東京地方裁判所 平成元年(ワ)15642号 判決 1991年6月27日
原告 株式会社アイシーワークス(旧商号株式会社インテリアコーディネーターワークス)
右代表者代表取締役 町田宏子
右訴訟代理人弁護士 境野照彦
被告 牧田守代
右訴訟代理人弁護士 朝野哲朗
主文
1 被告は、原告に対し、一七〇万円及びこれに対する平成元年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、一六二五万円及びこれに対する平成元年一二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は(旧商号株式会社インテリアコーディネーターワークス、平成二年三月現商号に変更。)、住宅室内装飾業及び室内装飾に関する教育事業等を目的とする会社であるところ、平成元年二月一二日、被告から、被告の肩書住所地所在の建物について、その躯体構造を基礎とし、従来の建物についての欠陥を補正しより使い易く居住し易い居宅とするための増改築工事を実施するための設計並びにその施工についての監理業務(原告はこのデザイン、プランニング、設計及び監理業務を「増改築プランニング業務」と呼称する。)の業務を依頼され、これを承諾した(以下、これを「本件契約」という。)。
2 原告は、本件契約の趣旨に従い、次のとおりの作業を行なった。
(一) 平成元年二月一二日午前一〇時から午後二時まで、被告方において、原告代表者他三名により、被告建物の内外部の視察及び右設計の基本方針についての原・被告間の意見聴取。
(二) 平成元年二月二八日午前一〇時から午後四時まで、被告方において、原告社員奥山玲子(以下「奥山」という。)他二名により、右工事施工に関する現場調査、材質調査。
(三) 平成元年三月三一日午後一時から午後五時まで、原告事務所において、原告代表者及び原告会社担当者二名により、被告等に対し、フロアプランを提示。
(四) 平成元年四月一七日午後二時から五時半まで、原告事務所において、原告代表者及び原告会社担当者二名により、被告に対し、被告らの意見を容れて修正した基本設計計画を作成。
(五) 平成元年四月二〇日午後二時から午後八時半まで、被告方において、奥山他一名により、被告が使用中の家具、調度類の採寸等を行う。
(六) 平成元年五月一一日午前一〇時半から午後零時半まで、原告事務所において、原告代表者及び原告会社担当者二名により、被告等に対し、基本設計図を提示し、同図面を確定した。
(七) 平成元年五月二五日午後一時半から、被告方において、原告会社担当者他二名により、設備計画手直しのため調査を行う。
(八) 原告は、右各作業の間に被告等との電話による打ち合わせを相当数行なった。
(九) 原告は、本件工事の見積条件、規模、費用概算、設計報酬、同工事予算合計について検討を行ない、工事費総額一億二九〇〇万円とする概算見積りをし、平成元年六月一二日、被告に対し、右各検討事項を記載した本件工事の概算見積書を提出した。
3 被告は、右概算見積書の提出後、原告に対し、原告への右設計依頼を断りたい旨を連絡し、平成元年六月一五日に予定されていた打合せに出席せず、原告において、同日、被告に対し、連絡を取ったところ、右依頼について拒否的態度を表した。そこで、原告は、平成元年六月三〇日、被告に対し、業務報酬の意味でデザイン科(基本設計料)として三五〇万円を請求した。
4 原告は、商人であり、本件契約について具体的な報酬額の合意がない場合でも、その行った設計業務等について、商法五一二条に基づき相当な報酬請求権を有する。
そして、原告は、被告建物の増改築のデザイン、企画、設計、監理の業務を受託し、その全業務中、施主からの希望聴取、基本構想(イメージ、平面プラン)、基本設計(平面図作成、仕様、プレゼンテーション)の各段階(全体業務割合中の五五パーセント)の業務を遂行した。
また、右全業務中の未履行の部分については、原告において全部の業務を履行すれば報酬として計上しうることができたものであり、被告の一方的な業務遂行の打切りとその後の不作為による業務妨害行為により、逸失した利益として損害賠償請求権を有するものである。
原告の右全業務遂行の報酬については、社団法人日本インテリアデザイナー協会が作成したデザイン報酬基準のデザイン科(標準料率制度)によると、工事種別、工事費区分に応じ、工事費が一億円の場合その一二・六パーセントとされており、本件工事の前記工事費見積額が一億二九〇〇万円であるから、その予定報酬額は一六二五万円が相当であるというべきである。
5 よって、原告は、被告に対し、本件契約によりなした右設計業務等について商法五一二条による報酬請求権に基づき、また、未履行に終わった監理業務等についての予定報酬額相当の金額について被告の一方的な業務遂行の打切りとその後の不作為による業務妨害行為による損害賠償請求権に基づき、合計一六二五万円の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、原告が住宅室内装飾業及び室内装飾に関する教育事業等を目的とする会社であることは知らず、被告において本件契約を原告と締結したことを否認する。
被告は、被告建物の改修改装工事をなすについて、原告との間に、設計、プランニング業務も含めた同工事の施工を依頼するかどうか、平成二年二月一二日も含めて相談交渉をしたに過ぎず、原告の設計及び工事の見積全額が非常な高額であったため、同工事を発注せずに終わったものである。
2(一) 請求原因2(一)のうち、相談した時間は、その日の午前一〇時から午後零時までであり、以後は食事と雑談をしていたものであり、原告側出席者は、原告代表者を含めて三名であった。
(二) 請求原因2(二)のうち、原告らの被告方在宅時間はその日の午前一〇時半ころから午後二時ころまでであり、原告側出席者は奥山、羽田及び下請業者であった。
(三) 請求原因2(三)のうち、原告事務所での相談時間はその日の午後一時から午後三時までであり、原告側出席者は、原告代表者、奥山及び羽田であり、原告代表者は午後一時から二〇分程在席したに過ぎず、フリーハンドの計画図面が提示された。
(四) 請求原因2(四)のうち、原告事務所での相談時間はその日の午後二時から午後四時までであり、原告側出席者は、原告代表者、奥山及び羽田であり、原告代表者は一時間程度在席した。
(五) 請求原因2(五)については、その日、原告側から奥山及び羽田が被告方を訪れた。
(六) 請求原因2(六)については、原告事務所での相談時間はその日の午前一〇時半から午後零時までであり、原告側出席者は、原告代表者、奥山及び羽田であり、原告代表者は一五分程度在席したことはあるが、基本設計図が作成、確定されたことは否認する。
(七) 請求原因2(七)については、当日、羽田及び下請業者が被告方を訪れたものである。
(八) 請求原因2(八)については、電話による打ち合わせを相当数行なったことを否認する。電話による打合せはほとんどない。
(九) 請求原因2(九)のうち、主張の概算見積書が提出されたことを認め、その余は不知。
3 請求原因3を認める。
4 請求原因4を否認若しくは争う。
設計等の業務の報酬額について合意することなく、設計契約を被告において締結するはずがない。
本件工事は、新築ではなく増改築であり、被告は、原告に対し、既存建物の設計図面を交付し、同図面を基に被告の意向、希望を原告担当者(それはほとんど奥山との間になされた。)に伝え、計画図面が作成された。したがって、同図面のほとんどは、被告の発想に基づき作成されたものであり、容易な作業であって、原告担当者(インテリアコーディネーター)の奥山における延所要時間として半月もあれば充分であり、その実費、報酬は二〇万円に満たないものというべきである。
5 請求原因5を争う。
第三証拠《省略》
理由
一 本件契約の成否を検討する。
1 《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 被告は、肩書住所地に昭和五八年ころ約九〇〇〇万円程の費用をかけて木造二階建建物を建築して生活していたところ、同建物について、昭和六三年九月頃右建物の一部改造を計画するようになり、生活状態の変更による改造、従来生活してきて不便な点の改善や、居住状態の一層の充実を図るため、その方面に卓越した専門家を探していた。しかるところ、被告は、知人から建物の内装、設計企画等をしているという原告代表者町田宏子(以下「町田」という。)のことを知らされ、雑誌に掲載された同人の業績をも閲読し、右知人の紹介で、町田と会うこととなった。
原告は、右町田が昭和五五年七月に設立したところの、同人が中核をなす、個人住宅、オフィス、ホテル、ショールーム、店舗等のインテリアの企画設計を中心的業務とする会社(当時の商号は株式会社インテリアコーディネーターワークスであり、平成二年三月現商号に変更された。)であり、設立当時右業務に関与するインテリアコーディネーターと称する一一〇名程の従業員を擁していたところ、右インテリアコーディネーターは、町田において開設している学校であるインテリアコーディネーターアカデミーの卒業生であり、内装につき木目細かい提案配慮を必要とする趣旨から専ら女性をもって構成されていた。
(二) 被告は、平成元年二月一二日、被告方において、右知人と共に来訪した町田、原告の社員でインテリアコーディネーターである奥山及び原告社員でないが原告の業務に関与して建築関係の設計監理に経験を有する羽田と会い、同日午前一〇時ころから午後二時ころまで昼食を挟んで、右被告方建物の内外部の視察と写真撮影、被告の現居住建物についての不満、要望等についての話しがなされ、被告建物の構造について以後さらに事情を調べ、そのために同建物建築の際の設計図面を用意しておいて欲しい旨の話しが出て当日は終わった。
(三) 原告側は、平成元年二月二八日午前一〇時ころ、奥山、羽田及び大工が、被告方を訪問し、被告と前記改造について、同日午後四時ころまで話合いをし、先に話のあった被告方建物建築の際の設計図を預かった。
被告の要望を持帰っての右建物改造における要望実現のための床面積増床等の構造的検討は、専ら羽田において行い、内装的配慮は、奥山において行っていた。
原告は、平成元年三月七日、原告事務所において、町田、奥山及び羽田在席のもと被告方増改築工事について一時間半程打合せをし、増床及び駐車場の拡張の点が主として取り上げされ、また、同月二八日、三時間程、右打合せをした。
原告は、同月三一日、午後一時ころから午後三時ころまで、被告方において、町田、奥山、羽田在席のもと、被告及び被告の息子夫婦を交えて打合せをした。
平成元年四月一四日ころまでには、被告方の厨房、玄関及び車庫の構造的変更工事について羽田と奥山の間で打合せがなされ、原告と被告の間では、電話連絡により、増改築工事及び内装要望の箇所、態様が話合われていた。
被告及び被告息子夫婦は、平成元年四月一七日午後二時ころ、原告事務所を訪問し、町田、奥山及び羽田と打合せをし、玄関、居間(カーペット、床暖房〔一部掘込み〕、円テーブル)、システムキッチン、トイレ等の各部屋の設備、内装、配置等について、被告側の要望を確認した。そして、それまでに被告側から提示された要望事項は、概ね左記のとおりであった。
記
(1) 全館冷暖房設備が機能しないので、機械の取替えを含め設計のやり直しをして欲しい。
(2) 間取りが良くなくて実生活に合わず不便なので改善して欲しい。
(3) 高台であり、眺望を充分楽しめるよう設計して欲しい。
(4) 自家用車であるベンツの寸法を考慮して作ったはずの車庫に実際に自動車が入らないので直して欲しい。
(5) 居間はサロンを兼ねていて常に多数の人が集まるので、照明の改善を含め、全体的に内装を洗練されたものにして欲しい。
(6) 水屋が小さいので大きくして欲しい。
(7) サロンのカウンターを湾曲のない直線形のものに変更し、位置を移動させ、製氷器の音がうるさくないように工夫して欲しい。
(8) 正座して書きものをする和風の書斎が欲しい。
(9) 表玄関は、表情のあるものにして欲しい。
(10) マッサージ室、化粧室を兼ねたヘルシールームが欲しい。
(11) 神棚と押入は息子夫婦の書斎に改造する。
(12) 将来の子供部屋の設置。
(13) 階段の位置の変更。
(14) 増改築に当たり使用する建築材料は、現在の程度を落とさないものを使用して欲しい。
原告側は、平成元年四月二〇日午後二時ころ、奥山及び羽田において、被告方を訪問し、各家具、調度品の採寸、調査をした。
平成元年四月二六日までに、羽田において、被告建物の床、間取等の構造的計画案を作成し、増改築工事費用の全見積りをすること、設備関係機器の具体的選択を図ること、具体的施工の仕方等、今後の進行が話題に上る段階に至り、同月二八日、右構造的計画案はフロアプランとして被告に発送された。この発送にかかるフロアプランは、フリーハンド書による建物の各部位、その長さ、造作、家具、調度、設備等が記載された、建物一、二階、半地下の各平面図、増改部分断面図等の各書面からなり、そこにおいて、当時の建物に対する構造的に主要な増改築部分は、二階の増床、半地下の増築、車庫の改造、階段の変更等であり、内装、造作については、被告の前記のとおりの各要望に対応した事項、箇所について、家具、調度、設備等の大きさ、配置が記載されていた。
被告及び被告息子夫婦は、平成元年五月一一日午前一〇時半ころ、原告事務所を訪問し、要望変更について打合せをし、右フロアプランの方向での設計承認と、奥山担当に係る方面で床材仕様に関する承認をし、施工予定も話題に上った。その後、原告側においては、家具業者への連絡打合せが図られると共に、羽田により、設備関係業者との連絡がなされていた。
羽田、電気設備業者及び冷房設備業者が、平成元年五月二五日午後一時半ころ、被告方に赴き、工事見積書作成の打合せ調査をした。そして、右経過から被告方増改築工事の概算見積を原告において作成することとし、さらに設計図面の完成をまって工事業者による見積りをし、工事に掛ることとして、それまでの業務の結果を踏まえて、原告による工事費の概算見積りがされた。そして、「牧田邸増改築改装工事概算見積書」と題する書面が作成され、これが平成元年六月一二日ころ被告あて発送され、同月一五日の打合せが予定されていた。同書面の記載内容は、B5版の大きさの用紙二枚の各表面に、見積条件、工事規模、概算見積、設計報酬、増改築改装総予算合計の五項目について、全三六行にわたり記載されているものであった。
しかるところ、被告は、同月一五日前頃、原告に対して、本件工事に関する依頼は断りたい旨電話連絡をし、右一五日には出席せず、原告担当者の被告への電話においても、本件工事への原告関与について拒否的な対応を示し、同月一六日、ファクシミリをもって原告に預けていた被告建物の設計図面の返還を求めてきた。そして、原告は、平成元年六月三〇日、被告に対して、町田の手紙及びデザイン料として三五〇万円を記載した請求書を発送した。
2 右事実によれば、被告は平成元年二月一二日、原告に対し、被告居宅の増改築工事をするについて、建築内装設計企画及びそれによる工事の監理業務を委託したものであり、本件契約が締結されたことを認めることができる。そして、その委託された右業務の趣旨、内容は、従前建築使用されてきた被告建物につき、その使用上の不満、使用目的の変更からくる被告の意図、要望する事項を最大限に実現し実用に供するものとするについて、原告においてその基本構想をまとめ、それに基づき建築、設備、内装、家具、調度等を木目細かい使用上の配慮、生活空間の充実との観点から全体的に統合してその概要を具体的に図面に作成し、その基本設計に基づいて、右建築等諸工事を具体的に実施してゆくのに必要な費用を見積り、その見積費用の確定を経て右諸工事をなすに必要な手配・手続きを原告において行うこととされたものであったと認めることができる。
被告は、原告との話合いの結果、被告の希望を盛込んだ計画図面が作成され、被告において、右計画図面を了解しかつ見積られた工事費用に納得できれば、原告と増改築に関する請負契約を締結する意向でいたものであり、通常の建築工事請負契約に先立ち、建築業者が施主の希望を入れた計画図面及び設計図面を作成し、工事費用見積りを出し、その図面及び見積りに施主が納得した場合に、同工事契約が締結されるのであって、原告の作業は、右締結前段階のものに過ぎず、そもそも、工事見積書によって、初めて設計報酬額が決るものであり、その報酬額を知らずして設計契約を締結するはずがない旨述べるものである。
しかしながら、被告において原告に対して要望した提供業務の趣旨、内容は、前記事実に照らして明らかなように、その建物改造意図及び具体的要望を実現するについて未知な事項、工事費用について、被告の趣味、感覚に適合した町田が代表者をする原告会社にその具体的な内容及び費用をまず検討、見積ってもらい、建築内容又は予算について相互に修正を加えて、最終的改造計画を決定する意向でいたものであり、原告の右作業もその趣旨で進行していたものである。そして、最初に提示された工事費見積額と被告予算との不一致があったとして、前記経緯で遂行された原告の業務について、被告の依頼の趣旨に反するものではなく、右見積額の提示、納得をみるまで、また、それによる設計等報酬額の合意をみるまで、右委託契約の成立をみないとはいえない。前記のとおりの打ち合せ、検討、業務の遂行、結果を経るに至ったことについて、原告と被告の間の右のとおりの業務の委託契約が成立したからこそのものというべきであり、右のとおりの経緯による原告の作業について、設計等契約を勧誘する企画設計、概略設計にとどまる程度の無償のサービスというべきものとは到底いえない。
また、被告は、原告発送に係る書簡の記載をとらえ、原告自身契約の不成立を自認しており未だ設計等契約が成立していない証左であるとするが、これも、原告において更に詳細、具体的な作業に取り掛かるについて、当事者の契約関係を書面をもって確認しておこうとする意向の現れともいうべきものであり、本件契約の成立を左右するものではない。
3 そして、前記事実によれば、本件契約は、委任契約というべきものであり、それ以上の原告の業務遂行を希望しない被告の態度から、被告の都合により解除されたものと認めることができる。そして、原告の業務の遂行について、同契約の本旨に従ってなされていたものであり、被告の都合により中途解除され、それ以上の工事費の修正見積及び建築工事手配をする余地はなくなったものの、その段階にいたるまでのその本旨に従った履行をなしたものということができる。なお、原告主張中には、本件契約を捉えて請負契約であるとする箇所もあるが、前記認定のとおりの本件契約の趣旨、内容から、これを請負契約と認めることはできない。
すると、本件契約について、特定した報酬支払いの約定は存しないところ、契約締結当時原告において住宅室内装飾業等を業とするものであったことを認めることができ、受任者である原告の責に帰すべからざる事由により、本件契約が中途で終了したものとして、民法六四八条三項により、原告は被告に対し右解除終了に至るまでになした建築内装設計企画業務の遂行割合に応じた相当な報酬を請求できるものである。
二 次いで、相当な報酬額について検討する。
1 当事者間に報酬額の定めのない場合、右相当額を判断するについては、当該業界の基準、当事者間に推認される合理的意思、業務の規模、内容、程度等の諸事情を総合的に勘案して相当とされる額を定める他はない。
(一) 前記一1に認定の事実によると、本件契約に基づき原告が遂行した業務は、原告の社員ではないが建築構造、設計に経験を有する羽田において、被告建物の造作、構造変更等の概要を設計し、外構工事(造園、車庫部分擁壁、半地下基礎)、一、二階の造作変更、増床工事、解体仮設工事、電気、給排水衛生工事、冷暖房工事等について関係工事業者の意見を徴して工事費の概算見積をし、また、原告の従業員である奥田において内装、家具、調度等について、被告側の要望をまとめ、それに適合する個々具体的な実施作業に入るべく、関係業者への照会、準備作業を専ら行い、それらを町田において総括、調整して、フロアプランと称する一、二階平面図、半地下平面図、増改部分断面図等の各書面及び床材仕様についての各図面、概算見積書の作成提出をしたものであったと認めることができる。
すると、被告方増改築工事についての本件契約は、原告の固有の建築内装設計企画業務(原告はこれをインテリアコーディネーター業務と称する。)を委託したものであり、建築設計業務の委託とは同様に論ずることできないところ、その作業内容中の羽田の担当作業は建物増改築工事の設計業務に類するものであり、その業務成果は、昭和五四年七月一〇日建設省告示第一二〇六号(いわゆる、建築士法第二五条の規定に基づき建築士事務所の開設者がその業務に関して請求することのできる報酬の基準)の設計についての標準業務内容(同告示第四の「(イ)直接人件費」中の「別添一」中の「別表第3」に記載)に照して検討すると、基本設計を成果図書の完全な作成には至っていないがほぼ完了し、そのうち電気設備、給排水衛生設備、空調換気設備の各基本設計的作業は担当工事業者に依らしめることとし羽田においてその作業に及んでいないものということができる。そして、本件契約上の作業中の奥山の作業と町田の調整、統括は、《証拠省略》に、社団法人日本インテリアデザイナー協会作成の「インテリアデザインの業務および報酬基準」の記載に照すと、被告側の意図、要望を調査整理等する企画立案作業はほぼ終了しているものの、原告における内装、調度等の面における専門家としてのアイデアの提示、その本領発揮の段階にまで立ち至っているとはいいがたく、その準備段階というべき程度であり、インテリアデザインとしての基本設計の完了、提示に至ったとはいいがたいものというべきである。
(二) ところで、《証拠省略》によれば、東京都内における設計業務の報酬について、各建築事務所は、社団法人東京都建築士事務所協会が作成した「設計・工事監理標準業務料率表」(以下「料率表」という。)に依拠していることが認められる。そして、料率表については、前記建設省告示第一二〇六号に基づき実費加算の方式によって算出した額を対応する工事費に対する料率として表示しているものであり、合理的根拠を有するものというべきである。
右料率表によれば、工事費に応じその標準業務報酬が料率により表示されており、また、前記「インテリアデザインの業務および報酬基準」についても、工事種別に応じた工事費に一定の料率を乗ずる標準料率制度が採用されており、建築設計及びインテリアデザインの両者において右工事費が報酬算定の要件とされているものである。そして、右工事費については、当該契約の当事者間において施工主が承認し確定した工事費を基準とするのが相当である。
すると、前記一1に認定のとおり、原告から建築及びインテリアデザインを総合しての工事費概算見積が提示されているものの、同工事費の承認確定をみたであろうとは推認しがたく、最終的な工事費の確定に至る前に計画が中止されたものの、前記認定のとおりの被告建物の従前建築工事費(約九〇〇〇万円)、《証拠省略》、その他前記認定に係る事実を総合すると、被告においては、その建築工事費として、約五〇〇〇万円程を予定していたものと認めるのが相当というべきであり、原告関与の本件増改築工事が中途解除されずにいたら確定したであろう見積工事費は右五〇〇〇万円を基準とするのが相当である。
本件契約における原告の業務は、前記説示のとおり、主として建築設計的業務とインテリアデザイン業務が融合一体化しており、それが工事費合計五〇〇〇万円の規模の被告方増改築工事について遂行されており、両者の工事費区分は判然区別しがたいものである。そして、これを、建築設計・工事監理標準業務料率表の一方から見ると、五〇〇〇万円の工事費につき、第4類2「一般的な木造戸建住宅」の「設計」において六・一五パーセントとされており、羽田のした建築設計的業務の遂行割合は前記認定の事実に照し建築士において右料率の報酬を請求するについてなすべき全設計業務中の約一〇パーセント程度とするのが相当である。
また、前記「インテリアデザインの業務および報酬基準」によると、五〇〇〇万円の工事費につき、第4類において一三・七パーセントとされており、奥田及び町田によるインテリアデザインの業務遂行割合は、前記認定の事実に照らし全インテリアデザイン設計監理業務中の約二〇パーセント程度とするのが相当である。
そこで、右各料率に内容的遂行割合を乗じて合計(六・一五パーセント×〇・一+一三・七パーセント×〇・二=三・三五五)すると約三・四パーセントとなり、これを五〇〇〇万円に乗ずると一七〇万円となる。
この数値と前記認定にかかる諸般の事情とを総合勘案するに、本件契約における相当な報酬額は一七〇万円とするのが相当である。
2 よって、原告は、被告に対し、本件契約による報酬として一七〇万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日である平成元年一二月二日(一件記録上明らかである。)の翌日である平成元年一二月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有するものである。
三 損害賠償請求について検討する。
原告は、被告の一方的打切りにより中途で終了した本件契約の業務遂行について、既履行以外の履行予定の業務(実施設計及び工事監理業務等)分の報酬について、被告の責めに帰すべき事由により取得することができずに終わり、当該報酬相当額について、得べかりし利益を喪失し、若しくは、被告の業務妨害により被った損害であるとしてその請求をしているところ、本件契約はこれを委任契約とみるべきものであり、原告主張の未履行に終わった業務に相当する報酬額は、委任について民法六五一条一項が何時にてもこれを解除することができると規定している関係上、任意に行使しうる解除以後は当然に報酬請求権を失うものであり、解除以後の委任契約関係の存続義務を前提としての報酬相当額の得べかりし利益の喪失若しくは業務妨害による損害の観念を入れる余地はないものであり、また、右主張の損害は、同条二項所定の不利なる時期における解除によるものともいえない。
よって、原告の右損害賠償請求は、理由がない。
四 以上の次第により、原告の本訴請求は、右二2の限度で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言について、同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小原春夫)