信じたことは認められる(証人T)ので、被告らがそのように信じたことに相当な理由があったかをさらに検討する。

本件記事の編集に当たり「フライデー」編集部(以下「編集部」という。)が行った取材については、以下のとおりの事実が認められる。

本件記事の編集を担当したT(以下「T」という。)や取材記者は、東京都貸金業協会の幹部、元大手サラ金会社の専務、金融情報誌の主幹及び原告会社がかつて融資をしたゴルフ場の社員等七、八名(以下「取材対象者」という。)から聞き取りをして情報提供を受けたが、特に右金融情報誌の主幹からは、原告会社とコスモポリタングループ、月光荘及びキャングループとの関係について情報提供を受けた。また、コスモポリタングループが買い占めていた丸石自転車株式会社等の株式を原告が取得したことについては、既に新聞報道がなされていたほか、編集部では、原告会社が担保権を設定した不動産のうち、キャングループ関係の北海道のゴルフ場及び富洋恒産の所有していた市ヶ谷田町のビル等の登記簿を調べ、月光荘関係では、月光荘の倒産に至る経緯について顧問弁護士が作成した文書を入手した。さらに、Tは原告会社及び原告甲野に対して、平成元年七月、同年九月一一日及び一九日の三回にわたって取材を申し込んだがいずれも拒絶された(以上につき、<書証番号略>、証人T)。

そこで検討するに、編集部が聞き取りをして情報提供を受けた取材対象者はいずれも貸金業界の関係者ではあるが、提供された情報は、貸金業界内の事情通の噂話の域を出ていないものというべきである。そして、編集部は、本件記事で原告会社が関わった融資先として摘示したコスモポリタングループ、月光荘及びキャングループの関係者については何ら取材をした形跡がなく、仮に、この点について、記事に摘示した本人に対して直接取材することが困難であったとしても、社員や前述の顧問弁護士等に対して取材することにより、取材対象者から提供を受けた情報の確実性、真実性を吟味することができたはずである。さらに、原告会社の債務者に対する融資状況、その金額、時期及びその際債務者から取得した担保等本件記事で摘示した原告会社の貸金業者としての営業内容の最も基本的な事項について、編集部が収集した客観的な資料は、新聞記事(<書証番号略>)といくつかの登記簿謄本くらいしかなく、この点についても取材対象者から得た情報について充分な裏付けが取られているということはできない。

以上述べたところを総合すると、原告らがTの取材申込みを三度にわたって断ったことを考慮しても、本件記事で被告らが摘示した3の(1)ないし(3)に述べた事実を真実と信じるにつき相当な理由があったとは認められない。

三争点3(被告らは公正な論評の法理によって免責されるか。)について

被告らは、さらに、本件記事中の「闇金融の帝王」や「マムシのA」という呼称並びに「マムシ商法」、「狙った獲物(企業)を必ず殺して(倒産させて)資産を自分のものにしてしまう。」及び「Aは敗者に冷酷なメスを振るい解体する。」等の原告会社の営業についての記述は、原告ら及び原告会社の営業に対して被告らが加えた論評である(以下「本件論評」という。)ところ、いずれも公正な論評であって不法行為とはならない旨主張する。すなわち、社会に生起する様々な事実について、自己の思想や意見を表明する自由を保障することは、憲法で保障された表現の自由を確保するために重要な意味を持つところ、何人といえども論評の自由を有し、①論評の前提をなす事実がその主要な部分において真実であるか、少なくとも真実であると信じるにつき相当の理由があること、②論評の目的が公的活動とは無関係な単なる人身攻撃にあるのではなく公益に関係付けられていること、③公共の利害に関する事項又は一般公衆の関心事であること、の三つの要件を充たす場合には、その論評によって他人の名誉を毀損してもその責任を問われないと解するべきであり、本件論評は、右の三つの要件を充たすので、不法行為責任は発生しないと主張する。

公正な論評の法理による免責が許されるか否か、また、その具体的な要件如何については議論のあるところであるが、通常、論評は前提となるいくつかの事実の評価としてなされるものであるから、公正な論評であるとして表現者の免責が認められるためには、事実を摘示したことによる名誉毀損の場合との権衡上、論評の前提をなす事実がその主要な部分において真実であるか、少なくとも表現者において、真実であると信じるにつき相当の理由があることが必要であると解される。

本件記事は、アイデン事件の後も原告甲野が原告会社の実質的オーナーであるところ、二の3の(1)ないし(3)で摘示した本件記事中の記述のとおり、原告会社が通常の金融機関とは大きく相違する強引な融資及び債権回収の方法を実行していることを前提として、原告らに対する本件論評をしている(<書証番号略>)。したがって、本件記事中の右各事実は、本件論評の前提をなす主要な事実であるところ、二の3で述べたとおり、右各事実については、真実であるとは認めることはできないし、二の4述べたとおり、被告らにおいて真実であると信じるについて相当の理由があるとも認められないものである。したがって、本件論評が公正な論評であり、被告らが免責されるとは解されない。

四以上一ないし三を総合すると、被告らが「フライデー」に本件記事を掲載したことは、原告らの名誉を毀損する不法行為を構成するといわざるを得ない。

五争点4(原告らが本件記事の掲載によって被った損害を回復するためには謝罪広告を必要とするか。)について

原告らは、本件記事の掲載によって、読者に対して、原告甲野はアウトローの世界の支配者であるかのような印象を与えられ、また、原告会社は非合法の貸金業者であり、特定の企業に狙いを付けて積極的に融資をし、その企業を倒産させて資産を取り上げてしまうという印象を与えられ、いずれも著しく社会的評価を低下させられる甚大な損害を被ったのであり、これを回復するためには、被告らによって、謝罪広告をさせることが必要であると主張する。しかし、一で述べたとおり、「闇金融の帝王」、「マムシのA」等の表現は、いずれも昭和六一年ころから昭和六二年ころまでの間に繰り返し全国新聞紙や週刊誌の記事に使用されており、もともと原告らに対する社会的評価は必ずしも高いとはいえないこと、原告甲野自身、本件記事が掲載された後である平成二年八月一日発行の「月刊アサヒ」八月号において、取材に答えて、「マムシのA」と言われることに抵抗感は感じない、カラスが天井で鳴いているぐらいだ、という旨の発言をしたことがあること(<書証番号略>、原告甲野は、本人尋問おいて、右記事について取材を受けたことはない旨供述しているが、右記事の内容、記事中に掲載された写真が原告会社における原告甲野の執務の様子まで撮影していること及び弁論の全趣旨に照らして右供述部分は信用することができない。)、二の4で認定したとおり、原告らが三度にわたるTの取材の申込みを断り、一度も取材に応じなかったこと等に鑑みると、本件記事の掲載によって原告らが被った損害を回復するために謝罪広告まで必要とは解されない。

六争点5(原告甲野が本件記事の掲載によって被った損害額)について

原告甲野は、本件記事の掲載によって被った精神的苦痛に対する慰謝料として一〇〇〇万円を請求するが、本件記事の内容等一ないし三で認定した諸事情及び五で挙げた各事情を総合考慮すると、慰謝料としては五〇万円を相当と認める。

したがって、原告甲野に対して、被告森岩は民法七〇九条に基づき、被告会社は同法七一五条一項に基づき、不真正連帯債務として、金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年一二月二日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(裁判長裁判官木村要 裁判官深山卓也 裁判官齊藤啓昭)

別紙一謝罪広告<省略>

別紙二

金満ニッポンに蠢く「怪人物」列伝

最終回 甲野一郎(A会長)

「闇金融の帝王」が動かす資金一兆円の「甘い汁」

六五〇兆円―上場企業の株価総額である。東京・兜町では一日に一兆円のカネが現に動いてる。投資は投機となり、さらに賭博化していく。ゴルフ場で、あるいは土地売買で「タネ銭」を手にした「怪人物」たちは、今や巨大な「カジノ」となった株式市場に蝟集してくる。

そこでは、様々な手口が駆使される。が、「カジノ」である以上、当然敗者もでるわけで、「オケラ」になった者たちが駆け込むのが、たとえば今回取り上げるAのような金融業者である。敗者には冷酷なメスがふるわれ、解体される。しかし、今日も「カジノ」のルーレットは回っている。

「狙った獲物(企業)を必ず殺して(倒産させて)、資産を自分のものにしてしまう」ところからつけられた仇名が「マムシのA」。いまやグループ全体の資金量は約一兆円といわれ、中堅相互銀行以上の実力を持ちながら、金融業者Aの悪評は絶えることがない。Aの個性はそのままオーナーである甲野一郎会長(57)のものであり、甲野会長に奉られたもう一つの異名は「闇金融の帝王」である。

昭和六〇年九月、上場企業アイデンの倒産に絡み、裏で見せかけの第三者割当増資を操ったとして、甲野会長は東京地検特捜部に逮捕された。翌年の一〇月に、懲役一年、執行猶予二年の判決が下された時「さしものAも命運尽きた」といわれたものだ。が、同時期にはじまった土地高、株高は不動産担保融資と証券担保融資を生業とするこの会社にとって、完璧なフォローの風となった。

年間収入は、六一年二月期の一四〇億円が翌年には二三〇億円と大幅に伸び、さらに六三年には四二五億円と倍近い飛躍的な伸びを記録している。平成元年には収入は四九三億円だったが、年間取扱高は一兆四千一七二億円と二六%増となっている。「マムシ商法」も健在だ。世間を騒がせる経済事件絡みの企業倒産には、Aが必ずのように登場、「優良資産を押さえ逃げる」(金融業者)という。

昨年八月一二日、タクマ、雅叙園観光などの株買い占めで知られたコスモポリタンの池田保次会長は、「これから東京に行く」という言葉を残して失跡。同日、コスモポリタンは一千億円の負債を抱えて倒産したが、コスモの仕手戦を支えてきたのがAだった。Aは丸石自転車、徳陽相互銀行、宮崎銀行、オーミケンシなどコスモの集めた株を譲り受けていたために、実害はなかったとされる。

今年三月に、負債総額一八八億円で倒産した画廊月光荘の大口債権者のなかにもAはいた。六二年末に経営危機が表面化してから、中村曜子会長と橋本百蔵社長は融資を求めて金融機関を走り回るのだが、最後の頼みの綱は常にAだった。「Aの狙いは老舗画廊『月光荘』の看板を、自社の絵画売買に生かすこと」(月光荘関係者)だったそうだが、月光荘の販売ルートやそのノウハウを押さえたせいか、Aの絵画販売は好調で、「ときには、融資を頼みにきた企業に絵画を売りつけたりもする」(前出の金融業者)のだという。

またAは、さる八月に倒産したキャングループの債権整理委員会の中心メンバーでもある。負債総額一千億円のうち、Aの債権は約一〇億円にすぎない。それでも債権者会議を牛耳ることができたのは、「キャングループの韓義孝会長が最後に頼ったのが甲野さんだったために、Aは債権の全貌を知っている」(銀行関係者)からだという。

企業経営や投機に失敗、追い詰められ、切羽詰まった経営者の最後の「駆け込み寺」としてAは「勇名」を馳せている。そうした人たちは、とにかく当座を乗り切りたいとしてAに融資を頼むのだが、若干の「輸血」では回復は望むべくもない。結局「死に体」企業をさばくメスはAが握ることになる。

中略

昭和七年七月、甲野会長は七人兄弟の末っ子として愛知県渥美郡福江に生まれた。地元の伊府商業高校を卒業後、洋品店に勤めるが、やがて独立し、個人で繊維ブローカーをはじめる。このときに、手形割引は儲かることに気づき、繊維商売で得た資金をもとに商業手形割引きの個人商店を開業した。三七年八月のことだ。業績は拡大して、四三年三月にはA産業株式会社を設立、四八年二月に株式会社Aと社名を変更した。

「抜け目なく自己中心的」(前出の知人)な性格が金融業者としての成功をもたらす。またその抜け目なさが故・小佐野賢治国際興業社長の目にとまり、支援を受けるようになった。小佐野氏が亡くなってからは、「アングラマネーがAに向かうようになった」(銀行関係者)ことから、実力は以前にも増したといわれている。

以下略

本誌特別取材班

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