東京地方裁判所 平成元年(ワ)16116号 判決 1992年1月31日
甲事件原告・乙事件被告(以下単に「原告」という。)
甲野一郎
乙事件被告(以下単に「被告」という。)
甲野花子
右両名訴訟代理人弁護士
今井文雄
甲事件被告・乙事件原告(以下単に「被告」という。)
乙山冬子
乙事件原告(以下単に「被告」という。)
乙山夏子
右両名訴訟代理人弁護士
本島信
同
田岡浩之
主文
一 甲事件について
原告甲野一郎の甲事件請求をいずれも棄却する。
二 乙事件について
1 被告乙山冬子の乙事件主位的所有権移転登記手続請求をいずれも棄却する。
2(一) 原告甲野一郎は、被告乙山冬子に対し、別紙第二物件目録記載の建物につき、○○法務局○○出張所昭和五七年七月一二日受付第三六九〇三号をもってなされた所有権保存登記について別紙登記目録一記載のとおりに、同出張所平成一年六月一日受付第二一〇七三号をもってなされた所有権移転登記について別紙登記目録二記載のとおりにそれぞれ更正登記手続をせよ。
(二) 被告乙山冬子の被告甲野花子に対する乙事件予備的各所有権移転登記手続請求及び原告甲野一郎に対するその余の乙事件予備的各所有権移転登記手続請求をいずれも棄却する。
3(一) 原告甲野一郎及び被告甲野花子と被告乙山冬子との間において、被告乙山冬子が別紙債権目録一記載の債権を有することを確認する。
(二) 原告甲野一郎は、被告乙山冬子に対し、別紙債権目録一の一・二記載の債権の証書及び同目録一の三記載の債権の保護預り証書を引渡せ。
(三) 被告乙山冬子の被告甲野花子に対する前項記載の証書及び保護預り証書の引渡請求を棄却する。
4(一) 原告甲野一郎及び被告甲野花子と被告乙山夏子との間において、被告乙山夏子が別紙債権目録二記載の債権を有することを確認する。
(二) 原告甲野一郎は、被告乙山夏子に対し、別紙債権目録二の一記載の債権の証書及び同目録二の二記載の債権の保護預り証書を引渡せ。
(三) 被告乙山夏子の被告甲野花子に対する前項記載の証書及び保護預り証書の引渡請求を棄却する。
5 訴訟費用は、甲事件について生じた部分は全部原告甲野一郎の負担とし、乙事件について生じた部分はこれを二分し、その一を被告乙山冬子及び被告乙山夏子の負担とし、その余を原告甲野一郎及び被告甲野花子の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(甲事件)
一 請求の趣旨
1 被告乙山冬子は、原告甲野一郎に対し、別紙第一物件目録記載の建物を明渡せ。
2 被告乙山冬子は、原告甲野一郎に対し、平成元年九月八日から右明渡ずみまで一か月金三〇万円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告乙山冬子の負担とする。
4 1項について仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告甲野一郎の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告甲野一郎の負担とする。
(乙事件)
一 請求の趣旨
1(一) 主位的請求
原告甲野一郎及び被告甲野花子は、被告乙山冬子に対し、別紙第二物件目録記載の建物について、昭和六三年一〇月四日財産分与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
(二) 予備的請求
原告甲野一郎及び被告甲野花子は、被告乙山冬子に対し、別紙第二物件目録記載の建物について、持分二分の一につき昭和五七年七月一二日錯誤を原因とする、持分二分の一につき昭和六三年五月二九日贈与を原因とする各所有権移転登記手続をせよ。
2 主文二3(一)項同旨
3 原告甲野一郎及び被告甲野花子は、被告乙山冬子に対し、別紙債権目録一の一・二記載の債権の証書及び同目録一の三記載の債権の保護預り証書を引渡せ。
4 主文二4(一)項同旨
5 原告甲野一郎及び被告甲野花子は、被告乙山夏子に対し、別紙債権目録二の一記載の債権の証書及び同目録二の二記載の債権の保護預り証書を引渡せ。
6 訴訟費用は原告甲野一郎及び被告甲野花子の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告乙山冬子及び被告乙山夏子の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は被告乙山冬子及び被告乙山夏子の負担とする。
第二 当事者の主張
(甲事件)
一 請求原因
1 原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)の父訴外甲野勇(以下「勇」という。)は、別紙第一物件目録記載の建物(以下「本件第一建物」という。)を所有し居住していたが、昭和六三年一〇月四日死亡し、原告一郎が相続により本件第一建物の所有権を取得した。
2 被告乙山冬子(以下「被告冬子」という。)は、本件第一建物を不法に占有している。
3 本件第一建物の賃料相当損害金は一か月三〇万円が相当である。
4 よって、原告一郎は、被告冬子に対し、所有権に基づき、本件第一建物の明渡を求めるとともに、不法占拠開始後である平成元年九月八日(甲事件訴状送達の日の翌日)から右明渡ずみまで一か月三〇万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2の事実のうち、被告冬子が本件第一建物を占有していることは認める。
3 請求原因3の事実は否認する。
三 抗弁
1 内縁関係と民法七六八条の準用ないし類推適用
被告冬子は、勇が昭和五五年七月病に倒れて入院して以来同人を介護し、同人が同年一〇月に退院してから昭和六三年一〇月四日に死亡するまでの間は、本件第一建物で同人と同居して生活を共にし、同人の病気入院に際しては献身的に看護するなどして日常生活全般の面倒をみていたものであり、勇も、生前被告冬子との婚姻届を作成し、その保管及び提出を同被告に委ねていたものであって、両者はいわゆる内縁関係にあったものである。
そうして、本件第一建物の登記簿上の所有名義は勇になっていたけれども、内縁の夫婦の一方が死亡した場合にも、離婚による財産分与に関する民法七六八条の規定を準用ないし類推適用して、他方配偶者は、財産分与の手続が終了するまで正当な権原に基づき死亡配偶者の所有名義の建物を占有し得るものというべきであるから、本件でも被告冬子は本件第一建物を正当な権原に基づき占有しているということができる。
2 約定に基づく占有権原
仮に然らずとするも、勇は、生前被告冬子に対し、同人の死亡後も本件第一建物に無償で居住することを認める旨約していた。
3 権利濫用
仮に然らずとするも、以下の事情からすれば、内縁の夫の死亡後その所有家屋に居住する寡婦に対し、亡夫の相続人のする建物明渡請求である原告一郎の甲事件請求は権利の濫用というべきである。
(一) 原告一郎は、○○大学の助教授であり、既に長く関西圏に居住し、現在は○○市○○町○○○番地所在の土地○○○平方メートル上に自宅(一階○○平方メートル、二階○○平方メートル)を所有しており、本件第一建物を特に使用しなければならない差し迫った必要はない。
(二) 被告甲野花子(以下「被告花子」という。)も、現在○○○と結婚して○○で生活しており、本件第一建物を特に使用しなければならない差し迫った必要はない。
(三) 勇の遺産は別紙遺産目録記載のとおりであり、同人の債務総額九六九四万円余を差し引いてもその時価評価額は莫大なものであると同時に、これらの大半はいずれも既に原告一郎及び被告花子の所有名義となっている。
(四) これに対し、被告冬子は、勇の死後本件第一建物で○○塾を開いて生計を立てており、その収入と年金収入以外には格別の収入はない。同被告は、勇との同棲開始前は○○区内の○○アパートに居住していたが、右アパートは現在娘で画家の被告乙山夏子(以下「被告夏子」という。)が居住しアトリエとしても使用しており、そこに被告冬子が同居することは事実上不可能である。また、同被告は、○○県○○市○町に土地建物を所有しているが、これも購入当初から第三者に賃貸(賃料月額五万円)されており、そこに同被告が居住することは実際上不可能である。これらの事情からすれば、同被告には、本件第一建物を使用しなければならない差し迫った必要があることは明らかである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実のうち、勇の遺産が別紙遺産目録記載のとおりであることは認めるが、その余の事実はいずれも否認する。
(乙事件)
一 請求原因
1 別紙第二物件目録記載の建物(以下「本件第二建物」という。)の所有権の帰属について
(一) 本件第二建物は、昭和五七年六月五日新築されたものであり、○○法務局○○出張所同年七月一二日受付第三六九〇三号で勇のために所有権保存登記(一番)がされ、その後同出張所平成一年六月一日受付第二一〇七三号で昭和六三年一〇月四日相続を原因として原告一郎のために所有権移転登記(二番)がされている。
(二) 本件第二建物の持分二分の一の帰属について
(1) 内縁関係と民法七六八条の準用ないし類推適用
本件第二建物の新築当時、被告冬子は、甲事件の抗弁1欄記載のとおり、勇と内縁関係にあったものであり、内縁の夫婦の一方が死亡した場合にも、離婚による財産分与に関する民法七六八条の規定を準用ないし類推適用して財産分与が認められるべきところ、少なくとも本件第二建物の所有権を同被告に帰属せしめるのが相当である。
(2) 実質的財産の清算
仮に然らずとするも、死亡内縁配偶者の残した財産の取得につき、右配偶者と残された他方配偶者が夫婦一体として互に協力、寄与したものと評価し得る場合には、民法七六二条二項、二五〇条により、残された他方配偶者に二分の一の共有持分が認められるべきである。本件の場合、被告冬子は、内縁期間中単に勇の身の回りの世話や家事に従事したのみならず、本件第二建物の建築に際してはその預貯金のほぼ全額である二一五〇万円を資金として同人に提供し、勇が建築資金の融資を受ける際の連帯保証人にもなり、さらに、同人の仕事であるマンション・貸地・貸家・駐車場の管理等の業務にも従事し、同人の蓄財に貢献した。したがって、少なくとも本件第二建物の共有持分二分の一は被告冬子に帰属すべきものである。
(三) 本件第二建物の残りの持分二分の一の帰属(死因贈与)について
勇は、昭和六一年五月二九日、被告冬子に対し、本件第二建物の持分二分の一を同人の死亡を条件として贈与する旨の意思表示をし、同被告は、その頃、右死因贈与の申込に対し、右贈与を承諾する旨の意思表示をした。
(四) 勇は、昭和六三年一〇月四日死亡し、原告一郎及び被告花子がその相続人の全部である。
2 別紙債権目録一、二記載の債権(以下両者を総称する場合は「本件債権」という。)の帰属について
(一) 勇は、同目録一、二記載の各債権の購入日ないし預貯金日に、各名義人欄記載の名義で、債権を購入しあるいは預貯金をした。
(二) 勇は、同目録一記載の債権の購入日ないし預貯金日に被告冬子に右債権ないし預貯金を贈与する旨の意思表示をし、同被告は右贈与を承諾する旨の意思表示をした。
(三) 勇は、同目録二記載の債権の購入日ないし預貯金日に被告夏子に右債権ないし預貯金を贈与する旨の意思表示をし、同被告は右贈与を承諾する旨の意思表示をした。
(四) ところが、原告一郎及び被告花子は、本件債権はいずれも全部勇の相続財産であり、したがって相続人である原告一郎及び被告花子のものであると主張する。
(五) 原告一郎及び被告花子は、本件債権の証書ないし保護預り証書を所持している。
3 よって、被告冬子は、原告一郎及び被告花子に対し、本件第二建物について、主位的に昭和六三年一〇月四日財産分与を原因とする所有権移転登記手続を、予備的に持分二分の一につき昭和五七年七月一二日錯誤を原因とする、持分二分の一につき昭和六三年五月二九日贈与を原因とする各所有権移転登記手続をするよう求めるとともに、被告冬子が別紙債権目録一記載の債権を有することの確認を求め、さらに所有権に基づき、同被告に対し、同目録一の一・二記載の債権の証書及び同目録一の三記載の債権の保護預り証書の引渡を求め、被告夏子は、原告一郎及び被告花子に対し、別紙債権目録二記載の債権を有することの確認を求め、さらに所有権に基づき、同目録二の一記載の債権の証書及び同目録二の二記載の債権の保護預り証書の引渡をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)の事実は認める。
(二) 請求原因1(二)(三)の事実は否認する。本件第二建物は、勇固有の財産であり、勇は、本件第二建物の建築に際して被告冬子から二一五〇万円を金銭消費貸借契約に基づき借用したにすぎない。
仮に被告冬子に財産分与または寄与分が認められるとしても、その実現を求める手続は本来民事訴訟の管轄には属しない。
(三) 請求原因1(四)の事実は認める。
2(一) 請求原因2(一)の事実は認める。
(二) 請求原因2(二)(三)の事実は否認する。勇は、税法上の優遇措置(マル優)を利用する都合で被告冬子及び被告夏子の名義を借用したにすぎない。
(三) 請求原因2(四)の事実は認める。
(四) 請求原因2(五)の事実のうち、原告一郎が本件債権の証書ないし保護預り証書を所持していることは認めるが、その余の事実は否認する。勇の遺産のうち本件第一、第二建物及び本件債権は原告一郎が相続により取得したものである。
第三 証拠<省略>
理由
第一甲事件について
一本件第一建物がもと原告一郎の父勇の所有に属していたこと、勇が昭和六三年一〇月四日死亡し、原告一郎が相続により本件第一建物の所有権を取得したこと、被告冬子が本件第一建物を占有していることは当事者間に争いがない。
二そこで、まず被告冬子が勇の内縁の妻であったか否かについて判断する。
右一の事実に、<書証番号略>に被告冬子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 勇は、大正一〇年八月一八日、○○区内で代々続いた資産家の長男として出生し、昭和二七年四月三〇日、訴外甲野月子(以下「月子」という。)と婚姻届をして夫婦となり、昭和二八年五月一一日長男の原告一郎を、昭和三一年九月一六日長女の被告花子をそれぞれもうけた。
2 勇は、月子との結婚当時から○○○庁の職員をしていたが、昭和五〇年に○○○の校長に就任し、その頃同校の主事として和文タイプ等を教えていた被告冬子と知合い交際するうち、昭和五一年頃から同被告と情交関係をもつに至り、両者の関係は昭和五二年三月頃には妻の月子のみならず原告一郎や被告花子ら子供たちにも発覚するところとなり、その結果同年五月頃にはそれまで本件第一建物で同居していた月子や被告花子も家を出て当時大学生であった原告一郎の下宿先に身を寄せるようになり、それ以後勇と月子・原告一郎・被告花子らの家族は絶縁状態となった。
3 同年一二月、月子から勇に対して被告冬子との不貞等を理由に離婚訴訟が当庁に提起され、さらに昭和五四年八月には月子・原告一郎・被告花子らから被告冬子に対して勇との不倫関係継続による家庭破壊を理由とする損害賠償請求訴訟が当庁に提起されたが、結局前者の訴訟については、昭和五五年六月二四日、勇と月子が協議離婚することに合意し、勇から月子に対して相当額の不動産・金銭等を財産分与することなどを骨子とする裁判上の和解が、同じく後者の訴訟についても、昭和五七年五月二六日、被告冬子が勇との交際にあたり配慮を欠いた行動のあったことを素直に謝罪し、和解金七〇万円を支払うことなどを骨子とする裁判上の和解がいずれも当庁で成立した。
4 しかし、この間も勇と被告冬子の関係は続き、勇は、昭和五五年七月から同年一〇月にかけて血小板減少症で入院し、被告冬子は、右入院中は勇の付添看護をするとともに、退院後はそれまで住んでいた○○区内の○○アパートを出て本件第一建物に移り住み、両者は昭和五三年春○○○を退職した後も○○等に勤務したり、勇所有の賃貸物件の賃料収入等を得て、本件第一建物で同棲し同居生活を続けた。
なお、本件第一建物は、勇が、被告冬子との交際前に自らの資金で建築したものであり未登記のままであったが、甲事件の訴え提起にあたり、平成一年七月一二日、原告一郎名義に所有権移転登記がされている。
5 勇は、裁判問題もすべて解決して、昭和五七年一〇月と一一月の二回にわたって、親戚・知人らに対し被告冬子を再婚相手として紹介する披露宴を開くとともに、その後は親戚の冠婚葬祭の席にも被告冬子を妻として同伴するなど両者は事実上の夫婦生活を続けた。
この間、被告冬子は、勇の入院時に一部前記賃貸物件の賃料の収受を手伝ったりなどしたことはあったが、専ら勇の身の回りの世話など家事に専念し、他方、勇は、それまでの手持資金と一緒に本件第二建物その他賃貸物件の賃料・利息収入等から被告冬子との生活費等の必要経費を控除した余剰金について、前同様自身のみならず被告冬子・被告夏子・原告一郎・被告花子らの名義をも利用して預貯金・債券・株式・投資信託等で運用して蓄財に励んだ。
6 勇は、病床につくようになってから、被告冬子との婚姻届の用紙(<書証番号略>)に署名押印してその提出方法等も詳細に指示して同被告に渡し、入院に際しては、前記運用中の預貯金・債券・株式・投資信託等の内容の詳細とそれぞれの届出印鑑を押捺したメモ用紙(<書証番号略>もその一つ)を被告冬子の手元に残していた。しかし、右婚姻届については勇が死亡するまで結局提出されないままで終わった。
7 勇は、その後昭和六一年五月から同年一〇月まで膀腔腫瘍で入院し、昭和六三年一〇月一日再度入院したが、同月四日急に死亡した。
8 被告冬子は、勇の葬儀に際しては、原告一郎を喪主に立て、自らは勇の妻として参列した。
右認定事実によれば、被告冬子と勇の関係は、当初は不倫の情交関係に始り、被告冬子としても、その時点で勇に妻子のあることを知っていたと窺われ、また婚姻届が最後まで提出されなかった理由についても被告冬子本人の説明は必ずしも完全に納得できない部分を残すなど一部疑問のふしがないとはいえないものの、両者の関係が勇の妻子に発覚して以降は、月子は、形式上は勇の法律上の妻となってはいるけれども、その関係はもはや夫婦たるの実なきものであり、特に被告冬子と勇が本件第一建物で同棲生活を開始した頃には、既に勇と月子の法律上の婚姻関係は正式に解消され、爾来被告冬子と勇は八年以上にわたって公然と同棲生活を続け、双方に婚姻意思を有し、周囲からも正当な夫婦関係として容認されてきたのであるから、両者間の同棲生活は法律上の保護を受けるべき内縁関係ないし少なくともそれに準ずべき関係と認めるのが相当である。
原告一郎本人尋問の結果中には、昭和六一年五月六日になってそれまで音信不通であった勇から突然電話があり、「お前にとっては良い話だが、籍は入れていないからね。」、「自宅前の空き地に原告一郎名義でマンションを建築したい。」云々という連絡を受けた旨、ことさら勇に被告冬子との婚姻意思がなかったかのように強調する供述部分があるけれども、右供述は右認定事実と対照して俄かに措信できず、仮に真実勇にそうした言動があったとしても、勇において原告一郎をなだめて同人との関係改善をはかるためになされたものとみられ、右言動から直ちに勇に被告冬子との婚姻意思がなかったと即断するのは早計であり、他に前記認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
そこで、前記認定事実を前提に被告冬子の本件第一建物の占有権原について判断する。
被告冬子は、内縁の夫婦の一方が死亡した場合にも、離婚による財産分与に関する民法七六八条の規定を準用ないし類推適用して、他方配偶者は、財産分与の手続が終了するまで正当な権原に基づき死亡配偶者の所有名義の建物を占有し得るものというべきである旨主張する。
なるほど、内縁関係を準婚としてとらえ、できるかぎり法律婚に準ずる法律的効果を与えようとするのが判例・学説の一般的傾向であり、離婚も内縁配偶者の一方の死亡も、夫婦の一体関係の解消という点では同じであることに着目すれば、このような解釈も全くあり得ないこともないようにも考えられる。
しかしながら、現行法は、夫婦の財産の帰属を婚姻継続中は別帰属・別管理にしておき、離婚解消の場合には、財産分与制度により、死亡解消の場合には、相続制度によりそれぞれ処理しようとしているのであるから、内縁の死亡解消の場合に財産分与の規定を準用ないし類推適用することは、死亡解消の場合の夫婦の財産の清算を、相続とは別個の制度で処理する道を開くことになり、今度は逆に法律上の夫婦の死亡解消の場合にも、相続制度とは別個に夫婦の財産の清算を考えざるをえないことになるけれども、これは現行法体系を崩すことになるものというべきである。
したがって、被告冬子の前記主張はその余の点について検討を加えるまでもなく法律上の前提を欠き、これを採用することができない。
次に、被告冬子は、勇が、生前同被告に対し、同人の死亡後も本件第一建物に無償で居住することを認めると約していた旨主張し、同被告本人尋問の結果中には右主張に副う供述部分がある。
しかしながら、正式の婚姻関係であれ、内縁関係であれ、夫婦間でわざわざ夫の死後の妻の自宅の居住権原について言及するのはむしろ極めて不自然であるとの感を免れず、また、後記認定事実によれば、勇は、本来金銭感覚も鋭く法律的知識も相当程度あったことが窺われるから、同人において真実自己の死後の被告冬子の本件第一建物の居住権原について格別の意を用いていたのであれば、この点について何らかの具体的措置を講じるのが普通であるとみられるのに、そうした形跡は何もなく、被告冬子の側からも勇に対し自らの権利確保の手段を求めた様子もないのである。
そうすると、被告冬子の前記供述は俄かに措信できず、他に本件全証拠によるも同被告の主張するような被告冬子の本件建物の居住権原に関する特別の約束が同被告と勇との間で取り交わされたことを認めるに足りる証拠はない。
進んで、被告冬子の権利濫用の抗弁について判断するに、前示のとおり、同被告と勇の同棲生活は法律上の保護を受けるべき内縁関係ないしこれに準ずべき関係と認めるべきところ、前認定のような勇の生前の言動、同人は最後の入院について入院後僅か数日で急死し、遺言の余裕もなかったことからすれば、勇としては本件第一建物を生前被告冬子に贈与するとか、使用貸借をするとかの約束をしていなかったとしても死を間近に予期したならばその死後同被告において独立生計の準備を得られる相当の期間同被告に本件第一建物を無償で使用させ、生活の資と居住の安定を得させる措置を講じたであろうこと、したがって、その死後相続人たる原告一郎が同被告を直ちに本件第一建物から退去させることのないよう希望していたものと推測するに難くない。
<書証番号略>、原告一郎、被告冬子各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、被告冬子は、大正九年一月一一日生まれで、現在本件第一建物に居住し、そこで○○塾を経営し年金も得て生計を立てていること、同被告は、○○県○○市内に土地建物を所有しているが、右土地建物は現在他人に賃貸されており、当面その明渡を求めるのは困難であり、勇との同棲前に住んでいた○○区内の○○アパートも現在娘の被告夏子が居住しており、そこでの被告夏子との同居も難しく、本件第一建物を出た場合行き先に困ること、一方、原告一郎は、現在○○大学の助教授として勤務し、○○市内に自宅を所有してそこに居住し、また、被告花子も、現在○○○と結婚して○○に在住していること、勇の遺産は別紙遺産目録記載のとおりであり(このことは当事者間に争いがない。)、その大半は原告一郎及び被告花子が相続によりこれを既に取得していることが認められる。
右認定事実に基づき考えるに、原告一郎及び被告花子について見れば、両者とも母月子と父勇の婚姻関係破綻の原因をつくった人物として被告冬子を深く恨む心情それ自体は理解できるとしても、結果的に父である勇の死が迫るまで同人と音信不通の状態で、相当期間同人の世話を専ら被告冬子に委ね、しかも勇の死後同人の遺産の大半を取得し、自らは居住用の建物を所有し俸給も得て、あるいは外国に居住して生活上格別の支障もなく、本件第一建物を緊急に使用する必要性に乏しいものと認められるのに対し、被告冬子にとっては本件第一建物はその生活の拠点ともいうべきものになっているのである。
そうすると、以上のような諸事情を総合して考察すると、原告一郎において、被告冬子を終身の間、本件第一建物に居住させるべき義務があるものとまではいえないにしても、原告一郎としては、亡父勇において死を予期したならば少なくとも被告冬子に無償使用をさせるべく措置を講じたであろうとされる相当の期間同被告の本件第一建物の居住を認めるべきであるところ、右の期間が経過したとみるべき事情は未だ明らかになし得ないので、その事情の到来を肯定し得ない現在、占有権原がないという一事をもって他に行きどころのない老齢の被告冬子を本件第一建物から追い立てる結果となる原告一郎の本件第一建物の明渡請求は、人間の情義上許し難いものといわねばならない。
したがって、原告一郎の本件第一建物の明渡請求及び損害金請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
第二乙事件について
一本件第二建物の所有権の帰属について判断する。
1 本件第二建物が昭和五七年六月五日新築されたものであり、○○法務局○○出張所同年七月一二日受付第三六九〇三号で勇のために所有権保存登記(一番)がされ、その後同出張所平成一年六月一日受付第二一〇七三号で昭和六三年一〇月四日相続を原因として原告一郎のために所有権移転登記(二番)がされていることは当事者間に争いがない。
2 被告冬子の内縁関係と民法七六八条の準用ないし類推適用の主張について検討するに、右主張の採用し難いことについて甲事件について判断したとおりである。
3 被告冬子の実質的共有財産の清算の主張について検討するに、正式の婚姻関係であると、内縁関係であるとを問わず、妻が家業に専念しその労働のみをもっていわゆる内助の功として夫婦の共同生活に寄与している場合とは異なり、婚姻中夫婦双方が資金を負担し、その資金によって夫婦の共同生活の経済的基礎を構成する財産として不動産を取得し、しかも右不動産の取得につき夫婦が一体として互いに協力・寄与したものと評価し得る場合には、民法七六二条二項により、右取得不動産は、たとえその登記簿上の所有名義を夫にしていたとしても、夫婦間においてこれを夫の特有財産とする旨の特段の合意がない以上、夫婦の共有財産として同人らに帰属するものと解するのが相当である(なお、内縁配偶者の権利実現の具体的な手続について付言するに、内縁配偶者は、相続人ではないので、遺産分割の調停又は審判の申立てはできないが、このような紛争は、家庭に関する事件といえるから、本来調停前置主義(家事審判法一八条)により、まず、一般調停(同法一七条)の申立てを家庭裁判所にすべきものであるが、弁論の全趣旨によれば、被告冬子が○○家庭裁判所に本件第二建物を含む勇の別紙遺産目録記載の遺産の二分の一以上の財産分与を求めて調停の申立てをしていることが認められる。また、原告一郎及び被告花子は、仮に被告冬子に財産分与または寄与分が認められるとしても、その実現を求める手続は本来民事訴訟の管轄には属しない旨主張するけれども、そのように解すべき根拠は見出し難い。)。
これを本件についてみるに、本件第二建物の新築当時勇と被告冬子が内縁関係ないし少なくともこれに準ずべき関係にあったことは前記認定説示のとおりであり、さらに、前記1の事実及び<書証番号略>に被告冬子本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すれば、勇は、生来蓄財の才にたけ、月子との婚姻期間中からも、自らの資金についても自己名義だけでなく月子・原告一郎・被告花子ら家族の名義も利用して預貯金・債券・株式・投資信託等で運用し、所有不動産を賃貸するなどして収入を得ていたこと、勇と被告冬子は、昭和五五年三月、○○○を退職し、被告冬子は、約二三〇〇万円の退職金を手にして、勇にその殆どの運用を任せたこと、勇は、以前から本件第一建物近くの自己所有地上に賃貸マンションの建築を計画しており、被告冬子の了解も得て、右退職金の大半を自己の手持ち資金に併せてマンションの建築資金の一部に当てることにしたこと、勇は、被告冬子を連帯保証人として、昭和五六年一〇月株式会社○○銀行○○支店を通じて東京都住宅建設資金六六九〇万円の融資も得て、同月総工費一億二三八〇万円で本件第二建物の建築工事に着工し、昭和五七年六月には右工事も竣工し、同年七月一二日付で本件第二建物について勇名義で所有権保存登記がされたこと、以上のとおり、被告冬子は、本件第二建物の建築に際して資金面で相当程度の寄与・貢献をしたものであり、被告冬子と勇が内縁関係にあった間に同人らが取得した不動産は本件第二建物だけであったことが認められる。
原告一郎及び被告花子は、本件第二建物が勇固有の財産であり、勇が本件第二建物の建築に際して被告冬子から二一五〇万円を金銭消費貸借契約に基づき借用したにすぎない旨主張し、なるほど、<書証番号略>(「金銭消費貸借契約証書」と題する書面)には、勇が、昭和五七年七月一二日付で被告冬子から勇に対して二一五〇万円を貸渡し、右借入金は利息年六パーセントで昭和五八年より昭和六七年末までに年賦均等払する旨記載されており、また、これと同時に作成されたとみられる<書証番号略>(「金銭消費貸借契約証書(別紙)の特約事項」と題する書面)には、勇が返済不能の場合、右借入金額相当の勇・原告一郎・被告花子名義の国債・預貯金等について被告冬子が自由処分しても異議がない旨の記載がなされている。そして、その後勇が作成した資金運用経過を記載したとみられるメモ(<書証番号略>)等を見ると、少なくとも形式上は毎月被告冬子に前記返済がなされたかのような経理処理になっている。
しかしながら、前認定のとおり、勇は、生来金銭感覚が鋭く、このことと勇と被告冬子の関係をも併せ考えると、将来税務当局等から本件第二建物の建築資金の出処等を追及された際の説明資料等の目的をもって右各文書が作成され、その記載が実態と合致しない余地も多分に考えられるから、右各文書の存在は前記認定説示を左右するには足りず、原告一郎及び被告花子の前記主張は採用できない。
しかして、前記認定事実によれば、本件第二建物は、被告冬子が勇と内縁の夫婦として共同生活を行う間、相互に資金を出しあって右両名の老後の生活の基盤とする趣旨で建築されたことが明らかであるから、たとえ本件第二建物の登記簿上の所有名義が勇となっていたとしても、また、被告冬子の出資割合が前示の程度のものであったとしても、被告冬子と勇との間において本件第二建物を勇の特有財産とする旨の特段の合意のない限り、右両名の共有財産と解するのを相当とすべく、本件全証拠をもってしてもなお右特段の合意を認めることができないから、本件第二建物は右両名がその共有財産として建築所有したものと認めるべきである。
そこで、被告冬子の本件第二建物についての共有持分について考えるに、本件建物について支払うべき総額は一億二三八〇万円であり、このうち被告冬子が出捐したのは二一五〇万円と認められ、<書証番号略>に原告一郎本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告一郎と被告花子の遺産分割協議の結果では本件第二建物は原告一郎の単独所有とされ、勇死亡時点の残借入金五三四〇万二五六四円については原告一郎に今後とも前記東京都住宅建設資金の返済義務があり、かつ原告一郎が支払をして行くものと考えられるので、被告冬子は本件第二建物について共有持分一万分の一七三六を有するものというべきである。
2150万÷1億2380万=0.1736(小数点五位以下切捨て)
ところで、共有の不動産について、共有者の一部の者の単独所有として所有権の保存登記がされた場合、錯誤を原因として単独所有名義を共有名義にする更正の登記がなされるべきであり、右更正の登記は、その登記義務者たる所有権保存登記の名義人が死亡しているときは、その者の相続人が登記義務者としてなされるべきものであり、更にその後共同相続人の一部の者について更に単独相続の登記がなされている場合には、更正登記により所有権の一部を失う結果となる右単独相続登記の登記名義人が登記義務者となると解するのが相当である。
したがって、被告冬子は、実体関係と登記面の不一致を補正するため、原告一郎に対し、本件第二建物につき、勇名義の前記所有権保存登記について別紙登記目録一記載のとおりに、原告一郎名義の前記所有権移転登記について別紙登記目録二記載のとおりそれぞれ更正登記手続を求めることができるが、被告花子に対する請求は理由がない。
なお、被告冬子は、本訴において、その主張にかかる共有持分二分の一につき、原告一郎及び被告花子を相手方として錯誤を原因とする所有権移転登記手続を求めており、同被告の請求があくまでも右登記手続のみを求める趣旨であるならば、主張自体理由のないことに帰し請求棄却を免れないけれども、弁論の全趣旨によれば、右請求は原告一郎に対する部分に関する限り、実質的には実体関係と符合せしめる登記関係を請求する趣旨であり、前記所有権保存登記及び所有権移転登記について、自己の共有持分に応ずる更正登記手続を求める申立を包含するものと解しうるから、本訴で原告一郎に対し前示のような各更正登記手続を命ずる判決をしても、民訴法一八六条に反しないものというべきである。
4 被告冬子の本件第二建物の共有持分二分の一の死因贈与の主張について検討するに、同被告は、勇が、昭和六一年五月二九日、被告冬子に対し、本件第二建物の持分二分の一を同人の死亡を条件として贈与する旨の意思表示をし、同被告は、その頃、右死因贈与の申込に対し、右贈与を承諾する旨の意思表示をした旨主張し、同被告本人尋問の結果中には右主張に副う供述部分がある。
しかしながら、右供述は、裏付を欠き俄かに措信できず、他に本件全証拠によるも被告冬子の右死因贈与の主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって、被告冬子の死因贈与の主張は理由がない。
二本件債権の帰属について判断する。
1 勇が同目録一、二記載の各債権の購入日ないし預貯金日に、各名義人欄記載の名義で、債券を購入しあるいは預貯金をしたこと、原告一郎が同目録一、二記載の債権の証書ないし保護預り証書を所持していることは当事者間に争いがない(被告花子が右証書ないし保護預り証書を所持していることを認めるに足りる証拠はない。)。
2 <書証番号略>に被告冬子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、勇は、被告冬子との同棲後も自己名義で預貯金等をしていたほか、原告一郎、被告花子、被告冬子、被告夏子らの名義で預貯金等をしていたことが認められ、これら他人名義の預貯金等は、勇とこれら名義人との関係からして、勇が各名義人に贈与もしくは少なくとも死因贈与したものとみられ、勇が昭和六三年一〇月四日死亡したことは当事者間に争いがない。したがって、本件債権についても、遅くとも右同日には被告冬子又は被告夏子のものになったと認められる(同被告らのこの点に関する主張は必ずしも判然とはしないが、弁論の全趣旨によれば、右のような趣旨の主張をも包含するものと解するのが相当である。)。原告一郎及び被告花子は勇が税法上の優遇措置(マル優)を利用する都合で被告冬子及び被告夏子の名義を借用したにすぎない旨主張するが、そのように断定するに足りる証拠はなく、右認定を覆すべき的確な証拠はない。そして、原告一郎及び被告花子が本件債権が被告冬子及び被告夏子のものであることを争っていることは弁論の全趣旨により明らかであるから、被告冬子及び被告夏子には、本件債権が同被告らのものであることの確認を求める利益がある。したがって、同被告らの原告一郎及び被告花子に対する本件債権の確認請求及び原告一郎に対する証書ないし保護預り証書の引渡請求は理由があるが、被告花子に対する証書ないし保護預り証書の引渡請求は理由がない。
第三結論 以上の次第で、原告一郎の甲事件請求はいずれも理由がないから棄却し、乙事件請求のうち、被告冬子の本件第二建物の所有権移転登記手続請求については、主位的請求はいずれも理由がないから棄却し、予備的請求は、原告一郎に対し、○○法務局○○出張所昭和五七年七月一二日受付第三六九〇三号をもって勇名義でなされた所有権保存登記について別紙登記目録一記載のとおりに、同出張所平成一年六月一日受付第二一〇七三号をもって原告一郎名義でなされた所有権移転登記について別紙登記目録二記載のとおりにそれぞれ更正登記手続を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、被告冬子及び被告夏子の原告一郎及び被告花子に対する本件債権の確認請求及び原告一郎に対する証書ないし保護預り証書の引渡請求は理由があるから認容し、被告花子に対する証書ないし保護預り証書の引渡請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官小澤一郎)
別紙目録<省略>